第47話 すれちがい その5
お読みいただきありがとうございます。よろしければ、ブックマークや★の評価をお願いいたします
第47話 すれちがい その5
西園寺君が「あの手紙を拾った」と言った言葉が、結衣の心の中にずっと引っかかっていた。どこで拾ったのか?誰からのものだったのか?その疑問が、彼女の心の奥底でくすぶり続けている。
大輔が部屋に閉じこもり、外に出てこない間、結衣はリビングで静かに待ちながら、その言葉を何度も繰り返していた。リビングの時計の音が、静寂の中で心地よく響いている。その音は、結衣の胸の鼓動と共鳴しているようだった。葵が文化祭の時に語ってくれた話も、今さらながら胸に響いていた。
(どうして…あの時、もっと大輔君のことを信じられなかったの?)
結衣は、あの日の自分の行動を何度も思い返していた。葵が大輔の過去を話してくれた時、彼の誠実さや苦しみを理解したつもりでいた。しかし、実際には表面的な言葉だけを受け止め、本当の意味で信じていなかったことに気づいたのだ。
(ずっと誠実に接してくれていた大輔君を、私は信じているふりをして、何も信じていなかった…。)
その思いが、結衣の胸を締め付ける。彼がどれだけ真剣に自分と向き合ってくれていたかを思い出すたびに、彼女は自分の行動の軽率さを痛感せずにはいられなかった。
(こんな行動をとって、何を信じているって言うの?私の行動は、ただ気持ち悪いだけだった…。)
彼女は、葵が語った辛い過去の話を思い返した。ドラマのような物語ではなく、現実に起きた出来事だった。あれだけ大輔のことを守ろうとしてくれた葵の言葉を、なぜもっと真剣に受け止められなかったのか。自分の疑念や嫉妬が、彼を信じる心を曇らせてしまったのだ。
リビングの時計がゆっくりと時間を刻む音が、結衣の心にじわじわと響いていた。彼女は、自分の中でぐるぐると巡る後悔の念と向き合っていた。そして、大輔が戻ってきた時、どんな顔をすればいいのか、心の中でその答えを見つけることができずにいた。
「結衣さん。大丈夫ですか?」
葵の優しい声が、結衣の耳に静かに届いた。気づかないうちに、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちていたのだ。
「えっ? あっ? だ・大丈夫…」
結衣は慌てて涙を拭い、ぎこちない笑みを浮かべた。葵の表情には、兄を守りたいという強い意志が込められていた。
「兄は大丈夫です。一緒に兄の部屋へ行きましょう」と、葵が促した。
結衣は小さく頷き、二人で大輔の部屋へ向かった。ドアを静かに開けると、大輔は布団の中に身を潜めていた。結衣と葵はそっと部屋に入り、静かにドアを閉めた。部屋の薄暗い光が、大輔の無防備な姿を包んでいるようだった。
結衣は、大輔の前に立ち、何か言おうとしたが、胸がいっぱいで声が出なかった。感情が溢れ、涙が頬を伝って止まらない。葵は心配そうに結衣の背中をさすり、彼女を励まそうとしたが、結衣の涙は止まらなかった。
しばらくして、やっとのことで結衣は震える声を絞り出した。
「大輔君、あの手紙の…こと…本当にごめんなさい。私が勝手に誤解してしまって、冷たくしてしまった…。」
彼女は、言葉を続けるたびに、涙が溢れ出してきた。大輔の手を両手でしっかりと握り、彼の誠実さを感じ取ろうとした。
その瞬間、彼女は自分が何を失いかけていたのか、はっきりと理解したのだ。彼女はずっと、自分の中にある嫉妬と向き合えずにいた。しかし、それが何だったのかを今初めて自覚し、自分の愚かさに打ちのめされた。
(どうして信じてあげられなかったの?どうしてもっと素直になれなかったんだろう?)
大輔は、少しの間目を閉じた後、ゆっくりと顔を上げた。彼の瞳には、深い葛藤と誠実さが映し出されていた。そして、絞り出すような小さな声で答えた。
「浅見さん…。こっちこそごめんなさい。…約束なんだ。だから、これ以上は言えないんだ。」
その言葉を聞いて、葵は苦笑した。これこそが、彼の「変な正義感」だと感じたのだ。正直で、まっすぐで、どんな状況でも自分が守るべきものを守ろうとするその性格。それが彼の良いところであり、同時に彼をこんな状況に追い込む原因でもあった。
「おにい、本当に頑固なんだから…」
葵は、心の中で複雑な感情を抱えながら、結衣の背中をもう一度軽くさすった。
その部屋の中で、時計の音だけが静かに響いていた。
筆者の励みになりますので、よろしければブックマークや★の評価をお願いいたします。温かい応援、よろしくお願いいたします。




