校長先生の話は基本的に長い?
今日は二話投稿だったりします
人は辛い時、楽しい事をしたり思い出したりして精神の回復に努める。ここは菫高校一年A組。学生の規模に相応しい七階建ての巨大校舎の最上階に位置する教室は、高度もあってか開け放たれた窓から吹き込む風がやけに強くて冷たい。
「まるで……私の心みたいに」
現在大雨強風警報発令中の私の心は冷たく脆い。これを修復するには必要不可欠なものがある。そう、自己満足だ。
下を向いてみる。そこにはスカートから覗く柔らかさと細長さを両立した完璧な脚があった。見ているだけでうっとりしそうなそれを眺めているだけで病んだ精神が回復してくるのだから、他人が凝視してきてもおかしくないだろう。
そこから更に上にはきゅっと引き締まったお腹とのラインが美しい大きな胸が存在を主張している。ただ大きいだけじゃない、その形の美しさはどんな芸術家にも表現出来ない魔法がかかっている。
だが、そこまでなら他にも同じような人はいるだろう。他の人にはあって私にしかないもの、それは世界の誰よりも可愛いと断言出来る美少女であるという事実だ。
黄金比率で形成された骨格に配置されている顔のパーツはどれも素晴らしく、その保護欲を掻き立たせる造形にして見る者を惑わす妖艶さも醸し出す顔は決して世界中の誰にも真似出来ない。実際に私が姉さんに確認した際には二つ返事で『はいはい』と返答を貰ったからこれはもう間違いない。
改めて自らの美少女っぷりを確認すると雨は止みいつしか満天の青空がそこにはあった。草木は芽生え、動物達の鳴き声が生命を育んでいる。どれもこれも全て美少女である私のお陰であるのは間違いなく。
正直若返り病じゃなかったら絶望していたに違いない。この美貌が年によって失われていくなどあってはならないのだから。
一通り満足した所で騒がしかった教室が静まり始めたのに気付く。誰か来たのかもしれない、教師か? と思ったけど今更人が入って来たら分かる筈。時間もそろそろだと思うしいつ来てもおかしくはないと思うけど、じゃあ何が原因なのかと問われれば。
「(やはり……私が可愛すぎるからつい見惚れてしまうのね。私って……罪な女!)」
ここが人前じゃなかったら自分の体を抱いてこねくり回していたに違いない。あまりの美少女っぷりに目を奪ってしまう生徒は多いだろうと予想していたけど、クラスメイト全員の視線を奪ってしまう程とは思っていなかった。
まぁ、そんな訳ないんだろうけど。
幾ら自己評価が高いからって流石にそこまで自惚れてはいない。大方私が自らの肢体を舐め回すように見ていたから何やってんだこいつ……的な感じに見ていたんだろう。だって私も他人が隅々まで自分を観察した後に笑みを浮かべていたら正気を疑うしね。
理由が分かってスッキリした後に途轍もない自己嫌悪タイムが始まった。え? ちょっと待って無理しんどい本当に無理これヤバすぎだろ。入学初日からヤバいやつ認定されたってこと? 終わりじゃん学生生活。終わったわ。
もうどうしようもない。私はこれからとんでもない自己愛者として認定され近寄り難い存在として悪魔のような一年を過ごすのだろう。はあ〜……さようなら、我が高校生活。
「はいはいはーい! お前ら待たせたな! 今日から君達の担任となる草壁だ。これからよろしくな!」
突然、教室の前側の扉から活発そうな女教師が入って来て早々にテンション高く宣言した。教室から疎に聞こえて来るよろしくお願いしますの声を聞き流しつつ、担任となるらしい草壁先生を観察してみる。
第一印象としては運動系の部活の顧問をしてそう。黒髪をポニーテールに結んで快活そうな笑みを浮かべるその姿は女子人気が高そうな感じだ。運動が得意そうな生徒を見掛けては勧誘を繰り返してそうな感じで、ちょっと私とは相入れないかな? まぁでも普通に担任として関わるのだけ見ればすごくいい人そうで、きっと二人組を作れなくても笑顔で一緒にしてくれそう。
「今日はこれからの学校生活について色々と説明することがある、のだが先ずは入学式だな。君達の人生において大きな門出となる舞台だ。今から服装の乱れとか確認しとけよ」
草壁先生の言葉で慌てて服装を確認し出すクラスメイト。なんだか微笑ましいなぁなんて思いつつ私もちょっと緊張して来て、何かおかしいとこはないか見てみる。
「さとリンは大丈夫だよ。可愛いから安心して!」
「メグミンさん……いや、可愛いとかじゃなくて服が乱れてるからどうかなんだけど」
両拳を握って安心してと言ってくるメグミンさんはちょっとズレてるのかもしれない。少なくとも入学式において可愛いかどうかは関係ないと思うのだけれど、メグミンさんには服が乱れてないか確認して欲しいのだ。だって私はどんな服装だったり状態でもあっても可愛くないなんてありえないんだから。
「服も特におかしなとこないよ。あ、私のも見てみて?」
メグミンさんは立ち上がるとくるりと一回転する。立っている生徒もいるが大部分が座っている中でする動きとしてはかなり大胆で、こっちまで恥ずかしくなって来るけどメグミンさんは気にした様子なく明るく聞いてくる。
この様子だとそこまで見下されてないかもしれない。自由席で後ろの席に座って来た時は隣には座りたくないなんて言われてるのかと思ったけど、この様子なら大丈夫そうかも。
「うん。メグミンさんもすっごく可愛いですよ」
「ちょ、服とかの確認してよぉ」
仕返しとばかりにやり返せば、顔を赤らめたメグミンさんはぷんぷんと怒ったとばかりに頰を膨らませ腕を振る。その仕草は余りにも可愛らしすぎて、私の中の男が反応してしまう。
「やっぱ……本職は違うな」
「ん? どしたの?」
「いや、何でもないです。ちょっと自信なくして」
私は世界で一番の美少女だと確信しているけどそれは外見だけの話だ。中身はやはり男そのもので女っぽい仕草とか言葉遣いが危ういのが事実。実際今のメグミンさんみたいに可愛らしい仕草を狙わないで出せないし、羞恥心から躊躇してしまうだろう。どこまで行っても中身は男。そこから抜け出す方法を私はまだ知らない。
「それじゃあそろそろ時間だから教室出るぞ!」
草壁先生の合図にクラスメイト達が三々五々となって教室を出て行く。メグミンさんは何か言いたげに私を見ていたが圧倒的なまでの女子力の差に少なくないダメージを受けていたから、無視して手だけ引っ張り廊下を目指す。
別に、メグミンさんと一緒にいたくない訳じゃないし。だってここで離れて距離取られたら確実に一年間を棒に振るって分かってるからね。
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やっぱりさとリンは他の人とは違う。私は前の席に座るさとリンを見てそんな事を考えていた。
黒板に書かれていた自由席の文字。教室に入った時には既に人が結構集まってて良さげな席は取られてるかなって思ったけど窓側の席で空いている場所を見つけた。
私は窓側の席が好きだったりする。夏は日差しが暑かったり冬は寒かったりするけど、季節の変化とかを間近で感じられるのが好きだったから。
だから今回もさとリンが嫌じゃなかったら二人並んで座ろうかなって思ってたんだけど、さとリンは他の席には目もくれずに窓側の席に行ったのを見てほっとする。隣も空いてたからそこに座ろうと思って私は、一瞬の躊躇の後に後ろに空いていた席に座った。
「(だって、隣に座ったらさとリンのこと見れないもん)」
横を向けばいつでもさとリンの横顔が見える。それはすごく素敵そうだけど、頻繁に横向いてたらすぐにバレそうだし注意されて他の席に移動とか言われたら最悪。
それに比べて後ろの席なら前を向くだけで何も言われずにさとリンのことを見ていられるから、私は横顔を犠牲にしてこの席を取ったのだ。
そんな決意をしたのが数分前、私は既に後ろの席にしたのを後悔していた。
何やら下を向いていたさとリンが顔を上げると徐に笑顔を浮かべた気がする。後ろからはよく見えなかったけど若干顔を横にしていたから僅かに見えた表情は、どうして見える位置に座らなかったんだと後悔させてしまう程で。
教室にいるクラスメイトは勿論、今入って来たばかりの人達もさとリンの笑顔に目を奪われている。
さとリンは端的に言って美少女だ。それもそんじょそこらの美少女ではない、まるで作られた存在が現実にやって来たと言っても過言ではない程の美少女。
その笑みを向けられた人は恋をする。例えそれが同性であったとしても関係ない。そんな魔性を秘めたさとリンが放つ笑顔は人類を幸福へと導くだろう。
私がさとリンの可愛さについて問答していると教室に教師が入って来た。草壁というらしい先生は私達に服装の確認をするように要求し、私を含めた皆が確認し出す。それはさとリンも例外ではないようで、難しそうな顔で自分を見ているさとリンも可愛くて思わず口に出してしまった。
「さとリンは大丈夫だよ。可愛いから安心して!」
「メグミンさん……いや、可愛いとかじゃなくて服が乱れてるからどうかなんだけど」
しまったと思った時にはもう遅い。困ったように笑うさとリンは可愛いが、私は可愛いを優先しすぎていたことに気付く。慌てて大丈夫だと伝えてから、私自身も見て貰おうと思って半ば照れ隠しに立ち上がり全身を見てもらう。
ぽけっとした顔で私をみるさとリンは可愛い、じゃなくて感想を待っていればさとリンは微笑みを浮かべて言った。
「うん。メグミンさんもすっごく可愛いですよ」
「ちょ、服とかの確認してよぉ」
さっきの趣返しだとは分かった。だけどさとリンから直接言われた可愛いは私の心に大ダメージを与えた。これが尊いということなのだろうか? あまりの嬉しさと恥ずかしさに思わず感情が身振りとなって出てしまうが、さとリンは変わらず笑顔のまま、しかし急に落ち込んだように顔を落とす。
ふと、さとリンが何かを言った気がした。だけど声は小さくてよく聞こえなくて。
「ん? どしたの?」
「いや、何でもないです。ちょっと自信なくして」
さとリンは誤魔化すようにそう答えた。そこには何かを隠すような素振りがあったけど、その言葉は嘘ではないように思えた。さとリンが自信をなくす。こんなに可愛くて優しいさとリンが何に対して自信をなくすのか分からないけど、それをどうにかしてあげたいって思ったから。
「それじゃあそろそろ時間だから教室出るぞ!」
でもその前に草壁先生が言った言葉でさとリンは立ち上がってしまう。聞くタイミングを逃してしまい、どうしようと思っているとさとリンはいつの間にか私の手を握って引っ張っていて、私は力が抜けていくのを覚えた。
さとリンが何を気にしているのか、それで自信がなくなったのは何故なのか。それを聞きたいのは山々だけど、きっとさとリンは話したくないのだろう。なら今はいい。いつか話してくれる、そんな時が来たらその時には精一杯の力で手伝ってあげようと思う。そう決めたんだ。
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「…………ハッ!」
不味い、どのくらい寝てた? あ、良かった。まだ話の途中だった。時計を見れば十分くらいしか経っていないのが分かる。まだ校長先生の話の途中みたいで、雰囲気的に盛り上がり所に入ったのだろう。
……いや、話長すぎないか?
周りを見れば何人か私と同じように寝ている人がいる。まぁこんなに長い話な上に、妙に睡眠作用がある声で淡々と話されると眠くなっちゃうのはしかたな……ない……。
…………スウ。んにゃむ。