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上京狼  作者: 鳥片 吟人
19/34

研修

『従騎士の研修を受けてください』


 ハロウがアストロからの電話に大喜びででるとそう言われた。


『いいけど、それなに?』


『従騎士は大きな権限を持つので、任命した騎士以外から研修を受ける必要があります。なので申し訳ないのですが、お願いしますね』


『わかった。……けどクサナルはやめてね?』


 ハロウはクサナル――腐れナルシストの略――ことガカクのことを思い浮かべる。あの者に研修を担当されれば悲惨な未来しか思い浮かばなかった。


『大丈夫です。まとも……ではありませんが、君と合いそうな人物にお願いしておきました』


『もしかして騎士ってまともなやつ少ないの?』


『……どちらかと言えば』


『大丈夫なの? それ?』


『まあ、一般人に害を出すまでの者はいないので』


『そっか』


 このあと研修の日を決めて、他愛のない会話をして電話を終えた。







 朝早くにハロウが待ち合わせの王城に行くと、アストロと一人の男が待っていた。その男は背が低く、がっしりとした体つきをしている。


――ドワーフかな?


 ハロウはそう予想した。


 アストロがハロウが来たのを確認するとハロウともう一人の男に話し始める。


「ハロウ、こちら今回の研修をしてもらうモンドです。モンド、こちらがハロウです」


「おう、モンドだ。よろしくな」


 モンドがにかっと笑いながら手を差し出す。


「ハロウです。よろしく」


 ハロウは手を握り返す。


「……ところでアストロ。俺とモンドが合いそうとか言ってたけど、どうして?」


「博士とすぐに仲良くなっていたので、モンドも大丈夫だと思いまして」


「……博士ってミシルシのやつのことか? お前、よくあんなヤバいのと仲良くできるな」


「モンドも博士よりの存在ですけど」


「儂のは違うと言っておろうが!」


「……えっと、話についていけないんだけど?」


「儂が陶芸で理想の女体を作ろうと邁進しておってな。それを知ったアストロがミシルシと同類扱いするんじゃ!」


「ふむふむ。モンド的には違うの?」


「当たり前じゃ。儂は自分の作品を女性として見ておらんわい! 女体として見とるんじゃ!」


 女性として見るのと女体として見るのでは大きく違う。前者は精神性が大事になるが、後者は要らないのだ。


「成程。アストロ、モンドとソウ博士とじゃ結構違うよ?」


 ハロウはそれを理解してモンドの言うことが正しいと認める。


「おう! わかってくれるか!」


「……違うのですか?」


「うん。博士の方は性愛対象が実験器具だけど、モンドは多分人間だ」


「そうじゃそうじゃ!!」


「……? でも自分で作った陶芸にハアハアしてますよ?」


 アストロにはハロウの言いたいことが通じなかったようだ。


「違う。違うよ。……いいかい? モンドは陶芸作品に直接興奮しているわけじゃないんだ。見たことにより脳内に妄想が爆発して、間接的に興奮しているんだ。一方、博士は直接実験器具に興奮している。わかった?」


「……? ま、まあなんとなくわかりました」


「アストロ。俺が嘘がわかるって忘れてない? よくわかんなくて面倒になって流そうとしたでしょう?」


「うっ! まあ、いいではありませんか」


 アストロは噓がばれるも、はぐらかす。その様子から明らかに興味がないのが見て取れる。


「駄目だ、モンド。アストロ全然理解できてない」


「……まあ、あの博士と違うということを理解してくれたらいいわい」


「はあ」


「あ、良い説明思いついた。要するにモンドはエロ本を自作して、それ見て興奮しているだけと思ってくれれば」


「おう。ええ感じじゃ。わかったか?」


「……まあ。しかしどちらにしろ変態では?」


 アストロがゴミを見る目でモンドを見る。


「……さて、じゃあ研修に行くとするか」


 モンドは逃げることにした。


「わかった。じゃあ、またね、アストロ」


「はい。モンドも、ハロウのことよろしくお願いしますね。変なこと教えないように」


「おう。任せとけ」


 ハロウとモンドは研修に向かうことにした。







「研修ってなにやるの?」


 ハロウはモンドと移動している際に聞く。今は駐車場に移動している最中だ。


「うん? まあ、普通は儂の仕事見たりしながら、儂の解説を聞くとかじゃな」


「普通はってことは俺は違うの?」


「うむ。研修するのは騎士になるために必要なことを身につけるためじゃからな。騎士になる気のないお前さんには意味なかろう」


「じゃあ、なにやるの?」


「まあ、騎士の身分を使った稼ぎ方とかじゃな」


「……稼ぎ方?」


「まあ、迷惑なやつらを捕まえたりすればいいだけじゃ。今日はこいつで見回ろう」


 モンドが駐車場にあった屋根のついた三輪のバイクのようなものを叩く。


「なにこれ?」


「トゥクトゥクっていう乗り物じゃ」


「なんでこれに乗ってるの?」


「車はいざというとき脱出しにくいからの。これなら後ろに色々積めるし、乗り捨てやすいんじゃ」


「乗り捨てること前提なんだ」


「安心せい。経費で落ちる」


「そこじゃないんだよなー。ま、いいや。俺乗り物要らないし」


「なんじゃお前さんもアストロと一緒で乗らんのか?」


「ああ。走った方が早い」


 ハロウは変身せずともジェットコースター並みの速さで走れる。


「ええのう。足早くて。でも荷物とかないのか?」


 モンドはドワーフなので走るのは遅い。その分、力は強く、頑丈だが。


「俺にはこれがあるから」


 ハロウは自分の影から飲みかけのペットボトルを取り出す。


「おいおいおい! どうなっとんじゃ!?」


 モンドが興奮しながらハロウに詰め寄る。


「これは影収めの術。俺、忍術とか齧ってるんだ」


「めっちゃ便利じゃな。教えてくれんか?」


「ごめん。習った人から教えるのは止められてるんだ。でも今度教えてもらえるように頼んでみようか?」


「マジか!? 話わかるのう! 頼むわい!」


「わかった。それで今日はこれに乗って見回りするんだよね?」


「おう。乗れ乗れ」


 ハロウはトゥクトゥクの後部座席に乗り込む。


「乗った乗った」


「よっしゃ! 発進じゃ!」


「おー。……ウィリーとかできないの?」


 予想よりトゥクトゥクが遅く、暇だと思ったハロウはモンドに無茶を言う。


「転ぶわ! ボケ!」


 二人は見回りを開始した。



「あ!」


「お?」


 二人がトゥクトゥクで見回っている途中。交差点で信号待ちしていると反対車線で信号が赤なので止まろうとしている車があった。その車のスピードが落ちたところを狙い、歩道でうろちょろしていた中年女性が車に体当たりした。当然車は避けられるはずもなく、少し中年女性に当たってしまう。


「いたあああああい! 轢かれた! 轢かれたわあああ!」


 中年女性がわざとらしく騒ぎ立てる。そのあまりにの演技の下手さに周りの者が注目するほどだ。


「おお! 当たり屋だ! リアルで初めて見た!」


 頭のおかしい人物を直に目にしてテンションを上げるハロウ。彼にとっては珍獣を見た気分だった。


「なんで興奮しとんじゃ? まあ、ええ。こういうときこそ騎士の出番じゃ」


 モンドがトゥクトゥクに取り外し式のパトランプをつけて、点灯させる。そして拡声器を取り出し、叫びだす。


「おらあああ! そこの当たりの屋! 動くな! 逃げたら縄つけて引きずり回すぞ!」


「警察と全然違うな」


 モンドの言った内容に驚くハロウ。警察が犯人を縄にくくりつけて引きずり回せば問題になるが、騎士は基本的にならない。


 モンドの声を聞いた当たり屋は警告に従わずに逃げ出す。


「権力の強さが違うからの。その分、悪用すると死よりもつらい目に遭わされるぞ」


「どんな目?」


「それは当たり屋引きずり回してからじゃな」


「了解」


 モンドはまず当たり屋に体当たりされた車の近くに行き、運転手に話しかける。


「災難じゃったな。車は無事か?」


「はい! ありがとうございます」


「ええ。ええ。もう行っても大丈夫じゃ。あとはこっちでやっとくからの。もし車に傷が見つかったら王城に騎士のモンド宛に連絡してきてくれ」


「はい! 本当にありがとうございます!」


 運転手は嬉しそうにモンドに礼を言う。相手をするだけ馬鹿を見る当たり屋の相手をしなくて済むからだろう。


「よっしゃ、当たり屋追うぞ。……おったな。おらあああ! 止まれゴミクズ!」


 モンドはトゥクトゥクで逃げた当たり屋を追うが、当たり屋は路地裏に逃げ込みトゥクトゥクでは追えなくなってしまう。


「逃げられたけどどうすんの?」


「大丈夫じゃ。あのクソ女の魔素は覚えとるわい。いつもはそれを追っていくんじゃ。じゃが、今日はお前さんがおるからのう。頼むわい」


「ここに連れてくればいいの?」


「いや、儂はある場所に向かうから、捕まえたら儂のとこに連れてきてくれ」


「任せろ」


ハロウは頭を狼にせずに、そのまま当たり屋の中年女性を追う。女性の姿は見えていないが、ハロウは臭いで追えるし、魔素は感知できるので問題はない。


「くんくん……なんか臭いな」


 当たり屋は臭かった。ハロウは悪臭に追うのが嫌になるが、さすがにこのまま見逃すことはしたくないので、しぶしぶ追いかける。


そしてその高い身体能力を活かし、ほどなくして当たり屋の姿を捉える。


「そんな走れるのに、よく轢かれたとか騒げたな。おえっ。くそ元気じゃん」


 当たり屋の後ろを走りながら、ハロウが言う。悪臭で若干吐きそうになる。


「うっさいわね! こっちは命がけで金稼いでんのよ!」


「あ、そうなの? じゃあ、やりやすいな」


 ハロウは当たり屋の前に出て足払いをする。


「――っぎいええええああああああ!」


 ハロウの常軌を逸した力で蹴られた当たり屋の足は折れてしまう。その痛さで当たり屋はのたうち回りながら叫ぶ。


「安心しろ。峰打ちだ」


 ハロウはできる限りダンディーな声で言う。


「いいいいいいったあああ! お前のどこに刃があるんだ!」


「口にあるだろう? おえ」


「それは歯だ! 馬鹿が!」


 当たり屋が鬼の形相で怒鳴りつける。


「当たり屋に馬鹿って言われるとなんか腹立つな。おえっ。てか、騒ぐなよ。命がけなんだから失敗したら死ぬ覚悟できてるんだろう? 足が折れただけじゃないか。……てか臭いな! 香水かなんか?」


 当たり屋を確保したハロウだったが、鼻にダメージを受けた。ハロウがここまで顔をしかめるのは珍しいことだった。ハロウの鼻の能力は異常だが、それが裏目に出たことは今まであまりなかった。故郷の森で狩りをするときも、獣臭さなど感じていたが吐き気は覚えなかった。香水のにおいが苦手というわけでもない。前に夜の店が並ぶ道を歩いたが、そのときは香水のにおいを感じたが吐き気は覚えなかった。


「うう……。助けてええええ! 襲われるううう!!」


 普通なら諦めるが、当たり屋はまだ逃げることを諦めていなかった。周囲にハロウが悪漢だと言いふらし、なんとか逃げようとする。


「黙れや! お前に必要なのは助けじゃなくて鏡だ! あと消臭剤」


 ハロウは憤慨した。いくら周囲の目を気にしない方だと言っても限度がある。それにいくらアストロに一鼻惚れしたハロウとはいっても外見の好みはしっかりとある。目の前の当たり屋が守備範囲だと言われるのはハロウにとって酷い侮辱だった。あと吐き気を覚えるほど臭い女を襲うとは思われたくなかった。


「助けてええええ!!」


「足折られてんのに元気だな。……おえ」


 ハロウは吐きそうになりながら、影から縄を取り出して当たり屋の両手を縛る。


そのままモンドのところに連行する。当たり屋は連行されながらずっと『襲われる』など叫んでいた。


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