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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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焼き芋とお願い




 ハロウはトミ婆さんと家の契約を交わしたあと、ホテルや焼き芋屋の場所の他、生活に役立つ場所も教えてもらった。


 ホテルをとったあとは魔法処理を頼んでいた下着を貰いに行き、ついでに服も買った。


 そして九時に就寝し、三時に起床し、ホテルを出て焼き芋屋に向かう。


――やっぱ都会だな。明るい。そんで騒がしい。


 ハロウは故郷と違いいつまでも明るい都会に感動していた。彼の住んでいた田舎は深夜に灯りなど一つも点いていなかった。真っ暗な世界が広がっているのみだ。


もしこの時間に外を歩こうものなら聞こえるのは人の営みの音でなく、虫などの森に棲むものの音だ。


しかし都会は違う。一部の夜の店は盛んに営業していて華やかだ。光も点いているどころか様々な色が見える。


寝るには少々不便かも知れないが、この喧噪は嫌いではなかった。


そうして歩いていると、喧噪から離れていく。すると田舎とは比べものにならない騒がしさがいつの間にかなくなっている。そこは虫の鳴き声などしないので田舎では味わえない無機質な静寂があった。


――まるで世界に俺一人だけみたいだな。


 耳をすませれば遠くの音が聞こえるのでそんなことはないとわかるが、この静けさはハロウの心を強く掴んだ。暗闇に恐怖を覚える者もいるかも知れないが、彼にとって都会の暗闇は暗闇としては明るすぎる。恐怖は全く覚えなかった。


 都会の良さを堪能しているうちに、気がつけば焼き芋屋についてしまっていた。


 焼き芋屋は大きな二階建ての家の一階の部分にある。店はまだ開いていないが御用の方は呼び鈴を押してくださいと看板を見て呼び鈴を押す。


 するとリネンが出てきて店員用の入り口から入れとハロウに言った。


それに従い、店に入り制服を貰って業務説明を受ける。内容は注文の聞き取りだ。どうやら朝は夜の仕事の人達の帰りを狙ったものらしく、一気に注文がくることが多い。しかし焼き芋を袋に詰めながら聞くのは面倒なので、それをハロウに担当してもらいたいと説明を受けた。


 伝票の説明を受けたがそこでハロウは混乱した。注文の名前に強い違和感を覚えたからだ。


 注文は三種類あった。小盛と並盛と家族盛だ。それぞれ五百円、千円、三千円。違和感の原因は家族盛だ。大盛でいいのではないかと思い、リネンに尋ねるとどうやら女性受けを狙った結果らしい。本当は大盛があったらしいのだが、大盛だと買うときに恥ずかしいという人がいたらしい。ハロウには理解できないことであった。


 気になるのはそれだけではない。


「焼き芋三千円買うやついんの?」


「おるぞ。たまにだが。そもそも我の焼き芋はそんじょそこらのものとは違う特別なものだからな!」


 詳しく聞くとリネンの炎魔の力を使って焼くことにより、その焼き芋を食べた者の体を温め、新陳代謝を活性化させる効果があるらしい。


「要するにダイエットできる焼き芋というわけだ!」


 なので女性人気が非常にある。


「へー。ダイエット系の商品か……味は?」


「超うまいわ! まあいい。我は追加の芋とってくるから」


「ここは任せてさきに行け!」


「客は敵ではないからな?」


 ハロウが店番していると言われたとおり夜の仕事帰りの女性が立ち寄った。しかし団体ではなく一人だった。


「あれ? ここって焼き芋屋であってるよね? いつものイケメンのお兄さんは?」


 暗にイケメンではないと言われて傷つくハロウ。自分では理解しているつもりでいたが、こうして目の前でイケメンでないことにがっかりされると心にくるものがあるということを理解させられた。


「あってるぞ。いつものイケメンは奥に芋とりにいってる」


 心の傷のせいで客商売にあるまじき言葉遣いでハロウが答える。今彼にとって目の前の女性は客ではない。ほぼ敵だ。


「え~イケメンいないの? ショック~」


「……すまんな」


 間接的に、というよりほぼ直接的に顔面を貶されたハロウは苦笑いしながら謝る。しかし彼の心はしっかりと傷ついた。二回目だがまだ耐性を得るまでではない。自分でイケメンでないことはわかっていてもこのような反応をされると傷つくのだ。


「いらっしゃい」


 リネンという名のイケメンが帰ってきて客に話しかける。


「やっほ~お兄さん。小一つちょうだい」


 イケメンを見て機嫌を直す客。それは鏡よりも残酷に現実をハロウに突き付ける。


「承った。……はい、小一つ、五百円」


「は~い」


 リネンは素早く客に対応する。客が帰ったあとハロウが話しかける。


「なあ、イケメンお兄さんじゃないってショック受けられたんだけど? 俺このままここにいていいの? 売り上げ落ちない?」


 若干悲し気な声で言うハロウ。


「ふむ。やはり芋を袋に詰める方を頼もうか? しかし焼くのは我がするしかなく、注文まで聞いては効率悪いしな」


 リネンはどうしたものかと頭を悩ませる。


「俺がイケメンじゃないばかりにすまんな」


 ホスト以外言いそうにない謝罪をするハロウ。


「いや。ハロウは悪くない。だからそんな悲しいことは言うな。それにイケメンかブサイクかに大別したらイケメンではないか」


「そうだな。十段階評価で六くらいだろうからな」


 リネンは九ほどだ。


「まあ、我が接客しないと来なくなるのなんて少数だろう。このままでいこう」


「わかった。……その、イケメンでなくて悪いな」


 ハロウは謝罪を伏し目がちに絞り出す。リネンはそれを憐れなものを見る目で見つめる。


「もうそれ以上なにも言うな! ハロウは悪くない」


「あ、優しくしないでもらえる? 心までイケメンなのかよって嫉妬の炎に焼かれそうになるから」


「面倒くさいな!」


 ハロウが冗談を言えるまで回復したので二人の雰囲気もいたたまれないものでなくなる。


 そのごはイケメンでないと露骨にがっかりする客は来なかった。


 しかし、朝の営業時間終了後に珍客が訪れた。


 売れ残りの焼き芋を貰ったハロウが店員用の出入り口から出ると、そこに少年がかがんでいた。少年はハロウを見ると立ち上がり声をかけてくる。


「あの! 指輪がいっぱい売られてる店教えてください!」


「え? 指輪? しかもなんで俺?」


 突然のことにハロウは混乱する。当然だ。今ここに住むものの内、最も不案内であろう自分がまさか店のことを聞かれるとは思っていなかった。しかも相手は少年で、それが指輪のことを聞くのである。自然なところなど一つもなかった。


「いきなりごめんなさい。でもクラスの女子から聞いた話だと、焼き芋屋の兄ちゃんは指輪の店とか知ってそうだと思って」


「……あ~もしかして焼き芋屋の店主に用事? 俺今日から働いてる店員なんだけど」


「え? あ、ごめんなさい。そうです」


 ハロウは少年にリネンと勘違いされたのだと悟る。そして同時に少し心が癒える。イケメンでないとがっかりされたあとに、そのイケメンと間違われたからだ。もう彼の内に潜む嫉妬の炎は鎮火された。


「そうか。じゃあ店主呼んできてやるよ」


 リネンを呼びに店の中に入り、少しして二人で出入り口から出てくる。


「少年よ。どうして指輪の店を知りたいのだ?」


 リネンは少年を刺激しないように優しく尋ねた。


朝早くに一人で少年が指輪のことを直接面識のない大人に聞きに来るというのは普通ではない。事情を知りたければ優しくするのは正解だろう。


「……誰にも言わないでくれる?」


 優しく尋ねたのが、功を奏したのか少年は話そうとする。


「もちろんだとも」


「ああ」


 少年の確認に肯定するハロウとリネン。少年に頼られているのはリネンであるが、ハロウも少年のことが気になり事情を聞くことにする。


 少年は強い目つきで話し始める。







 二日前のことだ。


 目覚まし時計の音で少年が起きる。いつもどおりの通学時間ギリギリの時間だ。


 起きて、作ってあるご飯を温めて食べ、洗い物などを済ませ、施錠をして学校に出発する。この間、少年は一言も発さない。少年の父は亡くなり、母は朝早くから仕事に出かけているので家に誰もいないからだ。以前無理に早起きして母親と一緒に食事をとったこともあるが、母に負担をかけるだけだと幼心に理解したので今はやめている。通学時間ギリギリなのはその方が一人の時間が少なく済むからだ。共に過ごしたい母親は忙しいのでしょうがない。


 学校で授業が終わり帰路に着く。しかしその足取りは重かった。学校から雑巾を提出するように言われたからだ。


――母さん、疲れてるのにな。


 買えば済む話だが、少年の家ではいつも母親が縫っていた。どのくらいの負担かは少年にはわからないが、問題は母に負担がかかることだ。手伝うと母に言っても『いいから勉強を頑張りなさい』と言われるのみだった。役に立ちたいが、役に立てない毎日が少年の顔を暗くする。


――取りあえず宿題やろう。


 そうすれば心配をかけることはないだろうと、前向きに気持ちを切り替えて家に帰る。鍵を差し込みひねる。


――あれ?


 しかしいつもと違い手ごたえがない。まさかと思いそのまま戸を引く。するとなんの抵抗もなく戸が開く。確かに鍵をかけたはずなのに。


 少年は不安に思いながら家の中に入る。中に入るとすぐさま異常を見つけた。タンスなどが全て開け放たれていて、物が散乱している。家を出るときはこうではなかった。


――泥棒だ!


 少年は確信した。しかしこれからどうすればいいのかよくわからない。しかし、なにかあったら連絡しなさいという母の教えを思いだし、母親の勤め先の番号へ電話をかけることにした。


 連絡してしばらくして母が帰宅した。


「ケンタ!! ケンタ無事なの!?」


 大声で母が叫ぶ。息は乱れており、全速力で帰って来たのがわかる。


「母さん」


「ケンタ!!」


 母は少年の姿を見ると飛びつくように抱きしめた。


「大丈夫? 怪我はなかった?」


「うん」


 無事なことは先ほどした通話で伝わっているはずだが、やはり実際に目で見ないと安心できなかったのであろう。母は安堵の息を吐く。


「よかったあ」


 少年の頭を母が荒れた手でなでる。なんどもなんども。無事なことを確かめるように。


 しばらくして落ち着いてから被害の確認をする。被害はいくらかあった。そしてその中に婚約指輪が含まれていた。


 婚約指輪は母の大切な思い出の品だ。


――許せない!


 そのことを知った少年は怒りで頭がいっぱいになる。


 婚約指輪が盗まれたと知ったとき、母は愕然としていた。すぐに少年を不安がらせないように気丈にふるまったが、一瞬だけ見えたその表情は少年の頭から離れなかった。


 そして通報したので警察が来たが、その警察は明らかにやる気がなかった。話を聞くときもやる気なく相槌を打ち、調べてもいないのに『目撃者がいないとこれ以上捜査しようがない』と言ってさっさと帰っていった。その様子を見て少年は決意する。


――こいつはダメだ。僕が見つけるしかない。


 危険で無謀なことだが脳裏に焼き付いた母の愕然とした表情が少年を突き動かす。普段の母は優しく笑っていただけに、一瞬だけ見えた愕然とした顔がどうしても少年の脳から離れなかった。


 翌日。すなわち少年が焼き芋屋に来る一日前。


 少年は学校で頭を抱えていた。


――どうすればいいのか全然思いつかない。


 幼い少年に泥棒探しの方法など思いつかなかった。そして少年には相談できる相手などいなかった。しかしそんなときクラスの女子の会話が耳に入る。


「……! ……!」


 女子達は雑誌を秘密裏に持ってきて皆で見ていた。内容はブライダル系だ。指輪やドレス、式などのことが載っている。


 少年は指輪という単語に反応して話に聞き耳をたてる。


「……! ……!」


 内容は自分ならこんな式が良いなどのことですぐに興味が失せそうになるが、気になる会話があった。イケメンと結婚したいという女子に、どんなイケメンと結婚したいかと誰かが問う。その女子は例として焼き芋屋の店主をあげる。しかしその店主は美人の彼女がいて結婚秒読みという噂があると別の女子が言う。


――これだ!


 少年の脳に閃きが舞い降りた。少年は泥棒を見つけたかったのではない。指輪を取り返したかったのだ。


 少年は考えた。指輪を盗んだら店に売って金に換えるはずだ。その店を探そう。話に出ていた焼き芋屋の店主なら指輪の店について知っているだろう。色々と穴のある考えだが少年には素晴らしいアイデアに思えた。


 そうして少年は本日焼き芋屋に訪れた。邪魔をしないように、閉店時間を待って店主と思われる男に声をかけた。初対面の大人に話しかけるのは勇気が要ったが、母のことを考えると簡単に声が出た。


「あの! 指輪がいっぱい売られてる店教えてください!」




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