招待状
初めての投稿になります。
色々と足りないところはありますが、よろしくお願いします。
「シェリル!シェリル!!」
今日もお継母様の甲高い声が屋敷に響き渡る。相当イラついている声だ。
玄関フロアの窓を拭いていた手を止めて、シェリルはふぅっと息を吐いた。先程、先触れもなく急な来客があったばかりだ。何かあったのだろうか。
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シェリル・フリージアは今年16歳になる、フリージア侯爵家の長女だ。
シェリルが住むグリンピア王国は魔法の大国で、稀に平民に魔法属性がない者も生まれるが、国民は魔法を使うことができる。
なのに、だ。
シェリルは魔法が使えない。上位貴族にも関わらず、魔法属性がない。
9歳の時に母が亡くなってすぐに正妻に迎えられた、愛人だったハンナと腹違いの義妹マーシャからは魔法が使えないことをバカにされ、使用人のように扱われるようになったのだ。
侯爵である父はハンナとマーシャを溺愛しており、シェリルが使用人と掃除をしているのを見ても無関心だ。貴族が愛人を持つことは珍しくないものの、正妻と愛人の子が一ヶ月違いで生まれたことに当時はかなり噂になったと聞いている。
私は9歳から領地で病気療養をしていることになっているし、親子同伴のお茶会などの社交はお継母様とマーシャが出席しているため、私の顔は社交界で知られてはいない。
7歳の時に皇太子様の婚約者を選ぶお茶会にお母様と参加したのが最初で最後だ。成長した今では、度の入っていない大きなヘンテコな黒縁メガネをお継母様に言いつけられてかけているし、使用人と同じ服を着ている私を誰が侯爵令嬢だと気づくだろうか。
「ほんと、色々と勘弁してほしいわ…」
水仕事でカサカサになった手を撫でながらシェリルが呟くと、
『…って、……で……よ…』
シェリルの耳元で囁く声が聞こえる。いや、気のせいかもしれないが、聞き取れないが鈴の鳴るような声らしきものが確かに聞こえたのだ。
「ふふ。なんて言ってるのか聞き取れないわ。お継母様の機嫌が良くなさそうだから、今日は大人しくしていてよ。」
シェリルは継母の元へ早足で歩きながら、独り言つ。物心ついた頃から不思議な声らしきものが聞こえ、姿は見えないが何かの存在を感じていたシェリルなのだが、傍からみればブツブツ独り言を言っているようにしか見えない。
そんなシェリルを実の母を除いた家族や使用人も気味悪がり、さらには魔法の使えない能無し、と蔑んできた。
——リン…——
『わかったよ』と言われた気がして、自然と笑みが溢れる。
「お継母様、お待たせいたしました」
お客様をお通しした部屋へと入ると、
「遅いじゃない!魔法が使えない上にほんとにノロマなんだから!」
吊り目をさらに吊り上げたお継母様が、こちらをキッと睨みつける。
「…申し訳ございません…」
魔法が使えないのは生まれつきだから仕方ないけれど、これでも運動神経には自信がある。『ノロマ』とは聞き捨てならないが、思った以上に機嫌が悪いので謝っておく。
(なんだろう…何かしたかしら。思い当たることがないわ…)
ふとテーブルを見ると、金色で縁取られた封筒が置いてあり、そこには私でも知っている王家の紋章か型どられた封蝋が押してあった。
「……あなたも魔法が使えないとはいえ、侯爵家の娘ですからね。……次の夜会に出るよう、王家からの招待状がとどいたのよ。
あなたが領地から戻っていると、どこからか耳にしたらしいわ。まったく!!療養中って断れないじゃない!」
(逆に、お母様が亡くなってから領地には行っておりませんけどね。戻るも何も、どうやって誤魔化してきたんだか。
しかも断るつもりだったなんて、なんて不敬でしょう。)
心の中で非難するが、表情を変えることなく問いかける。
「お継母様、その夜会は何ヶ月後でしょうか?」
「3週間後よ」と、口端を歪めたまま呟くように継母は答える。
3週間後!?着ていくドレスもなければ、ダンスも踊れない。マナーは一通り、事情を知っているお継母様のお姉様であるアルマ伯爵夫人にキツーくキツーく、躾られているが…
「ドレスはあなたの母親のものがあるでしょ。侯爵家として恥ずかしくないようにしてちょうだい。」
自分の部屋のクローゼットに数着掛かっている、母のドレスを思い浮かべる。
夜会を面倒だと思う反面、母のドレスを初めて着ることができることを思い、心が弾んだのだった。
「ちょっと、シェリル。」
中断した掃除を再開していた私に、マーシャが声をかけてきた。
「なあに?マーシャ。」
「今度の王家主催の夜会、本当ならあんたは出席できなかったんだから!お父様もお母様も体調を理由にお断りしていたのよ。それなのに……。
あんたはいつものように目立たないようにして、私の夜会デビューを邪魔しないでよね!」
キッと私をひと睨みして、言い捨てて去っていく。
16歳の夜会デビューは、成人した貴族が国王に初めて挨拶をする大事な行事でもあり、一人前の大人と認められるのだ。
こんな扱いをされてはいるけれど、侯爵家令嬢としてこの夜会にだけは出席させてもらえると思っていた。断っていたなんて
———お父様に、それほどまでに私は疎まれていたのか。それとも、存在自体いないものとしたいのか——
どうして急に夜会が決まったのかを知り、眼鏡に隠された母親譲りであるオパールグリーンの大きな瞳からポロリと涙が零れ落ちた。