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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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呪人発生




「くっそ、なんだって俺達がこんなことを」


「まあまあ。楽でいいじゃない」


 莫慰奉で行われていることを見ながら、暗部の者の一人が愚痴る。もう一人の暗部がそれを宥める。


「よくねーよ。こんなの、今日も異常なしって報告するだけの仕事じゃないか。暗部がやる仕事じゃない」


「ま、厳しい訓練受けて、こんな暇な仕事じゃ文句も言いたくなるか」


「だろう?」


「ああ。まあ、前の担当のやつらがポカして急に地方に飛ばされたらしいからな。人手が足りないんだろう。しょうがないと諦めろ」


「はっ! こんな意味のない仕事してるからポカするような腕になるまで錆びるんだよ」


 愚痴を言っていた暗部が顔を知らない前の担当を貶し始める。これにはもう片方の暗部も違和感を覚える。


「お前どうしたの? 機嫌悪すぎない?」


「本当なら今日デートだったのに。急にここに来ることになったから連絡もできてないわ」


「テメーいつの間に彼女つくりやがった!?」


 愚痴を聞いていた幹部は激怒した。必ずこの抜け駆けの野郎をしめねばならないと決意した。なぜなら自分がモテたことがないからだ。非モテ暗部は愚痴暗部に軽い殺意を覚えた。


「ぶちぎれてんな!? てかまだだよ! これから口説く予定だったの!」


「これは裁判ですわ」


 まだ付き合ってなかったようなので死刑判決は先送りにされた。


「なんでだよ? 結局デートすっぽかしてんだよ? もう無理だわ。絶対振られたわ」


「よし。じゃあちょっと抜け出して、まだ彼女待ってるか確かめようぜ?」


 非モテ暗部は愚痴暗部が振られるところが見たかった。


「いや、え?」


「大丈夫大丈夫。どうせもう動きとかないし」


「……でもさー」


「おいおい、大事なデートだろう? 行かなくてどうする?」


 非モテ暗部は愚痴暗部が振られるところが見たかった。とても。


「まずお前来る必要ないよね?」


「おいおい、そんな面白そうな話題、俺が食いつかないわけないだろう?」


非モテ暗部はどうやってもついて行こうとする。愚痴暗部が振られるところが見たいからだ。


「しまった。そういうやつだったな」


「そうだ。じゃあ、行くか」


「……そうだな。もうなにも起こりようないし」


 暗部達は人間が誰もいなくなった莫慰奉を去っていった。





 ある日ハロウは街を歩いていた。今日こそはヒットバックでパーフェクトをとる。そう決意して準備万端で裏バッティングセンターに向かっていた。そんなときに、いそいそと歩く怪しい人物を発見する。その人物はにおいを嗅がずともわかるほど怯えていた。


「……ん?」


リネンに紹介された裏バッティングセンターは少し治安の悪い場所だ。なのでいつもなら多少怪しい人物がいたとしても、ハロウは見逃していた。


しかし今日は見逃すわけにはいかなかった。なぜならその怪しい人物から、しっかりと呪素が漂っていたからだ。しかも呪素はその人物から出ているのではない。こびりついているのだ。明らかに普通ではなかった。


ハロウは怪しい人物に声をかけることにする。呪素を正確に感知するのに狼顔になっているが、戦闘になるかもしれないので、そのままにしている。


「おい、そこの挙動不審。なにをそんなに怯えてるんだ?」


「ひいいいい!」


 その人物はハロウが話しかけると驚いて逃げ出す。しかしその逃げ方はどたどたと音を立てながら、明後日の方向に手をばたつかせながら走るという無様極まりないものだった。


「足、おっそ」


 これほどパニックになっていたら満足に話はできないだろうと思い、ハロウは逃げ出した人物の気の済むまで走らせてから話しかけようとした。ちなみに早歩きで簡単に追いつけるほどだった。


「ぜえ……はああ! ぜえ……はああ! ぜえ……はああ!」


 走り疲れたのか、足がもつれたのか、息も絶え絶えに怪しい人物は前のめりに倒れこむように四つん這いになる。そこにハロウが追いつき、落ち着いた声で話しかける。


「安心しろ。こう見えても俺は従騎士だ」


 ハロウは影から従騎士のワッペンを取り出し、見せる。騎士は社会的に信用があるので、相手が安心するだろうと思ってのことだ。しかし相手は予想外の反応を見せた。


「――騎士いいいい!? そ、そんな! もう追ってきたのか!?」


 その男――ハロウが話しかけて逃げだした怪しい人物――は、ハロウが騎士と聞いて悲鳴を上げる。


「あん? おい、どういうことだ?」


 その反応で男がなにかまずいことをしていると確信したハロウは、すごみながら聞く。


「ゆ、許してくれ! はあ……はあ! わざとじゃない! わざとじゃないんだ! 気づいたら、あんなことになってたんだ! 僕は悪くない! 僕はあ……はああ! あ! ……あ!」


 男は緊張しすぎたのか、全力で限界まで走ったせいか、過呼吸になり苦しみだす。


「おいおい! 待て! なにがあった!? マジで怒ってないから言ってみ!」


 ハロウは過呼吸の人間の対処法など知らないので、どうすればいいかわからず、ただ質問する。


「はああ! ……はあ! ……あ」


 過呼吸になった男は失神してしまった。


「おーい! これどうすりゃいいの!?」


 過呼吸男を揺さぶりながらハロウは喚く。


「とりあえず病院がいいのか? いや、それより王城か?」


 しかしハロウはここで病院に連れていくべきか悩む。失神している男が、なにか重大なことをやらかしているのは確信している。しかも気絶する前に『もう追ってきたのか』と従騎士のハロウを見て言った。なので王城に連れて行けば、真相がわかりそうに思う。


「よし、王城なら休めるとこもあるだろうし、そっちでいいだろう」


 ハロウは失神した男を王城に連れていくことにした。そして失神した男を連れているのを見られて、通報されては面倒なので屋根の上を跳んでいくことにした。


「ひゃっはー! やっぱ道路より屋根だよな」


 そうして誰にも気づかれずに移動している途中、ある匂いを察知する。


「くんくん……。この、えも言われぬ天にも昇るような心地のする至高の香り。……間違いない。アストロだ! しかもなんか焦ってる?」


 ハロウはまだ遠くにいるアストロの匂いを察知した。しかも焦っていることも見抜く。


「これは大変だ! こんなのに構ってる暇はない!」


 ハロウは、さきほどまでは肩に担いでいる男のことを少し心配していた。どんなやましいことをしていようが、ハロウが害を被ったわけではないからだ。まだなにをしたのか聞いていないので、おそらくだが。


 しかし、アストロの匂いを嗅いだハロウにそんな心は残っていない。アストロを求める本能が、男を心配する慈悲の心を押しのける。


「待っててね! すぐ行くよ!」


 ハロウは風のようにアストロの元へ駆ける。においを追える彼は、迷うことなくアストロに追いつく。そしてそのまま隣に移動し、話しかける。


「アストロ! 焦ってるみたいだけど、どうしたの?」


「ハロウ! 良かった。もう来てくれたんですね!」


 ハロウを見たアストロが微笑みながら歓迎する。彼女は珍しく焦りながら移動していた。


「うん? もう来てくれたってどういうこと?」


「そう言うということは、留守電を聞いたわけではなさそうですね?」


 そのまま移動しながら二人は会話する。


「うん。怪しいの捕まえたから、王城に連れていく途中にアストロを見つけたから寄ってきただけ」


 ハロウは肩に担いだ男をアストロに見せながら話す。


「私は君に対する誘蛾灯かなにかですか?」


「少なくとも誘蛾灯よりは効果範囲は広いと思うよ?」


 ハロウはアストロが見えれば寄っていくし、見えなくとも匂いを嗅げば寄っていく。


「まあいいです。王城で呪人が発生したようです。君も来てくださいと留守電に入れておきました」


「え!? あ、そうか。王城は呪人が発生しやすそうだよね」


 ハロウのイメージでは王城は妬み恨みなどなど多くありそうだった。漫画では王城とは権謀術数に長ける者が多くいる場所だったからだ。


「なにか勘違いしていますね。言っておきますが、王城は一部を除き呪人は発生しません」


「その一部がほぼ全部ってオチ?」


「違います。王城は呪素を減らす仕掛けがしっかりと施されているからです」


「知らなかった」


「まあ、一般人には秘されていることなので無理もありませんが。従騎士なので知っておいた方がいいでしょう。その仕掛けは植物です。植物が呪素を減らす効果を持っているんです」


「あー、そう言えばいっぱいあったな」


 アストロの言葉を聞いたハロウの頭に王城の様子が思い出される。確かに、壁一面に植物があるなど緑豊かであった。


「はい。あれほど緑があれば大丈夫です。それに定期的に呪素の測定していますから、まず問題にはなりません」


「ふむふむ。それで、除かれた一部ってどこ? そこで呪人が発生してるんでしょう?」


「莫慰奉です」


「あー、確かにめっちゃ呪素ありそう。てか王城にあったんだ?」


 凶悪犯を入れる莫慰奉では、おそらく緑では消せないほど呪素が出るのだろう、とハロウは思った。


「また勘違いしてますよ」


「え?」


「莫慰奉では呪人が発生してしまうのではありません。莫慰奉では呪人を故意に発生させているんです。わざわざ、呪素を集めたりして」


「……なんだってそんな危険なことを?」


「呪素対策です。呪人が発生するとき周囲の呪素がなくなったのは見ましたね?」


「うん。なくなったって言うか、集まったって感じだけど」


 ハロウは金持ちの豪邸で呪人となった飼い主とサーベルタイガーのことを思い出す。


「周囲の呪素が集まって呪人の核になるので、呪素が減るんです。そして発生してすぐに呪人を倒せば、結果として呪素は減ります」


「ほー。……あれ? でも呪人の核って呪素放出してたよね? あとから結局呪素増えない?」


「いいえ、細かく砕けば呪素は発生させなくなるので大丈夫です。そして呪人の核ですが、呪素が出る状態で、呪素の豊富なところに置いておくと、呪人を発生させようとします。なので対処を間違えなければ、人為的に呪素の減少が可能なんです」


「へー。成程。でもさ、確かにそれは凄いけど、危険に見合ってる? 呪素は植物が減らしてくれるってわかってるんだよね? 素直にいっぱい植物植えた方がよくない?」


「確かにその通りです。この国だけで考えれば、君が言ったことは正しいです。しかし、植物を植えられない場所も存在します」


「そんなところが? あ、砂漠?」


「確かに砂漠は植物が育ちにくいですが、今言っているのはそこではありません。ところで、この国の成り立ちは知っていますね?」


「ん? 確か、近くの大陸に大災害によって滅んだ古代帝国があって、そこから逃げてきた貴族が建てたとか?」


「はい。ここから海を隔てて遠くに古代王国はあったようです。今は呪人の巣になっているみたいですが」


「え!? 大災害って呪人のことなの!? だとしたら、なんで呪人を発生させるなんて危険なことするのか余計理解できないな」


 この国も同じように呪人のせいで滅ぶとは思わないのか、とハロウは疑問に思った。


「古代帝国を甦らせたい初代国王が実験を始めたらしいですよ。滅んだのは民間にも呪人のことが知れ渡っていたのが原因とみて、一部の者しか知らなければ、事故などが起こっても大丈夫と考えたみたいです」


「なんかよくわかんないな」


「要するに自分なら大丈夫と思ったのでしょう。それに呪人は知る知らないに関係なく発生しますからね。危険を研究するのは間違っていません。知らなければ対処できませんし」


「……それもそうか」


 アストロが言った『危険を知らなければ対処できない』。それはハロウが指輪を取り返したい少年を危険な場所に連れていくかどうかリネンともめたとき、リネンに言った言葉だった。


「それに、利益もあるらしいですよ?」


「どれに?」


「呪人を発生させることに、です。正確には、呪素を出さなくなった呪人の核の欠片、呪片は魔法具を作るのに使えるみたいですよ。それに、そうして作られた魔法具は非常に高性能だとか」


「呪人の発生と討伐は上手くいけば呪素が減る。討伐に少し失敗して呪人が発生しなくなっても、魔法具の材料になるから利益になるってわけか」


「はい」


「結構考えられてるね。……いや、こうやって異変が起きてるんだからそうでもないか?」


「完璧な管理などありえません。しかし異変が起きて自分たちで対処できないのは問題ですね。君の言うとおり考えが甘かったのでしょう」


「てかこれ急いだほうがいいのかな?」


「そうでしょうね。というか、私がさっきから走っているので、急いでるのわかりますよね?」


 アストロは一般人とは比べ物にならないほど、身体能力は高い。その彼女が少し汗ばむほど急いで走っている。


「そうなんだけど、そこまで焦りの感情が強くないから、そこまで急いでないのかなって」


「そう言えば君は感情がにおいでわかるんでしたね。応援に行って、魔素がなくて困るのは避けたいですから全力で急いでないだけです」


「じゃあさ、俺がアストロをお姫様抱っこして急ぐっていうのはどうかな?」


「……ちょっと?」


 アストロがジト目でハロウを見る。やましい気持ちで言ったと思ったのだろう。


「待って待って! これはやましい気持ちからじゃないよ? 俺はまだまだスピードだせるんだ。だから俺がアストロを運んだ方が速いだろうなって思って」


「ではその抱えているのはどうするんですか?」


「見てて! ほあああああ!」


 ハロウは影から縄を取り出し、瞬く間に抱えていた男を縛り上げる。これから駿河問いをするのかと思われるような縛り方だ。


「さらに、こう!」


 続いて影の中から分厚い透明なものを取り出す。それにハロウが息を吹き込むと人間が入れるほどの巨大なハムスターボールのようになる。そこに担いでいた男を入れ、男を縛っていた縄の片側をハロウの腰に巻く。


「どう? これで運べるでしょう?」


 ハロウが満面の笑みで手を広げて、アストロを待つ。


「なんか恥ずかしいんですけど」


 アストロも頭ではハロウに運んでもらった方が速いのは理解できるが、羞恥心が邪魔をするのだろう。今は汗を少しかいているので、なおさらだろう。


「マジでエロい心で言ってないからね? そもそもそれなら、おんぶしたいって言うよ!」


「ん? 君の中では、おんぶの方がエロ目的にふさわしいので?」


「当然だよ!! 考えてもみてくれ。お姫様抱っこは確かに体が密着する。でもさ、アストロの体のうちどこに触る? 腕、はアストロの方から触るからカウントしないとして、膝に近いももと腰だよ?」


「……そうですね」


「一方おんぶ。これは凄いよ! 体の前面全てだよ!? しかも尻に近いももを触れるというね。極めつけが体の前面全てってことは胸も当然押し付けられるようになるんだよ? 全神経が背中に集中するよね。しかもずれてきたとか言って、おんぶをし直すふりしたら、より胸が楽しめるという」


 ハロウはおんぶの良さを力説する。


「そう言われるとおんぶが一気にいかがわしく感じますね」


「でしょう? なので、さあ、お姫様抱っこを!」


「……わかりました。お願いします」


「よしゃ! じゃあ、抱っこするね! ……軽い! 羽のようだ!」


――そしていい匂い!


 ハロウはアストロに言われたとおり、アストロに気づかれないように全力で匂いを吸い込む。その吸引力はブラックホールを彷彿とさせた。


「気を使わなくていいですよ? 私は背は高めですし、鍛えているので軽い方ではありませんから。それに武器とか持ってますし」


 アストロは自分が軽くないことは自覚しているのだろう。


「いや、マジで。羽のようには言い過ぎたけど、超軽い。装備含めて漫画週刊誌百冊分くらいじゃない?」


「ちょっとよくわかんないです」


「え? めっちゃいい例えだと思ったんだけど……」


「私は漫画週刊誌は読んでないので」


「マジで?」


「はい。結構読んでない人いますよ」


「都会とのカルチャーギャップ」


 ハロウは週刊誌の例えが通じないことに戸惑う。


「しかしこうして抱えられながら走っているのを見るのを、君は本当に早いですね」


「ふふ。スピードには自信があるぜ」


「自信があるなら、なおさら括り付けている人の心配した方がいいのでは? 屋根やら壁やらばっこんばっこん当たってますよ?」


 ハロウが後ろを見るとボールは縦横無尽に飛び回り、中の人はまるでエアー抽選機に入れた籤のようであった。


「おっと、危ない。もう少しで屋根壊すところだった」


「運んでくれるのはありがたいですが、事故とか起こさないようにお願いしますね?」


「任せて! これでも都会に来た初日に、車を上に飛ばした以外事故なんて起こしてないよ?」


「不安になってきました」


 ハロウはアストロを抱っこして、王城へ急いだ。



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