忍者検定
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「これより潜入試験を開始します。受験者の方は番号順に自分が取ってくるものを籤から引いてください」
ハロウは忍者検定を受けていた。筆記が終わり、次の潜入の試験を受けるところだ。籤を引くのを待っているとき後ろから声をかけられる。
「よう、てめえ。もしかしてコウガのもんか?」
「え? 違うけど?」
「じゃあ、一体なんだその格好は?」
「……動きやすい格好だけど?」
ハロウは試験案内にあったとおりに動きやすい格好、すなわちジャージで来ていた。
「おいおいおい。随分と舐めた格好してんじゃねえか? そんなんでこのさき生き残れると思ってんのか?」
ハロウに『なんだその格好は?』と聞いた者の後ろから、第三の人物が話しかけてきた。よく見れば話しかけてきた二人は瓜二つだ。二人とも短ランにボンタンという服装に、モヒカンという髪型だ。違うのはモヒカンの傾いている方向のみ。ハロウはおそらく双子だろうと思った。
「生き残るってなに? そんな危ない場所に潜入するの?」
「ちげえよ! そんな個性のない格好でどうすんだよ? そんなんじゃ誰も覚えてくれねえよ?」
ライトモヒカン――さきに話しかけてきた方――が言う。
「あれ? ここ忍者検定の会場だよね? 目立っちゃ駄目なんじゃ?」
「ちげえよ。目立ってなんぼなんだよ。そっちの方が仕事がくるんだ」
「忍者なのに?」
「目立っても一般人に気づかれなきゃ問題ねえの!」
「へー。あ、そう言えば俺に忍者について教えてくれた人も目立つ格好してたな」
「だろう!? なのになんだそのてめえの格好は! そんなんじゃ仕事こねえぞ!」
「いや、俺忍者の技術に興味あっただけで忍者で食っていく気ないんだ。下忍になる予定とかないし」
「ほう。執事狙いか?」
「いや、執事狙いでもない」
「じゃあ、メイド狙いだな?」
レフトモヒカン――あとに話しかけてきた方――が指をパチッと鳴らしながら的外れなことを言う。
「もっと違う! 第一俺のメイド姿の需要絶対少ないだろう? マメハチドリの涙より少ないよ? ただ検定受けて終わりだ」
「マジか。そんなやつもいるんだな」
「ああ。だから目立つ必要はないんだ。せっかくの忠告なのに悪いな」
「いや、構わねえよ。じゃ、そういうことなら忍者が必要になったら連絡くれ」
「俺も俺も」
ライトモヒカンとレフトモヒカンはハロウに名刺を差し出す。そこには連絡先と忍者検定二級を持っていることが書かれていた。
「フリーの忍者? ……ピンゾウとポンゾウって言うんだ?」
「「おう。よろしくな」」
「よろしく。俺はマカミ・ハロウ。ハンターだ」
ハロウは従騎士であるとばれると面倒そうだと思いハンターと言った。
そうしてハロウに籤の順番が回ってきたので籤を引き、潜入の試験会場に移動した。
■
忍者検定の潜入試験の採点をする場。そこで五人の試験官が採点をしていた。採点は試験の会場に設置された監視カメラの映像と会場に紛れた試験官が受験者を記録した映像を見て行われる。
「……今回はなかなか豊作ですな」
忍者検定は筆記、戦闘、潜入の試験が行われるが、どの順番で行われるのか受験者は直前まで知ることはできない。第一グループは筆記、潜入、戦闘。第二グループは潜入、筆記、戦闘といった具合にグループごとに時間をずらして行われる。試験官達はたった今、今回の検定の初めての潜入試験の採点を終えたばかりだ。
「まあ、そうとも言えますが……」
「どうしました? 浮かない顔して? 先生も高得点をつけていたではありませんか?」
「そうですが……なんというか、小粒なのばかりですな。優れていると言えばそうなのですが、もっと独自の色を持つ者も出てきてもらいたいものです。服装で独自の色を出されてもね」
受験者の多くは真剣に訓練してきたことが伺えた。忍術忍法を使い、巧みに潜入し目的の物を入手していた。しかしどれも似たり寄ったりで特徴的な受験者はいなかった。
「はっは。まあ、これは一級までの試験ですから。なかなかそんな特徴的な技能を使える者は出てきませんよ」
「まあ、そうかも知れませんが、どうしても期待してしまいましてね」
「そうですね。私も見たいものです。……さあ、休憩も終わりみたいですよ。次見ていきましょう」
「そうですね」
試験官のまとめ役が皆に声をかける。
「では、受験番号五十番から百番までの潜入試験を開始してください」
この合図で、潜入試験が開始される。今回の潜入試験は障害物競走は公園で、お題探しは廃病院で行われる。
障害物競走の舞台である公園は木々が生い茂り、中央に巨大な池がある。忍者検定の障害はトラップと試験官だ。試験官は見つけた受験生をペイント弾などで妨害する。ペイント弾を受けた受験生はゴールタイムにペナルティが課されていい点が取れなくなる。
「ここは木々が多くて監視カメラでの採点が難しいのがいけませんな」
「まあ、踏破する難易度が高いコースですから加点はそこまで重要ではありませんけど」
このコースはトラップが多く、試験官が受験生を妨害しやすいというのが特徴だ。木々が多く隠れるのに好条件な場所なので試験官が妨害しやすい。監視カメラの映像で採点者達が優秀な受験生を加点したり、試験官の不正を防止したりする。しかしこのコースは受験者も目立ちにくいので加点などしにくい。
なので採点者達は今回もあまり仕事がないと思っていた。しかしその予想は覆される。
「「「はあ?」」」
採点者達が暢気に話していると監視カメラに信じられないものが映る。池の上を直進する受験者だ。それは本来ありえないもののはずだ。
まず受験者が現れた時間。スタートから間もなく現れたので、その受験者は全力で直進してきたことになる。普通はトラップを警戒しながら進むのでそのようなことは不可能だ。そしてトラップを無視して突っ込んでも試験官が妨害するはずだ。なので今現れた受験生は試験官が妨害できないほど早い者か、妨害を歯牙にもかけないものかだ。普通はそんな実力者が一級までの試験は受けない。
そしてさらに驚くのが池の上を走っていること。池の上を走るだけなら多くの者ができる。しかしこの公園コースは潜入試験の会場として、それほど珍しくないので池を走るのは自殺行為だと全員が知っているはずであった。
受験生が池に入った一秒後、池からいくつもの水柱が上がり受験生を襲う。これでダメージを負ってしまい、ゴールできなくなるのは有名な話である。
「「「なにっ!?」」」
しかし受験生は水なんぞものともせずに進む。その様子から全く水柱が妨害になっていないことがわかる。
「どうなってる? 分身か?」
「いや、水は衝撃に反応して妨害するからそれはない」
「では水棲系の種族か?」
採点者達は資料を確認する。
「受験番号八六番。マカミ・ハロウ。種族は人狼? どうなっている?」
「……おそらく個人で水をはじく技能を持っているのだろう。見ろ。着ているやる気のないジャージが濡れていない」
「確かにあの部屋着のようなのが濡れていない……ん? このままだと歴代最速にならないか?」
「確かに。あとは対岸の試験官がどうでるかだな」
「暇だから大勢で妨害しないといいがな」
「試験官がそんなことせんだろう」
「……いえ、今までは受験者の方が試験官より多かったので問題は起こりませんでしたが、ゴール付近ではあの受験生に対して試験官が五人配置されていることになります」
「……公平性的にまずくないか?」
「まあ、今までだってタイミング的に一人でゴールに来るような受験生もいましたし大丈夫でしょう」
「「「…………」」」
採点者達は不安な様子で監視カメラを見る。
そこにはさきほどまでのように、異常な速さで池を直進する受験生が映っていた。襲ってくる水柱が邪魔できている様子ではない。
「「あっ」」
受験生が池の反対側に近づいたとき、彼の目の前に巨大な蛙が試験官とともに現れた。本来、池の右側か左側にランダムに潜んでいて近づいてしまった受験生を妨害する役の者だ。決して池の奥で出てきていい存在ではない。
『ゲロゲロゲロゲロゲロ』
試験官が投網を投げ、蛙が水を発射する。池を移動している際に上と横からの同時攻撃という難易度の高い行為だ。しかし受験生に効果はなかった。蛙の水は当たってもなんの効果もなく、投網はスライディングの様に水に潜ることで回避される。
受験生はスライディングしたまま蛙の下を通り、水面に浮かび上がり、試験官達を置き去りにして走る。
「……水蜘蛛じゃなかったのか」
「やはり水に関して特殊な技能を持っているようですね。まあ、水蜘蛛だと服は濡れますし」
水蜘蛛という技は水の上を歩けるが、潜ることはできないのでそう判断した。一度水蜘蛛の発動を切って、また発動したということもないと考えた。さすがに凝視しているのに術や法の発動を見逃すのはないという思いからだ。
とうとう受験生がゴール手前に差し掛かる。そこで試験官による最後の妨害が行われる。本来は一つペイント弾が投げられるはずが、二つが受験生を襲う。一つは受験生の着地の瞬間の足を狙ったもの、一つは胴体を狙ったものだった。例年トップの者に行われる妨害は嫌らしめだが、今年は一段と嫌らしかった。受験生は足を戻し一つ目のペイント弾を避ける。当然体勢が崩れて倒れ込みそうになる。しかし受験生は倒れない。両腕で地面を掴み一瞬四足歩行の獣の様に走る。そうすることで胴体を狙っていたペイント弾を避けると同時にほとんどスピードを落とすことなく駆け抜ける。
そして受験生は普通の走り方に戻り一直線にゴールを目指す。もう妨害する試験官はいない。しかしゴールテープ直前、油断しきったところを狙う罠がある。ゴールの門、その上からペイント弾が降ってくるのだ。通常なら受験生がとある地点を通過したとき罠が作動し、ちょうどゴール手前で受験生に発動するように作られた罠だ。しかし今回の受験生は違った。今までと比べて非常に速かった。なので罠が作動する前に受験生はゴールテープを切ってしまっていた。そのまま受験生は次の会場である廃病院へ行く。
「「「…………」」」
「……四二秒?」
採点者達は起きたことが信じられないのだろう。唖然とした表情で時計か監視カメラを見つめている。
「い、今までの最高記録はいくらだった?」
採点者の一人が係の者に尋ねる。
「二分二四秒です」
「凄いじゃないですか。よかったですね? すごい人材が現れましたよ?」
「……確かに凄いが、こういうのは期待してなかったのだがね」
「ではどういうのを期待していたのですか?」
「いや、二分台出してくれるだけで十分だったのだが」
「先生もわがままですね。いいじゃないですか。能力が高いことに間違いはないんですから」
「……なにごとにも限度があるよ」
「まあ、忍者は早く動けるだけではやっていけませんし、お題探しをしっかり見ましょう」
「そうだ――」
「受験番号八六番。お題探し終了です」
「「「は!?」」」
これからしっかりと見ようとしたら、もう終わっていた。そう聞こえて採点者全員が聞き返す。
「おい、どういうことだ? お題探しがそんな早く終わるわけないだろう?」
「もしや、試験の情報が漏れていたのでは?」
「さすがにそれはないだろう。それに試験官がいるんだぞ?」
「では一体どうやって?」
廃病院は試験官に役を与えて配置している。その試験官に見つけると警報などを鳴らされるなどするので、ここまで早くにクリアするのは想定の範囲外だった。
「というよりタイムは?」
「一分九秒です」
「お題は……確か院長のペンダントだったな」
受験生が引いたお題は記録される。その内容は採点者に届けられた資料に記載されている。
「大外れじゃないか」
用意されたお題の中でも最高の難易度の物だ。
「……どうなってる? 早すぎるぞ? こんな記録、上忍でも出せるか怪しいぞ?」
「推薦者からするとイガの秘蔵っ子ですかな?」
「いや、それならもっと名のある忍者の推薦になるだろう。それに秘密裏にここまでの者を育てたのなら、今ここで明かす必要などあるまい」
「確かにそうですな。……これは、あとで詳しく調べる必要がありますな」
「そうだな」
採点者達は一旦考えるのをやめて、他の受験生の採点をすることにした。




