1
闇の続く山地を抜け、暗い森を必死に走った。ぼくにとって彼女は大切な存在となりつつあったのに、気遣うことも半ば忘れて涙ながらに、ぶざまに走った。熱く漏れる息と擦り切れそうな意識で、ぼくは自分が生きていることを感じ取っている。そんなぼくになにを言うこともなく――いや、言えないだけなのかも知れない――同じように荒い息を吐いて少し後ろを彼女が付いてきていることは、分かる。
そうして一昼夜無我夢中に走って、闇が晴れだした。領域の外へと、差し掛かったのだった。ぼくは振り返って、ようやくよろける彼女を抱きとめた。
「……」
なにも言えなかった。なにも言えないぼくの腕の中に、同じように黙って収まった彼女はだんだん顔を落とし、肩から胸へ移ってぼくを濡らし始めた。
泣いている彼女を抱きしめて、ぼくも歯を噛んですすり泣いた。
それから僕たちはなにも語らず、姿勢だけは保って野営しながら三日歩き、砦向こうの都市へと帰った。
街は変わっていなかった。聖地への門前であるこの都市は、いまも交易の中継地として重要な役割を担っていた。自分たちを覆う影など誰しも理解している。しかし、皆その日を生きているのだ。そうあるのが当然だった。
うつむいて後ろを歩く彼女を押しとどめ、ぼくは露天でアイスクリームを買った。氷魔法をかけた金属器に脂肪分の多いミルクを流しかけて固めた、原始的なアイスだった。
「アナスタシア、食べな?」
受け取ってちょっとためらったのち口にした彼女はぽつんと。
「甘い……」
言って彼女は器をぼくに押しつける。
「ラズリーも食べなよ」
「ぼくは……」
「食べなよ」
食べた。確かにひんやり、甘かった。冷たいのにこんなに甘いなんて、なんて幸せなんだろう……。
ふたり、涙があふれて止まらなくなった。道行く人がじろじろ見ている。店主も困惑している。でもぼくらは構っていられなかった。泣かずにはいられないんだ。
ぼくたちは、ぼくたちしか残らなかった。