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上京狼  作者: 鳥片 吟人
32/34

討伐準備




 ハロウはアストロを抱っこして、王城の敷地内にある莫慰奉に到着する。


「ここ?」


「はい」


「アストロ様!」


 莫慰奉の前に立っていた警備の者がアストロに話しかける。


「緊急の応援要請を受けて来ました。呪人が発生しましたか?」


「はい」


「では詳しいことは中で聞きますね」


「はい。……ところで、こちらの方と……おぅわ!!」


 警備の者が、巨大なハムスターボールのようなものに入れられた男を見て驚く。


「どうしました?」


「この男が今回の件の原因とみられている男です!!」


「そうなんですか? なら一緒に連れて行った方が良さそうですね」


「もしかして俺、役に立った感じ?」


「はい」


「いや~、自分の有能さがつらいわ~」


「有能というか幸運ですけどね。さ、行きますよ」


「わん……待って。こいつこのままだとドアに入んない。袋から出すから待って」


「その入れ物、袋でいいんでしょうか?」


 ハロウが失神男をボールから取り出す。


「出た。よし、行こう。いや、テンションで買っちゃって正式な名前とか覚えてないんだよね」


「記憶力どうにかした方がいいと思います」







「応援に来ました。状況を説明してください」


「おお! アストロ君! よく来てくれた」


 部屋に入ったアストロを虎耳の白髪の老人が笑顔で迎えた。騎士長だ。今は笑顔だが、体はがっしりとしており、鍛え上げられているのが見て取れる。そして顔は人食い虎を彷彿とさせる厳つい顔をしている。その騎士長はハロウには一瞥もくれない。


白髪の老人から、ハロウの鼻では悪意は感じられない。なのでそして強い焦燥感があるようなので、ただ余裕がないだけだとハロウは判断した。


 部屋の中には彼だけでなく、腐れナルシストことガカクやモンドなど、多くの騎士がいた。


「……これだけ騎士がいて大人しくしているとは不気味ですね。相当まずそうですね?」


「そうだ。多くの呪人が拘束されずに部屋から出てしまったようだ。そして殺し合い、強力な個体が発生した。そしてこの個体どう対処すればいいのか、頭を悩ませている」


 呪人は時間が経って生前のような知恵を見せるようになる強力な個体もいるが、時間がなくてもそうなる場合がある。共食いのように、他の呪人を殺して、その核を取り込んだ場合などだ。今回の個体はこうして生まれた。


「今その個体はどこにいるんですか?」


「各層をロックしているので今のところ大丈夫だ」


 今まで騎士長に無視されているがハロウは気にしない。アストロの後ろでくんくんするので忙しいからだ。


「成程。ではその個体の問題となるのはどこなんですか?」


「監視カメラで確認したところ、魔術を使う。少なくとも障壁は使える」


「……それはまずいですね。……確認ですが、呪素の生成量は?」


「アストロ君を超えている」


「……まずいですね。いい案が浮かびません」


「やはりそうか」


 部屋に沈黙が満ちる。


「ところで……な!? 貴様あああ!!」


 部屋の雰囲気を変えるため、話題を変えようとした騎士長はハロウの方を初めてきちんと確認する。そこで今回の事件の原因と思われる男がいたので怒りながら近寄る。


「そいつ気絶してるよ」


「この緊急事態になんと悠長な! 起きろおおお!」


 騎士長は過呼吸で失神した男をビンタする。


「なんか聞きたいことあるんだったら、話しにくくなるビンタはしない方がいいんじゃ?」


「くう! 確かに! ……ところで君は誰だ?」


「あ、初めまして。マカミ・ハロウです。従騎士やってます」


「おっと失礼。一応、騎士達のまとめ役の立場にいる。……フワという。ぜひ騎士長と呼んでくれ」


 騎士長は苦虫を嚙み潰したよう顔で自己紹介する。


 そこにくつくつと笑いながらモンドが茶々を入れる。


「おいおい、それだけかのう? 敬愛する母親から貰った大切な名前を言っておらんが?」


「むう……」


「いや、べつに騎士長って呼んでいいなら名前とか知らなくても問題ないし」


 騎士長の嫌そうな顔を見て、ハロウは気を遣う。実際そう思ってもいるのだが。


「いや、それでは確かに礼儀に反する。聞いてくれ。私の名前はフワ・モコだ」


 騎士長が非常にかわいらしい本名を言う。


「……おう。その正直に感想言っていい?」


「いいとも」


「外見と名前が合ってない」


「ぶふっ! じゃろうな! じゃがな、ハロウ。字面は結構似合っとんじゃぞ? 不破猛虎でフワ・モコじゃ」


 モンドがとびきりの笑顔で教えてくれる。


「なんでそんな格好いい字面でそんな読みに?」


「役所に提出するときに浮かれて酔っぱらっとったんじゃと。それでモウコからウを抜いて書いちまったらしい」


「あー。嬉しくてつい飲み過ぎたのかな? てか出産後そんな酒飲んでいいの?」


「さあの? 騎士長の母親はがぶ飲みしとったみたいじゃが」


「ひいいえええええ!」


 ハロウに捕まえられた男から悲鳴が上がる。意識を取り戻したようだ。


「まあ、そういうことだ。さて、こいつも起きたみたいだし、呪人の対策を練るか」


「あ、そいつになんか聞くときはあんま怖がらせない方がいいよ? 失神するから」


 ハロウが騎士長にアドバイスする。ハロウのときは怖がらせ過ぎただけでなく、直前に失神男が全力で走っていたのが原因で過呼吸になり失神したのだが。


「そうか。……おい、それで、なんだってこんなことをした?」


 騎士長は怒鳴りつけたいのを我慢して、なるべく落ち着いた声で失神男に話しかける。


「わ、わ、私は悪くない! 気づいたらこんなことに!」


「ほう……。フロアの全ての扉が開いているのに気づかなかったと?」


「点検だったんだ! だから……」


 莫慰奉は地下に埋められた塔のような構造をしている。各階層は隔てられており、一つ一つはドーナツ型だ。缶詰でパイナップルのスライスが入っているものがあるが、それに近い。移動は通常、塔の中央にあるエレベーターに乗るしかない。その中央のエレベーターも普段は階層と繋がっていない。


 点検は階層の点検のことだ。幾層もある階層だが点検のときにしか使われない階層がある。一番下の階層だ。点検は一階層ずつ行われる。最初に一番下の階層の点検。完了したら一つ上の階にある呪人の核を下に持ってくる。そして一つ上の階層の点検をする。これを一番上が空くまで繰り返す。そして最後に一番下の階にある呪人の核を一番上の階まで持っていく。これが大まかな点検の流れだ。


 点検のときの流れのため、一番下の階では呪人を発生させない。しかし、各階と同じように呪人を発生させ、破壊するための部屋は用意されている。そこに上の階から運んできた呪人の核を入れておくのだ。本来その部屋のドアはロックしておかなくてはならないのだが、最終的に上に運ぶので、ロック解除の手間を惜しんで開けっ放しにしていた。今まではそれで問題が起こらなかったのだ。しかし今回は違った。職員がいない夜の間に、呪人が発生してしまい、この惨事となった。


「言い訳はいい! 要するにお前は国を潰そうと故意にしたわけではないのか?」


「もちろんです!」


「でもそいつ俺が捕まえたとき、もう追ってきたのかとか言ってたから、たぶん逃げようとしてたけど?」


 必死に言い訳する失神男の横から、ハロウが不利な情報を言う。


「おい!」


「だって! 聖水を流し込んでも効かなかったんだ! あんなの討伐できない! もう無理だと思って……」


 万が一、呪人が出てしまった場合の対策はある。呪人を倒せる騎士などに頼むか、階層に聖水を流し込むかだ。もちろん失神男は聖水を流し込んだ。しかし今発生している強力な呪人は障壁を使える。障壁は魔術なので呪いと違い、聖水が普通の水のように遮られてしまう。なので聖水の効果は出なかった。


「ちっ! なら、あの強力な呪人の対抗策はなにも考えつかないと?」


「そうです! ごめんなさい!」


「ごめんですますか! ボケが!!」


 騎士長が失神男を投げ捨てる。


「くそっ! なにか案でもあるかと思ったがとんだ時間の無駄だった!」


 騎士長は毒づく。


「ねえねえアストロ」


「なんですか?」


「さっきからこれ、なにが問題になってるの? 障壁が使えるからってそんな問題なの?」


「はい。障壁で聖水が遮られてしまうので、有効な攻撃手段がないんです」


「? 聖水効かなくても、核を狙って強力な攻撃をすればいいんじゃないの?」


「呪素の混じった魔法魔術は強力になると教えましたよね? なので生半可な威力の攻撃では障壁を突破できません」


「聖水ぶっかけても?」


「障壁のタイプによって違います。障壁が更新型なら聖水は効果はありません。甕男の頑丈さを聖水でなんとかできなかったのと同じ理由ですね。逆に継続型なら効果はあります」


 障壁の更新型は最初に壁を張るときだけ集中すればよく、維持することになんの苦労もない。継続型は簡単に張れるが、維持するのに少し集中力を持っていかれる。その発動方法の違いから、聖水が効果があるかないかが分かれる。


「効果があるって、どんな感じ?」


「聖水をかけたところは普通の障壁になります」


「そっか。障壁が継続型しか使えないといいね」


「おそらくそうだと思います。更新型は発動が難しいので。それにもし使えたとしても、一回効果が切れた時点で、聖水で攻め続ければ再度張ることはできないでしょう」


「成程。じゃあ継続型の障壁を破壊できればいいんだ?」


「はい。ですが、水中だと有効な攻撃が限られます。そして、それはあまり呪人に効果はないでしょう」


「そうなの?」


「はい。水中でもほとんど威力の減衰が起きない弾丸はありますけど、それだと魔術による肉体の防御に有効ではありません」


 呪人は魔術が使えるので、当然肉体も魔術的に防御されていると推測される。魔術による身体能力の強化は基礎中の基礎だ。


「ふむふむ。要するに強敵なのに弱攻撃しかなくて困ってると」


「そうですけど、言い方が危機感無いですね」


「いや、わかりやすくしただけなんだけど。……魔素が切れるのを狙うのは? 呪素は呪人から出てくるのは聞いたけど、魔素もなの?」


 呪人は閉じ込められているので、魔素を生み出さないのなら、いずれ魔素が枯渇するだろうとハロウは思った。


「いいえ。魔素は生み出しません。しかし……」


 アストロが言いよどむ。そこからは騎士長が話しだした。


「ハロウ君。確かに君の言うとおり魔素切れは狙えるかもしれない。しかしそれは非常に危険な賭けになる」


「……どこが?」


「莫慰奉の問題でね。ここは各階層が遮断できるんだが、それは操作できるんだ。それが問題になる。我々は莫慰奉の一部が呪具と化すのを危惧しているのだ」


「ごめん。もうちょい詳しく」


「呪具というのは道具に呪素が大量に入り込むことでできる。なので各層を遮断している床に、大量の呪素が流れこめば呪具となるかもしれない。そうなれば、今は呪人を閉じ込めているが、床を操られてしまうので、それもできなくなるということだ」


「呪素が邪魔ならアストロとかに消してもらうのは?」


 騎士長が首を横に振る。


「残念ながら今回は使えそうにない。莫慰奉は呪素の量を記録する装置があるのだが、呪人が発生した階の呪素の量の上がり方は、アストロ君の創り出せる聖水で消せる呪素を上回っている」


「成程。……アストロ、ちょっと」


「?」


 ハロウはアストロを部屋の隅に招き、周りの人達に聞こえないように、ひそひそ話をする。


「アストロのお兄さんて、まだ生きてる? そんで聖水とか出せる?」


「生きてますし、聖水は出せます。ですが若干、心を病んでいる感じなので説得できそうにありません」


「さらっと悲しいことを……」


 ハロウはアストロの兄の現状に驚く。それほどまでに悪い状況にいるとは欠片も予想していなかった。


「まあ、気にしないでください。君にも関係ないわけではありませんから」


「え?」


「私が長命種しか付き合いたくないと思った原因です」


 そこまで聞いてハロウは思い至る。アストロの兄とその恋人に、おそらく寿命の違いによる死別があったのであろうと。


「……なんとなく察した」


「たぶんそれ不正解です」


「マジかよ」


 二人で話しているところに、騎士長が話しかける。


「それで、なにかいい案は出たかな?」


「すまん。出てない」


「そうか……。しかしどうするかな……」


「てかこんな悠長に話してていいの?」


「呪人は、今は貯めていた聖水に漬けられているからな。呪素が周りに拡散することはない。焦って下手なをことをする方がまずい」


「……じゃあ、どういう状況になったら討伐できるか教えてくれない?」


「ううむ……。さっきも言ったが、一つ目は魔素切れ。二つ目は、強力な個体である呪人は核を複数持っているはずなので、いくつか砕ければ、呪素の生成量がアストロ君の聖水の生成量を下回るかもしれんな。賭けで植物でも呪素を吸うのを追加してもいい」


「なんで植物で呪素を吸うのが賭けなんだ?」


「吸いすぎると呪具のようになるんだ。そうなれば逆効果だ」


「魔素切れを狙うのは賭けになるみたいだし、なんとか核を砕くのをするしかないか」


「そうだな。だがそれが難しい」


「有効な武器がないんだったよな。……接近戦は?」


 ハロウが聞いたのは、銃弾などの話ばかりだった。


「あのな……障壁を破るためには、聖水が必要だ。しかし水につかるとスピードはガタ落ちでとても戦えんだろう。アストロ君なら動けるかもしれんが、相手は強力な個体の呪人だ。呪素の生成量が勝っているということは、それだけ呪素があるんだ。呪素に弱いアストロ君が近づいたらすぐに倒れるぞ? 聖水で防御しきれん可能性があるからな」


「「…………」」


 ハロウとアストロがお互い見つめる。ハロウは、騎士長が言った問題をクリアでできるからだ。


「どうした?」


「いや、その、俺いけるかもしれん」


「なに!? どういうことだ!?」


「俺、アストロに加護貰ってるから。水があっても自由に動ける」


「なに!? フグガン! なんて羨ましい!」


 今まで黙っていた腐れナルシストことガカクが驚きの声を上げる。


「うん? 確か、マカミ・ハロウって名前だったはず。どうしてフグガンなのだ?」


「不遇な顔面の略らしい」


「ガカク! 貴様! あれほど普段から外見で小馬鹿にするなと言っておろうが!!」


 騎士長がガカクを怒る。


「まあまあ。俺もガカクのことを腐れナルシストを略してクサナルって呼んでるから」


「ぶっは!! クサナル! 超ピッタリじゃわい! ええ渾名じゃ……ぶはっ!」


 クサナルという渾名が気に入ったのだろう。モンドが笑いながら言う。


「あ、それからミシルシ博士に服に撥水作用を付与する魔法薬もらったんだ。もしかしてその応用で水中で動けるようになる薬ないかな?」


「なに!? すぐに確認の遣いを出す! そして、接近戦でどれほど動けるのか知らんないが、アストロ君にハロウ君、映像をしっかり確認してくれ。呪人相手にいけるか?」


 アストロとハロウは監視カメラの映像を確認する。


「うわっ! なんだこいつ?」


 映像を見てハロウは気持ち悪がる。そこに映った呪人は、見たことのある呪人とは姿が異なっていた。ハロウが見たことある呪人は、肌が青白くなり目が淀んでいる人間に近い。しかし画面に映っているのはそうではない。背中や胸、腕などから人の顔が浮かび上がって喚いているのだ。


「共食いで核を増やした呪人はああなるんだ。それよりいけそうか?」


ハロウは再び映像を見て、聖水に沈められる前の、呪人の動きをじっくり観察する。そして結論を出す。


「いける。少なくともスピードは大きく上回ってる」


「そうですね」


 ハロウの動きを見たことのあるアストロも同意する。


「よし! ではそれでいこう。いいか? これから階層を隔てている床を開ける。そうすると、呪人が出てくるだろうから、ハロウ君は障壁を攻撃してくれ。アストロ君以外の他の者は障壁が破壊され次第、呪人の核を射撃。アストロ君は、聖水を操りハロウ君の援護を頼む」


「ないと思うけど、俺の攻撃でも障壁壊せなかったらどうする?」


「そのときは急いで撤退してここに戻ってきてくれ。それと、いくら効果が出ていても、危なくなる前に撤退してくれ。いいね?」


「わかった」


「よし、では準備ができ次第、攻撃開始だ」



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