第26話 昼食
昼食の時間が近づいてきた頃、大輔はふと自分のカバンの中を見て、顔を青ざめた。
「あれ…?弁当がない…」
慌ててもう一度カバンの中を探し回ったが、やはり弁当は入っていなかった。朝の準備中、慌ただしくしていたせいで、どうやら家に置き忘れてしまったようだ。お腹が空いているのに、弁当を忘れるとは大失態だった。
「しょうがない…購買でパンでも買うか…」
その時、前方から結衣が声をかけてきた。
「あれ?大輔君、どうしたの?」
「あぁ、実は少し寝坊してバタバタしてたら、弁当を家に置いて来ちゃったみたいなんだよね。」
「ふふふ、そうなんだ。じゃあ、急いで購買へ行かなくちゃね!」
「うん、行ってくるよ。ありがとう、結衣さん。」
「行ってらっしゃい〜!」結衣が笑顔で見送ると、その様子を見ていた咲希がニヤニヤしながら近づいてきた。
「見たよ〜、結衣。教科委員同士にしては、随分距離近くない?」
「えっ?そ、そんなことないよ!」結衣は少し焦りながら、視線をそらしたが、みゆきはさらに追及してきた。
「結衣さん、そこんとこ、どうなんですか〜?」と、箸箱をマイクに見立てて、まるでインタビューでもするかのように質問を浴びせてきた。
「も〜、本当に何でもないんだから!」結衣が頬を赤らめながら答えると、咲希だけでなく、みゆきと明里もニヤニヤしながら声を揃えた。
「「「そんなことないでしょう〜?」」」
「だから、何もないってば!」結衣はさらに赤くなり、周りの友達に照れ隠しで軽く手を振りながら、なんとかその場をやり過ごそうとするが、みんなのいじりは止まらなかった。
「ほらほら〜、顔が真っ赤じゃない?何かあるんじゃないの〜?」みゆきが茶化すように言いながら、結衣に詰め寄る。
「も〜、からかわないでよ!」結衣はついに笑いながら反撃に出るが、友達たちはさらに楽しそうに盛り上がっていた。
「いいな〜、大輔君と結衣のコンビ、なんかいい感じ〜♪」明里がウィンクしながら、茶化して言うと、結衣は顔を手で覆い、照れ隠しをしながら笑った。
一方その頃、大輔は購買部へ向かうことにした。廊下を歩きながら、頭の中で何を買おうか考えていたが、ふと前方に人影が見えた。そこにいたのは、手を振りながらこちらへ向かってくる梨香だった。
「あっ!大輔せんぱ〜い!お弁当忘れたんですか?」
梨香はにっこりと笑って、軽い冗談を交えながら大輔に声をかけた。驚いた大輔は、一瞬動揺したが、梨香の笑顔を見ると自然に笑みがこぼれた。
「うん、そうなんだ。今日は急いでたから忘れちゃってさ。梨香さんも購買に来たの?」
「はい!私もたまにはパンが食べたいなと思って。偶然ですね!」
梨香は冗談めかして答えたが、実はそれは嘘だった。彼女は、葵が兄の弁当を忘れたことをクラスで愚痴っていたのを聞き、急いで購買へ向かったのだ。そして「偶然」を装い、大輔に会いに来たのである。
「せっかくだし、一緒にパン食べませんか?ちょうどベンチも空いてますし。」
大輔は少し考えた後、微笑んで頷いた。
「うん、いいよ。一緒に食べようか。」
二人は学校の中庭にあるベンチに腰を下ろし、それぞれ買ったパンを取り出して食べ始めた。パンを頬張りながら、二人の会話はリラックスした雰囲気の中で自然に進んでいった。
「先日の勉強会、すごく勉強になりました。また一緒にやりたいです。」
「僕もだよ。すごく楽しかったし、またみんなでやろうね!」
「私は…先輩と二人でもいいですけど?」梨香の顔が真っ赤になりながらも、冗談交じりに言うと、大輔は思わず笑ってしまった。
「も〜、揶揄わないでよ。」
「へへへへ。」梨香がいたずらっぽく笑う。
(本当に揶揄ってるつもりはないんだけどなぁ…)
ふと、梨香が話題を変えて言った。「そういえば、購買のパン、意外と美味しいですよね!」
「そうだね。久しぶりに購買でパンを買ったけど、意外と美味しいな。」大輔も頷きながらパンを食べ続けた。
パンを食べながら、大輔は梨香と気軽に会話を交わしていた。朝の慌ただしさで気が立っていたが、こうして一緒にパンを食べながら話していると、気持ちも和らいでいく。
「あ、先輩、これ食べてみます?すごく美味しいんですよ!」梨香は自分が買ったチョコレートパンを一口ちぎり、大輔に差し出した。
「え?いいの?」
「はい、どうぞ!」
少し戸惑いながらも、大輔は梨香の勧めに従ってチョコレートパンを口に入れた。
「おお、これ美味しいな。今度これも買ってみようかな。」
二人は楽しい時間を過ごし、特に気まずさもなく自然に会話を続けていた。大輔はこんなにリラックスして昼食をとれるとは思っていなかった。
しかし、その楽しい時間も終盤に差し掛かる頃、遠くから誰かがこちらを見ている視線を感じた。その人物は結衣だった。彼女は学校の廊下の窓越しから、大輔と梨香が楽しそうにパンを食べている姿を見つめていた。
(大輔君、梨香が一緒にパン食べてる…)
結衣は遠くから二人の様子を見つめ、胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。彼女は何か声をかけようか迷ったが、結局そのまま視線をそらし、声をかけることなく去っていった。
一方、大輔と梨香はそんな結衣の視線に全く気づかず、楽しい時間を過ごし続けていた。
「今日は本当に偶然だったけど、楽しかったな。」
「ですね!また一緒に食べましょうね、先輩!」
笑顔でそう話しながら、二人は昼休みの終わりが近づいていることに気づいた。大輔は時計を見て、急いで立ち上がった。
「そろそろ時間だね。教室に戻ろうか。」
「はい!」
梨香も立ち上がり、二人は並んで教室へと戻っていった。お互いにとても自然で、心地よい時間を共有した昼食の時間だったが、遠くから見守っていた結衣の心には、まだ言葉にできない感情が渦巻いていた。
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