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世界の中心に、この世に光をもたらす聖地があった。多くの人は少なくとも人生のうちいちどは、その聖地を訪れ、女神に感謝を捧げていた。人の世は女神あって幸福満ちたものとなっていた。
僕たちの人間の世界の裏側にも世界はあった。僕たちが光に生きるなら、彼らは闇に生きるものだった。創造主は光あれ、と言ったのちにまた、闇もあれ、と言ったと伝わる。恐らく、どちらもなければならなかったのだろう。安定した世界がここにできた。
けれども光は熱量が大きいのだ。きっと彼らは疎ましく思ったのだろう。闇に住むものが光を侵蝕し始めた。もう何百何千年も前のことだ。そうしていま、光あるこの大地も昼と夜の時間がほぼ等間隔で入れ替わるようになってしまった。
そうして世界の中心、聖地のあった場所はこの人間界で唯一、闇が定着した場所となった。聖地は消え、いまあるのは魔王の城だった。
幾百年、人は戦い続けてきたのだろう。歴史書には各地で進んだ軍備と組織だった抵抗や駆逐作戦の記録が綴られている。人類の歴史に魔物の足あとは多く残され、書かれた文言の多くに彼らの名が交じる。
そこから明確に歴史が動いたのは、魔王城の顕現であったのだろう。それまで行われてきた魔物への対処から、根本への対処へと急速に移った。魔王城が現れたことはすなわち、魔王がこの世界に降り立ったことを意味した。魔王を知ろうとするうち、私たちは闇の魔王こそ、私たちの女神に相当することを知ったのだ。
冒険者が次々と誕生し、世界の秘密を暴き始めた。創造主が配した秘宝を持ち帰るもの、女神の言祝ぎを集めるもの、人々の苦難を解決して歩くもの。そうして僕たちもまた、冒険者となった。数多の冒険者の結晶を抱き、数少ない勇者と共に魔王を打ち倒すものとして。
そうして僕たちは長い旅をし、ついに最後の扉を開いて魔王の前へと立った。……そうして苦楽を共にした勇者ハインツは死んだのだ。弾き飛ばされた盾士ユーグナーを受け、よろけたところを頭から……。
ヤツは闇そのものだった。僕たちには暗い塊にしか見えない。貌は人だったけれど、手足は獅子のように太かったし、頭のような部分から天にそびえたのは角だろう。人の十倍を超しそうな肉体で切り伏せられ、ハインツは脳天から裂かれていた。呆気にとられるぼくらを襲った咆哮は、それが嗤いであることに気づくまでどれだけかかっただろう。ぼくとアナスタシアが正気に戻ったとき、前衛にいた盾士ユーグナー、戦士アリアス、盗賊サリアは石となっていた。いや……本当はあれが石なのかも分からない。石のように見えたんだ。おとぎ話に聞く、石化の呪いのようだったから。
ぼくとアナスタシアはそこから逃げ出し、いま肩を寄せて傷を舐め合っている。