13
「もう……殺せば良いんじゃないかな」
しばらく様子を見てアナスタシアが言う。
「これは、しゃべらせたところで役に立つか」
罪悪感が浮かびはじめていたけれど、確かに泣けば許されるなんてことはない。
「……」
黙って睨みつけるのだけれど、魔物は憚らず泣き続ける。まるで戦う覚悟がない。
肩で息をするクラウスくんが魔物を見、ぼくたちを見る。
「泣いちゃってるんだ……」
ぼくのひと言に、クラウスくんが歩み寄って魔物を見る。
「戦闘員じゃない……のかな」
動物はいざとなれば戦い、人間もそうで、でも分業が進む高知能生物であれば、確かに身を守るためにしか戦わない存在があって当然だった。
黙って三人で見下ろすに、魔物の、恐らくそれなりに若い男の彼は恐怖心で歯を鳴らしながら、ぼくたちの顔に視線を移してゆく。
ぼくは口を開いた。
「人間を害するために存在するのでないなら、助けてやってもいい。きみはなぜここに居る」
「できない約束はするべきじゃない。魔物は生かしてはおけない」
ぼくの言葉にすぐアナスタシアが被せた。
「アナスタシア、ぼくたちにもいろいろ居るように、魔物もいろいろ居るんだろう。人間に危害を加えていないなら、それは単純に罪悪だ」
「過去に傷つけていないにしろ、こちらの大地に渡って来たんでしょう? 他になんの目的があって?」
「……」
闇の大地に住処のある魔物が、わざわざ住みづらいだろう光の大地に踏み入れるなんて、ぼくらの世界の知識では侵略以外になかった。異種の存在を認めない悪意が魔物にはあって、光の大地に住まう種を滅ぼすためにやって来るのだと。
答えようがなく魔物を見下ろしていると、唇を震わせながらようやく彼は口を開いた。
「ぼくらは、人間を、殺してなんか、いない」
アナスタシアが冷たく吐き捨てる。
「嘘をつくな。私はお前の仲間に人間が殺されるのを山ほど見てきた」
「違う! そいつらはぼくらとは関係ない! 人間は見ず知らずの人間も仲間だと思うのか? 確かに魔獣は好んで聖物を襲うし、魔人にも野蛮なヤツはいっぱいいる。……でも、ぼくらにはただ、日々の生活があるだけだ!」
魔物が押さえつけられたまま大きくかぶりを振った。ナイフが食い込んで薄く血を流す。聖物とは魔物に対するこちらの世界の生物のことだろう。慌てて押さえつける手を緩めると、そこをアナスタシアが踏みつけた。
「ラズリー。ラズリーは優しいけれど、そんなことで失いたくはないよ」
「本当だ! ぼくたちは人間になんの悪意も持ってない!」
ぼくに移した目を、アナスタシアはまた冷たく魔物に落とした。
「ならなぜここに居る。光の大地になんの用だ?」
「それはっ、入植者を、募集してたから……」
入植者? とクラウスくんが漏らした。ぼくも不思議に感じる。いや、実際、開拓には入植が必要で、なんの違和感もないのだ。でも、彼らとぼくらの世界の関係で、そんな平和な言葉が出てくると思わなかった。
アナスタシアが足に力を込めたのだろう。魔物が「ぐっ」と苦痛を漏らした。
「私たちの住む世界にやって来て、いのちを奪い、そうして広げた領土に入植か。侵略者も聞こえのいい言葉選びはするんだな」
魔物はまたさめざめ泣き出した。よほど気の弱い魔物だ。戦う相手としか知らなかったから、こんなヤツも居るのだといまさら呆れる。
「ぼくらだって、こんなことになってるだなんて、知らなかったんだよ……」