助力要請
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ある日、ハロウの家にアストロから電話がかかってきた。
『もしもし』
『その麗しい声は、アストロ!』
ハロウの耳は最も聞きたいものを聞けたことで喜ぶ。
『……私の家から掛けているのですから、声でなく番号で判断できますよね?』
『そうだね。もっと言えばなにも見ずに電話に出でも、ほぼ半分の確率でアストロだね』
『……私そんなに電話を掛けてないはずですけど?』
『俺の電話に掛けてくるのってアストロかリネンだけなんだよね』
たまに変な勧誘の電話が掛かってくるが、それはカウントしていない。
『もう少し知り合いを増やしてはどうですか?』
『いや、番号知ってる人はもっといるよ? けど俺に用があるのは二人しかいないってだけで。てかそう言うアストロはどうなの? いっぱい電話くるの?』
『まあまあ掛かってきますよ』
『仕事関係除いてる? てかそれはそもそも掛かってきて嬉しい電話?』
ハロウはねちっこく確かめる。
『……そう言われると思っていたよりありませんね』
アストロの答えにハロウは安堵する。ここでアストロがある男から掛かってきた電話が嬉しいなど聞かされれば、平静ではいられない。
『掛かってきて嬉しくない電話増えてもね? だから現状に不満はない。それで要件はなに? 俺と話したくて電話を掛けてきてくれたなら、渇死する寸前まで話す所存』
ただの雑談すら死の覚悟をするという重い思いを見せるハロウ。
『そんな阿呆なことは言いません。確認したいことと、お願いがあって掛けただけです』
『なになに? なんでも言って』
『君は呪具、というか呪いのにおいは追えますか?』
『たぶん追えると思うよ? 前に臭ったとき独特な嫌な感じだったし』
『では呪いの臭いを追うのをお願いできますか?』
『もちろんいいよ! いつ、どこにいけばいい?』
『……明日の早朝は大丈夫ですか?』
『もちろん』
ハロウにとってはアストロに会えるならいつでもいい。夜中だろうが早朝だろうが駆けつける。
『ありがとうございます。では明日の朝五時に私の家に来てください』
『わかった』
『では……あ、それと明日は犬のふりをしてもらいたいのですが』
『任せて! 駄犬の異名で呼びたくなるほどの完璧な犬っぷりを披露しよう』
『駄犬とはダメな犬のことではなく、雑種犬という意味なのは理解していますか?』
『なん……だと……?』
『知らなかったようですね。そもそも普通の犬をお願いしますね。探ってることを勘ぐられると面倒になる相手なので、自然な感じで探りたいので』
『任せて。めっちゃハアハア言う』
『それはやめてください』
『なんで!? 犬ってハアハア言ってるよね?』
『確かに犬はよくハアハア言っていますが、早朝の時間帯で涼しくてゆっくり歩いているのにハアハア言うのは不自然ですからね? 犬がハアハアしているのは体温調節のためなので』
『そうだったんだ……。ところで騎士に探ったら面倒になる相手っているの? 強制的に捜査とかできたはずだよね?』
『……確かに決まりとしてはそうですが、全て強制捜査するわけではありません。事情を説明しますね?』
『お願い……ハアハア』
早速犬になりそうなハロウ。
『ハアハアしなくていいです。今日、見回りをしていると、高級住宅街のとある家から呪いの気配を感じました。それを確かめるために君の力を借りたいんです。具体的には現在確かに呪具がその家にあるか、どこに呪具があるかなどを探ってほしいんです』
『ふむふむ。やることはわかった。けどなんで自然に調査したいの? 俺が言ったように強制的に捜査した方が早くない?』
『まず強制捜査はリスクが高いんです。なにも呪具が出てこなかった場合、騎士の身分を失う可能性が高いです。そして私が感じ取れるのはなんとなくですので、呪具を一旦置いておいただけなのか、それともそこに保管してあるのかなどはわかりません』
『成程。それで俺に呪具が具体的にどこにあるか探してほしいんだね?』
『ええ。そして自然な感じで探りたい理由は、探っていることがばれると呪具をどこかに移されてしまうからです。そうしたら、その新しい隠し場所を探さなくてはいけなくなりますから、面倒なんです』
『わかった。じゃあ、俺とアストロはペットの犬とその飼い主に扮して目的に場所の付近を散歩。その間に俺が臭いで探るってわけだね?』
『そうです。お願いしますね』
『任せておいて。全然怪しまれないように、完璧な間抜けな駄目犬を演じてみせよう』
『べつに間抜けな駄目犬である必要はないんですが』
『いやいや。駄目犬だったらその家の付近で粘れるでしょう? 動きたくないみたいにすれば』
『……確かにそうですね』
『アストロは駄目犬をついつい甘やかしてしまう飼い主ね』
『わかりました。では明日の朝五時に』
『うん。またね』
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翌朝の五時の五分前、四時五十五分。ハロウはアストロの家を訪ねる。本当ならもっと早く来たかったのだが、早朝なので訪れるのもギリギリが良いだろうと思い、五時になる直前に来た。
「すううう、はあああ。……いい匂い」
ハロウはアストロの自宅の前で深呼吸する。変態的な行為だが、これでもハロウは自重した。本当ならできる限りアストロの匂いを吸うため、ドアの下に自販機の下に落ちた小銭を拾うように這いつくばりたかった。そこから漏れ出る匂いをダイレクトに吸引したかった。しかしハロウは自重した。アストロに見つかって怒られるのが怖かったからだ。
ハロウが深呼吸で匂いを堪能していると、チャイムを押していないのにドアが開く。そこからアストロが顔をのぞかせ、ハロウに言う。
「……なにしてるんですか?」
「お待たせ! 爽やかな朝だね。緊張をほぐすため、深呼吸をちょっと」
「不審者丸出しの行動はやめてください。……まあ、よく来てくれました。取りあえず中に入ってください」
アストロは呆れながらハロウを招く。
「お邪魔しまーす」
ハロウは招きに応じて家の中に入る。家は前回訪れたときと全く変わっていない。
「ていうかどうしたの? その髪?」
ハロウがアストロに尋ねる。アストロは本来真っすぐな青い髪を腰まで伸ばしているが、今日はウェーブがかった肩までの茶髪になっていた。
「変装です。ばれることはないかも知れませんが、私の髪の色は珍しいので念のため」
「そう言えば青髪はアストロ以外見たことないかも」
「でしょうね? 地毛で青髪はかなり珍しいので。よくいる茶髪のカツラを買ってみました。さて、では犬になってください」
「わかった。……わふ」
ハロウは柴犬形態に変身する。服を脱いでいないのでそのまま服に埋もれるようになる。ハロウは服から出てくると自分の影に次々と服を収納していく。そしてパン一の柴犬になったハロウはアストロに尋ねる。
「……あれ? これパンツも?」
「犬に服を着せる飼い主はいますが、パンツ履かせる飼い主は知りませんからね。自然さを演出するなら当然そうなるでしょう」
アストロは頷きながら肯定する。
「なんだか、その……興奮する」
ハロウは自分の影に下半身を一瞬沈めて、出す。出てきた下半身にパンツはなかった。
「……色が珍しいだけで、外見は完璧に柴犬ですね」
アストロが満足げに言う。
「色も普通の方がいいかな?」
「できるんですか?」
「うん。……忍法・カメレオン!」
ハロウの色が灰色から茶と白に変化する。忍法・カメレオンの色を変える効果のおかげだ。これで外見的には完璧に柴犬になった。
「おお! 完璧です。よしよし」
「ありがたき幸せ」
アストロはハロウの頭を撫でて褒める。頭を撫でられたハロウは喜びの声を上げる。
「ではそこで待っててください。首輪をとってきますから」
「首輪!?」
「はい。散歩なんですから必要ですよね」
そう言ってアストロは首輪を取ってくる。持ってきたのはシンプルな革の首輪だった。
「では着けますね」
「お願いします!」
ハロウは尻尾を振りながら言う。
「……なんかすごく喜んでいませんか?」
「喜んでるけど? 喜びに打ち震えてるけど?」
「なんで喜んでるんですか?」
「好きな人に首輪されるのは、なんというか、こう……心が満たされる感じがする」
「ちょっとよくわかりませんね」
「まあまあ。喜んでるんだからいいじゃない。さあ! 早く首輪を!」
「……そうですね」
アストロは呆れ顔でハロウに首輪をする。
「いやっほおおおおお! 呆れられながらも、首輪された!」
ハロウは尻尾をちぎれんばかりに振って喜ぶ。顔もとろけており、耳は飛行機の翼の様に寝ている。全身で喜びを表していた。
「変態感がすごいですね。首輪されてなにが嬉しいんですか?」
「愛を感じる!!」
「私はべつに愛を込めてないのですが」
「違う違う! 俺の気持ちを確認できるんだ。ビンタと一緒」
「そういう意味ですか」
アストロはハロウを撫で始める。その熟練のテクニックにハロウの顔が一段と緩む。
「うっはあああ! 超気持ちいい。……ずっと撫でていてもらいたい」
「私も撫でるのは好きですが、ずっとは困りますね。それに散歩に行かなくてはいけませんし」
「そう言えば、そのために来たんだった。さあ、行こう。アストロ。……いや、ご主人様!」
撫でられていたときとは違い、きりっとした表情で呼ぶ。
「その呼び方なんとかなりませんか?」
「え!? ペットが飼い主を呼ぶときはご主人様でしょう? 普通」
「普通ペットは飼い主を呼びませんけど」
「せっかくペットになれたんだからご主人様と呼びたい」
「普通ペットになれたとは言いませんが。……まあ、嫌がってないのならいいのですが」
「アストロのなら喜んでペットになるさ! それが俺のプライド!」
「それってプライドあるのかないのかよくわかりませんね」
「さあ行こう。ご主人様」
「改めないんですね。まあ、これが終わればご主人様はやめてくださいね」
「どうして!?」
「……君は私のペットではなく恋人になりたかったのでは?」
「確かにそうだけど、知り合いとペットだとペットの方が親密じゃない?」
ハロウとしては取りあえず親密になりたかった。
「確かに親密ですが、ペットから恋人にはなりにくいですよ?」
「あ、そうなの? なら、泣く泣くペットの座は辞退しよう!」
「それがいいでしょう。……そもそもペットとして認めてないんですが」
「え!? こんな愛くるしい柴犬形態でもペットとして認めてもらえないの? ペットのハードル高すぎない?」
「いえ、外見は合格なんです。思わず撫でまわしたくなるくらい。しかし他の要素がダメですね。ペットとしてふさわしくありません」
「そんな……俺のクールな性格が災いするとは」
ハロウは耳をぺたんとさせ、落ち込む。
「性格のことではありません。あと君はクールではありません」
「え!? 俺クール系の性格じゃないの!?」
驚愕の真実を受け入れきれないハロウ。彼にとっては自分はクールだった。ただ単に友人がいない生活が長かったので、一人で無口でいたので、そう思い込んでいただけだ。
「どれだけ自分見えてないんですか? クール感ゼロですよ。クールな人は好きな人に撫でられても、こんなに間抜けそうな顔しませんよ」
アストロがハロウを再び撫でる。
ハロウはアストロに撫でられながら、目を細め口を半開きにしているので今にも寝そうな気の抜けた顔をしている。
「そうだったのか! じゃあ、故郷ではクールな一匹狼だと思ってたんだけど違うんだ……。あれ? じゃあ、俺どんな性格なの?」
ボッチのことをクールな一匹狼と勝手に変換していたことにハロウは気づいた。
「う~ん。まだ、そこまでよくわかりませんけど……」
「けど?」
「取りあえず嫌いな性格ではありませんよ?」
「いやっほおおおおお! なら問題無し!!」
ハロウにとっては、自分がどんな性格であろうとアストロに気に入られるなら、なんでもよかった。
「ではそろそろ散歩に行きましょうか」
「わん!」
「うん。ばっちり犬ですね」
アストロはハロウを引き連れて家から出ようとする。しかし家のドアを開ける前に立ち止まり考え始める。
「…………」
「……どうしたの?」
「……念のため私の予備の装備を影で持っていってくれますか?」
「予備? ロケラン以外あったの? 全然いいよ?」
「ええ。万が一を考えて預けておいた方がいいかと思いまして。では取ってきますから、待っていてください」
「ご主人様! こういうときは『待て!』って言ってほしい」
「どんだけペットに寄っていくんですか……。待て!」
アストロに言われてハロウはその場で固まる。
アストロは数分とかからずに予備の装備を持ってくる。その手にはアストロがいつも着ているレインコートのような服や、刀があった。
「お待たせしました」
「…………」
ハロウはアストロが話しかけてきたのに微動だにしない。
「? ……はあ。よし!」
『待て』をしたままだったことに気づいたアストロは『よし』と言ってハロウに動いてもいいと合図を出す。それを聞いたハロウはすぐに動きだす。
「その服どうしたの? ……って散歩の服装じゃ装備は着れないから持っていってほしいってことか」
アストロは見た人に散歩だと思わせるため服装はいつもの格好ではなく、パーカー、ショートパンツ、タイツを着ていた。
「はい。……念のため言っておきますけど、勝手に服をくんかくんかしたら、お仕置きですからね?」
「もちろんだよ! 許可なく勝手にそんなことしないさ。例えどれほどくんかくんかしたくとも、鋼の理性で思いとどまるさ!」
ちなみにハロウは鋼くらいは簡単に引き裂ける。
「……信じますからね?」
アストロも自分を好きだという男に服をあずけるのは抵抗があるのだろう。念を押す。
「任せて! 期待に応えてみせよう! ……ふふ。鼻が鳴るぜ!!」
「鳴るのは腕です。鼻を鳴らすって吸う気満々ではありませんか?」
「吸う気なんてないよ。服に着いた匂いを吸うより、撫でられてるときに吸う匂いの方がいいもの」
「酷い内容ですが、説得力はしっかりとありますね」
若干諦めたように、アストロは言う。
「疑いが晴れたところで散歩行こう」
「そうですね」
今度こそアストロとハロウは散歩へ出かけた。




