1 我慢の限界と返り討ち
僕の名前はアストラル。
一時期は聖剣を引き抜き、聖剣の勇者なんて風に言われたこともあるんだけど、今ではそんなふうに言われることはもうない。
聖剣を引き抜く前に買った上質だった皮鎧は着ているものの、それはところどころほつれており、ベテラン風と言えば聞こえは良いだろうが、そのうちに用をなさなくなってしまうほどになってしまっている。
腰にあるのはマジックポーチのみで、剣を入れる鞘もなく、その装いからは剣士という印象を受けるものはなにもない。
容姿は少年なのか少女なのかと見間違うほどの美形で体つきは、小柄で幼い印象を受ける。
今年で17歳なのだが、あまり食べていないからか、線も細いからか、下手なチンピラなんかよりも弱そうだ。
それというのも、何年もの間、武器の手入れやご飯といったものに割けるお金がないからなのだが……。
もちろんアストラルはしっかりと働き、冒険者のランクも徐々に上がり、今ではCランクとなっている。
それも、そのしっかりと働くという意味は普通の冒険者からは過酷と言っても過言ではないもので、ランク推奨外のダンジョンに潜り結果を出し続けるというそれだ。
それなのにお金はない。
アストラルは今、その原因たる少女に対して怒っている。
「リーゼロッテ!もう贅沢はやめて!もう限界だよ!」
「贅沢?ううん、これは必要経費。ぱ〜くっ!んんん~〜♪」
そうリーゼロッテはアストラルが頑張って稼いできたお金で買ってきた高級スイーツたちを食べて、喜びのあまり脚をバタバタさせて踊っている。
やはりリーゼロッテにはアストラルの怒りはまだ届かないらしい。
「それならもういい加減僕を手伝ってよ!このままじゃ僕を本当に死んじゃうって!」
「もううるさいわね…で、なに?手伝うって冒険者を?」
「そうだよ!」
すると、リーゼロッテは「ん〜。」と人差し指を唇に当てると考えるような仕草をした。
アストラルはいつものように優しく言うのではなく、本気で怒っていたので、ようやくちゃんと反省したのかと思ったのだが、リーゼロッテはニヤリと笑うとアストラルにこう言った。
「いーや♪」
「な、なんで!だってリーゼロッテは僕の…。」
「うん♪確かに私はアストラルの剣なんだけど……。」
そう…リーゼロッテは聖剣なのだ。
それも由緒正しい、勇者が使っていたという逸話があるほどの存在である。
だから振るったことはないけど、凄い力を持っているのだと思う。
アストラルとしては、そんな理由で彼女を持っているわけではないのだが…。
「でもでも、アストラルってまだ弱々じゃない?うん!だ・か・ら私を持つにはまだ早いと思うな〜、鍛えて上げてるの。私って優しいと思わない?」
思わない。まったく思わない。
だけど、アストラルも確かにリーゼロッテを持つにはまだ実力がないのではと思ってはいた。
しかし、それはそれとして、アストラルは剣士なのだ。
剣がなくては実力の半分も出せやしない。
それにいくらなんでも素手での戦いは厳しすぎる。
アストラルはリーゼロッテを冒険に連れて行くことはひとまず諦めた。
「それならせめて他の剣をっ!?」
アストラルがそのことを話題にすると、リーゼロッテの雰囲気が一変する。
先ほどまでの暖簾に腕押しのような余裕たっぷりのからかうようなそれから、ドロドロとした負の感情が爆発したそれとなる。
「は?他の剣?なにそれ?」
「だ、だって、僕は剣士で…。」
「だから?」
「だから…。」
「うん、だから?」
「……。」
リーゼロッテの威圧にすっかり黙りこくってしまうアストラル。
目には涙が浮かんでおり、情けないという印象を抱く者もいることだろう。
「ほんっと情けないわね…アストラル!そんなんだからざこなのよ!ざこざこ、ざ〜こ♪あははあははは♪」
「うっ…。」
涙が目元を伝うのも構わず、逃げるようにその場を後にする。
ドアが閉まる直前、リーゼロッテは声を掛けた。
アストラルに謝るのかと思われたが、そんなことはありはしない。
「あっ、帰りに高級砥石買ってきてね〜♪」