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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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疑問と応援到着




「……ああ! 美しい!」


 警察署に向かう車の中で、後部座席に座っている緑髪の男がつぶやく。その目線の先にあるのは車のバックミラー。映っているのはつぶやいた緑髪の男。男はナルシストであった。


「あの、バックミラー勝手に動かすのやめてほしいんですけど」


 運転席の女が遠慮がちに注意する。


「暗さのせいで僕の顔に陰影ができ、それが僕の顔の美しさを引き立てる! 影とは、僕の顔を隠すという罪と美しさを引き立てるという功という相反する面をもつ。自然とは、人間の善悪ではかれないものだね」


「うう……全然聞いてない」


 運転席の女は上司が自分の言うことを全く聞いていないので泣きそうになる。あと上司の言っていることが全く理解できない。というよりしたくない。むしろできてはいけないと思う。


――まあ、機嫌良さそうだからいいか。


 運転席の女は気にしないことにした。


 緑髪の男は少なくとも機嫌が良いときには鏡を見させておけばいい。わけのわからないことを言っていることを除けば、じつに平和であるからだ。なので運転手の女は、現在はマシな状況と思い自分を慰めることにした。


――でも警察署に緊急の応援要請なんてどうしたんだろう?


 彼女がちょっとした残業を終え、さあ帰ろうというときにこのナルシストが警察署に行くことを伝えてきた。なので彼女は事態を把握していない。


――はあ……もう帰りたいのにな……。まあ、午後すぐとかじゃないだけましか。


 昼食のあとに騎士が呼ばれるような現場など行きたくない。昼食がもったいないことになるかも知れない。幸いにも彼女は今空腹だ。


――でも完全に空腹もそれはそれでつらいんだよね。


 純粋に空腹もつらいが、吐きたくても吐きにくいのでそれがつらい。


――寿退職したい。


 幸か不幸か上司のおかげで男は顔じゃないと強く思えるようになったので、イケメンを狙っていた過去と比べて選択肢が非常に広い。


 彼女は友人に合コンを開くように要求しようと誓った。







 警察署。


 応援が来るまでに少しでも早く終わるように、アストロは署長に尋問していた。


「答えなさい」


「ぶっ」


 アストロのことをまだなめているのか、署長は尋問に対して素直に答えない。警察と違い騎士は尋問で暴力をふるっても問題にならないのでアストロは署長に蹴りを入れる。


「……むしろご褒美なのでは?」


「ハロウよ。少し黙っておいたほうがいいと思うのだが」


 ハロウが署長のことを羨ましげに見つめていた。


 アストロも普段はもっと苛烈にするのだが、出てきた証拠からわかるのは捜査で知った情報で不当に金儲けしていたとかなのであまり苛烈にできない。犯罪者じゃない人間を犯罪者として逮捕したり、他人に危害を加える犯罪者を野に放ったわけでもないので、いつものように拷問するわけにはいかなかった。


「くそっ! 小娘が! 調子に乗りおって!」


「いやその小娘、貴様より年上だぞ?」


 リネンがアストロの年を署長に教えてやる。


 その事実は年功序列で生きてきた署長を狼狽えさせる。彼は女性や若輩を馬鹿にしている人間なので、自分の方が若いと知って精神的に揺さぶられたのだろう。


「き……騎士だからって偉そうにしおって! どうせ貴族にケツを振って得たんだろう! これだから女は!」


 署長は女を馬鹿にすることで精神を安定させようとした。


 その言葉を聞いて、ため息を吐くアストロ。あまり怒りは感じないようだ。こういう馬鹿にはたまに会うのでわざわざ相手するのが無駄だと理解しているのだろう。しかし次に瞬間素早くハロウの方へ向く。


 そう。この部屋にはハロウがいるのだ。今まで態度から推測するに、怒ったハロウが署長になにをしでかすかわかったものではなかった。


 アストロが急いで見たハロウは意外にも、いつもどおりであった。


「ん? なに? やっぱ手伝おうか?」


 そう言いながら暢気に聞いてくる。それを見てアストロはほっと息を吐く。


「いえ、結構です。君がさっきの言葉を聞いて怒らないか心配しただけなので」


「あんな見当外れなこと言われて怒らないよ?」


 ハロウは肩をすくめながら答える。


「そうですか」


「でもそいつに聞きたいことあるから、聞いていい?」


「……どうぞ。すぐに答えそうもないので、好きにしてください」


 アストロは署長の尋問に時間がかかりそうなのでハロウに好きにさせることにした。


 そしてハロウが署長に聞き始める。


「さっきさ、『これだから女は!』って言ったじゃん? あれ、おかしくない?」


「なんだ? そこの女が体は売ってないというのか? わかったもんじゃないぞ?」


「売ってないのはわかるよ。でもさ、今はそうじゃなくて、なんで女なの? 流れからして美人じゃない? もしくは権力者」


「え?」


「だってさ……」


 ハロウは言う。署長が言う体を売ってなにかを得るなら、それも騎士のような権力を得るなら相当な美人でないと成り立たないであろうと。女性ならば体を売れば騎士になれるわけではないだろうと。ならば文句を言うなら、美人か、それを与えてしまう権力者ではないかと。どうして女性一般でくくるのかと、署長に聞く。


「…………」


 署長は答えられない。彼の偏見からそう言っただけで、なにか深く考えてそう言ったわけではないのであろう。


 そんな署長にハロウは更に質問する。


「なんか女の人に酷い目にあわされたとか?」


「……いや」


「我はわかったぞ! ずばり、昔美人に振られたのであろう!?」


 リネンが閃いたと言わんばかりのテンションで署長に聞く。


「? だったらやっぱ女じゃなくて美人って言わない?」


「ふっ。ハロウはわかっておらんな。それで美人を嫌いだなどと言ったら自分がしょうもなく見えるであろう? だからもっと範囲を広くとって女全体を貶めているのであろう」


 リネンが自信満々に言う。


「……よくわかんないけど、そうなの?」


「…………」


 署長は言われたことに心当たりがあるのか黙ってしまった。


「それってどんなことがあったの? 言ってみ? 同情するかもよ?」


「それは……」


 署長はハロウに問われて素直に話しだす。


署長は若い頃、かわいい女の後輩を指導したことがあった。今思えば意識していた。最初はその後輩に頼られていた。少なくとも当時はそう感じた。そしてその後輩が早く仕事を覚えられるように厳しめに細かく指導した。しかしその結果後輩に嫌われ陰口をたたかれた。さらにその後輩のミスのせいで自分が上司に叱られた。なんども注意したことだったのに、その後輩は覚えていなかった。そのあとに、その後輩が怒られたばかりだというのに全く懲りた様子もなく、同僚と笑顔で誰々がかっこいいだとか話している姿を見て、理解した。彼女は職場に仕事をしに来ているのではない。男を見つけに来ているだと。そこから女とはそういうものだと思い生きてきた。


「えー。思い込み激しくない? なに? 女性に絶望するほどその後輩に入れ込んでたの? 重いわー」


 残念ながらハロウの同情は得られなかった。


「激しくないわ」


「激しいな。しかしハロウよ。入れ込んでたや思いはブーメランでは? アストロに振られたら似たようなことになりそうなのだが」


 否定の言葉をリネンに無視される署長。


「聞き給え。私は彼女に入れ込んでなどいなかった。ちょっと気になってただけだ」


 署長は意味のない主張をする。彼にとっては大切なことなのだろう。


「縁起でもないこと言うなよ。どうなろうと、こんなことにはなんないよ。……たぶん独り寂しく山にこもって夜な夜な悲しみの遠吠えをするくらいだよ」


「おい、聞け」


「あの、本人を目の前にしてそんなこと言わないでほしいのですが?」


 さらにアストロが会話に加わったことで署長がさらに無視される。


「大丈夫だって!」


「……それは私を落とす自信があるということですか?」


「いや、そういうんじゃなくって。たぶん俺が諦めるのは、アストロに完璧に嫌われたときだろうから、俺が山にこもって余生を過ごそうが気にしなくなってると思うよ?」


 ハロウが自然とストーカー予備軍的な発言をする。


覚悟が決まり過ぎていてアストロは若干引いたのだろう。黙ってしまう。


「……私の話を聞け! 私があんな無能女に入れ込むわけがない!」


 とうとう我慢できずに大声で叫ぶ署長。


「いやー、話聞く限りだと無能かどうか怪しいもんだよ? あんたの教え方が悪かったのかも知んないし」


「そんなわけはない! 女なんてな! 無能かヒステリーしかいないんだ!」


 署長が今までの人生経験で得た結論を言う。


「私は無能でもヒステリーでもありませんが?」


「偏見すごいなんてレベルじゃないな。それをヒステリーっぽく言ってる時点で信用できないだろう」


 ハロウがあきれたように言う。


「……いや、そうとも限らんぞ」


 そしてリネンが署長の肩を持つようなことを言う。


「ちょいちょいちょい! リネンどうしたの!?」


「いやべつに全面的に認めるわけではないが、この者はそう思っても仕方がないかもしれぬと思っただけだ」


 リネンの言葉を聞いてハロウが真剣な顔でリネンに言う。


「リネン。さきに言っておくぞ。俺に難しいことを言うな。理解ができないかも知れない。できる限りわかりやすく頼む」


「なぜそれを真剣な顔で言うのか」


「いや簡単にして話してくれって言ってるんだから、できるだけ理解できるように真剣に聞かないと失礼だろう?」


 ハロウがキョトンとした顔でリネンに答える。さも当然のことを言ったまで、というように。


「おお! 言われてみれば確かに!」


 素直に納得するリネン。


「うう」


 それを聞いていたアストロが涙ぐむ。


「ああ! ……ああああ」


 そして署長も呻いていた。


「どうしたのアストロ?」


 しかし署長が呻こうとも、ハロウにとってはどうでもよかった。現在彼の注意はアストロにのみ注がれている。


「それは……」


 アストロは言う。彼女は身分の高い者の子どもに魔法などを教えたことがあるが、そのときに『もっとわかりやすく教えろ』とか偉そうに言ってきた者がいた。その者に今の言葉を言って、厳しくやればよかったと。


「まあ、才能豊かな人は教えるの下手なことよくあるって言うし」


 ハロウは慰めようと思ってそう言った。


「私の教え方が悪かったんですか!?」


 しかしアストロの反感をかってしまったようだ。


「いやそれはなんとも。俺は教えられたことないし」


「では今度教えてあげます!!」


「マジで? ヤッホー!!」


 ハロウは降って湧いたような幸運な話に喜ぶ。


「なあ、そろそろ署長のことも気にしてやったらどうだ?」


「あ、忘れてた。それでどうした? 手抜きされた勇者でも見つけた?」


「いや、こやつがさっきから言っておる『ああああ』は勇者の名前呼んでわけではないと思うぞ?」


「今のよくわかりましたね? 私にはわかりませんでした」


「まあな! 親友なのでな!」


「くっ! 今度はもっとわかりやすいボケをしなくては!」


 リネンには通じたがアストロに通じなかったことに反省するハロウ。


「日常会話でボケとか気にしなくていいのでは?」


「そんな……ツッコむことに慣れたアストロにビンタしてもらうという壮大な計画が一歩目で躓くだと?」


 ハロウは己の完璧だと思っていた計画が瓦解したことに打ちひしがれた。


「ビンタですか? してほしいならいいですよ?」


 しかし瓦解したところから希望の光が差し込んできた。


「い、い、い、いいんですか? できれば叱りながらビンタしてほしいんですけど?」


 ハロウは希望の光へ突き進む。その頭の中には嫌われたらどうしようなどはない。深く考えずにチャンスに飛びついてしまっただけだ。


「いいですけど……もふもふさせてくださいね?」


 アストロは手をワキワキさせながら言う。その瞳は輝いていた。


「どうぞお好きなだけしてください!」


 ハロウにとってはただのご褒美だ。しかしここで邪魔が入る。


「……私の話を聞け!!」


 ずっと放っておかれた署長が自分の話を聞けと無理矢理話しだした。


 署長はさきほど後輩のことを思い出していた。『ごめんなさーい。わかんないですー』、『はーい、次から気をつけまーす』、『んー、ちょっと難しいですー』。自分が教えると大体このようなことを言っていた。そして自分がやってやると『すごーい』と大げさに褒めていた。今思い返してみると明らかに真剣に聞いてない。やろうという気概が感じられない。なぜ自分はそれで熱心に指導していたのか? いや、そんなことにも気づいていなかったなんて、言われたとおり自分はきちんと指導していなかったのではないか? そんなことを考えていたと言う。


「典型的なヨイショされて舞い上がってるおっさんではないか。だから変な勘違いをするのだ」


 リネンは呆れたように言う。


「どういうこと?」


 いつの間にか真剣な表情になったハロウ。


「いきなり真面目になられると調子が狂うな。いいか? さっきこの者は女は無能か、ヒステリーだと言ったな? そこで、有能で理性的な女性を考えてみろ」


「わかった」


 ハロウはアストロの方を見る。


「友よ。アストロは理性的かどうかは微妙だぞ」


「そうなの?」


「うむ。まあ、我が実際感情的になる場面を見たわけではないが、精霊系の種族は大概が感情的であるからな」


「へー。あれ? じゃあリネンも感情的なの? 結構理性的に見えるけど」


「うむ。理性的な者は牢屋で会った初対面の全裸の人物を自分の店で働かせたりしないと思うぞ?」


「確かに!」


 普通は万が一の事態を考えてそのようなことはしない。


「まあ、それでだな、有能で理性的な女性だが、そのような人物がこの男に近づくと思うか?」


「……近づかないかな? メリットなさそうだし」


「それが答えだ。だからこの男の人生経験の中の女性は全員、無能かヒステリーであったとしても不思議ではない」


 また、もしも仕事などで近づく必要があっても、それで署長が有能と思わないかも知れない。


 甲が乙を無能だと思っているとする。この場合、考えられるのは三つ。乙が実際に無能。乙は有能さを示しているが、甲が乙の有能さに気づけない。乙が甲に自らの有能さを示さない。


 三つ目の場合の理由としては、乙にとって甲が有能さをアピールするに足りない人物である、などが考えられる。


「「成程」」


「…………」


 ハロウとアストロがともに頷く。


 そして署長はリネンの推測を聞いて愕然とした。リネンの言葉の内容は今までの署長の人生を否定するようなものなので仕方ないだろう。


 それまででハロウは署長に聞きたいことはなくなったので、署長は応援が来るまで相手にされることはなかった。





 警察署に数々の車が来る。アストロへの応援だ。


 そして、その中の一台の車が乱暴に止められる。ナルシストの乗っている車だ。その運転手は本来なら運転が上手いのだが、ストレスで運転が荒っぽくなったのだろう。


「ああ! 僕はなんて罪深いんだ! 僕に魅了された慣性が、僕をこのまま連れ去ろうとする!」


 荒いブレーキで前につんのめったナルシストがつぶやく。


「着きました。警察署です」


 運転手が冷たく言い放つ。彼女は無感情に職務を遂行することにしたようだ。


「ご苦労! では行こうか! アストロちゃんが僕を待ってる!」


「はい」


 待っていない。


 しかし思い込みの激しいナルシストは部下に指示を迅速に出し、自分はアストロがいるであろう場所へ向かう。しかしその途中いきなり運転していた女性に問う。


「……気づいたかい? とんでもないのがいるね?」


「はい? なんのことですか?」


「気づいていないのかい? 危険察知能力が低いね。そんなんじゃ、まだまだ従騎士のままだね」


「そうですか……。それで、なにがいるんですか?」


 さきほどまで運転していた従騎士の女性は、まだしばらく従騎士のままと聞いて肩を落とす。


 従騎士とは騎士候補のことで、国王に直接任命される騎士とは違い、騎士に任命される。そして自身を任命した騎士の元で経験と実績を積み、騎士になる。


 運転していた従騎士の彼女はできるだけ早くナルシストから離れたいだろうが、そうすると騎士になれないので我慢するしかないのだ。


「魔素のことを集中して感知してごらん。これだけ近くにいるんだから、わかるはずだよ?」


「はい……えっ!?」


 彼女は言われたとおり魔素を探ってみる。すると、膨大な魔素が集まっているところが四か所あった。一つは隣のナルシスト。離れたところにある三つの内、一つは騎士アストロのものであろう。しかしそれに匹敵するものがさらに二つもあることに彼女は驚く。アストロや隣のナルシストはこの国でトップを争うほどの魔素をもっている。そのクラスのものが二人もいるのだ。同時にさきほどのナルシストのとんでもないのがいるという発言内容もわかる。


「うんうん。気づいたようだね。次からは敵地に入るときは常に魔素に注意すること」


「はい。かしこまりました! 敵地に入るときは常に魔素に注意します」


「まあ、争ってるわけじゃなさそうだからそんなに緊張しないで。でももし戦いになったら逃げるんだよ? 君にはまだ早い」


「はい」


 二人は署長室へ向かった。







「やあ! 僕が来たよ!」


 緑髪のイケメンが笑顔で署長室に入ってくる。襟や袖などに派手なフリルがついた貴公子のような服を着た男だ。


「「…………」」


「……応援ありがとうございます」


 ハロウは予想とは違う応援に引いて沈黙した。リネンも同様だろう。アストロは望んでいたわけではないだろうが、一応の礼儀として礼を言う。実際に彼が連れてきた部下のおかげで人手が足りるのだ。


「おう、アストロちゃん! 今日もなんて美しいんだ! この仕事が終わったら一緒に食事でもどうかな? 最近いい場所を見つけてね。ピアノの生演奏を聞きながら飲むワインは格別だよ?」


 いつものようにナルシストがアストロを食事に誘う。アストロは一回行ってみたのだが、ナルシストの趣味はオシャレ感が強過ぎて合わなかった。なのでそれからは忙しいなどの理由で断ることにしている。


「……せっかくの誘いですが……」


「そうか。それは残念。ところでこちらの二人はどちら様かな?」


 ナルシストはハロウとリネンを見て尋ねる。その目からはしっかりと警戒心が伺える。


「我はリネンという。焼き芋屋をやっている」


「俺はハロウだ。名も知らぬナルシストのお兄さん」


 アストロを食事に誘われて若干不機嫌なハロウは、自己紹介をせずに聞いてきたナルシストに嫌味を込めて答える。


「おや、すまないね。では不遇な顔面をしている君に僕の美しき名前を教えてあげよう。僕の名前はガカク。見てのとおりのイケメンエルフ騎士さ」


 エルフは耳がとがっていて美形が多い長命種だ。また、この国では非常にありがたがられる能力を有している。


「誰が不遇な顔面じゃコラ! 普通だろうが!」


 十段階中六の顔のハロウが指摘する。


「すまないがさきほどまで鏡を見ていてね。君の顔の醜さが際立って見えてしまうのさ」


 そこまで言われたら温厚なハロウであっても怒る。


「言ってくれるな。その面ジャガイモみたいにしてやるよ」


「ガカク。応援にきたのでしょう? 喧嘩を売るなら帰ってください」


 ハロウとガカクが争いそうになっているとアストロが止める。


「おっとそうだったね。しかし、そこの二人はなんだって警察署に?」


「実は……」


 アストロは今までの経緯をガカクに説明する。


「成程。ではまずその署長の違反の関係者を確保しよう。ハッピーちゃん、これよろしく」


「そのあだ名やめてください」


 ハッピーと呼ばれたナルシストの運転手従騎士は書類を受け取り、仲間に指示を出しにいく。


「……ところで、どうして、あなたが応援に?」


 アストロがガカクに尋ねる。


「もちろん、アストロちゃんが困っているって聞いたからさ」


「……確かモンドが待機していたはずですが?」


 モンドとはアストロの知り合いの騎士だ。落ちついた性格のなのでアストロとしてはそちらに来てほしかった。


「そんなの決まってるよ。モンドはやる気がない。僕はやる気がある。だからやる気がある僕の方が来た。それだけさ」


「……そうですか」


「そうさ。ところでそちらの一般人の二人にはもうお引き取り願おうか」


 ガカクは急にハロウとリネンにもう帰れと言う。騎士と一般人という立場からしたら当然だが、ガカクは邪魔な二人を追い出そうとしただけであろう。


「え? 嫌だけど? どうなるのか知りたいし」


 しかしその企みを鼻で感じ取ったハロウは拒否する。


「ここからさきは騎士の領分だ。一般人の君が知る必要はない」


 ガカクの言葉を聞いてハロウはにやつく。


「それを決めるのはお前じゃない。アストロだ」


 今はハロウやリネンはアストロの協力者という立場で署長室に来ていた。ハロウ達がどうするかはアストロが言うことであり、ガカクが口を出すことではない。


「ぐっ」


 言い返せず言葉に詰まるガカク。


「……ハロウの希望は?」


「それはもちろん手伝いたいよ!」


「あ、我はもう帰るぞ。彼女に会いたい」


「ではハロウには夜食をなにか買ってきてもらうことにします。その間に私は署の全体の様子を見ておきますから」


 アストロは、ハロウ本人が望んでいるので手伝ってもらうことにした。


ガカクを避けているアストロとしてはガカクと二人きりは気まずいのだろう。見回りをする間にハロウに買い出しを頼めばガカクと二人きりは避けられる。そしてハロウは見回りには要らない。いや、役に立つかもしれないが、部外者が役に立つと周囲の者から反感を買うかもしれない。なので、いない方がハロウにとっていいだろう。


「わかった! 夜食なにがいいとかある?」


「……あれば、リネンにあまりの焼き芋を貰ってきてください」


「わかった! 腐れイケメンエルフはなんか希望ある? 背脂とかでいい?」


 ナルシストの夜食候補に、夜食としては零点のものを挙げるハロウ。そもそも普通は食事として背脂をカウントしない。


「僕はあまり太らないものを頼む。この美しさが損なわれるなど世界の損失だからね」


「……な、なんか意識高い系のもの買ってくればいいのかな? よし、急ぐぞリネン!」


 ガカクの言っていることの理解を放棄したハロウはそう言ってリネンを担ぎ上げる。


「おい? 友よ。まさか我をこの、ま、まあー」


 運ぶつもりか? と聞こうとしたであろうリネンが話しにくくなるほどハロウが猛スピードでリネンの焼き芋屋に行く。


「やれやれ慌ただしいね。美しくない」


「…………」


 アストロは言い返せなかった。



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