番外編2 悪女にならなかった最恐魔女スティラの話
「スティラよ、魔界の王と対話が出来た」
「ではグナガン様」
「ああ、その力を借りて、魔界と繋ぎ、我はこちらの世界の魔王となる!」
ここダングルキアの王城で高らかに宣言するグナガン様、
あぁ、惚れ惚れするその素晴らしさ、私はこのお方に、全てを捧げる……!!
「ではこの後、どのように」
「高位の魔法使いが必要だ、スティラ、その筆頭として頼んだぞ」
「嬉しい……どのようなご命令も、全て完遂致しますわ」
そう、例えこの命が、犠牲になろうとも……!!
「それと魔法都市ジーマにシャバドという有能な魔道士が居る、
闇魔法を中心に生体実験をやっている者でな、目的のためなら手段は選ばぬ、
奴と手を組めば魔界への道も繋げられるだろう、他にも……」
力強いグナガン様のお言葉、あぁ、痺れる……
世界を束ねるお力を持ちながら一介の国王に納まる器では無いのは、
私がまだ幼い頃から宮廷魔道士として仕えていた私ならよくわかるわ!
「グナガン様の計画、まさに完璧ですわ」
「あとは秘密裏に進めるだけだ、聖女も奪う目途を付けてある、
俺との間に子を作らせる計画もな! ぶわっはっはっはっは!!」
なんと素晴らしい、それでこそグナガン様!
無理矢理に奪って、しかも孕ませるだなんて!
崇高なお方のやられる事だから、何もかも許されますわ!
(いえ、許されなくとも良いのです、グナガン様のする事が、全て正しいのですから!)
「ご安心下さい、このスティラ、我が主グナガン様の成し遂げる世界征服、
魔族の力を手に入れて世界を混沌の渦へと巻きこむ作業、かならずお役に立ちますゆえ」
「場合によってはお前の命も使うが恨むなよ」「とんでもございません、喜んで!」
私の身体には、いや魂には、
すでにグナガン様が死ぬと代わりに私の命で代用する呪文がかけられてあるわ、
それはたとえ私が先に死んでも、まだ『戦いの途中』であれば魂が移送されて……
(その瞬間、私は最高の喜びに、打ちひしがれるでしょうね)
「スティラ、これからも、我の傍を離れるでないぞ」
「一生涯、この身をグナガン様に捧げ続けますわ、そう、永遠に……」
……と、なるはずだった、
もしグナガン様が『悪の魔王』などと呼ばれるような事があっても、
私は喜んで『悪の魔女』更には『稀代の悪女』と呼ばれても良い、ずっと一緒に……
(なのに、なのにこれは、どういうことなの?!)
計画から一年経過し、
水面下で慎重に話を進めていたのにも、かかわらず……!!
「グナガン様、敵襲です、敵の使いが罪状を持ってやってきました!」
「……なぜだ、勘付かれるのがあまりにも早すぎるでは無いか!!」
「追い返しましたが、いかがなさいましょう」「スティラ、頼む」「はい、グナガン様っ!!」
予定外、予想外の敵襲、
予兆はあった、捕らえた聖女の記憶を消すアイテムを作らせていた、
魔法都市ジーマの大魔導師シャバドと連絡が取れなくなったと聞いた時、嫌な予感が……!!
(大丈夫よ、敵だってまだ、そんなに強くないはず)
そう思っていたのに、
城に侵入して来た連中は……
「何なのよこの機動力、それに魔法防御力は!!」
いくら闇魔法や大規模攻撃魔法をお見舞いしても、
一向に倒れる気配がない、それどころか私への攻撃を、
手を抜かれている?! なんという屈辱なんでしょう!!
(でも、でもグナガン様なら、きっと……!!)
私の所に強い連中が集まっているのであれば、
グナガン様の方は敵が手薄になっているはずよ、
私が遠距離回復魔法を絶えず投げ続ければ、最後は必ず……!!
「グナガン様、私の力をお使い下さい!」
「昨日も今日も明日も、私が貴方を愛する事をお許し下さい……」
「グナガン様の前に立ちはだかる虫けらは、全て踏みつぶしてさしあげますわ!」「踏んでー!」
最後の雑音は何なのよもう!!
でもこれだけ時間がかかっているという事は、
きっとグナガン様は勝利を手中に収めようとしているはず……!!
(だって、だって私の命は、まだ使われていないもの!!)
そこへ年老いた声が響いてくる!
「石化かかりましたぞー!」
その直後、
まだ若い聖女が魔導書を開き唱える!
すると私の頭の中が、真っ白になってくる……!!
(これは、グナガン様が用意させていたはずの、記憶除去魔法!!)
「そんな、そんな私は……あぁ、グナガン様、わた……ぁ…ぃ…し……」
ここまでの回想は、
私の記憶が消される瞬間の、走馬灯のようなもの……
もうこれで私の、私スティラのこれまでの生涯は事実上……終わる。
(グナガン様……貴方を……あぃ……して……ぃ……)
せめて、せめて愛するあの素敵な顔を見て、死にたかった……。
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目が覚めると、そこに居たのは知らない少年だった。
「……ここは、どこ? あなたは……誰?!」
「おいらテイク! アサシンさ、大丈夫? 痛い所ない?」
「私は、私はいったい……??」
何も、思い出せない、
頭の中に大きな穴がぽっかり空いたような感覚……!!
「何か、思い出せる?」
「いえ……でも、大切な、何かが……ううっ」
「無理しないで! アイス食べて、おいしいよ」「ありが、とう」
一口食べさせて貰って、驚いた!
「おい……しいっ!!」
「ここでしか食べられないよ、内緒だよっ!」
「……私の、名前は……??」
そう、一番大切な自分の名前、
それすら頭から出て来ない、本能的に恐怖を感じる。
「お姉さんの名前は、スティラだよ!」
「スティラ……それが私の、名前……」
「とりあえず美味しい物をもっと食べよう、その前に、お風呂があるよ!」
すると今度は小柄な女性が出てきた。
「テイクくん、スティラさん起きたの?」
「うん、マリーヌさんお風呂案内、入るの付き合ってあげて!」
「わかった、テイクくんは」「おいら、食事を用意する!」
あたりを見渡すと、
部屋の上部に付いている白い箱から、
心地よい風が、空気が流れ込んで来ている。
「ここ……気持ち、いい……」
私を連れて別の部屋へ入る女性。
「私はマリーヌ、スティラさん凄いね、私より魔力あって」
「はあ」
「あのテイクくんは恩人だから、言う事聞いたら幸せになるよ」
入った清潔な場所で汚れた服を脱ぐ、
なんだかよくわからない物が多く置いてある、
あと綺麗な大きいタオルが畳んで用意してあって……
「これは……?」
「扇風機って言うらしいわ、とにかく裸になったら奥へ、
シャワーを浴びたらお風呂ね、って記憶ってどこまで消えているのかしら」
こうして丹念に身体を洗い、
心地よくお湯に浸かりながら説明を受ける。
「スティラさんは訳あって生まれ変わるの、
ここの生活が特別だっていうのは孤児院で働けばわかると思うわ、
御主人様となるテイクくんは……その説明は、おいおい、ね」
お風呂から上がると畳まれていたものが『バスローブ』だとわかった。
「お湯、ありがとう」
元の部屋に戻ると用意されていた軽い食べ物、
そして部屋の壁沿いに並んでいる、操作すると出てくる暖かい食事……良い匂い。
「いただいてー!」
「はい、では失礼して……お、おいしいっ!!」
空いていたお腹が夢中で満たされるわ!
お風呂で世話してくれたマリーヌさんが、
テイクという少年がポイントどうのと言ってきたのち、話し掛けてきた。
「それでスティラさん」
「はいマリーヌさん」
「あのソファーより、私の部屋で、一緒に寝ない?」
親愛の表情、
私を仲間として見ている目、そう感じた。
「良いですが、その、なぜ」
「ベッドがひとつ空いちゃって、寂しくって」
いいのかしら。
「テイク、くんは」
「スティラさん、おいらへーき、だって男の子なんだもん!」
「では、しばらくは」「スティラさんもポイント溜めて、部屋つくってー!」
どうやら私は、
ここで生活をしていく事になるみたいね。
「わかったわ、ふたりとも、これから、よろしくお願いします」
こうして私は、
過去について何も思い出せないまま、
部分的に赤子のような状態で、全てを学び直して行く事になった……。
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「この孤児院を経営しております、モンクのリーフと申します」
「スティラと申しますわ、よろしくお願い致します」
「ここで孤児の世話を手伝いつつ、失くした記憶のうち生活に必要なものを取り戻して参りましょう」
すでにマリーヌちゃんは子供達に人気のよう、
そして私をここへ連れて来てくれたテイクくんは……
「という訳で、ゴクウはオシャカサマにいたずらをしてしまい、
元の地上へと落とされ、仲間たちと幸せにくらしましたとさ、おしまい」
自作の『紙芝居』というのを子供達に読んで見せていた。
ぱちぱちぱちぱち……
「では次は、新・鬼ヶし……の前に、お菓子たべるー?」
「「「「「「「「「「わああぁぁーーーーーい!!!!!」」」」」」」」」」
テイクくんの用意しているお菓子は、
あの『修行場』にあった物を孤児院で真似して作った物で、
あそこで食べる物は外へ出してはいけないらしい、マリーヌちゃん曰く『神様の贈り物』だとか。
(あれをそのまま売ったら儲かるのに……)
でもテイクくんは絶対に駄目だという、
私はあの外で魔物を倒すと手に入る『ポイント』で交換できるから良いけど、
交換する時の人形といい、あそこは本当に『神様の施設』に思える。
「さあスティラ殿、まずは神のお導きの勉強を」
「はい、お願い致します」
こうして私は孤児院に通いつつ、
修行場で強くなり続け、ポイント交換で自室を作り、
様々な施設も増え、充実した毎日を送ったのだった。
(よくわかるは、ここはまるで、神の領域……!!)
幸せな毎日、
テイクくんに選ばれた者だけが住める楽園、
やがて私はそのテイクくんに心惹かれて行った、でもたまに……
「うーん、やっぱ元の世界とのネット接続はは無理かぁ、
これPCルーム作ってもここで完結する設備になるな」
あきらかに大人の口調とよくわからない言葉……
そこに見える別人の影が怖い、でも、それも含めて愛おしい。
マリーヌちゃんもテイクくんに夢中になって行った、弟さんが冷たいから。
「テイクくん、そろそろ一緒にお風呂はいろ?」
「いやいや十四歳相手にそれは」
「もう弟みたいなものだし」「さすがにその一線は、まだ」
困ると大人の口調になったり、
かと思えば子供の口調で駄々をこねたり……
私は自然とテイクくんを『テイクちゃん』と呼ぶようになった。
(そして、まるで天啓のような話を聞いたわ)
まだまだ悪い奴がこの世界を征服しようとする、
それを阻止するためにマリーヌちゃんや私の力が必要だということ、
そして、全てが片付いて本当の平和が訪れたら、ここで幸せに暮らそうというお言葉……!!
(十四歳とか関係ないわ、だってこんなに強いんですもの!)
そして、すでに『幸せな生活』を私は満喫している!!
「さあテイクちゃん、お風呂で身体を洗ってあげる、上がったら爪を切ってあげるわ」
「テイクくん、お風呂で水魔法試してみるから見てよ、そして一緒に遊ぼう? ねっ?」
「お、おいら、おいら……おいらはーーー!!」
ふふ、恥ずかしがっているテイクちゃん、可愛い!
もう決めたわ、過去の私がどうであれ、この身を、この心を、
私の全てをテイクちゃんに捧げ、愛し続けると……あぁ、愛おしさが溢れて止まらないわ!!
(でも、でもいくつか、気になる事があるのよね……)
「ねえテイクちゃん、たまに私に言う、『ベル・ダンデ?』って、だあれ?」
「そ、それはっ、ひみつーーーーー!!!」
テイクちゃんの秘密も、
じっくりゆっくり少しずつ、暴いていかなくっちゃ!!
※次回から第二章開始となります。