第41話文化祭 その6
お読みいただきありがとうございます。よろしければ、ブックマークや★の評価をお願いいたします
第41話文化祭 その6
「私も、何度も兄に助けられてきました。辛いことがあっても、兄はいつもそばにいてくれるんです…誰にも言えないような苦しい時、兄だけは、その時に私が一番言ってほしい言葉を言ってくれるんです。」
葵はふと微笑んだが、その瞳には少し過去の記憶がよぎっているようだった。
「そんな兄の笑顔に触れると、凍りついていた心が少しずつ溶けていく気がして。こんなふうに寄り添ってくれる人がいることが…どれだけ救われるか、本当に感謝しかないんです。」
「だから、兄妹でそんなに仲が良いんだね。」
明里は柔らかな声で返しながら、思わず微笑んだ。思春期の兄妹がこんなふうに深く信頼し合っている姿に、どこか温かいものを感じ取ったようだった。大輔君は、すごい人だ。人のために自分を犠牲にできる強さと、自分の信念を貫く姿勢には、どこか憧れすら感じる。
葵も微笑みを返しつつ、ふと少し遠くを見るように視線を落とした。
「ただ…父が転勤族で、よく引っ越すんです。だから、嫌な人間関係もリセットできて助かっているところもあるんです。」
その言葉には、ほんの少しの寂しさが滲んでいたが、葵の顔にはどこか清々しい表情が浮かんでいた。転校の度に新しいクラスに馴染む必要があること、その度に前の友人と離れる切なさとともに、兄妹で支え合ってきた強さが感じられる。
「でも…やっぱり、ずっと同じ友達といられたらいいなって思うこともあります。だから兄も、過去の経験からクラスメイトとあまり積極的に関わらないのかなって。」
葵の言葉に一同が静かにうなずく。引っ越しがもたらす寂しさと、だからこそ生まれる兄妹の絆。葵の表情には、どこか凛とした覚悟のようなものが浮かんでいた。
「そうだったんだね…」みゆきも真剣な顔で、静かに頷いた。その小さな一言が、中庭の穏やかな空気に静かに溶け込んでいった。
じゃあ、どうして結衣とはあんなに話すのかな?」
咲希が問いかけ、他の皆もその疑問に興味を示した。
葵は一瞬言葉を選ぶように考え込み、「それは…私も正直、驚いたんです」と静かに答えた。幼い頃から、大輔が一人でいることを気にせず、自分のペースで学校生活を楽しんでいるように見えていたからだ。
「兄が帰ってきたとき、教科委員の結衣さんと連絡を取っていたって話を聞いて、『えっ、兄が?』ってすごくびっくりしました。兄がクラスメイトのことを家で話すことが珍しいから…。」
結衣も微笑みながら、その時のやり取りが一瞬頭をよぎった。神社での偶然の出会いと、そこで交わした何気ない会話。 その時、なぜか彼と心が通じ合ったような、不思議な感覚があったのだ。
「そうね、教科委員として話すうちに自然と仲良くなっていったのだけど…。 どうしてかしら、彼と話すと不思議と自分のままでいられるの。」
結衣は少し考え込むように視線を落とし、静かに続けた。多分、告白の時だったり、他人からの嫉妬だったりしたのかもしれない。
「正直、初めて彼に助けられたときは驚いたわ。誰にも気づかれずにいた心の中のもやもやを、彼だけが見抜いて、しかも何も求めずに救い出してくれたの。…あれ以来、私は少しずつ自分に正直になれるようになった気がするの。」
言葉を継ぎながら、結衣はふと遠い記憶をたどるような表情を浮かべた。
「彼がそばにいると、何ていうか…純粋に心が語りかけられるような感じがするのよね。まるで、誰にも隠さなくてもいいんだって背中を押されるようで。」
結衣の声は柔らかく、けれどどこか熱を帯びていた。葵が少し頷き、彼女の表情をじっと見つめた。
「…だから兄も結衣さんには気兼ねなく話せるんだと思います。本当に…そのままの自分でいられるって、兄にとっても特別なんじゃないかなって。」
葵のその言葉に、結衣はふっと微笑み、静かに頷いた。
「そうね。もしかしたら、彼と話していると、本当の自分に少しずつ近づいていけるのかもしれない。私が歩み寄れたのも、彼がそうやって素直な気持ちを見せてくれたからなのね。」
結衣の柔らかい表情に、今までになかった確かな思いが宿っているように見えた。
「まっすぐで融通の効かない兄ですけど…どうか、よろしくお願いします。」
葵が頭を下げると、結衣は柔らかな微笑みを浮かべて答えた。
「もちろんよ。大輔君は本当に素敵な友達だもの。」
その空気を崩さないように、咲希がふと顔を上げて、少しニヤリとした表情で尋ねた。
「ところで、葵ちゃんはどう思ってるの?」
「えっ?」葵が戸惑うと、咲希はいたずらっぽく微笑んだ。
「結衣と梨香、どっちの恋を応援してるの?」
一瞬困ったように眉をひそめた葵だったが、やがて穏やかに微笑んで答えた。
「うーん、私は兄の意見を尊重したいです。だから、どちらも応援したいですね。結衣さんが兄を本当に大切に思ってくれているなら、それは私もとても嬉しいこと。でも、梨香ちゃんも私にとって大切な友達だから…できれば、両方の味方でいさせてください。」
「わぁ、それってなかなかの難しい立場ね。」明里が感心したように言う。
「結衣、よかったね〜。一応、葵ちゃんにも応援されてるってことじゃない?」
咲希が結衣の肩を軽く叩いた。
「ちょっ…ちょっと待って。あの、私が好きだって前提なんだけど…」
その言葉に、みゆき、咲希、明里の三人は驚きで目を見開き、まるで時間が止まったかのように息を呑んだ。
「「「はっ?」」」
信じられないものを見るかのように三人が一斉に驚きの表情を浮かべる中、咲希が眉をひそめて突っ込んだ。
「あんなに文化祭で楽しそうに一緒にいて、好きじゃないとか言われても説得力ないけど?」
三人がうんうんと頷き、葵も小さく笑いながら同意した。
空が夕焼け色に染まり、少し冷たい風が中庭に吹き込む。文化祭の余韻が残る中、五人の女子会は和やかで甘酸っぱい空気に包まれて、どこかほろ苦い気持ちとともに続いていった。
筆者の励みになりますので、よろしければブックマークや★の評価をお願いいたします。温かい応援、よろしくお願いいたします。




