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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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覚醒




「「「ぎゃあああああああ!!」」」


 アストロの腕の中からハロウが消える。それとほぼ同時に呪人が悲鳴を上げる。


「え? ……え?」


 アストロは戸惑う。急にハロウの姿が消えたからだ。そしてすぐにハロウの姿を見つける。


彼は聖水の中にいたはずの呪人を、一瞬のうちにエレベーターに片手で叩きつけていた。しかもそのまま宙に浮いている。


――いつの間に? 全然見えませんでした。


 その姿は今までと変わっている。今までは灰色の人狼という外見であった。だが今は全身が銀色の炎で包まれているように見える。


――いえ、違いますね。そう見えるだけです。


 よく観察するとそれは間違いだとわかる。ハロウは燃えているのではない。毛並みが銀色になり、毛が炎が燃えるように波打っているのだ。


「「「ぐうああああああ!」」」


 苦しむ呪人の声を聞いて、アストロは呪人に注目する。なんと今まで浅く切り裂くだけだったハロウの爪が、呪人の腹に深々と突き立っていた。それだけではなく、貫通して、呪人の後ろにあるエレベーターに突き刺さっている。


――今までと違う姿。上昇した能力。……まさか、覚醒している?


「「「っがああああ!!」」」


 その状態で呪人は呪素を噴射する。その呪素はハロウを直撃する。


――危ない!


 アストロは心で叫ぶ。しかし呪素はハロウになんの効果もなかった。聖水を普段から使っているアストロは、なぜだかわかった。ハロウは全身に聖水の霧を纏っていたからだ。


――ですが、それだけで防げるものでしょうか?


 呪人の呪素の噴射が強力なのは、アストロ自身がよくわかっている。アストロが一瞬でとはいえ、全力で張った聖水の壁を突破するほどだった。それを霧状の聖水で防げることにアストロは驚愕した。


「臭い息、吹きかけないでくれる?」


 ハロウは呪人の腹を貫いていない左手を手術前の医師のように構える。その指先から氷の爪が伸びる。ハロウはそこから真っすぐ呪人の胸を貫く。その爪は核の一つを破壊した。


「「「あああああ!」」」


 呪人は苦しみながら残っている右腕でハロウを攻撃しようとする。しかしハロウが左腕を振り払うと、呪人の右腕がちぎれ飛ぶ。


――強い!


 ハロウは圧倒的だった。さきほどまでこちらを全滅できそうだった呪人を雑魚扱いしている。


「「「やめてく――」」」


「まだくたばらないのか。……しぶといな。てか、うるさい」


 ハロウは左手の伸びだ爪を呪人の顔に刺していく。ハロウの伸ばした爪は、聖水を固めたものなので着脱自在だ。その爪を複数ある呪人の顔に突き刺して、爪を残すのを繰り返していく。顔を全て爪で突き刺し終わった呪人は、エレベーターに爪で磔されているように見える。


「……騎士長! こいつどうする? てか核とか全部砕いていいの?」


「……あ、ああ。砕いてくれ」


「どんくらいに?」


「呪素が発生しなくなればいい」


「わかった」


 ハロウは新たに爪を伸ばすと、騎士長の指示どおり呪人の核をバラバラに切り裂いていく。


「「「ああ……あ……あ」」」


 呪素を消耗し、爪で磔にされた呪人に抗う術はなく、そのまま切り刻まれる。そして呪人は核を失い、動かなくなった。


「終わった」


「……うむ。ありがとう」


 騎士長は戸惑いながら礼を言う。ハロウの変化のせいだろう。


 そんな騎士長のことは気にも留めずにハロウはアストロのそばに駆け寄る。


「大丈夫?」


 そしてアストロを心配する。


――変わってませんね。


 ハロウの顔を見て、アストロは安心する。姿は変わったが中身はいつもどおりに思えたからだ。


「はい。ところでその姿はどうしたんですか?」


 アストロがこの場にいるハロウ以外全員が気になっているだろうことを尋ねる。


「あ、気になる? 実はどうもこれ覚醒したみたいなんだよね」


「……やはりですか」


「「「ええ!?」」」


 アストロは納得したが、他の面々は口を開けてかなり驚いている。覚醒などそうそうあることではないので、当然だろうとアストロは思った。


「しかしなぜ覚醒したのですか? ……いえ、この話はあとで聞きます」


 ハロウが覚醒した理由は間違いなく自分に関係する、とアストロは思った。なので大勢の前では聞かないことにした。


「ちょっと待ってくれ! アストロ君! ここはぜひとも話を聞きたいのだが!?」


「そうさ。覚醒なんて伝説的なことだよ? ここはぜひとも詳しいことを聞かせてらいたいね」


「うむ。独り占めは狡いぞい」


 アストロの判断に騎士長、ガカク、モンドが異を唱える。


「……今でなくてもいいのでは? 後始末とかありますし、それが終わって落ち着いてからでいいでしょう?」


 他の騎士達が覚醒の話を聞きたいというのは理解できるので、アストロは話を先延ばしにすることにした。


「た、確かに……。ハロウ君、あとで聞かせてほしい」


「わかった」


「礼を言うよ、フグガン君」


「よくこの流れでその呼び方したな? クサナル。まあいいけど」


 ハロウとしてはクサナル一人のために説明するのは面倒だろうが、騎士長など他の人に説明するときに一緒にいるのは問題ないのだろう。隠したくなるような決意で覚醒に至れるものではない。


「儂にも聞かせとくれよ?」


「もちろん」


 その他にも聞きたい人がいるのなら来てもいいということになり、呪人の後始末をすることになった。







「さて、なぜ覚醒したんですか?」


 呪人の後始末が終わり、解散となった直後。ハロウはアストロに連れられて、彼女の家に来ていた。


「答えるけど、その前に確認したいことがある」


「なんですか?」


「元気そうだけど、さっき呪素を少しとはいえ浴びたよね? 早く休んだ方がいいんじゃないの?」


 ハロウはアストロのことを心配する。


「う~ん。大丈夫ですね。君が庇ってくれたので、直接浴びてはいません。さらに聖水が撒かれていたので、問題ありません。そもそも呪素は浴びた直後が一番危ないので」


「そうだったんだ?」


「はい。安心してください。なのでどうして覚醒したのか答えてください」


「そう? なら、よかった。それはもちろん、アストロへのラブパワーが奇跡を起こした的な?」


「それです。どうして付き合うとか言ってないのに、覚醒しているんですか?」


 覚醒というのは、肉体的な強さと精神的な強さが要求される。ハロウの場合、肉体的な面は満たしていたが、精神的な面が満たされていなかった。精神的な条件は、人生をかけてしたいと思えるようなことを見つけるなどだった。そしてハロウはアストロに惚れているので、アストロが付き合っていもいいと言えば、もしかしたらその条件を満たすかもしれない。アストロはそう思っていた。


「それは自分の間違いに気づいたからさ」


「なにを間違っていたんですか?」


「確か、精神面の条件は、強い意志で、人生をかけて成し遂げたいことを見つければいいんだったよね?」


「はい。それが君は……その……私と恋仲になれば、その条件を満たすのではないかと、リネンは予想してましたね」


「そうそう。だから寿命とかは関係なしで俺と付き合ってもいいとアストロが思ったら付き合ってくれるってことだったよね?」


「はい」


「でも、それは間違ってることに気づいたんだ。呪人に呪素の噴射食らって、苦しんでるときにね。あのときアストロは呪素に弱いのに無理して心配してくれたじゃん?」


「それはそうでしょう。ほとんどの人が心配すると思いますよ?」


「あのときは嬉しくてね。つい、思ったんだ。もし、このさき、どんなことがあっても命懸けでアストロを守ろう、と」


「……心配しただけで、そんな決意したんですか?」


「そう。それだけ。でも、アストロにとってはそれだけでも、俺にとっては重要だったんだ」


「一体なぜ? 心配されて嬉しいのはわかりますが、そこまでは変ですよ?」


「そうだよね? う~ん。俺、小さいころから異常に強かったんだ。もちろん、他の人狼と比較してだけど。だから心配とかされたことないから、たぶんそういうのに飢えてんじゃないかな?」


「ふむ? そういうものでしょうか?」


「たぶん。まあ、そんなわけで心配してくれて嬉しかったんだ。ありがとう」


「いえ。私も助けていただいて、ありがとうございます」


「当然さ! あ、そう言えば……」


「どうしたんです?」


 ハロウは急に狼の姿になり腹を見せながら、叫びだす。


「一鼻惚れして、あなたの優しさにさらに惚れました! こうして無事、覚醒して長命種になりました! なのであなたの下僕(いぬ)にしてください!」


「……それ、またやるんですね?」


「やっぱ条件が変わったんで、改めて言っておこうかと」


「……そうですね。覚醒するまでの覚悟を見せてくれたのですから……わかりました。付き合いましょう」


 ハロウの予想と違い、アストロが付き合うのを承諾する。


「……マジで?」


「はい」


「お、おおおお、おお! おおおお! っしゃあああ! あっ!」


 ハロウは飛び上がりながら喜ぶ。飛び上がりすぎて頭を打つ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫。喜びのあまり力加減ミスっただけだから。……ぐへへへへへ」


「とうとう頭が」


「いや違うから。喜びのあまり、歓喜の表現が暴走しているだけだから!!」


「まあ、尻尾は台風でも起こすのかってほど振られてますからね」


 ハロウの尻尾は残像が見えるほどに振れている。


「俺の喜びはこんなもんじゃない!」


「十分です。というより尻尾がちぎれるのではないかと不安になるので、もっと落ち着いてください」


「任せ……あ、ちょっと落ち着くの無理そうなんで、人間形態に戻るね」


 ハロウは人間形態に戻る。これでにやけきった顔以外はいつもどおりだ。


「そうですか」


「……ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「なんでしょう?」


「……恋人ってどんな会話すればいいの?」


「さあ? べつにそんなこと気にせずに普通に話せばいいので? 今までどおりに」


「……あれ? 今までなにを話したりしてたっけ?」


「覚醒しても記憶力はそのままみたいですね」


 優し気な顔でアストロが言う。


「似たやり取りは覚えがあるな。……そうだ。どっかデートに行こう!?」


「そうですね。……どこに行きましょうか?」


「いきなりだと思いつかない……。でも、せっかく付き合ってもいいことになったんだから、カップルが行くようなところに行きたい」


「では遊園地とかですか?」


「おお、いいね。……あれ?」


「どうしました?」


「遊園地ってなにを楽しむの?」


「なにを言ってるんですか? ジェットコースター、観覧車、お化け屋敷などなどあるではありませんか?」


「そうなんだけどさ、そういうのってスリルとか楽しむものだよね? 俺やアストロって、そこに行ってスリルとか感じると思う?」


「……ふむ。ジェットコースターは……」


「俺の方が速いね。しかも覚醒して魔素が切れない限り、空を駆けることができるから、コースもより自由自在」


「お化け屋敷は、そもそも仕事でもっと怖いのを相手にしているので、雰囲気感じられませんね」


「観覧車は、もっと上に自力で行けるじゃん?」


「……あれ? 本当ですね」


「……ちょっと遊園地は保留ってことで」


「そうですね」


「う~ん。そもそもアストロってどんなこと楽しめそうなの?」


「楽しみ……。食事したり、犬とかを見たり、あとは……あれ? もしかして、それだけ?」


「あ、動物見るのが好きなら動物園や水族館は?」


「行きたいのですが、魔素が多いと動物などは怖がらせてしまいますからね」


「そうなんだ? ……ん? それって気配消せばいいだけでは? いや、そうするともふもふはできないのか」


「どういうことですか!?」


 アストロが真剣な顔でハロウを問いただす。


「うん? いや、だって、魔素が多いだけで動物に怖がられるなら、狩りのとき大変になるじゃん? でも俺、魔素が多くても気づかれたことほぼないよ? だから、気配消したら大丈夫なんじゃないかと思ったんだけど?」


「……確かに。ちょっと、気配の消し方教えてください」


「いいよ。じゃあ、初歩的なのから……」


 ハロウはアストロに基本的になことを教えていく。


「できてますか?」


「そうだね。狩りに使うのはしんどいかも知れないけど、それで動物怖がらなくなるかもよ?」


「そうだといいのですが……。今度試してみます」


「なら一緒に動物園か水族館行こう!」


「はい。……大丈夫でしょうか?」


 アストロが不安げな顔をする。今まで動物に怖がられていたからだろう。


「大丈夫! もし怖がられても、俺という犬がいるよ!!」


 ハロウが顔だけ狼になりアストロを勇気づける。


「……ふふ。それでは今と変わりませんね?」


 それを見てアストロは笑顔でハロウの顔を撫でる。


「わっふわふわふ」


「……そうですね。怖がられたら君を撫でればいいですね」


「そうそう! あと撫でるのはいつでも大歓迎だよ!」


「まあ、見るからに喜んでますしね」


 アストロはハロウをさらにわしゃわしゃ撫でまわす。


「わっふわふわふわふ……。じゃあ、名残惜しいけど帰るね?」


「はい。……今度電話しますね」


「うん! じゃあね!」


 後ろ髪引かれる思いで、ハロウはアストロの部屋を去る。







――失敗か……。


 王の執務室で、呪人発生のための事後処理をした、その帰り。宰相は密かに落胆する。


――まあ、これで馬鹿王も危険を感じて少しは危機を縮小するだろう。


 宰相は呪人発生の実験に反対だった。


 有益な部分があるのは理解できるが、とてもではないがリスクと釣り合わない、というのが宰相の判断だった。


 なので、配下の暗部を使い、非常に力を持った呪人を作った。最下層に放置されている破壊された呪人に大量の呪素を浴びせればいいだけなので、彼の配下の暗部にとっては簡単だった。


 しかしそこからはすべて予想外だった。設備が少し壊れたのみで、人的被害が皆無だったのだ。


 彼の予想ではアストロは死ぬはずだった。というよりアストロを葬ることが主な目的だった。呪人発生の実験には保険としてアストロの聖水が必要だったからだ。


 なので、アストロが死ねば呪人発生の実験は中止できるだろうと予想していた。


 アストロが死んだ後も問題ない。莫慰奉には自爆スイッチがあるので、アストロが死ねば用無しとなるそれごと爆破してしまえばいい。


 そうして、呪人発生の実験という無駄なことはなくなり、その分国家を潤せるはずであった。


――しかし面倒なことになった。アストロに覚醒者がまとわりつくことになるとは。


 宰相はハロウのことを思い浮かべる。まさか、最初はアストロの弱みにでもできるかと思っていた人物が、逆に強みになってしまった。


――これではどうやって始末すればいいのかわからん。


 宰相としては覚醒者たるハロウを始末する方法が、現時点で思い浮かばなかった。


――まあ、失敗はしたが、現状が悪くなったわけでもないし、気持ちを切り替えるか。


 宰相は一旦企みのことを忘れることにした。


 宰相は家路につく。


――今日はごたごたしてしまって、妻に迷惑をかけたな。


 お詫びになにか送ろうか、と考えながら宰相は王城の廊下の角を曲がる。


「……ん?」


 そこには誰もいなかった。


 さきほどエレベーターのボタンを押しに、ボディーガードが向かったはずなのに。


「ぐっ!」


 後ろからくぐもった声が聞こえる。もう一人のボディーガードの声だ。


 急いで後ろを確認すると、ボディーガードが倒れていた。


「――!」


 彼は素早く自分の置かれている状況を理解する。ボディーガードはおらず、一人だ。


 急いで緊急事態を知らせる魔法具を起動させようとしたが、それはできなかった。


「なに!?」


 手がうまく動かなかったからだ。そのことに気づくと同時に、いつの間にか自分の手が凍っていることも理解する。


――どうなっている!?


 彼は理解できない状況に混乱する。しかし混乱は長くは続かなかった。


「確認だ。なぜ呪人を発生させた?」


 なぜなら目の前に元凶が現れたから。元凶は白銀の人狼だった。


人狼が感情を押し殺した声で宰相に尋ねる。


「――なぜ!?」


 宰相は全身が震える。寒さゆえなのか、恐怖ゆえなのか、彼自身にもわからなった。


「なぜ自分がやったのがわかったのかって聞きたいのか? それは不自然だったからだ。今まで大丈夫だった呪人の核の放置。それが今回だけは大丈夫じゃなかった。なら、もしかしてたまたまじゃないのかもって思うだろう? 幸い、莫慰奉に暗部みたいなにおいが残ってたからな。なにか知っているかと思ってにおいを辿って、捕まえて聞いたら、お前に命令されて呪人発生させたって言ったんだ」


 白銀の人狼は一気に話す。


――馬鹿な!?


 そして宰相は内容が信じられなかった。彼は暗部が簡単に話すなど信じられなかった。だが、そうでもなければ自分のところに、この人狼が来るわけがない、とも思っていた。


「それで、なんで呪人を発生させた? ……いや、これはどうでもいいことか。質問を変える。お前はアストロに危害が及ぶ可能性を理解していたな?」


「…………」


 宰相は答えられなかった。答えればどうなるか、人狼の感情のない顔を見れば理解できたからだ。


「……このにおい、やはりアストロを害そうとしたな」


 しかし答えずとも人狼は宰相の真意を見抜く。


 そして雰囲気が変わる。


 宰相は自分の命が風前の灯火となっているのを感じる。


「わ、私は宰相だぞ!? 私を殺せばどうなると思っている!?」


 しかし宰相である自分を殺そうとする存在が受け入れられず、そう人狼に言う。


「……ふっ。俺はアストロの恋人だぞ? アストロを害そうとするやつを生かしておくと思ってるのか? それともお前に大事な存在はいないのか?」


 人狼の問いに、宰相の頭に妻や子ども、友人などの顔が浮かぶ。


「いるな? 親? 妻? 愛人? 子ども? 友人?」


「…………」


 宰相は答えられない。


「成程。妻と子どもと友人か」


――わかるのか!?


 宰相は暗部達がどのように情報を聞き出されたのか理解した。答えなくともわかるのなら、隠すのは難しい。


「まあ、友人はどんなのがいるのかわからんから、いいや。じゃあ妻と子どもをこの後殺してやるよ」


「なっ!? なにを言っている!?」


 宰相は目の前の人狼のが言っていることが理解できなかった。


「ん? お前は俺の大事な人であるアストロを殺そうとした。だから仕返しにお前の大事な人を殺そうとしているだけだ。なんの不思議がある?」


 人狼が心底不思議そうな顔で宰相に問う。


「ま、待て! あいつらは関係ないだろう!」


 宰相は必死に人狼を止めようとする。彼は自分の家族がターゲットにされるなど夢にも思ってなかった。


「関係ないって、それこそ関係ないだろう? お前を苦しめるためにするんだから、関係あるかどうかなんて、関係ないんだよ」


 人狼が初めて感情を見せる。目は細まり、口は歪められ、顔から嗜虐心が溢れていた。


「ああ、ああああ!」


 宰相は人狼に家族が殺されると思い、絶望する。


「いいぞ。絶望しているのが伝わってくる。これなら莫慰奉で簡単に呪人になりそうだ」


「お、お前」


「そうしたら呪人になったお前と家族を感動の対面させてやるからな?」


 人狼が優しげな声で宰相に語り掛けてくる。しかし内容は優しさなど微塵も含まれていない。


 そしてそのまま人狼により宰相は凍らされて、絶望しながら死んだ。


「…………」


 人狼は宰相が死んだのを確認すると、そのまま帰りだす。


「ま、嘘なんだけど。アストロに嫌われそうなことするわけないし」


 そう独り言ちて、人狼は誰にも見られずに王城から脱出した。



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