❸カディル視点
——彼女に初めて会ったのは、僕が8歳の時だった。
王城の庭で開かれた、王太子である僕、カディル・ロイ・グリンピアの婚約者を決めるために開かれたガーデンパーティーだった。
集められた令嬢とその両親への挨拶と、ちょっとした隙に纏わりついてくる令嬢たちとその親にウンザリしてきた僕は、庭にある隅の木の下で立っている薄いピンクのドレスを着た1人の女の子に目を止めた。
(たしか、フリージア侯爵の…)
先程母親と一緒に僕と王妃である母に挨拶をしに来たその少女は、綺麗なグリーンの大きな瞳が印象的だった。
母親同士仲が良いようで、話始めた親を待たずに僕に話しかけにくることもなく、少女はサッサとお菓子のテーブルへ行ってしまった。
「好きなお菓子は食べれた?」
声をかけると、俯いていた顔を上げた少女は、目に涙を浮かべて今にも泣きそうな顔をしている。
「……っ…」
「どうしたの?食べたいお菓子がなかったのかな?」
優しく微笑みながら聞くと、少女は首を横に小さくフルフルと振った。
「……あのね、わたしは…魔法が使えないから、だめなんだって。
出来損ないなんだって、知らない子たちが言うの…」
泣きそうな小さな声で、その子が呟いた。
(ああ、侯爵の娘は魔法適正がないから、魔法が使えないんだったか…。)
少女を慰めるように、両手に持っていたゼリーが入った器を1つ、少女に手渡す。
「気にすることないよ。
魔法が使えなくても、君は女の子なんだし。戦いに行くわけでもないし、強い魔法が使える人だってごく一部だ。使いたい時は、僕が代わりに使ってあげるよ。」
そう言って、氷魔法で少女のゼリーを少し凍らせる。
「ほら、冷たくて美味しいよ。一緒に食べよう。」
少女は目の前で見た魔法に驚きつつ、少し凍ったゼリーを一口食べた。
「美味しい!シャリってして、冷たくて!こんなの初めて食べたわ!」
溢れそうだった涙は消え、大きな目をさらに見開いて、目を輝かせながら満面の笑顔で僕の方を見上げた少女を見て、僕はハッとした。
——キラ ・・・キラッ——
少女の周りを、キラキラと光る小さな丸のような物がいくつか飛んでいるのが一瞬見えた。
(あれは、もしかして精霊?)
話に聞いたことはあるが、見たこともないのであれが何かわからない。じっとみている僕に気づかず、少女は何かを呟きながら、ゼリーに夢中になっていた。
あの愛らしい笑顔にやられてしまった僕は、パーティーのあと父上と母上にあの少女―シェリル嬢を婚約者にとお願いしたが、魔法が使えないことと父親である侯爵に良い噂を聞かないことを理由に頷いてはもらえなかった。
「僕が今まで以上に4属性魔法の訓練と王太子教育を頑張って、父上に認めてもらえたらもう一度考えてください!
他の令嬢ではなく、シェリル嬢がいいんです!」
これまで強く我儘を言ったことのない僕に2人は驚き、婚約者決定は保留になった。
精霊の話もしたけれど、精霊持ちならば魔法が使えるはずだからと、さらに「恋すると相手がキラキラ見えちゃうのよねー笑笑」などと2人に揶揄われるはめになった。
———クソッ
そして王太子としての地位を確立させるべく頑張っている間に、フリージア侯爵夫人が病で亡くなり、シェリル嬢も体調を崩して静養のため領地に行ってしまい、あのガーデンパーティー以降会うことはなかった。
その後、のらりくらりと誤魔化してきたが僕の婚約者候補が数人選ばれ、17歳になったらそのうちの1人と婚約することが決まった。
「本当にもうウンザリだよ。」
婚約者候補の令嬢たちとのお茶会が終わり、笑顔を振り撒き疲れ果てた僕は自分の部屋で妹に愚痴を溢す。
「お兄様、お顔。素がでてますわよ。
彼女たちも、お兄様に選ばれるために必死なんですわ。……まぁ、お兄様のいないところでの彼女たちを見てると…えぇ、そうねぇ……頑張って、お兄様!」
いい加減なエールを送る妹を横目に、報告が上がってくる"僕が知らないであろう"令嬢たちの様子を思い浮かべ、あの日見たグリーンの瞳を思い出しため息を溢す。
あれ以来いくら調べても、侯爵に直接聞いても、彼女の情報を得ることができなかった。社交界では、すでに亡くなったのではと囁かれているようだ。
あの新しい侯爵夫人と令嬢も——本当にウンザリする——
「舌打ちしないでくださる?それよりもお兄様!明日は町へ行かれるのでしょう?以前お願いしたレースを買ってきていただきたいの!!」
何年か前から町で大人気だったレースが、最近貴族令嬢の間でも話題に上がるらしい。
「わかってる。ちゃんと覚えてるよ。」
可愛く笑う妹を見て、何度目かのため息を吐く。
「困った。レースが売り切れとは…アイツが何て言うか…」
側近であるショーンに代わりとなりそうな物を町に探しに行かせ、自分に似つかわしくない、可愛らしい店内で1人困り果てていた。店主に次の入荷を聞いたところ、近々らしいがハッキリとはわからないらしい。
(声をかけられる前に外にいる護衛と合流するか。)
店内にいる女性客の視線が気になり出し、落ち着かない。
金色の髪も王家特有のアイスブルーの瞳も、今は魔法で目立たない茶色にしているものの、顔立ちの良さは自覚している。
扉を開けようとしたところ、外から入ってきた2人の女性にハッとする。
あの、数年前に見たキラキラ光る球体が見えたのだ。
「あっ、すみません。」
扉の前でぶつかりそうになった僕に謝った町娘の格好をしていたその女性は、茶色い髪を2つに縛り、大きな眼鏡をかけていた。その奥に見えた、忘れられないあの綺麗なグリーンの瞳に僕は息をするのを忘れた。
「あら〜丁度よかったわ!シェリちゃん、サリナちゃん。そちらの男性がレース欲しいんだって!」
店主の大きな声にハッとし、女性の方を見ると
「わぁ、ありがとうございます!」
あの記憶の中の満面の笑顔が、僕の方に向けられていた。
ただし、眼鏡のせいか綺麗な瞳をはっきり見ることはできなかっけれど。
(——どうしてあんな格好で彼女が王都にいるのか。領地ではなく、こんな近くにシェリがいたとは…しかも見るからに元気そうじゃないか!あの狸おやじめ!)
フリージア侯爵に心の中で悪態を吐く。
無事にレースを手にした僕は店を出ると小さく舌打ちをし、護衛の1人にシェリル嬢の後をつけさせ、侯爵邸に入るのを確認した。
それから侯爵家を調べ、1カ月半後に開かれる王家主催の夜会の準備をする。
———父上と母上は説得した———
手にした夜会の招待状を見て、口端を上げて笑った。