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「ふたりでも大きなかばんだね」
旅の荷物を見て、アナスタシアが悲しげに笑った。食料、薬、戦闘補助具の予備、調理や加工のための刃物や工具、ランプに火打ち石、油、金属の食器……見た目より随分詰め込まれたかばんはずっしり重い。
「アリアスやユーグナーは力持ちだったもんなあ……。ユーグナーなんて、あんな厚い鎧で大きな盾を持って、よく荷物を持ってくれた……悪かったなあ」
ふたり、少し黙した。思うところはあるけれど、進まねば先はない。
「まあ、行こうか」
「そうだね、行きましょう。私たちはどうしても焦ってる。慎重に、ゆっくりと進みましょう」
元聖地、現在の魔王城は本当に世界の中心にあると思われる。平面の上にぼくたちの大地と闇の大地は合わせ鏡のように裏返しに張り付いて、世界の向こうはどうなっているのか、未だ知れない。
魔王城が中心にあるから、西の大地は中央に張り出して、南方は細く伸び、北方は東西に広く凍土を抱えていた。
ナーゼリンはこの大陸から海峡を隔てた南側の小大陸に渡った先にある。比較的平地が広がり集落の多い大陸の東の海側を歩くとして、しばらく南西方向に歩くことになる。人類も何千年の歴史を抱えるから、交易路は随分整備されて、ぼくたちは街道を歩けばいいはずだ。
でも、魔王が現れてから魔物は平然と商隊をさえ襲うようになっていた。人間が群れたところでなんの脅威でもないように。いくらかの戦闘は覚悟しなければならないだろう。
「ラズリー、グールだ。動きは遅いから逃げられはするけど……」
「いや、あれくらいならそう危険もなく倒せるだろう。……こんな人通りの多いところなんだ、倒せるならそうしたほうがいい」
少し向こうに七体ほどが見える。生前の強さに依存して脅威はまちまちだけれど、ヤツらの弱点は明確で、露骨に効く。
「……そうだね。腐っても、私たちは勇者パーティだ」
向こうもぼくたちを視認しているのだろう。まっすぐこちらへ向かってくる……が、すこぶる遅い。死体はたいがい動きが鈍いけれど、それにしても随分だ。
「あれは……武装してるのか。光を反射してる。鎧を身につけてるんだろう」
「死体に高等な魔物が授けたのか、武装した人間を首だけ刎ねて使ってるのか。頭があるか見えないけど……どちらにしろ、悪趣味だ」
アナスタシアが軽く左足を前に出して、左腕を水平に構えた。
「十パーセル(約五百メートル。ぼくたちの世界の単位は最初、聖者の肘から指先までの長さを取って、基準としたらしい。それが一ワンスだ。その百倍が一パーセル。今では世界標準単位となっている)ってとこか。鎧を着けてるなら、蒸し焼きにできる」
アナスタシアはちょっと怖いことを言った。杖を右手に持ったまま、構えた左腕を払う。少し遅れて、向こうにこちらからは筋状に見えるように火の手が上がった。アナスタシアの炎魔法は熱量が高すぎて白色に見える……と、蒸し焼きと言っていたのに鎧が溶解し始めたのか、敵の形が崩れていく。
「聖法はヤツらに明確に効くだろうけれど……ぼくの出る幕はなかったね」
言って笑ってみせた。尖った目をした彼女も、少し相好を崩す。
殺意が強い。それだけ魔物を憎々しく思う気持ちが強いのだろう。……彼女の傷は深い。身を滅ぼす前に、意識的に改善を試みるべきだ。
彼女の手を取って、少しほぐした。信頼関係がなければただのセクハラだけれど、ぼくたちにはこれくらい許されるだろう。
「さあ、行こう。ゆっくり進むのがいいけどね、夜までには次の街に行かないと」
アナスタシアはやっぱりまた表情を硬くして、うつむき加減にうなずいた。