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第6話 子リスと隣の席の転入生

 ざわざわ、ちらちら。

 異世界での初めての講義を興味深く聴き終えたシロウは、休み時間を迎えて手元の教本をしまうと同時に、クラス中から視線を向けられるのを体感した。


 彼女達にとって、彼を迎えてから初めての自由時間だ。

 強い興味関心を向けられている事は伝わるものの、積極的に声をかける勇気のある者はいなかった。壁際の席であり、逃げ場もない。

 教室全体から広がる妙な緊迫感がシロウを襲う。


(転校生が来たらもっと興味本位で囲まれるもんかと思ってたけど、意外とそうでもないんだな)


 元の世界では何度も転校を経験した事のあるシロウは、自身の経験上、休み時間になれば自然とクラスメイトが話しかけに来ると思っていた。

 しかし、どうやら元の世界の経験は、異世界では通用しないらしい。


 かといって、黙っていては何事も進まない。

 視線を集めたままでは落ち着かない。針の筵である。

 切り替えて、シロウは自分から動くことにした。


「あのさ、ちょっといいかな?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 先ほどから遠慮がちにちらちらと視線を向けてきた、隣の席の少女に声をかける。

 声を裏返らせる少女に何処か既視感を覚えながらも、シロウは挨拶した。


「隣の席になったから、これからよろしくね。さっきも自己紹介したけど、俺は久坂史郎。名前、聞いていいかな」

「あ!あの、あたし、コペっていいます」


 コペと名乗る少女は慌てながらぺこりと頭を下げた。

 そうすると、小さな彼女の体躯がますます縮まったように見える。


 まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろうか。コペは可哀相なほどに慌てている。短めに整えられた茶髪が頭の動きに合わせてふるふると揺れる。

 あわあわと落ち着かなさそうにしている彼女の仕草を見ていると、小動物を連想せざるを得ない。


「君、リスっぽいって言われない?」

「え?」

「あ、いやごめん。いきなり失礼な事言ったね」


 思った事がそのまま口から出たシロウが謝意を込めて頭を下げると、コペは一層慌てだした。


「あ、いえいえいえ! 気にしないでください! あたし小っちゃいので、よく小さな動物に例えられるんです」

「へー、そうなんだ。可愛がられてるんだね」

「いえ、そんな……うぇへへ」


 コペの口元がふにゃりととろける。

 どうやら満更でもないらしい。


「コペはごはん食べてる時なんか、特にリスっぽいよね~。食いしん坊で目の前の食べ物に夢中になるのに、一口がちっちゃいからかわいーの」

「ナ、ナっちゃん!」


 会話が聞こえていたようで、前の席の生徒が振り向いて混ざってくる。

 からかい口調で楽し気に語る彼女に、コペが両手をばたばたと振って抗議した。


「もう!ナっちゃんは……もう!」

「ごめんごめ~ん。コペはリアクションが大きいからさあ。つ~いからかいたくなっちゃうんだよね。あ、クサカ君だよね? アタシ、ナツキ。よろしくね~」


 けらけらと笑いながらコペにちょっかいをかける少女はナツキと名乗った。

 今は健気に抵抗する小さな手をすり抜けて、柔らかそうなほっぺたを弄んでいる。

 だらけた雰囲気で、制服を着崩した格好。異世界にもギャルという人種は存在するのだろうか、等とくだらない事を考えつつ、シロウは口を挟んだ。


「二人は仲良いんだ?」


 シロウが声をかけると、二人は顔を見合わせて、ふにゃりと微笑んだ。


「ははひはひ、ふはひははひっほはんへふ」

「『私たち、昔から一緒なんです』だって~。うへ、ほっぺやらか~い」

「んもう! ナっちゃんったら、んもう!」


 むにむにと弄られていい加減コペが怒り出すが、残念ながら致命的に迫力がない。

 当然、魔の手は止まる気配がなく、その後も良い様にされてしまうのであった。


 楽しそうな二人の様子を眺めている内に、あっという間に休み時間が過ぎ去っていく。


(……そういえば、異世界にもリスっているんだな。今度、図書室で生物図鑑とか探してみようかな)




 ------------------




(はあ……。ナっちゃんったら、もう)


 散々に弄ばれて赤くなった頬をさすりながら、コペはため息をこぼす。

 いくら男の人と話すのが恥ずかしかったからと言って、幼馴染をおもちゃにして誤魔化すのはやめてほしいと思う。


 コペの幼馴染は、緊張が手のひらに出るタイプなのだ。

 会話に混ざるついでに挨拶をする。それくらいの事でも、きっとすごく思い切りが必要だったに違いない。

 頬に残るじっとりとした感触は、彼女がなけなしの勇気を出した証だった。


(男の人……)


 そっと、バレないように隣を覗き見る。

 そこには、先ほど挨拶を交わした同年代の少年の姿があった。

 コペは勿論、同世代の少女と比べるとずいぶんとたくましい体つき。

 講義に集中している横顔は凛々しく、盗み見ていると何やらおかしな気持ちになってくる。

 視線を下げると、制服の袖から出ている右手が教本の(ページ)をめくっている。コペの小さな手よりも優に倍はありそうな大きく、力強そうな……。


(なんだろう、この感じ……)


 コペの胸の奥で、何かが不可思議に跳ねる。ほんの数時間前、今朝までは思いもしなかった。まさか、こんな事になるなんて。

 自分のようなちんちくりんが男の人と会話して、まして、笑いかけてもらえるなんて。

 穏やかな声。明るく、親し気なあの態度。そのどれもが、少女の知る”男性”像とは遠くかけ離れていた。

 何より、あの優し気な瞳。

 幼馴染とじゃれ合いながらも、コペは隣の席から向けられるあのとろけるような眼差しに夢中だった。


 それはきっと、目の前の席に座る幼馴染も同じなのだろう。

 ソワソワと、先ほどまでと比べてもひどく落ち着かない様子。きっと、今すぐにでも振り返って彼の事を眺めていたいに違いない。

 その後ろ姿を見ていると、これまで感じた事の無い、とても後ろ暗い気持ちが込み上げてくる。


(だめ、こんな事思っちゃ……)


 少女は心の中で芽生える良くない感情を必死に否定しようとして、失敗する。

 

 それは、優越感。

 隣で、一番近くで、彼の事を感じられる。


 別に何かを勝ち取ったわけじゃない。たまたま、隣の席が空いていたというだけ。

 単なる偶然の産物なのだけれど。

 とにかく、彼の隣に座ることができるのは、今のところコペだけなのだ。


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 そう感じる心を浅ましいと感じる自分と、喜んでいる自分。

 整理のつかない相反する情念が、コペの内心で渦巻いていた。

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