2 嫌な慣れと、特Aダンジョン【黒竜の嘆き】1
シクシクと拭いても拭いても零れ落ちる涙を拭きながら、それがようやく止まった頃には、冒険者ギルドにたどり着いていた。
アストラルはさっきまでのことは忘れようと頭を振ると、いつものように受付に向かう。
その間、「ガキ」、「聖剣に選ばれたのに使いこなせない無能」、「雑魚」といった心無い声が聞こえるのでひどく傷ついているが、それも顔には出さないくらいには、またいつものことなので、もう慣れた。
受付にたどり着くと、受付嬢であるミーナさんが優しく微笑んでいた。
「あっ、いらっしゃい。アストくん、今日はどうするの?」
アストラルはミーナに心配掛けたくなかったのか、にぱーと笑って言う。
「おはようございます、ミーナさん。はい、いつもと同じで!」
すると、ミーナの表情は一瞬陰りを見せるのだが、ブンブンと首を振ると、笑顔を向けてくれた。
「……そっか…そっか!アストくんはとっても強いからね〜。頑張るんだぞ〜!」
ワシャワシャとアストの頭を撫でると、後ろに下がっていき、一枚の紙を持ってきた。
その紙は……冒険者ギルドダンジョン不関与契約書。
ダンジョンに入った者は冒険者ギルドに属する者ではない。もし窮地に陥ろうとも救助することはない……要するに、なにがあろうとも、死んだとしても冒険者ギルドとしては知りませんよという紙だ。
アストラルはいつものように手慣れた仕草でそれにサインをして、ミーナに手渡すと、ミーナがアストラルの手をぎゅっと握ってくる。
「……無事帰って来てね。」
ミーナの顔は笑顔だが、握った手は微かに震えていた。
アストラルはミーナの優しさに暖かい気持ちになると、自然体で笑顔を向けていた。
「はい!頑張ってきますね!」
ミーナの手が離れると、すぐに踵を返した。
アストラルが背を向けると、どこか心配そうな視線を感じたが、それに知らない振りをして冒険者ギルドを後にした。
―
ダンジョンの前にいる見張りにギルドカードを見せ、ダンジョン内に入る。
ランクとの乖離があるため、新人相手だと止められることがあるのだが、今回はいつもの人物だったので、軽く肩を叩かれた。
「頑張れよ。」
「はい!」
ダンジョン内は意外にも明るい…と言っても、昼間のような太陽が照らす明るさというわけではなく、ロウソクや魔力灯といった明かりを使う必要のないくらいのもので、しっかりと
した評価をすると薄暗いという言葉が一番しっくりとくる。
その明るさの理由は地面にある。
と言っても、地面自体がピカピカと光っているわけではなく、石造りとなっているその石と石の合間から光が漏れているのだ。
石造りということもあり、足場が安定していて助かる。
しかし、これにも弱点があり……スッ…。
アストラルが身を屈めると、なにかがアストラルの首があった辺りを通り過ぎた。
それを思わず目で追うと、前方からさらに多い数のそれが迫ってくる。
身体を後方に傾け、地面に寝かせると、身体能力を強化し、それらの腹に向かって、パパパパンッ!とマシンガンのように拳を打つ。
声を上げることなくそれらは地に落ちていき、ポコンポコンとアストラルが片手で覆えるくらいの大きさの魔石がカラカラと地面を転がる。
立ち上がり、アストラルがそれを拾おうとすると、仲間を殺られた恨みからか、アストラルに先ほど通り過ぎた存在が突撃してきた。
かなり素早いのだが、アストラルはそれを素手で掴み、地にそれを叩きつけ、拳を振り下ろす。
ポコンッ!
カランカラン。
アストラルが倒したのは、【ブラッドリーバット】という血吸コウモリの上位種でこのダンジョンの天井に張り付き獲物を狙っている存在だ。
地面からの光のため、天井はかなり見にくくなっており、その牙には毒があるからか、初見殺しで何人もの冒険者たちを屠ってきた。
アストラルは情報屋からその情報を買っていたため、そんな目に遭うことはなかったのだが、それでもやはり初めの頃はかなりの苦戦を強いられた。
速さが目では追いきれず、避けるので精いっぱいで逃げ帰ったこともある。
アストラルは着実に成長していた。
それならば、剣なんか必要ないだろうと言うかもしれないが、そんなことはないのだ。
なにせここはダンジョンに入ったばかりのところ。
この先にはさらなる困難がこれでもかというほどにある。
それこそ難度特Aダンジョン【黒竜の嘆き】なのだ。
【ブラッドリーバット】の襲撃、それから5時間ほどゆっくりと、しかし、着実に歩みを進めていくアストラル。
その間何度も戦闘はあったが、特に傷を負うことなく、そこにたどり着いた。
……第10層ボスの間へと。