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上京狼  作者: 鳥片 吟人
23/34

買い物


 モンドが帰ってハロウはアストロと二人きりになる。


「装備はいいの……なかったんですか? それともできるのに時間がかかるとか?」


 アストロはハロウがなにも持っていないので、装備を買ってないかも知れないと判断したのだろう。


「いや、買ったよ。これ、爪」


 ハロウは自分の影から購入した爪を出して見せる。


「……今のはなんですか?」


 アストロが目をぱちくりさせながら尋ねる。


「影収めの術っていう忍術」


「ハロウ、君は忍者だったんですか?」


「いや、最近忍術とか習い始めたんだ」


「一体どうやって?」


「普通に忍者の方から話を持ちかけてきたけど?」


 さすがにストーキングしてる最中とは言わなかった。


「……そんな話聞いたことありませんね。忍者が情報収集のため以外に話しかけるものでしょうか?」


「あ、話しかけたのは俺ね? 夜中、俺をこっそり見てきてたから、なにか用かなって」


「成程。忍者が隠れているのを見破ったハロウになら、話を持ちかけても不思議ではありませんか」


「いや、なんか最初からそのつもりで見てたらしいよ? なんか忍者の派閥の関係で勧誘したかったみたいで」


「それ、関わっても大丈夫ですか?」


 ハロウはアストロが自分を心配してくれているのを理解する。心配されるのは気にかけられているということなので、嬉しく思いながら答える。


「大丈夫だと思う。忍者検定を受けてくれればいいとか言ってたし」


「忍者って検定あるんですか!?」


「うん。なんかあるらしい。なんと検定料、五万」


「詐欺……ではありませんよね。君は嘘がわかりますし。なにより忍術が使えていますから」


「うん。そんなわけで今度から荷物あったら言ってね? 影収めで運べるから」


 自ら進んで下僕ムーブをするハロウ。


「ありがとうございます。ですが私はあまり荷物を持たないので」


「そう言えば鞄とか持ってないね?」


「はい。いざというとき邪魔ですから。上着の内ポケットに入れられる物だけにしています」


「でもそれだと持てるもの少なくて、いざというとき困らない?」


「……まあ、困ったことはあります」


「じゃあ俺に予備の装備とか預けとかない? 大きくて普段使いするのに向いてない装備でも持ち運べるよ?」


「……思い当たる物がありますね。ロケットランチャーとか、グレネードランチャーとか」


「そんなの持ってるの? 俺に預けない?」


「……そうですね。お願いしてもいいですか?」


「任せて!」


「では私の家に来てください」


「……え? え、え?」


 ハロウが驚きのあまり小刻みに揺れる。


「どうしました?」


「い、いい、いんですか? 家に行っても?」


 ハロウは挙動不審になる。いきなり家に来ていいと言われたので緊張したからだ。


「はい。どうしてそんなに動揺しているのですか?」


「いやいやいや! え? 惚れてる人の家に行くのに緊張はするよ? 普通」


「えっと、家でデートしようと言っているわけではありませんからね?」


「わかってるけど?」


「それなのに緊張するんですか?」


「うん」


 真面目な顔で肯定するハロウ。彼にとっては当たり前のことを聞かれたので、素直にうんと言うしかなかった。


「嫌ではないんですよね?」


「尻尾が震えるほど嬉しい」


 尻尾どころか全身が震えている。


「そうですか。……なら行きましょうか?」


 アストロがハロウに手を差し出す。


「……?」


「? 手を繋がなくてもいいのですか?」


「いいの!? ちょっと待って制汗剤!」


 ハロウは慌てて自分の影から制汗剤を取り出そうとする。


「お手!」


「わん!」


 しかしアストロに『お手』と言われて反射的に手を乗せる。


「さあ行きますよ。べつにいちいち制汗剤はつけなくて構いません」


「そ、そっかー」


 ハロウはにやけながらアストロについて行った。







 アストロの家に到着する。アストロの家は一軒家のようなタイプではなく、ビルの一フロアの半分が家というものだった。


 ハロウとアストロはエレベーターから降りて、アストロの家の前に着く。


「ここが……聖域! こんなところにあったのか」


「勝手に人の家を聖域にしないでください。君が調べようと思えば家の位置くらいわかりますよね?」


「勝手に調べたりしないよ!? 俺にだって自重って言葉はあるんだから」


 勝手に探っていることがばれたら、嫌われるかもしれないと思って探らなかっただけだ。


「てっきり調べているものだとばかり思っていました。さあ、入ってください」


 アストロが鍵を開けて、ハロウに家に入る許可を出す。


「お邪魔します! すうううううううう……天国!」


――アストロの匂いがするううううう!!


 ハロウは歓喜した。今、自分の鼻がより匂いを取り込むために穴の増設申請をしてきたら、即刻許可してしまっただろう。


「人の家に入っての感想がそれはおかしくありませんか?」


「仕方ないよ。めっちゃ……」


 匂いのことはあまり言うなとアストロに言われていたのを思いだし、ハロウは言い留まる。


「めっちゃ?」


「めっちゃ綺麗にしてるね? 清潔感があるなー! 普段からしっかり掃除してるとは!」


 別の話題にしてなんとか誤魔化そうとするハロウ。


「? 自分では普通と思いますが、綺麗な方なんですかね?」


「うん! 俺なら掃除したてでもないと、ここまで綺麗にならないな!」


「ん?」


「ん? なんか変なこと言った?」


「掃除は毎日するものでは?」


「……え?」


「……しないのですか?」


「うん」


「それだと汚れるのでは?」


「汚れたら掃除するんじゃ?」


「「…………」」


 二人は少しの間考える。相手と自分の掃除の概念が違うことが理解できた。


「……掃除に対する認識が違いますね」


「そうみたいだね。まさか毎日掃除しているとは」


「そちらのほうが汚れませんから。まあ、今は置いておきましょう。ロケットランチャーなどはこっちです」


 アストロは新しいスリッパを出す。


「お邪魔しまーす」


 ハロウはアストロのロケットランチャーなどを影に取り込んでいく。


「これで万が一必要になってもすぐ取り出せるよ」


「お願いしますね」


「任せて。じゃあ、また」


「はい。……あ、モンドへのお礼はお酒がいいと思います」


「うん? モンドに礼って?」


「研修のお礼ですね」


「成程。都会ではそういうものが要るのか。……! ところでお願いがあるんだけど」


 ハロウは名案を思いついた。


「なんでしょう?」


「モンドへのお礼は酒がいいのはわかったんだけど、酒とか全然詳しくないから選ぶの手伝ってくれない?」


 これならアストロに断られにくいだろうと思って、お願いする。


「そう言えば飲まないのでしたね。いいでしょう。どうせ私もなにか送るつもりでしたし、一緒に買いましょう。いつ空いていますか?」


「いつでも」


「では早い方がいいので明日の朝はどうでしょう?」


「そうしよう」


「では、また明日」


「またね」





 ハロウはアストロとともに、日ノ国屋というスーパーに来ていた。


「ここは結構お酒が豊富にあると評判です」


「ほうほう。……いっぱいあって混乱する。モンドはどんなの飲んでた?」


「……だいたいどんなのでも飲めたはずですが、送るならビールがいいと思います」


「そうなの? 意外だな。なんで?」


「モンド達ドワーフにとってアルコール度数の低い酒は水扱いですから。ビールを送っておけば、間違いりません。前に風呂上がりに飲むキンキンに冷えたビールは最高、って言ってました」


「あー。めっちゃ言いそう。美味いの?」


「ビールに限らず、お風呂上りは飲み物は美味しく感じるだけだと思いますけど?」


「成程。でもこれで、だいぶ絞られたな」


「ですが、彼がどんなビール飲んでるかは知りませんね」


「そうなんだ? じゃあ、ビールの詰め合わせとかでいいか」


「お風呂上りに飲むでしょうけど、ノンアルコールビールではなくて、普通のビールの方がいいと思いますよ?」


「え? どういうこと? なんか関係あるの?」


「普通の場合、仕事で遅くなって早く寝たいときにビールだと、アルコールのせいで睡眠の質が悪くなるらしいんです。けれどドワーフはむしろ適度なアルコールは睡眠の質が良くなるらしいです」


「へー。睡眠の質とか完全に知らなかったわ。じゃあ、普通のビールにするよ。ありがとう」


「まあ、そのために来たんですし」


 アストロのアドバイスに従い、ハロウはビールを買う。


「半分出しますね。私のお礼の分も含まれていますから」


「え? でも俺の研修の礼なんだし、俺の方が多く払うべきでは?」


「そもそも君を従騎士に任命したのは私です。なので、君が研修を受けることになった原因は私にあります。よってむしろ私の方が多く払うべきだと思いますが?」


「いやいや」


「いえいえ」


 結局半分に折半することになった。


 そしてついでとばかりに、事務員に渡す挨拶の品もアストロにアドバイスをもらった。


 買い物を終え、二人は店の外へ向かう。


――よし、ここからが勝負だ!


 ハロウとしてはもっとアストロといたいのだ。


プレゼントを買い、影に収納してからハロウはアストロに話しかける。


「今日は手伝ってくれてありがとう。アストロはなにか買うものないの? 荷運びとか手伝えるよ?」


「いえ、今日は買うものもないので。それにここ配達のサービスありますし」


「おう……」


 第一の案、失敗。ハロウは次のプランにいく。


「じゃあ、もしこのあと空いていたら、一緒に食事でもどうかな?」


 最初に誘っておけばいいかもしれないが、今回はプレゼント選びをするという名目で誘ったので、そう言うのはハロウには難しかった。


「行きましょう。どこにします?」


「いくつか近くに美味しそうな店があったけど、アストロは普段なに食べてるの?」


 ハロウはきちんとこの場所の付近を先日嗅ぎまわって調べている。さすがに全てを調べ切れてはいないが、匂いから良さそうな店をいくつか見繕っている。しかし高級店に関しては自信がなかった。においの違いはわかるのだが、複雑で高度な技巧を凝らした料理は、味が想像できなかったからだ。


「普段……昼だと定食屋が多いですかね? 君はどうなんですか?」


「俺はなんでも行くな。けど、昼だと開店と同時くらいに人気のラーメン屋とかに行くかな」


「なぜそんなことを?」


「人気店だとすぐ行列できたり、売り切れになっちゃうから、その時間帯に行くんだ」


「成程。ということは美味しいラーメン屋は知ってるんですか?」


「うん。においで入る前から、大体美味い不味いはわかるけどね」


「そう言えば鼻が凄いんでした。なら、ラーメン屋がいいです」


「え? ラーメン屋でいいの?」


「はい。むしろラーメン屋がいいです。あ、ちゃんと煩くないラーメン屋でお願いしますよ?」


「? 麺をすする音はどうしても出るけど大丈夫?」


「そういう意味ではありません。横柄で偉そうな店主が細かく食べ方を指定してこないという意味です」


「あー。そういう? なら大丈夫。俺が気に入ってるところは、無表情で『いらっしゃい』『どうぞ』『ラーメンです』『ありがとうございました』の四つくらいしか話さないから。食べ方なんて指定してこないから。てか、そんな店本当にあるんだ?」


「はい。美味しいと教えてもらった店に行ってみると、そうだったのが二連続でありました。そこから新規の店は行ってないんですよね。なのでラーメン屋は楽しみです。不愛想なのは、美味しければ問題ありません」


「それ、どこにあるか教えてほしいな。……あ、食べたあと少しそこでゆっくりしたい派の人には向いてないところだけど、いい?」


「はい。それと、指図してくるラーメン屋はもうありません」


「つぶれちゃったか」


「はい。店主が死亡して」


「予想してなかった理由だ。なに? 客とトラブルにでもなったの?」


「さあ? 私はもう行く気がなかったので、詳しくは知りませんが」


「アストロ、俺、嘘わかるからね?」


「おっと。そうでした。滑って熱湯に頭から突っ込んで、亡くなったみたいですよ? 二人とも」


「そっかー。あの、アストロ? これから行くラーメン屋に不満があったら俺に言ってね?」


「はい。……一応言っておきますが、失礼だからといって、殺してないですからね?」


「あ、そうなの? ごめん。勘違いしてたわ……じゃあ、こっち」





 目的の店が開いた直後にハロウ達は着いた。


他に客は一人しかいなかったので、すぐに席に座ることができた。


店はカウンター席のみで、一列に並んでいる。最大で八名しか入れない。


「ここがそうですか。落ち着いた感じでいいですね」


「うん。あ、この前に書いてあるのがメニューね」


 メニューにはラーメンの写真とともに、どのような具が入っているか、麺の量はどうかなどが記載されている。


「ふむふむ。実質ラーメンのみなんですね。トッピングとか追加するだけで」


「そうそう。だから早く来るよ」


「おすすめのトッピングってあります?」


「ここはどの具も美味かったけど、俺はメンマと海苔が特に気に入ったな」


「ではそれも頼むことにします」


「わかった。すみません」


 ハロウが店員を呼ぶ。


「大盛りに海苔、メンマ追加で」


「並盛りに海苔、メンマ、煮卵追加でお願いします」


「……はい。二四五〇円です」


「はい」


 ハロウが約束どおり二人分ピッタリ支払う。


「丁度お預かりします」


 店主がラーメンを作りに奥へ引っ込む。


「…………」


「…………」


――デートに向く店じゃなかったな!!


 ハロウは心から叫ぶ。ここのラーメンは美味い。自信をもって言えるが、今日アストロに紹介するのに相応しいかと問われれば、否と答えてしまう。


 ハロウは本来、食事をアストロとデートみたいな感じで楽しみたかったのだ。アストロに言われて反射的に知っている美味いラーメン屋を教えてしまったが、この店の雰囲気ではデートと言った感じはしなかった。


ハロウとしては、アストロと話しながら朗らかに食事する未来を思い描いていた。しかし、この店では余計なおしゃべりをする客などほとんどいない。


――いや、今日は駄目でも、これで美味い物知ってると思われれば、次につなげられる!


 今日は望んでいた雰囲気にならないが、これで食事デートに誘いやすくなれば、結果的に良いだろう、とハロウは判断する。


「煮卵好きなの?」


 アストロの食の好みを調査することにした。


「はい。君は煮卵頼みませんでしたね」


「まあ、頼まなくても半分ついてくるし。それに麺と具のバランス的にこのくらいがいいかなって」


「バランスとか気にするんですね」


「それは、まあ」


「では牛丼に紅ショウガとか、カレーに福神漬けとか山ほどかけるのは許せないタイプですか?」


「いいや。その人がその味を気に入ってるなら全然問題ないと思うよ? ただ、無料だからって山ほど乗せるのは引くけど」


「あー、たまにいますね。あれ、本人はトッピングの分を得したと思ってるのかも知れませんが、味が損なわれてしまうので、結果的に損してるように思うんですけど」


「俺もそう思う」


 雑談していると、ラーメンが運ばれてくる。


「大盛りの海苔メンマ追加に、並盛りの煮卵海苔メンマ追加です」


 ラーメンが来たので二人とも食べ始める。


「……! ここ美味しいですね」


「でしょう?」


 ハロウは感情が読めるので、アストロがお世辞で言っていないことがわかる。


――喜んでもらえた! ありがとう! 不愛想な店主!


 そしてラーメンを作ってくれた店主に感謝する。そして黙々とラーメンを食べる。


――でも今度からデートでラーメンはやめた方がいいかな?


 ラーメンは冷めてしまえば美味しさが損なわれるので、食べることに集中しなければならない。それはデートに不向きだと思った。


 そう反省しつつハロウはラーメンを食べる。メンマは味がいいのはもちろんのこと、厚めで歯ごたえはあるが、口の中に残らず食べやすい。


海苔はラーメンのスープに浸してから食べる。


――美味い! これだよ。


 海苔は美味い。三大旨味成分であるグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸を全て含んでいるからだ。


 その海苔と不愛想な店主がこだわっているスープが合わさった美味さで、食べる手が止まらなくなる。


「ごちそうさま」


「ごちそうさまでした」


 ハロウとアストロはラーメンを食べ終え、店を出る。


「ありがとうございます。美味しかったです」


「それは良かった」


「でもよくあそこを見つけましたね? 店は狭くて、路地の隙間みたいなところにあるので、入りにくいでしょうに」


「俺、においで探せるから。外から嗅いで、美味そうなところはだいたいわかるんだ」


「凄く羨ましいです」


「でも店主が変かどうかは入るまでわかんないから、外れる場合もあるよ? ……今まで外れたことないけど」


「今度新しい店を開拓するときは手伝ってください」


「いつでも任せて!」


 ハロウはアストロの好感度が上がったことを確信できた。




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