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突然変異で女の子になった元男はずっと引き籠って生きてたい  作者: メモ帳
また高校受験しなきゃいけないのマジ?
7/10

普通に前で発表とかするのは平気なのに自己紹介だけ慣れないのはなぁぜなぁぜ?



「それじゃあ説明会は以上で終わり! みんなお疲れ!」


 草壁先生の話が終わると同時にクラスが騒めき始め、軽い緊張感から解放されたようにそこかしこで笑顔が見えた。


 入学式が終わり、在校生と保護者の人達から見送られた私達はそのままの足取りで教室へと戻り、担任から一年間の予定というか、どんな感じで授業とか行事が行われるっていう大まかな流れの説明会みたいなのが始まった。

 一時間近くかかった説明会も今終わって、教室中からは弛緩した空気が流れ始めている気がする。それは私も同じなのだろう、だって漸く一段落ついた感じがして終わりっぽい雰囲気になり始めたのを感じてしまったのだから。


 後はこのまま軽い挨拶をして終わり。そんな風に思っていた私の勘は正しかったのだろう。


「それじゃあ今日はここまで。後は各自解散って流れになるけど、お前ら入学でテンション上がって帰り道に問題起こすようなことするなよ?」


 草壁先生が一睨すると所々から苦笑いみたいなのが聞こえて来る。図星だったのだろう、そんな生徒達を見て呆れたように溜息を吐いた草壁先生は最後を締めるように手を叩いた。


「よし! それじゃあこれで終わり! 皆お疲れ解散! 帰っていいぞぉ!」


 草壁先生の合図でクラスメイト達が立ち上がり始める。私もちょっと休憩したら立とうかなって思っていると急に大きな音が聞こえて来て思わず肩を竦ませる。

 何かを叩いたような音。それは教室の前の方から聞こえてきて、恐る恐る顔を向けた先には教団に両手を叩き付けた草壁先生がいた。


「と、本来ならこれで終わりだったんだがな。お前ら一旦席につけ。そこのお前、名前はなんていう?」


 立ち上がりかけていた生徒達が困惑しながら座り始めているのを横目に草壁先生が指差したのは、自由席なのにも関わらず教室の机の真ん中一番前という席を選んでいた生徒だった。

 中々に整った顔立ちの、俗に言うイケメン男子生徒が何が何だか分からないといった風に、しかし聞かれたからには答えなければならないと咳を一つして話し出す。


渋谷琉偉(しぶやるい)です」

「そうか、渋谷。それじゃあ今から立ってこっちまで来い。教壇の前までだ。そうそう、よし」


 草壁先生は困惑する渋谷さんを元々自分が立っていた場所に連れてくると満面の笑みで言った。


「私は学校で嫌いな事が一つあってな、それがクラス替えとか入学式が終わった後に始まる自己紹介タイムなんだ。どうせ時間が経てば知れるのに晒し者みたいな事をして何の意味があるんだってな」


 草壁先生は悔しそうな顔をして言い切った後、さっきみたいな満面の笑みをして続ける。


「だからな、先生決めたんだ。私が教師になって担任を受け持ったら絶対生徒を前に出して自己紹介させようって、そう決めてんだ。そして今この時が来た。さぁ、始めようか」


 これ以上ない程の笑顔で、悪魔のような笑みを浮かべる草壁先生を私は、私達はこいつマジかという目で見ていた。


「これは……ヤバい先生と当たっちゃったかも」


 私の第一印象はどれも間違っているのかもしれない。優しくて良い先生だった草壁先生への評価は、優しそうだけどその実憂さ晴らしを生徒で発散する悪魔のような教師へと一瞬で変化、転落していった。






 私は人生最大の危機の最中にいる。それは言い過ぎだと思われるかもしれないが常に最大は更新され続けているのだ。昨日よりも今日、今日よりも明日。日々のアップデートを欠かさない私は正に最新の女と言えるのではないだろうか。


「はい、それじゃあ次の人ね」

「っ……」


 また一人減っていく。気付けば私の番まで残り三人。何故か廊下側から蛇みたいにうねって進み始めた流れは止まらずに私の背後に迫り来る。

 本当ならこんなにも緊張することなんてなかったのだ。予定では初々しいクラスメイト達が思い通りにいかない自己紹介で呆れとか安心とか、そういった類の笑いに包まれていい感じに自己紹介を終わらせられる、その予定だったのに。


「俺の名前は石川五郎です! 友達からは石川五右衛門だなんて呼ばれてるけど皆は普通にゴロちゃんって呼んでくれたら嬉しいっす!」


 私の二つ後ろの席の男子、石川さんがおどけてそう言えば教室中からゴロちゃ~んだなんて声が上がっている。何でこんなことになってしまったのか、こんな状況で出なければいけないだなんてこの世に神はいないのかもしれない。

 ふと視界の端に草壁先生が映った。手首に巻いた腕時計を見ながら険しい表情を浮かべているが私には分かる。それは時間が気になっているのではない。


 草壁先生はこの状況にうんざりしているんだ。


 態々嫌いだと言っておいての自己紹介の流れ。きっと先生的には私が考えていた空気を望んでいたのだろうが結果としては和気藹々とした感じになっている。暫く先生を観察していると石川さんの自己紹介が終わったタイミングで何かを決意したように顔を上げた。


 これは時間があれだからとか言って終わりになる感じだ!


 私が期待に満ちた目で草壁先生を見ていると不意に私を見て動きを止める。クラスメイト達も不思議そうに立ち上がったまま動かない草壁先生を見ていると、機嫌が悪そうだった顔に笑みを浮かべて手を叩き言った。


「さ、ラストスパートよ! 次の人前に来て!」


 私は信じられないものを見た。これ程までに悪意に満ちた顔が出来る人間が存在するなんて知らなかったのだ。確かにさっきまで草壁先生は終わらせようとしていた。それなのに私の顔を見た途端に変えたのだ。たった一人を道連れにする決断を。


「あ、は~い。今行きま~す」


 横を駆け足で通り過ぎていくメグミンさんを見ている余裕はなかった。まさかの裏切り、突き放し。もう大人を信じられなくなった私だけど、それでも顔を上げてメグミンさんの自己紹介に耳を傾ける。

 最早言うまでもないが私は自己紹介が苦手だ。ウニと自己紹介どちらが苦手かと問われれば迷ってしまう位には嫌いだ。だからこそ見届けなければいけない。どんな感じで進めるのか、自分よりも前の人の自己紹介は特に重要な要素となる。違う事を言えば注目されてしまうし同じ過ぎてもだめだ。その見極めをしなくちゃいけない。大事なのは多少変えつつも同じような話をすること。そうすれば人は聞き逃したり話が頭に入ってこなかったりする。


「えっと、私の名前は相原恵って言います。中学の頃はメグミンって呼ばれてたから皆にもメグミンって呼んで欲しいなって思ってます」


 言えるか馬鹿が。


 え? なにこの流れ? ゴロちゃんの時も思ったけどなんか愛称決めてる人多くない? 無理なんですけど。もうだめじゃん、破綻したわ今。終わったわ。


「和花台中学から来たから多分この高校にも同級生とか多いかなって? って思ってたりします。だけど私は高校では新しいお友達を沢山作りたいなって思ってたり。まだやりたい事とかは決まってないけど今まで知らなかった、きっと楽しくなるってワクワクする体験がしたいなって思います! これから一年の間だけど皆よろしくね!」


 大きな拍手と共にメグミンさんの自己紹介は終わる。私も力ない拍手を送りながらやり切った顔でこっちに来るメグミンさんを迎える。


「へへへ、緊張しちゃった」


 すれ違いざまにそんな事を宣うメグミンさん。緊張しているの本当の意味を教えてやろうかと思ったけど、草壁先生が満面の笑みで私を呼んできて心臓が爆音を響かせた。


「はい、次の方どうぞ~」


 厭味ったらしく丁寧な口調の草壁先生に殺意を覚えるも、足は勝手に動き出している。動かなければ死で動いても死。最早私に打つ手など存在しない。


 私が教壇に向かう間、何故か教室は静かで沈黙していた。さっきまでは騒々しかったのに、この変わりようはまるで全員が私を笑っているかのように感じる。被害妄想甚だしいと思われるかもしれないが私はこういう性格なのだ。


 指定位置に立ち、ゆっくりと顔を上げた。瞬間私に集まるクラスメイトの視線に限界を迎えた私は頭が真っ白になった。あれ? 何を言えばいいんだっけ? ていうか今なんの時間? なんでこんな所に立ってるんだろう。皆は何かを待っているように見えるけど一体何を……あ、そうだ。今自己紹介だっけ。


「わ、私の名前は佐藤凛って言います……えっと、愛称とかは、その……め、メグミン! さん、からはさとリンって呼ばれてて……それで、皆さんにもさとリンって呼んでほしくて……その」


 必死にメグミンさんの自己紹介を思い出しながら話していく。思ったよりも言葉はスラスラと口から出ていて、この調子なら問題なく終わらせられるかもしれない。微かに湧いた希望は冷たく閉ざされた私の心を温めた。


「中学校はっ、紅葉中学っていう所で、千葉県の下の方だったからこの高校に来たのは私だけで、良かったら友達になってくれる人がいたら、嬉しい……です。やりたいことは……今はないですけど、でもこれから見つけられたらいいなって……そう思います。よろしくお願いします」


 胸の前で忙しなく動かしていた両手を握り締めて頭を深く下げる。これが私の処世術である取り敢えず低姿勢でいけば相手を怒らせたりしない技である。しかもこの技にはもう一つ利点があって反応が来るまで相手の顔を見ないで済むという事だ。今迄の流れならこの後拍手が来る筈だからそれを受けた後にぺこぺこしながら帰る事で帰り道までも視線に惑わされないで済む。完璧だ。


「(……? 拍手がこない?)」


 メグミンさんの時は直ぐに拍手が沸き起こったのに何故か今は何も起きない。それから数秒後に疎らな拍手が聞こえてきたが、私は下を向いたまま席に戻るしかなかった。何が悪かったのか、私には分からないがきっと大変な間違いをしてしまったのだろう。

 とぼとぼと席に戻った私は、呆然と私を見てくるメグミンさんに体を半分向けつつその両手を抱くようにして胸の前に持って来る。


「メグミンさん……すっごい緊張しちゃった」


 もう私は何が何だか分からなくて、元男の癖して目の前がぼやけてしまった。周りから注目されようが関係ない。今の私は癒しが欲しくてそれをメグミンさんに求めるが、何故かメグミンさんはすぐさま下を向いて顔を見せてくれない。


「メグミンさん……メグミンさ~ん」

「そ、その声やめて……我慢できなくなっちゃうから」

「うぅ……我慢しないでいいんですよ? 私を慰めて下さい」

「っぅ~~~ぉぁ!」


 突如上を向いて何かを押さえつけるように歯を食い縛るメグミンさん。その余りの異常さに思わず呆けてしまう私は悪くないだろう。人間、自分よりも慌てている人間を見れば落ち着いてしまうものだ。自己紹介が終わったのもあって少しリラックス出来た私は手を離して前に向き直る。


「少し安心できました。ありがとうございます、メグミンさん」

「へ? あ、あぁ……うん、どういたしまして」


 何故か悲しそうにしているメグミンさんに小さく頭を下げてから前を見る。すると前の席の男子が慌てて立ち上がり教壇に急いだ。それを見て私は少し可笑しくなって笑ってしまう。そうだ、何も緊張していたのは私だけじゃないのだから。


 ちょっと取り乱しすぎたかもしれない。反省反省と、私は自己紹介を聞きながらそんな事を考えていた。



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 赤らんだ頬、目尻に浮かんだ涙は煌めき、胸の前で組んだ両手は白く華奢で可愛らしい。制服の上からでも分かる大きな胸は腕に挟み込まれてその存在を主張し、普通なら膝丈で収まるだろうスカートはその長い脚によって大胆に太腿を露出させている。まるで空想の世界から現れたような美少女にすぎる顔も相俟って教室中の人間がさとリンに目を奪われていた。


 恥ずかしそうに身をくねらせてか細い声で話すさとリンが何を言ったのかは正直覚えていない。だけどその脳を蕩かせるような甘い声と、自己紹介をしているとは思わせない可愛らしくも目を奪う、言い方を変えれば情欲を煽るような淫らな動きは本人が意識していないと確信を抱けるからこそ心に来た。


 自己紹介が終わり頭を下げたさとリンに対して誰しもが拍手を返せなかった。一体目の前で何が起きたのか、今行われていたのは本当に自己紹介だったのか。誰しもが自らを疑い、あの光景を脳内で反芻していたけど、やがてちらほらと拍手の音が聞こえてきてさとリンは下を向いたままこっちに来た。


 私が呆然とさとリンを見ていると、前の席に座ったさとリンが横向きに椅子に座りながら上半身を私に向けたと思うといきなり両手を掴んで胸に引き寄せた。両手に感じる柔らかさと体温に心臓が跳ね上がった瞬間、涙目で私を見たさとリンが言った。


「メグミンさん……すっごい緊張しちゃった」


 間近で見せつけられたあまりにも艶めかしいさとリンに私は反射的に下を向く。もし少しでも下を向くのが遅れていたら間違いなく私はさとリンに酷い事をしたという確信がある。ナイスプレイだ。


「メグミンさん……メグミンさ~ん」

「そ、その声やめて……我慢できなくなっちゃうから」

「うぅ……我慢しないでいいんですよ? 私を慰めて下さい」

「っぅ~~~ぉぁ!」


 誘っているのか? 誘っているんだな? そうなんだな? いや待て待てさとリンはこういう所があるから、そこに変な意味なんてないから。きっと本当に慰めて欲しいだけでそこにいかがわしい意味なんてないんだから!


 必死に私が理性で溢れんばかりの欲望を押さえつけていると突然手を離してしまったさとリンが笑顔で言った。


「少し安心できました。ありがとうございます、メグミンさん」

「へ? あ、あぁ……うん、どういたしまして」


 少し、いやかなり残念な気持ちが拭えないがそれは顔には出さないように気を付ける。何にせよさとリンが落ち着いたようで良かった……後でこのクラスの男子生徒には決して勘違いするなと忠告しておかなければならない。クラスの半数はいる女子達にも手伝って貰って悪い虫が付かないようにする。


 私が段取りを考えているといつの間にか自己紹介は最後の一人が終わり、草壁先生が解散の挨拶をしていた。











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