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麦酒を継ごうか、あるいは水でごまかせるか……ごまかせなければ自分の身が危ういし、ごまかせたらごまかせたで酔いは深まってもっとロクでもなくなりそう……そう考えあぐねていると、イザベラが頼んでくれていたカクテルと水がやって来る。彼女は機嫌を損ねないよう、先にカクテルを差し出して、それから水を置いた。
「アナスタシアさん、強くないなら美味しいのを味わったらいいの。カクテルは淡口も濃口もあって、美味しくお酒を楽しめるの。強さは生まれつきだから、楽しめるように楽しんだほうがいいよ」
アナスタシアはもう大分ほぐれてきて、あごをテーブルに載せて伸びている。
「お酒は美味しいねえ。これがいちばん美味しい」
「アナスタシア、さっきの、本当に美味しかった?」
眼だけこちらに寄越して揺する腕に、「ちょっとだけだよ」と握ったままのグラスを掴ませる。アナスタシアが酌した麦酒に自分で口をつけて、
「不味」
やっぱり酔いを感じたかっただけのようだ。
「こっちのが美味しい。これは?」
「いま口つけた麦酒に、蜂蜜とか入ってるヤツね。それが好きなら麦酒とジンジャーエールを混ぜたのもオススメかな。さっぱりしてるし、淡口だし、それに弱いしね」
「なるほど、なるほど」
眠たげな眼だが、アナスタシアはずいぶん興味深そうだった。そこにアイリーンが口を挟む。
「まあ、酔っちゃえば勝ちなん……」
「アンタは調子に乗るな」
イザベラにグラスの底で頭を叩き伏せられて、アイリーンは「うへぇ」と漏らした。
めずらしい勇者職だが、雰囲気ではアイリーンがリードを取りつつ、行動の優位は仲間たちにあるようだった。底を当てられた頭をさすりつつ笑う彼女にぼくは問う。
「きみがいちばんの年下なんだ」
アイリーンは嬉しそうに大口で笑った。
「分かる? そうなの、このユーリが幼馴染みでさあ。先に才能あるって街の自警団に出てたんだけどね」
盾士の彼を指さして、なおもぼくのほうに大声でつづける。
「でも、私が聖力と魔力と両方持ってるって、大騒ぎになってさ。小さな街だったからさあ……ね、祭り上げられちゃって旅に出ざるを得なくなっちゃったの。で、仲間捜しに紹介がいろいろ来てさ。イザベラとクルツがねえ」
ずいぶん饒舌なアイリーンが遠くを愛おしげに見ている。そうだ、大切な仲間との出会いというのは愛おしいものだろう。イザベラは店員に水を頼んでいる。アイリーンのためだろう。クルツというのは狂戦士の彼だろう。少し恥ずかしげにアイリーンを見ていた。
「コイツは私の連れ」
イザベラが聖職の彼を親指で指した。ユーベンと言うらしい。同職のぼくから見て優秀なのは間違いない。総じて優れたパーティだろう。
「で?」
水の入ったグラスを目の前に置かれてなおも酒をあおるアイリーンが興味深かげにぼくに顔を寄せる。
「ラズリーは? いくつなんだい? お姉さんに教えてみなさい」
「おい、ラズリーくん、気をつけろ。コイツ、年下好きなんだ。アナスタシアさんからきみを奪い取るつもりだぞ」
「あら、そんなわけないじゃない。ただ、可愛い子とは仲良くなっておいたほうがお得だって」
「ぼくは二十五だが……」
ちょっと時が止まったかのように場が静まった。
「あら、年上」
アイリーンの言葉で動き出す。イザベラも意外そうな顔をする。そして、
「アナスタシアさんも?」
「ああ、アナスタシアとぼくは同い年だ」
イザベラは「ひとつ下か……」となにやら考えるようにアナスタシアの顔を眺める。
「へえ、幼妻」
同い年だと言っているのに妙なアイリーンの呟きにしかし吹き出し、ぼくは一気に酔いが回ったか、頭の先まで一気に熱くなった。
「おお」
「へぇ、なるほど……」
クルツとユーリがぼくを見てふたりで感心している。
「いや、なんでその反応」
瞬間、頭を上から鷲づかみにされた……小さな手で、無理やり。その手をねじり込まれ、ぼくはアナスタシアの酒臭い顔を正面に、文句を垂れ込まれる。
「私じゃ不満なのか」
「いえ、あの……」
「不満なのかあ!?」
不満は全くない、むしろずっと望んできたことで……でも、とりあえず彼女との生活にあまり酒は深入りさせちゃならないとは思う。