研修・三
「しっかし、お前もなんだって当たり屋を? リスク高過ぎだろう?」
ハロウが当たり屋に尋ねる。
この国は貴族がいる。もし当たった車の持ち主が貴族の関係者なら、裁判で非常に不利だ。裁判に持ち込めれば幸運な方で、運が悪ければ行方不明になる。この世では金持ち相手に示談金云々はなかなかできない。金持ちはほぼ貴族に伝手があるからだ。
「……ちっ。男だよ。彼氏が借金してるから、それを返すため」
「ほう」
ハロウは少しばかり当たり屋に好感を持った。自分もアストロのためなら命をかけられるので、当たり屋が自分と重なって見えたからだ。
「じゃあ彼氏のところ寄って行くか? 事情説明しといた方がいいだろう? なんなら彼氏と仲良く働いてもいいんじゃないか?」
「本当か!?」
「おい、なに言っとんじゃ?」
「いいじゃん。当たり屋するくらいだから、ヤバい借金だろう? 国の関係機関で働いてた方が安全かも知れないし」
「おー、成程。そうかも知れんな。おい、当たり屋。彼氏どこ住んどんじゃ?」
「いいのか!? えーっと、そこの角を……」
当たり屋が案内を始める。モンドはトゥクトゥクを運転し、彼氏のいる場所へ向かう。
途中、モンドが知っている病院に行き、当たり屋の足を固定してもらい松葉杖をもらう。
「……ここか?」
「そう。ここ」
「ぶおおおえええええ」
着いた場所は家ではなくパチンコ店だった。ハロウは漂ってくる煙草の臭いで吐きそうになっている。
「……あー、パチンコ屋は時給高いっていうしの」
「へー、そうなんだ? おえっ」
「いや、バイトじゃなくて、客としている」
「おえっ、借金苦なのに?」
「借金苦なのに、じゃなくて、だから借金苦なの」
「成程。おえっ……ごめんモンド。悪いけど、俺トゥクトゥク見とくから、当たり屋の彼氏連れてきてくれない?」
ハロウは本気で吐きそうになっていた。これではとても店に入ることはできないと思い、モンドに頼むことにした。
「ええぞ。しかし大丈夫か?」
「たぶん……。臭いだけだし。ごめんね」
「ええわい、ええわい。気にすんな。誰だって無理なもんはある」
「本当、ごめん。じゃあトゥクトゥクで、おえっ、待ってるから、頼んだ」
「おう」
モンドと当たり屋がパチンコ店に入っていく。それを見ながら、ハロウは対処法を思いついた。
「ふん! ……ありがとう、アストロ」
ハロウはアストロから加護をもらっている。それにより水を操ったり、生み出したり――聖水は無理――できる。水で自分を覆って、影から取り出した無香料の消臭剤をふりまけば、臭いがましになった。
「ふう。少しは楽になった。しかしこんな臭い物よく吸えるな。……てか、遅くね? もしかして、いなかったとか?」
ハロウが待っていても、なかなかモンドたちは戻ってこない。
なにか問題があったのかと思っていると、パチンコ屋の中からモンドの怒鳴り声が聞こえてくる。
「ん? え?」
――マジの屑だな! こんなの実在するんだ?
ハロウは聞き耳を立ててモンドの声を聞く。どうやら彼氏はいたようだが、当たり屋と一緒に働くのは拒否したようだ。自分の借金なのに。それどころか失敗した当たり屋を責めているようだった。
彼氏は当たり屋が怪我をしてまで、彼氏のために金を用意しようとしたというのに、当たり屋を責めたのだ。
当たり屋は彼氏に裏切られた。
そのことがハロウにとって無性に腹が立った。ただでさえ煙草の臭いで機嫌が悪かったのに、一層悪くなる。
「モンド、そいつはもういい。当たり屋だけ連れて行こう」
――あとで始末しよう。
魔素を操作できる範囲だけだが、ハロウは声を届ける魔術が使える。なのでパチンコ店にいるモンドに話かけることができる。
「うお!? ハロウか? そんなことできるんか? ……そうじゃの。ここにおっても仕方ないか」
姿を見せずに話しかけたハロウに少し驚きつつも、モンドもハロウの意見に同意する。
すぐにモンドがパチンコ屋から出てくる。
「ぢぐじょおおおお!!」
鬼の形相で泣いている当たり屋を伴って。
「すごいな。目と口をかっぴらいて泣いてる……おえっ」
ハロウは吐きそうになる。泣いている当たり屋を見て気分が悪くなったのではない。モンド達がパチンコ屋にいたせいで煙草臭いせいだ。
「慰めたれ」
「こういうのは慰めても効果ないよ。俺も昔、友達に裏切られたときには一人で時間をかけて癒したもんだ。ところで消臭剤振りかけていい? 煙草臭くて」
「ええぞ。お前さん、エロ本事件といい、ちょいちょい悲しい目にあっとるの」
モンドに同情の目を向けられながら、ハロウは二人に消臭剤を振りかける。
「でも、その二つだけだよ?」
「おう、まあええ。ところでハロウ。さっき騎士の身分使えないとか言っとったの? これから使えるとこ見せたるわい」
モンドが憤怒の形相でハロウに言う。よほど当たり屋の彼氏に怒っているのだろう。
「大丈夫? 般若が美少女に見えるレベルの表情してるけど」
「それはもう目の病院行くレベルじゃろう?」
「いやあれが良いって言うやつもいるかもよ? それでどうやって騎士の身分使うの?」
「好み特殊過ぎるじゃろう? まあ、見とれ。おい、当たり屋、あの屑が借金しとるとこ教えろ」
「ぐぎ?」
「モンド、これ大丈夫か? 言語野が融けて、涙となって流れてない? もしくは涎か鼻水」
「なんで汚い例え追加するんじゃ? それなら死んどろうが。……ごほん、もう一度言うぞ? 屑が借金しとるとこを教えろ。そうすれば、あの屑を合法的に始末しちゃるわい」
「……わがっだ」
「おー。言葉を取り戻した」
当たり屋の案内で、ハロウ達は金貸しのところへ到着した。あまり新しくない五階建てのビルだ。
「……なんかあんま金ありそうな感じじゃないね。金貸しってもっと金持ちなイメージだった」
「どんなんイメージしとったんじゃ?」
「もっとこう、でかい豪邸に住んでて、金歯で、扇子で自分を扇いでるイメージ」
「なんじゃその成金は? まあ、屑相手に借金で稼ぐのは大体裏社会に近いやつじゃ。お前さんのイメージのようなのまで儲からんと思うぞ?」
「マジで?」
「屑と一般人、食い物にして儲かるのは一般人じゃろう?」
「成程。そっちの方が数も多いし、金も持ってそうだもんな」
「うむ。まあ、取りあえず行くぞ」
「うい」
全員がトゥクトゥクから降りる。
「……足が痛い」
当たり屋が涙を流しながら呟く。
「捻挫か? 自分の体は大事にした方がいいぞ?」
優しいハロウは当たり屋を心配してやった。
「お前に折られたんだよ!!」
しかし屑に裏切られ、心が荒んでいる当たり屋には、その優しさは伝わらなかった。
「早うせい!」
三人は借金取りの拠点であるビルの三階に行く。モンドがドアをノックして相手の返事を待たずに入る。
「おう、邪魔するぞ」
部屋の中には派手な柄のシャツを着た男や、スーツを着た人相の悪い男たちがいる。
「ああ!? てめー、いきなし来てなにもっ――」
モンドになにか聞こうとした派手シャツ男が、モンドに殴り飛ばされる。
「儂は騎士じゃ。これから言うやつの借用書持ってこい。言い値で買ってやろう」
モンドは偉そうに腕組みしながら、部屋の中にいた男達に当たり屋の彼氏の名前を言い放つ。
「ああ!? てめー。よくも――」
「黙ってろ」
騒ぎだした派手シャツ二号を、部屋の中で唯一の高級な椅子に座っていた男が黙らせる。
「おい、こいつの言ってたやつの借用書持ってこい」
「へい」
スーツの男が奥の部屋に借用書を取りに行く。
「おう、話が早いの。それでいくらじゃ?」
「そうだな。……貸した値の倍でいい」
「ほう。話のわかるの」
スーツの男が奥から借用書を持ってくる。高級な椅子に座っていた男はそれを受け取り、確認して、モンドに売る。
「よし、もうここには用はない。行くぞ」
ハロウ達はビルから出る。ビルにいたのは数分だけだった。
「なあ、モンド、どうして倍も払ったの?」
「あの男は話の通じるやつじゃったからの。やつのメンツのためじゃ。それに高くついても儂の財布は痛まん。これから、あの屑に払ってもらうんじゃからの」
モンドが舌なめずりしながら、邪悪な顔で笑う。
「さっきの金貸しが愛玩動物に見えるくらいの顔してるな」
「そりゃそうじゃろう? あいつらは基本暴力は使わんからの。ばれたら捕まるからの」
「嘘でしょう? ……いや、でも確かに血のにおいはしなかった。銃とかの武器も持ってなかったみたいだし」
「一応言っとくが、一般人が許可なく街中で武器を携帯するのは違反じゃからな?」
「え? でもハンターとか普通に持てるよね?」
「いや、武器買うのに審査とか色々あるからあいつらには無理じゃろう」
「武器買うのに審査要るの?」
「普通はな」
ハロウは審査を受けたことはない。しかし、よくよく思い出すと武器など買わずに森に突っ込んだので、審査を受けていなくて当然だった。
「……それでこれから屑のとこ行くの?」
「おう。これであの屑は儂に借金がある状態じゃからな。要するにそこの当たり屋と同じ状態じゃ。涙が溢れる働き先を紹介してやるわ!」
「おー、それでわざわざ借用書買ったのか」
「そうじゃ。これが騎士の身分の力じゃ。どうじゃ? 役に立つじゃろう?」
「うん。合法的に始末できるなら、それに越したことはないよね?」
「うわー……。あたしはなんてヤバいのに目をつけられたんだ」
二人の会話を聞き、当たり屋が自分の境遇を嘆く。
モンドはパチンコ屋に再び訪れる。屑を連行するためだ。
幸い、屑は店の中にいたので、すぐに引きずり出せた。
「消臭しまーす」
ハロウはまたモンド達に消臭剤をかける。
「縄くれ」
「あいよ」
モンドはハロウからもらった縄で屑をぐるぐる巻きにして、トゥクトゥクに放り込む。
「さあ、行くぞ。がハハハハハッ」
ハロウ達は王城に向かった。
●
モンドに事務員への報告、申請などの仕方をハロウは教わった。
当たり屋は死の危険がない作業。屑彼氏は薬の実験台になることが決まった。
「まあ、こういった感じでするんじゃ」
「たぶん、覚えた……。あ、たぶん、なんか今忘れた」
覚えきれなかったハロウ。
「まあ、やっとるうちに慣れるじゃろう。わからんかったら事務員さんに聞け。ちゃんと教えてくれる」
「……報告とかすることになるかな? もうかなり忘れてそうな気がする」
ハロウの記憶はカゲロウの成虫より儚い。
「まあ、最初は犯罪者しょっ引いたりしとけばええじゃろ。そうじゃ! 大事なこと言い忘れとった。王城で買えるポーションなどの魔法薬と、これから買いに行く装備とか経費を必ず限界まで申請せえよ」
「……限界って?」
「騎士には全員、装備や魔法薬など必要な物に対して使える予算が年間いくらとかで割り当てられておる」
「その割り当てられてる全部使い切るようにしろってこと?」
「そうじゃ」
「わかったけど、なんで?」
「余らせたら次の年から減らされるんじゃ」
「そんな悲しいことが起こるの? 繰越しとかないんだ?」
「ない。良い装備とかにするとメンテナンス料えげつないことがあるからの。予算はあった方がええぞ」
「でも要らないのに申請はできないよね?」
「じゃから最初は犯罪者しょっ引いとけ言うとるんじゃ。それでさっきのポーション稼ぎで一石二鳥じゃ。金が要るようになったら、そっから出せばええ」
「おー。成程」
「じゃから事務員さんとはええ関係築いといた方がええぞ。色々申請が楽になったり、使い忘れとると、教えてくれるからの」
「……どうやってやればいいんだ?」
ハロウは人見知りではないので普通に話しかけることはできるが、いい関係を築くなどどうすればいいのか全くわからなかった。
「ん? とりあえず最初に申請するとき、なんか土産でもやってはどうじゃ?」
「……土産? 都会人が地方に行くと買ってくると言われる、あの?」
「いや、遠くに行って帰ってくるときに買うものじゃから都会云々は関係ないが」
「でも俺の地元の特産は木と魔獣だけど、喜んでもらえるかな?」
「待て待て! べつに自分の出身の特産無理に配る必要ないんじゃ」
「そうなの?」
「うむ。土産と言ったが挨拶みたいなものじゃから、近所の評判の物でも送っとけばええ」
「よかった。木と魔獣で喜ばれる未来が見えなかったからな」
「てか木と魔獣が特産って珍しいのう? どっから来たんじゃ?」
「鉄木島ってとこから」
「ああん!?」
モンドが信じられないものを見る目でハロウを見る。
「どうした?」
「いや、その特産の木って仕入れることできるか?」
「タダで?」
「馬鹿者! 普通に金払ってじゃ!」
「なら大丈夫だと思うよ。要る?」
ハロウが脅せば、木は確実に手に入る。
「儂じゃなくて、これから行く装備屋が欲しがるじゃろう。高性能な装備を優先して売ってもらえると思うぞ?」
「ここにきて初めて出身地が役に立つな」
「じゃあ、行くかの」