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指環  作者: 絵室 ユウキ
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第四章

 僕の職場は、インテリアデザインの発注を請け負っている会社だ。営業先を転々としながら契約をとったり、依頼人の注文を聞いて、色々と提案するのが仕事だ。僕の主な仕事は、顧客のインテリアデザインの手伝いをすることだ。

 職場に着くと、声をかけられた。同期のアオイだ。彼は端正な顔をしているので、女性には嫌みなくらい好かれる。男の僕からすれば、アオイがモテるというのが分からなくもないが、その反面分かりたくないというのが本音だ。

「お前今日はまた一段と疲れてるな。どうしたんだよ?夕べ女に寝かせてもらえなかったのか?」

 アオイが軽い調子でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言う。女に寝かせてもらえなかった…とうのは、あながち間違いでもないだろう。しかし、決してアオイの期待しているような内容ではないことは確かだ。朝っぱらから下品な話はごめんだ。

「そんなんじゃないって。ちょっと疲れてるだけだよ」

 少し刺のある口調で、アオイをあしらう。アオイは銃を突き付けられたときのように軽く両手を上げて、触らぬ神になんとやらと言いながら、僕の下から離れていった。

 言わずもがな、僕の頭の中は未だにアイカのことで一杯だった。こんな調子では、仕事など出来そうにない。一刻も早くこの頭から出てもらわないと、仕事に差し支えるのは目に見えていた。ミスでもすれば、アオイに冷やかされることも。とにもかくにも、今は仕事に集中しよう。アイカのことも、今は考えないようにしないと。気持ちを入れ替えるため、給湯室でコーヒーを入れ、デスクに戻った。ブラックコーヒーを一口飲んで、今日の仕事に取りかかった。


 何とか今日の仕事を一通り終わらせたところで、ふと時計に目をやると、あと少しで仕事の終わる時間だった。日が暮れるのも、少し早くなってきた。窓の外を見るともう夕焼けは終わり、空はもう間もなく暗くなろうとしているところだった。

 午後七時十分前。僕は携帯を取り出して、アイカにメールを送った。七時に仕事が終わるから、ということはすでに告げていた。アイカはきっと、僕からの連絡を待っているところだろう。

 すぐにでも会えばいいのだが、そんな訳にはいかなかった。アイカときちんと話すためには、僕はもう少し落ち着く必要があるからだ。アイカには、今朝会った公園に八時に来てもらうように連絡した。少なくとも三十分は時間に余裕があるはずだ。その間に頭を冷やさないといけない。

  上司や同僚に挨拶をして、足早に職場をあとにした。

 公園につくと、今朝と同じベンチに腰かけた。職場を出てから、半分走っているような歩調でここまで来たので、少し息があがっている。こういうときには、年と己の不健康さを感じずにはいられない。

 呼吸が整ってきたのを見計らって、煙草を取り出した。箱の中を見ると、あと二本しか残っていない。しまった。今のうちにコンビニに買いに行こうかとも思ったが、やめておくことにした。僕がコンビニに行っている間にアイカが来て、待たせてしまうことになるのは嫌だったし、今の僕はきっと、ハイペースで煙草を吸うに違いない。足元に吸い殻が散乱して、煙草臭いなんて最悪だ。ここは我慢しよう。

 まず一本目の煙草を吸う。出来るだけ何も考えないようにして、頭の中を空にしていく。言うなれば、単にぼーっとするだけなのだが。ただ、今はそれが難しいのだ。空にすればするほど、その余白がアイカのことで埋まっていく。それを避けなければならないのに。そうしようと思っているわけではないのに、何故かそうなってしまう。全く以て恋心というのは厄介だ。

 一本目の煙草が無くなった。一息おいてから、二本目を取り出す。

 さて、問題は何処で話すかだ。中高生じゃあるまいし、このまま公園で話すわけにはいかない。近くにお洒落なバーでもあれば文句はないのだが、生憎そんな気の利いたものは、僕の記憶の中にはない。

 どうしようかと思っていると、ふと、アオイの顔が思い浮かんだ。そうだ、あいつならそういう場所に詳しいに違いない。冷やかされようが何を聞かれようが知ったこっちゃない。この際、少々面倒くさいことでも我慢しようじゃないか。今は嫌がっている場合じゃない。

 携帯を取り出し、アオイに電話をかける。五回程コール音がなったあと、アオイの気だるそうな声が聞こえた。本当のことは言いたくないが、嘘をつくと余計にめんどくさくなりそうだったので、慎重に言葉を選びながら、店を教えて欲しいという旨を伝えた。

「んだよ、そんなことならさっきのうちに聞いとけよな」

 ごもっともだ。珍しく、アオイに申し訳なく思った。

 アオイは、面倒くさそうな割には、丁寧に店の場所を教えてくれた。それだけでなく、店の雰囲気や、メニューの値段の相場まで教えてくれた。やはりアオイは何だかんだでいい奴で、何だかんだで憎めない奴だ。

「今度お前のおごりで、ゆっくり話を聞かせてもらうからな」

「あぁ、悪いな。ありがとう。」

 そう言って、電話を切った。

 アオイに教えてもらった店は、駅の裏手にあるそうだ。ここからだと、十分ぐらいだろうか。持つべきものは友と、昔の人は上手く言ったものだと思う。

 とにかく、これでこっちの状況は整った。財布の中身もすでに確認した。少し持ち過ぎなんじゃないかというくらい、十分に持っている。とにかく、情けないところは少しも見せたくはない。そもそもこの虚栄心自体が情けないかも知れないが、そこは気にしないでおく。人間は現金なものだ。

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