番外編1 悪女にならなかった魔女マリーヌの話
「さあ、今日も野良猫を捕まえて来い!」
「はい、シャバド様……その前に」
「少しだけだぞ、顔を見たらさっさと行け!」
私、マリーヌは今日も弟の治療費のため、
魔道士シャバド様の命令に従う、日に日にキツくなる要求……
最初は虫程度だったのに、ネズミがなかなか捕まえられないとなると今度は猫。
(そのうち魔物になって、果てには……まさか)
今日も緑の水槽で眠る弟に声をかける。
「クリネ、今日も行ってくるね」
ここ魔法都市ジーマに残る唯一の肉親、
弟のクリネが病魔に犯され、なんとか助けようと必死に回った、
でもこんな私なんかじゃ、命を投げ打ったってエリクサーなんか買えやしない。
(そこで出会ったのが、シャバド様……)
私を見て『素質だけは最高級品じゃな』と言って下さった、
そして『弟を治す実験』をしてくれて、その間に働けと申し出てくれた、
私は何でもする、どんなことでもするからと受け入れた、そう、内容が何であれ……
「あっ、赤ちゃん産んだばかりの」
五匹の子猫に母乳を飲ませる母猫、
人に懐いているのか、逃げられないのか……
私を置いてどこかへ行ったお母さんは、何をしているんだろう?
(私が、私がしっかりクリネの面倒を見ないと……)
そのあたりの箱に母猫子猫を丸ごと入れる、
幸か不幸か、抵抗せず素直に入ってくれた、
うん、一緒が良い、この先、どのような運命が待っていようと……
(クリネとも、ずっと一緒が良いな)
「でかしたぞマリーヌ、では次は犬だ、あと魔法の勉強も怠るなよ」
「はい、シャバド様」
「今度、久々に弟を起こしてやろう」「本当ですかー?!」
こうしてやらされる事は徐々にエスカレートして行った、
他の助手のおじさん、お兄さんのお手伝いに、それに……
まさかと思っていた幼い子供、その世話もさせられた。
(あくまでも、丈夫にするための実験だって……)
その子たちの骨を埋めさせられている頃にはすっかり『理解』をしていた、
でも、弟が少しずつ、少しずつ回復して行っているのが私の目にもわかり、
罪悪感をその嬉しさで誤魔化した、逃げたって行き場は無いし、何より弟が……
(でも、でも他に手は無かったもの)
魔法も闇魔法を中心に勉強させられた、
眠らせる、毒を浴びせる、更には即死させる魔法……
私は近い将来、遠くとも三年後にはとんでもない悪女にさせられる、そんな予感がした。
(それを……それを、あの子が助けてくれた)
秘密の魔法研究所に大挙して押しかけた敵、
いや救世主はあっという間に他の助手を全滅させ、
魔道士シャバド様、いえ、悪の大魔導師シャバドを踏みつけた。
(これで良かった、はずなのに、でも、でも……!!)
「待って! 待ってよーーー!!」
「お願い、私、協力する代わりに弟の病気を治して貰うの」
「まず、約束通り弟を治して貰って! その後なら何してもいいから!!」
しかし、あっけなく、あっさりとシャバドの首は刎ねられた。
「あああクリネが! クリネがまだあああああああ!!」
「マリーヌちゃん、弟くんの所へ案内して」
「……なんで私の名前を知っているの?!」「あっ」
その不思議な少年、名はテイクと言った、
彼は私に『悪い事はしない』『言う事をきく』という条件で、
弟を治してくれる事になった、そして……!!
「じゃ、これ、飲ませるよーーー!」
「それってまさか……エリクサー?!」
「よく知ってるねー、はい、どばどばどばーーー」
その結果……!!
「クリネ! クリネー!!」
「……あれっ、お姉……ちゃん?!」
「クリネーーーーー!!!」
まさに夢のような瞬間だったわ、
そして私とクリネは孤児院の手伝いをしながら、
あっ、院長のリーフ様はとても良い方だったの!
(私の罪を全て聞いて、許してくれた……)
そしてお友達もいっぱい出来た、
何よりあの不思議な少年『テイク』が住んでいる場所が、
とんでもなく立派な秘密の場所だったの!
「何、これ買えるの? ポイント??」
「うん、表の敵を倒すと溜まるよ!!」
弟と一緒に倒してみると……!!
「このジュース、美味しい!」
「こっちのしゅわしゅわも、おいしいよ!」
「クリネも!」「うん……あまぁい!!」
トイレから何から、まるで天国のような場所……
見た事の無い魔道具や食べ物、そして喋る人形……
「お姉ちゃん、ここに住みたい!」
「そうね、テイクくんにお願いしてみましょう」
元気になった弟はみるみるうちに元気に、
更には強くなっていった、おまけに嬉しい事に……
「マリーヌちゃんなら部屋、作っても良いよ!」
「本当に?!」
「とくべつだよー!!」
うん、きっと私に惚れている、
でも今の私は弟と、クリネと過ごす時間が大切なの。
「お姉ちゃん、部屋にポイントで色々買えるね!」
「うん、これからは、ずっと、ずーっとここや孤児院で一緒だから」
そんな私達に、ひとりのお姫様が現れた。
「スノと申します、今日からこの修行場で、お手伝いさせていただきます」
当初は攻撃方法を持たなかったこのお姫様は、
自国のペガサス騎兵隊四姉妹ではなくって、
なぜか私の弟と組まされていた、指示したテイクくんによると
「育成の効率が良いからね、相乗効果でしんあぃ……心配ないさーーー!!」
と、たまに子供っぽくない喋り方をする、ちょっと怖い。
私とクリネを強くさせているのは、どうやら『ラスボス』という悪の親玉を倒すためらしい、
その名は『グナガン』ダングルキア国の王様らしい、そういえばシャバドが何度か言っていた名前。
「時は来た! ……それだけだ」「プッ」
テイクくんがかっこよく決めたつもりでも、
孤児院のリーフ様が軽く噴き出すのも無理は無い、
クリネは後ろを向いて笑っている、うん、本当に元気になって良かった。
(きっとテイクくんは、みんなを和ませてくれているのね)
たまに、急にテイクくんは豹変する、
ガルデーダスのエリオ国王やマティスリア国のドミニク隊長は、
おそらく『未来を予知した神様』が入っていると言っていた、そう言われると納得する。
「テイク殿とのコンビネーションも、様になってきましたな!」
「俺たちは1+1で200だ、10倍だぞ10倍!!」
「……やはりテイク殿も孤児院で皆と一緒に勉強を」
ごめん、やっぱり神様なんかじゃないや。
「あっ、マリーヌちゃん死なないでね」
「うん……クリネも無理しちゃ駄目よ」
「この力で無理も何も無いよ、強くなり過ぎちゃって怖い」
そう、私達は……
クリネ(バーサーカーLv20)
マリーヌ(ダークウィザードLv20)
この貰った力を、今度は平和に還元する番だ、
でもテイクくんの、一番の目的は別にあるらしい。
「よーし、おいら、魔女を捕まえちゃうぞー!」
そう、悪の魔女が居るらいくそれに夢中になっている、
移動中やふとした時も、テイクくんに入り込んだ何かが呟いている。
「スティラさまぁ~~……」
「……くこおねぇちゃんの声……ふひっ」
「あぁ、スティラ様に、早く破滅させられたいいぃぃぃ……」
あれは神様なんかじゃない、
もっと質の悪いアンデッドの魂だ、
しかも次元の違う……でも、私を、そして弟を助けてくれた恩人。
(そして私は約束した、言う事をきく、と)
ならテイクくんの望み通りにやるだけ、そして……
「そんな、そんな私は……あぁ、グナガン様、わた……ぁ…ぃ…し……」
魔女スティラの記憶が消され、
あとは敵将グナガンとの契約魔法だけが残っていた、
これを解呪するのが、私の残された仕事……でも、これで平和にはなったみたい。
「さあ、どんな悪女に育てようかな~♪」
言っている内容はともかく、
浮かれているテイクくんは、やだ、かわいい。
(でも、あの修行場に戻ると、クリネはまさかの言葉を……!!)
「お姉ちゃん、いやマリーヌ姉さん、僕、スノちゃんと結婚したい!」
まさか、次女とはいえ一国のお姫様と……!!
「クリネ、それは本当?!」
「うん、ごめん姉さん、でも、僕、僕は……」
「マリーヌさん責めないであげて下さい、私達で決めたんです」
すっかり仲睦まじいふたり、
この時にわかった、テイクくんがこの二人を組ませていたのって、
すでにお互いが惹かれあっていた事を見透かして……!!
(やっぱりテイクくんの中に、神様のようなものが居る!)
と同時に私は心の中で、膝から崩れ落ちた。
「ねえクリネ、たまには戻ってくるよね?」
「戻るっていうか、ここへは来るよ姉さん、ポイント交換に」
その表情はスノ姫に向けられていた、
つまり、彼女のために……そう思うと、
もうクリネの心は全て愛する姫に捧げられていると、そう観念した。
(そして、半年後……)
「さあテイクちゃん、苺だいふくよ、あーん」
「あ、あーん……んぐんぐ、美味しい」
「テイクくん、おっきいプリンも食べさせてあげるね」
記憶を消され、孤児院のリーフ様に再教育されたスティラさんと、
弟にこちらから頻繁に会いに行くと『あんまり邪魔しに来ないでよ』と言われ、
何かが切れてテイクくんが恋しくて愛しくてたまらなくなった私が居た。
(だってここ、幸せ過ぎるんだもの)
勝手に魔法で用意されるお風呂、レストラン、
図書館や様々な施設、最近はボウリングとダーツバーにハマっている、
そしてコンビニや洋服店で手に入る様々な超高品質のものたち……!!
(決めたわ、私、テイクくんに生涯を捧げる!)
たまに悪女がどうとか呟く少年、
更にわけのわからない事も、でもいいの、
それはきっと、幸せになる呪文なのだから!!
「テイクくん、お風呂で水魔法試してみるから見てよ、そして一緒に遊ぼう? ねっ?」
今後も増えるらしいテイクくんの『悪い女』となるため、
とびっきり愛してあげたいと思う、それが私の幸せなのだから!
でも、でも……テイクくんが私に言っていた……
(ソドコって、なんだろう???)