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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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指輪奪還




「めっちゃいい子かよ」


 ハロウは己が少年くらいだった頃と比べて、その差に気まずくなった。ハロウが少年くらいのときは、大体外で全裸になっていた。


「その意気や、よし!」


 リネンも少年の心意気に胸を打たれたのだろう。深くうなずいている。


「盗品を扱っている店はいくらか心当たりがあるぞ」


「本当ですか!? 教えてください」


 全力で頭を下げる少年。


「待て待て待て」


 しかしハロウがそれを止める。


「そんな虱潰しじゃ見つからないだろう。俺に任せろ。指輪が壊されてなきゃ午前中に見つけだせるぞ」


 自信満々に言うハロウを二人がぽかんとした表情で見つめる。


「どうやってだ?」


「においでだよ。言っただろう? 俺は鼻が利くんだ」


 ハロウは、少年の家に行けばそこから泥棒を追跡できると言う。


「それほどのものなのか?」


 リネンは疑わし気な目でハロウを見る。


「ああ」


 ハロウが自信満々に答えると、その言葉を信じたのか少年は笑顔になる。


「兄ちゃん! こっちだよ」


 少年はハロウの手をとり、必死に案内しようとする。その顔は期待で満ちているようだった。


「ちょっと待て。帰りが遅くなると連絡してくる」


 リネンは彼女であるミサに一報を入れるため店にいったん戻った。


 待っている間暇なので、ハロウは少年に自分の焼き芋を分け、食べることにした。


「うっま! あっま!」


 二人は今まで人生で食べた焼き芋とは比べものにならない味に驚く。


 しかし少年は半分ほど食べると芋を包みで覆い始める。


「どうしたんだ? もう腹いっぱいなのか?」


 不思議に思いハロウが尋ねると少年は首を横に振る。


「残りは母ちゃんのぶん」


 少年の家族愛溢れる答えに、ハロウは残りの芋を袋ごとやることにした。都合のいいことにちょうどあと二つ入っている。


「母さんと二人で食いな」


「いいの?」


「ああ。俺は泥棒からカツアゲして食べるから芋はたぶん食いきれない。だから気にすんな」


 チンピラみたいな酷いことを言っているハロウを、少年は物語のヒーローを見るような目で見た。この男がつい先日外で全裸になったので牢にぶちこまれたとは予想だにしていないであろう純粋な目だ。


世の中には知らない方が幸せなことがある。


「ありがとう」


 ハロウと少年が少し仲良くなったとき、リネンが店から出てきた。


「待たせたな。では行こうか!」







「ここがいつも指輪が置いてあった場所だな?」


「うん」


 ハロウ達は少年の家に来て、指輪のあった場所を確認していた。


「よし。じゃあ始めるぞ。俺、狼みたいになるけど驚くなよ?」


「え? うん」


 少年がうなずくのを確認すると、ハロウは首から上だけ狼に変身する。また全裸で捕まらないように部分的に変身したのだ。


 そしてこれからが本番だ。ハロウは気合を入れて真剣に臭いを辿ろうとする。すると世界が変わった。それはハロウにしか知覚できない、においの姿。臭いは靄のような姿を持ち、強ければ濃く、弱ければ薄く見える。


この部屋には臭いは六人。内一人は女性。これが少年の母親だろう。残り五の内三つは少年、ハロウ、リネンのものなので除外。残りの内どちらかが泥棒だ。嗅ぎ分けていくと片方の臭いに知っている物が混ざっていることに気づく。


――これは、牢屋の臭い? じゃあ、こっちが話に聞いてた警官か? いや牢から出てきて即犯行って場合もあるよな?


 臭いを嗅いだだけではどちらが泥棒か判断できなかった。しかし片方は指輪のあった場所に臭いがないので、そちらが警官の物だとわかる。皮肉にも警官のやる気がなかったからこそ簡単に判断できた。


――こっちが税金泥棒の臭いだな。それで、最後のが指輪泥棒。


「臭いはわかった。これから追うぞ」


 ハロウは二人に告げ、外に行く。少年が鍵をかけ、リネンにおんぶされるのを確認すると走って追跡を開始する。


 その走りは迷いがない。警察犬なら途中で犯人が寄ったところにも寄って、遠回りしてしまうが、臭いを視覚的に捉えるハロウはそういった無駄がない。


 やがて三人は一件の質屋に辿り着く。


「……ここなの?」


「ああ。この中だ」


「ふむ。こんなところに質屋があったか」


「リネンも知らなかったのか?」


「うむ。運がいい」


「? ああ、俺がいて運が良かったってことか?」


「いや。我が知らないということは、ここを潰しても問題が起きない場所ということだ」


「盗品扱ってるのに潰して問題起きるとことかあんの?」


「ある」


 裏社会には裏社会の均衡がある。


「都会は面倒だな」


「ねえ、早く入ろうよ!!」


 ハロウ達との会話がじれったかったのか、少年がリネンの背中で揺れだす。


「わかった。だが少年、ここからは荒事になるぞ? 店の外で待っていた方が安全だと思うが」


「…………」


 リネンに言われて少年が黙り込む。リネンの言うことはもっともだ。しかしここまで来てなにもできないのでは来た意味がない。これでは頼ってる相手が母からリネンとハロウに変わっただけということを理解してしまった。


 その様子を見て少年に不満があることを悟ったハロウが尋ねる。


「なあ、なんでそんな店に行きたいんだ?」


 問われたので少年は自分の思いを言う。役に立ちたいと。なにかしたいと。


「成程な。……店に入ると帰ってから母親に怒られたり、泣かれたりするかもしれんぞ? 危険な目にあうんだからな。それでも行きたいか?」


 ハロウは少年を試すように言う。


 母親が泣くかもしれないと言われて怯む少年。しかし次の瞬間にはハロウの目を見てはっきりと答える。


「行きたい。けど、邪魔にしかならないなら待ってる」


「そうか。なら一緒に行くか」


 ハロウは少年を連れていくことにした。少年がうなずく。


「待て。子どもを危険な目にあわせるのは反対だ」


 しかしリネンが反対する。非常にまっとうな意見だ。


「リネン。母親に心配かけても行きたいって言ってんだから、連れてってやろうぜ?」


「しかしな」


「よく考えろって。俺達は少年の心意気に感動して手を貸そうと思った。だったら、ここで少年を置いて俺達だけで方をつけるより、少年の心を尊重して連れて行った方がいいんじゃないか?」


「むう……」


 ハロウの言葉を聞いて悩むように唸るリネン。ハロウはもう一押しとばかりに言葉を発する。


「危険な目にあわせるのに反対ってのはわかる。でもさ、リネンのは危険から遠ざけているだけだ。それじゃきちんと危険なものはわからない。危険を知るのは危険に近づかなくちゃな。せっかく俺達がいるんだ。危険から守ろうぜ。それに中にいるのは二人で、雑魚とそれなりだ。これなら問題なく守れる。」


 中にいるのが雑魚とそれなりの二人いうハロウの言葉を聞いて、リネンも中の様子を探ってみる。


「ふむ。二人いるのはわかるが具体的な強さはわからんな」


「俺は鼻で大体わかる」


ハロウの自信満々の顔を見て、リネンの表情が柔らかくなる。


「……わかった!」


「決まりだな」


 三人はそこから少し話し合って店に入ることにした。







 質屋ではガラの悪い無精髭を生やした店主が机に頬杖をついてテレビを見ていた。


「ふあ……」


 暇なのであくびが出る。暇つぶしに店主は昨日のことを思いだしていた。そしてすぐに退屈そうな顔からにやついた顔になる。


 昨日は店主から借金していた間抜けが物を売りに来たのだ。当然店主は安く買いたたいた。客はごねたが用心棒を呼ぶかと尋ねるとおとなしくなって逃げていった。


 店主はぶざまな客のことを思いだして笑う。


――へっ! 嫌なら借金なんかすんじゃねえよ。全く近頃自分の行いに責任を持たない輩が増えて困ったもんだ!


 そうして暇をつぶしていると、店主の耳にガチャッという聞きなれた音が届く。店に客が来て戸を開けた音だ。そして客が廊下を通る足音が聞こえる。珍しいことに複数で来たらしい。


この店は客がどんな人物が外から見えないように、入り口から店主がいる窓口まで少し歩かなければいけなくなっている。また、出口は入り口とは別に用意されている。


店主と客の間は透明な板で仕切られている。透明なので、客からはいくらかの商品が見える。そして机の上にのみ少しの四角い穴が空いている。この穴から金銭や物品のやり取りをするのだ。


客達が店主の前に来る。店主は客達を見て、ギョッとする。頭が狼になっている人間が来たからだ。しかしすぐに平常心を取り戻す。顔を隠してくる客はたまにいるからだ。もっとも、狼のマスクを被って来るのはいなかったが。店主は狼顔のことをマスクを被った客だと思った。


 しかし店主に話しかけてきたのは狼顔の男でなく、あとから入って来た少年だった。


「すみません。指輪を探しています」


 少年は母の指輪の特徴を店主に伝える。


 店主はそれを聞いて先日知り合いの泥棒から買い取った指輪のことが頭に浮かぶ。そして目の前の少年が指輪の元の持ち主の関係者であると予想する。さらに狼顔の男と赤髪のイケメンは、品物を探す様子もなく物を持っていることもないので少年の付添だろうと思う。


――これはぼったくれるぞ。


 店主は奥に指輪を取りに行っている間ほくそ笑んでいた。少年のことを金持ちと思い、金を儲けられると思ったからだ。


「言ってた特徴と一致するのはこれだ」


 店主は指輪を透明な板の近くまで近づける。


 少年はそれを見て破顔する。


「これです! いくらですか?」


「八十万」


 店主が法外な値段を告げる。指輪は新品の物を普通の店で買ったら二十万円ほどのものだ。


 それを聞いて気の毒そうな、馬鹿を見るような顔で少年が店主に尋ねる。


「あの、これが盗品ってわかってますよね? これは母のです。返してください」


――クソガキが! なめやがって!


 その顔を見て店主は怒る。少年に馬鹿にされたと感じたからだ。これはぼったくるだけでは済まさない。痛い目を見せてやろうと思った。


「知らねえな。うちの商品にケチつけようとしやがるとはな。慰謝料払ってもらおうか」


店主は嘘をついた。指輪が盗品など百も承知だった。


少年は狼顔の方を見る。狼顔が首を振る。店主が嘘をついた合図だった。しかしそれを払えないという意味だと店主は受け取った。


「ほう。払えねえのか。じゃあ、無理矢理にでも払ってもらうぞ!」


 店主は机の下に隠しておいた拳銃を出し、狼顔に向ける。その表情は自信に満ちていた。透明な板は銃弾を通さないので自分は安全。しかし、四角い穴から客の目の前に銃を突き付けているので客はどうしようもないと思っているからだ。


 店主は引き金を引く。パンッ! という発射音が響く。これで狼顔は腹に穴が空き、のたうち回るはずであった。


「――は?」


 だがそうはならなかった。腹に穴をあけるはずの弾は、腹に当たって、そのままポロリと下に落ちていった。


 狼顔にはなんのダメージも与えていない。しかし服に空いた穴から確かに弾は当たったのだとわかる。そしてその空いた穴から信じられないものが見える。毛だ。人間の腹では生えないようにびっしりと、毛が生えている。


 店主は恐る恐る狼顔の顔を見る。


「おいおい。いきなり拳銃腹に撃つとか過激だな。なに? 都会の腹パン?」


 狼顔が服をはたいている。しかもふざけたことを言っている。


「いや、都会でも腹にパンチで腹パンだ」


 赤髪が当たり前のことを言う。


「てか兄ちゃん大丈夫なの!? 直撃したよね!?」


 少年がまっとうな心配をする。


「このぐらい大丈夫だ。毛深いから」


 狼顔がいい加減なことを言っているのが店主の耳に入るが、店主はそれどころではなかった。店主は理解する。


――こいつ、人間じゃねえ!


 異種族は確かに存在しているのは知っている。店主の後ろ盾のボスもその類であったはずだ。だがそれは店主のような普通の人間とは関わりのない存在のはずであった。なぜならそういう存在は特殊な能力を持っているので、大半の場合がそれを活かせる場で然るべき地位についている。このような質屋に子どものおともで現れるものではない。


 店主は自分が選択を誤ったのを悟る。しかし今更謝って済むものではない。店主は奥の手を使うことにした。


「先生! お願いします!」


 店主は雇っている用心棒を呼ぶ。魔法の力が宿る刀、魔刀を扱う人斬りだ。その魔刀にかかれば、いかに銃弾が効かない化け物といえど切り殺されるはずである。


「「「…………」」」


「…………」


 しかし、呼んでも用心棒が来ない。高い金を払っているが、もしかしたらいつものように眠りこけているのかもしれないと店主は思う。


――まずい! このままじゃ殺される!


 しかし緊張したのは店主だけであった。


「……もしかしてこれがあの有名なイマジナリーフレンドってやつか?」


「いやおそらくクスリによる幻覚ではないか?」


「どっちもちげえよ!」


 さきほどから狼顔がふざけているおかげで命があるが、店主は自分にはどうしようもない状況に陥っていることを察する。


 そこから店主の判断は早かった。


「すんませんでした! 指輪はお返しさせていただきます!」


 店主は銃を捨て頭を下げた。さらに指輪も少年に返す。


「おいおい、そんなんで済むと思ってんの? お前のせいで、見ろよこれ。俺の数少ない外着がダメージ加工されちゃってるじゃん? ダメージ系のアウターって言ってごまかせるかな?」


 しかし狼顔はそんなことで許す気はなさそうで、店主に文句を言ってきた。そして彼の仲間の赤髪に服のことを尋ねる。


「それが通じるなら、穴あき靴下もダメージ系のファッションで通るな」


「ダメかー。どうしてくれんの?」


「弁償させていただきます!」


 店主はなんとか生かしてもらおうと声を張る。命に比べたら服なんて安いものだ。


「盗品じゃないだろうな?」


「いや、こういう場合は金を払いますという意味だぞ?」


 どうやら狼顔は服を直接渡すと思ったらしい。


「そうです! 弁償させていただきます! すぐ金を持って来るので待ってください」


「わかった」


 許可されるとすぐに店主は店の奥に向かう。しかしここで危険から離れたことにより店主の頭が無駄に働き始める。


――板で仕切られてるからこっちは安全だ。今のうちに用心棒を起こしちまおう。


 店主はさらに奥に行き、用心棒が寝ているであろう部屋に入る。


「んぐうおおおおお!」


部屋の中に入ると、思っていたとおり用心棒が寝ていた。いびきをかいて気持ちよさそうに寝ている。


――起きとけや! ボケが! そのせいで危ない目にあったじゃねえか!


 用心棒に腹は立つがこれから役に立ってもらわなければならないので、店主は内心の不満を押し殺し用心棒を起こす。狼顔達に聞こえないように小声をだして、用心棒を揺さぶる。


「先生! 先生! 起きてください! 襲撃です!」


「……んお? なに?」


「敵です! やっつけてください!」


「ん。よし。まかせなさい。私の刀の錆にしてやろう」


 用心棒は相手がどんなものかも確認せずに、眠たげな声で答える。しかし体の動作は機敏であり、慣れた手つきで刀を腰にさす。そしてその表情はこれから人を殺そうというのに緊張した様子もなく、目には冷たい輝きがある。その目を見て店主の背に冷たいものが流れる。


――流石は用心棒の先生だ。これなら勝てる。


 店主は用心棒の勝利を確信する。


「今やつらは買取窓口のとこにいます。やっちゃってください!」


「ああ」


 用心棒が店員用の戸から廊下へ出ていく。すぐ右には出口があり、買取が終わった客はここから出ていく。真っすぐ進んで左に狼顔たちはいる。


 店主は戸を開けて用心棒の様子をうかがう。彼はすでに店主から見て左を向いている。つまり狼顔達が見えているはずであった。そして刀に手をかけたまま狼顔達に問う。


「お主達がここに襲撃をかけてきたものらか?」


「え? そんなことしてないけど?」


「ふむ? しばし待たれよ」


 狼顔のとぼけた答えを聞いて、用心棒がこちらに向かってくる。


――なに敵の言うこと真に受けてんだよ! さっさと殺してくれよ!


 店主は用心棒が自分に敵を確認しに来たと思った。しかし実際は違う。用心棒は狼顔達を一目見て自分が敵う相手ではないと見抜いた。そして逃げるために出口に近づいただけだったということをすぐに悟る。


 用心棒は店主の前まで来ると、店主がなにかを言う前に出口に体当たりするようにダッシュして外に出る。そしてそのまま捨て台詞を吐いて逃げだした。


「あんな化物ども相手にできるか! ボケエ!」


 さきほどまでの落ち着いた様子とは打って変わって、必死の形相で全力疾走する用心棒。


「おい! ……嘘だろう? マジかよ」


 勝利を確信していた用心棒が戦いもせず逃げたのを信じられない思いで見る店主。彼に残されたのは悪くなり手もなくなった状況だけだった。


 愕然としている店主だが、自分が掴んでいた戸が開けられてハッとする。そこにはやはり狼顔がいた。


「悲しいなーおい。金を持って来るって信じて待ってたのにさー」


「す、すんません! 俺は止めたんです! でも、うちのバックについてるとこから来たやつなんで強く言えなくて! あいつが勝手にあんたらに喧嘩売りに行っちまったんです!」


 店主は苦しい嘘でごまかそうとした。


「そっかー。じゃあ、早く金持ってきてくれる?」


「はい! ただちに!」


 信じてもらえたかは怪しいが、用心棒が襲い掛からなかったことで許されたらしいと店主は思った。そして今度は本気で金を集める。かなりの量を持って行かないとなにをされるか不安で仕方なかった。店主の心は用心棒が逃げ出したことで完璧に折れていた。


「持ってきました! 店にある金全部です! これで許してください!」


 店主はありったけの金を差し出し、命乞いをする。


 それを見て狼顔が頷く。


「よし。これで許すわ。次から人の服に穴空けんなよ?」


「はい! 申し訳ございませんでした!」


 生涯パンスト破きプレイを禁止にされた店主。しかし、狼顔に許されたので命が助かったと思った店主にとってはどうでもよかった。


「じゃあ、次は俺を撃ったことに対する償いだな? なにしてくれる?」


「え?」


 店主はなにを言われたのかわからなかった。


「あ? 服の代金はもらったが、俺を撃ったことに対する金とかじゃなかったよな?」


「え、あ。申し訳ございません! お金は今払ってしまったので全部です! なので支払いは待ってもらえないでしょうか!?」


 店主は自分が許されたのが勘違いだったことに気づく。このままでは狼顔に根こそぎむしり取られると思った。なのでなんとか今をやり過ごし、バックについている組織に対処してもらおうと思った。


――たしかボスは獣人だったはず。化け物同士なら大丈夫なはずだ。大丈夫であってくれ。


 店主には反省という言葉はない。


「いやー。一回待ったときに襲われそうになったしな。やっぱここはそれなりのことしてもらわないと」


「な、なんでしょうか?」


 店主はなにを要求されるのかひやひやした。店の物を持っていかれるならまだなんとかなるが、覚悟見せるために指切れなんて言われたらたまったものではない。


「そうだな。遊ぶか?」


「……はい?」


 店主は思いもよらなかった言葉に首をかしげる。


「やっぱ会ったばっかのやつは信頼できないじゃん? だから仲良くなるためにゲームをしようか」


「はい! やらせていただきます!」


 店主はなにか嫌な予感がしたが、全力で乗ることにした。というより乗る以外に選択肢はなかった。


「じゃあ、これだな」


 そう言って狼顔が取り出したのは店主が置いていった拳銃だった。弾が六発入るリボルバーで、すでに一発撃ってしまったので残りは五発入っている。


 店主はそれを見て血の気が引いた。さきほど感じた嫌な予感はあたっていたと気づいた。


「俺の故郷の遊びでな。ロシアンルーレットって言うらしいんだ。知ってる? 拳銃に弾をいくらか入れておいて、自分の頭に発射するんだ。運が良ければ弾は出ない。悪ければ出る。それを交互に繰り返して、倒れなかった方の勝ち。両方倒れなかったら出た弾の少ない方が勝ち。わかった?」


――そんなロシアンルーレット聞いたことねえよ!


 店主はそう思ったが口にはだせなかった。恐怖で言えなかった。目の前の狼顔が実力と頭がおかしい存在だと理解してしまったからだ。


「じゃあ、先攻俺な。安心しろ。さっき弾入れるとこ回転させといたから俺もどれが当たりかわかんないから。あ、言い忘れてたけど連続で引いてもいいから」


 そう言ってなんの気負いもなしに狼顔は自分の頭に向けて二発、銃を撃つ。


 パンッ! パンッ! と連続で発射音が店主の耳に届く。店主は目の前のことを信じたくなかった。しかし、二発の銃弾を頭に受けて無傷の狼顔が目の前にいる。信じるしかなかった。


「はい。じゃあ次はお前な。三発残ってるから全当たりしなければ勝てるぞ」


 そう言ってにやけ顔で店主に銃を渡す狼顔。しかし顔が狼なので獲物を前に舌なめずりしているようにしか見えない。


 狼顔の様子を見て、店主は絶望する。狼顔の言っていることが本当だとして四分の三で死ぬ。店主には頭を銃弾で撃たれて生きていられるような頑丈さはない。


――無理だ。助かりっこない。


「どうした? まさか怖くてできないのか? そんなことないよなあ? だって最初に腹撃ってきたのそっちだもんなあ!? お望みどおりだろう!?」


 狼顔の声の大きさが次第に上がっていく。それにしたがって店主の恐怖も大きくなっていく。


 さきに我慢の限界に達したのは店主だった。


「ごめんない。できません! お願いします! 許してください!」


 もうなにかをするから許してくれなど言えずに、ただただぶざまに許しを請う店主。


とてもついさきほどまで『近頃自分の行いに責任を持たない輩が増えて困ったもんだ』なんて思っていたものの行動ではない。


「こう言っておるし、そろそろ許してやってはどうだ?」


 ここで今まで黙っていた赤髪が狼顔に意見する。


「え? 俺こいつのせいで腹に一発、頭に二発銃弾うけてんだけど?」


「いや、頭の方はお主が勝手にやったことであるし、腹の方は結局無傷であったろう? そうかっかするな」


 不満そうな狼顔を赤髪がなだめる。


「じゃあ、こいつどうする?」


「普通に警察につきだしてはどうだ?」


「えー。あいつら? 意味ある?」


「安心せよ。昨夜知り合いの騎士に連絡していてな。今日の夕方、会うことになっておる。そのときについでに引き渡せばよい」


「ああ、そういや騎士の知り合いがいるって言ってたな。……女騎士?」


 狼顔が今までで一番真剣な顔をする。彼にとっては重要なことなのだろう。


 一方で店主は震えが大きくなる。騎士とは特権階級の貴族すら捕らえられる非常に権力的に強い存在だ。そんな存在と伝手のある一味に危害を加えた自分の未来がどうなるのか想像してしまったせいだ。


「ああ。だが残念だがくっころとは無縁な存在だぞ? 強いからな」


「そうか! 強い女騎士とか最高だな!」


 狼顔のテンションが異様に高まる。


「……念のため確認なのだが、襲ったりするなよ?」


「当たり前でしょうが!! ってことで、警察につきだすけど文句はないよな?」


 最後に一応の確認が店主にされる。店主は首を折れそうなほど縦に振る。


「はい! 警察につきだしてください!」


 店主は安堵した。自分の今後がどうなるかは不安しかないが、今ここで殺されることはなさそうだと思った。


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