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❻初めての舞踏会 再会

 

 ガタンゴトンガタン…


「ねぇ、お父様。今日はカディル様にファーストダンスをお願いしたいの!お父様からもお願いしてくださらない?」


 フカフカな座り心地の良い馬車の中で、甘えた声でマーシャが父に懇願する。


「もちろんだとも。王太子殿下に一緒にご挨拶に伺おう。」

「ほほほ、今日のマーシャはいつもに増して輝いてるもの。王太子殿下からお誘いがあるのではなくて?」


 馬車の揺れも少なく、フカフカの椅子を堪能していたシェリルは、3人の会話にピクっと反応する。


(王太子殿下…)


 隣のシェリルが僅かに反応したのを感じとったのか、

「あんたみたいに陰気な子、カディル様にご挨拶すらさせてもらえないんだから。私なんて、最近お茶会でカディル様からよく声をかけていただいてるの。王太子妃候補のどの令嬢たちよりもね。」


 フフン、と自慢気に笑うマーシャに、ハンナが続く。


「王太子殿下もマーシャを気にかけてくださってるようだし、王太子妃は無理でもあなたを側室にっておっしゃるかもよ!」


「確かに、領地で育てている薬草に興味を持たれて効能を研究したいとお願いされてね。

どうしてもというので、1週間ほど殿下の配下の者が領地の屋敷に滞在されたんだ。」


 ふむ、と口髭を撫でながら思案顔でお父様が話す。


「だから、ダンスのお願いくらい聞いてくださるさ。」


「きゃーーっ!お父様、大好きですわっ。」


 王太子殿下の話題に花を咲かせる親子3人の会話を聞きながら、私は小さくため息をついて目を閉じた。



 ———子供の頃に一度だけ会った王太子殿下の顔は忘れてしまったが、とても優しかったことは覚えている。

 冷たく不思議な食感になったゼリーの味も———。


 この国では氷魔法はとても希少で、魔法の中で特に緻密なコントロールが必要となる。

 魔法にも剣術にも長けている彼は、王太子の仕事をしながら魔術騎士団の戦闘員として国の防衛にも尽力しているらしい。


 ガタン


 馬車が大きく揺れて止まると、御者が目的の場所に着いたことを知らせる。




(わぁぁー!なんて煌びやかなの!!お城の中も、どの女の人も華やかで目が眩んでしまうわ。夜なのに、昼間のように明るくて、眩しいくらい。)


 天井に浮かぶ灯りは魔法で花を象っており、キラキラと輝いている。

 初めての王城と大勢の着飾った貴族たちに驚き、開きっぱなしの口を扇で隠しながら、家族の後ろについて行く。


「もしかして、あのご令嬢が先妻の娘だろうか。」

「まぁ、生きていたのね…」

「見て、あのドレス。侯爵令嬢にしては…くすくす…」

「セリーナ様によく似てらっしゃるわ。」


 心ここにあらずなシェリルは、周りの視線や囁きに全く気づくことはなかった。


「フリージア侯爵!」

 父を呼び止める声に4人足を止めると、人混みから1人の紳士が近寄ってくるのが見えた。


「ちっ」


(お父様、今思いっきり舌打ちしたわね…)


「セルグリーン子爵、久しぶりだな。」


「はい、ご無沙汰しております。侯爵家の皆様もお元気そうで何よりです。」


 シェリルはハッとして、顔を上げ紳士を見ると、自分と同じ色の瞳と目が合い微笑まれる。

(セルグリーン子爵…お母様のご実家…もしかして、叔父様?)


「何か御用ですの?」

 不機嫌顔のハンナが子爵に尋ねると、


「領地で療養していたシェリル嬢がデビューすると聞き、顔を見たいと思いまして。後でダンスに誘ってもよろしいでしょうか。」


 一瞬、わずかに目を細めた子爵が、侯爵に申し出た。


「ふんっ 陛下への挨拶が終わったら好きにするがいい。まだ療養中であるから、こやつだけ早々に帰らせるがな。」


「えっ!?」


 1人先に帰らされることを初めて聞き驚いて小さく声を出してしまったシェリルに、侯爵が鋭い視線を向ける。

「さっさと行くぞ。」



 国王陛下への挨拶はマーシャと一緒に無事済ませることができたが、周りの人達のザワつきにビクッとしてしまい、まともに顔を上げることができなかった。

 それでも、一瞬目が合った王妃様がとても優しく微笑まれて、不思議と温かい気持ちになれた。


 なんだろう…誰かを思い出しそうになったのだけれど…。

 王太子様と王女様も両陛下の後ろに控えているが、顔を見る余裕もなく下がり、横に移動して改めて王室の方々を見る。


(王太子様…あんな昔のことなんて、覚えていらっしゃらないでしょうね。しっかし、王太子様…眩いわーー マーシャが騒ぐだけあるわね。あまりジロジロ見ちゃダメよね。

 …ん?)


 王女様の髪に薔薇と一緒に飾られているリボンに目が止まる。


(んんん?よく見えないけれど、私の編んだレースのリボンに似てる…ような…?


 ……でも、まぁ、王女様が身につけるものだから、きっと王室御用達のお店のだわ。)



 うんうん、と頷き1人納得していたが、気がつくとデビュタントの挨拶はいつの間にか終わっており、家族が誰も見当たらない。


 取り残されたシェリルは、ひと息ついて近くの給仕からジュースを受け取り壁に向かった。

 壁から眺めるこの光景———現実とは思えない、煌びやかな世界。


 遠くに、着飾った令嬢が1人の男性に群がっているのが見えた。


(あの髪の色…王太子様かしら。まるで花に群がる蝶のようだわー。

 それよりも、叔父様は…)


 と、キョロキョロと周りを眺めていると


「シェリル」

 シャンパンを片手に、セルグリーン子爵が近づいて来た。


「シェリル、何年ぶりだろう。君の母上の葬儀以来か——

 身体を悪くしたと聞いていたが、顔色も良さそうだ。すっかり元気になったのかい?この人混みに身体は辛くないかい?」


 心配そうに、目尻を下げて首を傾げる。


「本当に…叔父様、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ。ご覧の通り、私は元気ですわ。」


「あぁ、本当に。そのドレスも宝石も——見覚えがあるよ。馬車から降りた君を見て、一瞬姉上かと驚いてしまった。君の母上に似た素敵なレディに成長したね。」


 母に似ていると言われ、嬉しくなって笑みが溢れる。


「ありがとうございます。ずっと叔父様にもお会いしたかったんです。」


 大好きだった叔父様に会うことができて、懐かしさに声も躍る。


「さぁ、せっかくの舞踏会だ。ファーストダンスを申し込んでもいいかな?」

 と、懐かしいお茶目な笑顔を浮かべて片目を瞑って手を差し出した。


「ええ、もちろん、喜んで!」


 クスッと笑い、その手に自分の手を伸ばし——

 その手を、叔父ではない違う誰かに掬い取られた。

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