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ナーゼリンへの旅路でこなせそうな依頼を受けて、ぼくたちは旅の支度をした。魔物はたいがい不味いから、各種栄養素を採れる食品はある程度用意しなくてはならない。聖術士と魔術士が揃っているから薬品はそんなに必要ないけれど、いざという時のため、少量はしまい込んでおく。あとはお札だ。なにせ前衛がいない。術防御に長けていたり、もともと肉体が術に対して強い魔物が相手では逃げるしかない。逃げられるに越したことはないが、そうはいかない場合もあるだろう。
「私、東洋人苦手なんだよね……考えが見えない」
お札というものがこちらに入ってきたのは百年に満たないほど前だった。交易に船が用いられるようになり、冒険が活発化し、そうして向こうに大陸を見つけたのだった。東だったから向こうの海を東洋と呼ぶようになり、その海の向こうに住む人を東洋人と呼ぶようになった。
東洋人は驚くことに魔術も聖術も概念を持たなかった。けれどもぼくたちもそれと同じで、呪術というものを知らなかった。呪いと呼ばれていたものが急速に解析され、こちらにも呪術士が生まれた。お札は呪術の産物であるものが多い。
「これは剣を生み出し戦わせるお札か……店主、コイツは刀剣使いとして強いのか?」
アナスタシアの問いに店主は怪訝な顔をする。
「西洋人はよく分からんな。持って切りつければいいだろう。ソイツの肉体強化はすごいぞ。放って自律戦闘させるつもりか」
「なんだ、東洋人はみんなバーサーカーなのか。野蛮だな」
アナスタシアが顔をしかめる。店主がアナスタシアを目だけ動かして見る。東洋の老人である店主はひょろひょろなのに筋肉だけ浮き出て、ぼくは怖い。
「おまえは魔術士だな。魔力は切れんのか。身体は鍛えておいて損はないぞ。魔力の節約にもなる」
アナスタシアはなにも言い返せなかった。無論、ぼくも。
「店主、これはあなたが作ったものか」
アナスタシアは代わりに問うた。店主は短く、そうだと答える。
「……買おう。ラズリー、他にも見ていこう。私たちは身体は鍛えてこなかった」
それには同意見だった。
多めにお札を選んで、支払いの際、アナスタシアは苦手なはずの東洋人である店主に積極的に話しかけていた。
「これだけのお札を作るんだ。あなたは優れた呪術士だろう。呪術だけ究めればもっと高みへ行けるんじゃないのか? なぜ肉体を?」
表情を変えずお札を種類別に束ねながら、店主は答える。
「本当に西洋人は分からん……術ばかり鍛えては、精神は鍛えられないばかりか冒され続ける。精神を鍛えず術を得たとて、正しくは使えまい。こと強大な敵を前にしたとき、すくんで動けないか、逃げ出すのがオチだ」
「……!」
アナスタシアが目を見開いて口をつぐんだ。代わりにぼくがお礼を言う。
「店主、ありがとう。示唆に富んだ話だった」