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上京狼  作者: 鳥片 吟人
18/34

忍者勧誘

 とある夜。


 魔獣の買取をしているとある職員が仕事が終わり、家に帰っている。


「う~ん。なかなか尻尾出さないな。もしかして本当になにもやってないのか? いや、やってるよな? やっててくれ。……やってろ」


それを遠くのアパートの屋上から監視する一人の男がいる。ハロウである。彼は職員が他人知られたくないことを暴き、さらすためにストーキングに精を出している。そうしようと思った原因は職員に小さな嘘をつかれたからだ。ハロウは非常に心が狭い。猫の額が大海原かと思えるほど広い。


「やっぱやってないのかなー。全然どこにも行かないしなー。……どう思う?」


 成果がでないことに落ち込んでいるハロウが周囲に誰もいないはずなのに尋ねる。するとすぐにハロウの後ろに人が現れる。


「すごいでござるなー! まさか拙者が気づかれるとは思ってなかったでござる。最近の窃視症の患者の進歩は目を見張るものがあるでござる」


 そこにはくノ一がいた。衣装はレモンイエロー色で忍ぶ気がまるでないのが伺える。


「人を勝手に覗き魔扱いするな。あと正式名称で言うな。わかりにくだろう?」


「え? でも覗いてるでござるよね?」


「これは覗いているんじゃない。弱みを握りたくて監視してるんだ」


 結局のところ覗いていることに変わりはない。


「拙者そういうプロの細かいこだわりわかんないでござる」


「プロじゃねえよ。あと細かくない。で、なんの用?」


「そうでござった。拙者は勧誘にきたのでござった」


「勧誘? なんの? 新聞なら要らんぞ」


 ハロウは新聞など読まない。森で狩りをして生活していたので、新聞など必要ではないのだ。


「アパートの上にジャンプするようなアクロバティックな新聞勧誘は聞いたことないでござる」


「そう言えば最近都会で強引な新聞勧誘が問題になっていると聞いたな」


「だから新聞勧誘じゃないでござる! この格好で想像つくでござろう!?」


 そう言いながらくノ一は自分の胸を叩く。傍から見れば巨乳に見える胸だが、その音で偽物だとハロウは見抜く。


「……イメクラ?」


 ハロウは都会に詳しくないので変な想像をすることがある。


「それはさすがに怒るでござるよ!?」


「じゃあやっぱくノ一?」


「正解と言えば正解でござるが、なんでくノ一に限定したんでござるか? 忍者とかでいいのでは?」


「あ、そっちか。思ったより広かったな」


「むしろくノ一なら困るでござろうに。……それともくノ一になりたい願望がおありで?」


「いや、全くない」


「じゃあ問題ないでござるね。それで、どうでござる?」


「忍者かー。うーん」


 ハロウは悩む。とくに興味はないが、断るほど嫌でもないのだ。


「まあ、いきなり勧誘されても困るでござるよね? なので説明させてほしいでござる。メリット盛りだくさんでござるよ?」


「ほう。聞かせてくれ」


 ハロウは目の前のレモンイエローくノ一が嘘を言っていないことがわかる。なので言っているメリットに興味が出てきた。


「では説明するでござる! まずこの業界は下忍、中忍、上忍と分かれているでござる。平、中間管理職、役員と思っていただければ」


「忍者なんて夢のあるワードを、会社みたいに例えるのやめてくれない?」


「でもわかりやすいでござるよね?」


「伝わりやすいけど心に響かないわ。勧誘としては悪手だと思う」


 わかりやすさは説明に必要だが、イメージを損なっては意味がない。


「おう! これまで全然勧誘が成功しなかった理由が明らかに! じゃあなんと言えば?」


「考えてもいいけどまず忍者の説明してくれ。理解してないと、いい案でないと思うぞ?」


「確かに。……えー、まず、さきほど下忍、中忍、上忍と言ったでござる。しかし拙者の勧誘は下忍への勧誘ではないでござる」


「え? 忍者への勧誘なんじゃ?」


「そうなんでござるが、忍者は資格なんでござる。忍者検定というものがあって、それの三級以上が忍者と言えるのでござる」


「じゃあ、下忍とかってなに?」


「ですからさきほどの例で説明したのでござる。拙者達のイガ・カンパニーは忍者検定三級以上の者を採用条件としていると思っていただければ」


「あー。伝わってきたわ。てかイガ・カンパニーっていうの?」


「あ、もちろんそれは例えでござるからね?」


「そうか。話を聞くに、俺に忍者検定を受けませんかという勧誘なの?」


「ござるござる。身のこなしや拙者を捕捉した気配察知能力など見れば簡単に受かること間違いなしでござる!」


「へー。どんなことするか教えてもらえるの?」


「もちろんでござる! 忍術や忍法など教えるでござるよ!」


 レモンイエローくノ一ははしゃぎながら言う。ハロウが乗り気なのがわかったのだろう。


「う~ん。技術教えてもらえるのはありがたいが、なんだってそんなことするんだ? 下忍の勧誘じゃないとしたら、そっちのメリットがわかんないんだけど?」


「確かに不審でござるよね。これは忍検の受験に推薦者が必要なことが原因でござる」


「まあ、忍者の技って便利そうだから無暗に広げるとまずいだろうからな」


 ストーカーに忍者の技など伝授したらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。


「そうでござる。そして忍者業界の中では、受験者は推薦者と同じ派閥として数えられるのでござる」


「ほうほう。じゃあ権力争いのためってことか? でも俺そういうのに協力する気はないぞ?」


「正解でござる。協力は結構でござる。実質はともかく、名目上だけ数があれば良いので」


「そんなもんなの?」


「さあ?」


 首をかしげながら、レモンイエローくノ一はいい加減に答える。


「さあって」


「拙者自体が権力争いしているわけではないので、なんとも」


「じゃあ、お前のメリットないの?」


「あるでござるよ。数を揃えたり、優秀な人材を確保すると拙者の得になるでござる。いい仕事回してもらえたり、忍者検定の情報教えてもらえたり、術法教えてもらえたり」


 ハロウは考える。目の前のくノ一が技術を教えてくれる理由はわかった。あとは自分が受けるかどうかだ。そこに甕男のことが頭をよぎる。あのときは苦戦をした。最終的に役に立ったのが、親を誤魔化すために編み出した技だった。そのときみたいに、なにが役に立つかわからないので、ハロウは忍者検定を受けることにした。


「成程。じゃあ忍者検定受けてみるわ。教えてくれる?」


「おう! その気になってもらえたでござるか! よかったでござる!」


「なあ、俺はやる気になったけど、勧誘は難しくないか?」


 ハロウは忍者の技に興味があったので受けたが、一般人が受けますと言うとは考えにくかった。


「そうでござるよね? お主で最初の勧誘成功者でござる」


「そうなのか。まあ、検定に受かったメリットとかよくわかんないしな」


「あ、それならちゃんとあるでござるよ? なんと、王城の執事、メイド採用試験に有利でござる!」


「忍者要素どこだよ!!」


「な、なに言ってるでござるか? 執事やメイドに忍者スキルは必須でござるよ!?」


「なにその狂った常識?」


「まあ、一般の方には常識ではないでござろうな」


「いや、てか王城で執事やメイドなんて見た記憶ないんだけど?」


「……ん? 今お主が王城に入ったことあるみたいなこと言ったように聞こえたりしちゃったりしたんでござるが?」


 くノ一は信じられないといった様子でハロウに訪ねる。


「なんで動揺してんだよ? あるよ」


「どんだけハイリスクな覗きしてるんでござるか!?」


 くノ一がハロウを揺さぶりながら責める。


「覗きじゃねえよ!! 正式に入ったわ!」


「……あ、見学ツアーでござるか?」


「違う。ちゃんとした用事で行った」


「またまたー。一般人が用事あるわけないではござらんか?」


「……いつから俺が一般人だと錯覚していた?」


「え!? だって覗き――」


「覗いてないって。そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はマカミ・ハロウ。従騎士をしている」


 そう言いながらハロウは懐から従騎士の証のワッペンを取り出す。それを見たレモンイエローくノ一が固まる。


「……ぴいいいやあああああ!!! なんで!? 従騎士!? なんで!?」


「なんでって騎士に任命されたから?」


「なんで従騎士ともあろう者が覗きなんて……はっ! まさか重大な犯罪者を追跡していたんでござるか!?」


 レモンイエローくノ一がキラキラした目でハロウに尋ねる。


「いや、実はな……」


 ハロウは事情を説明する。むかついたので弱み握ろうとしてました、と。


「ちっさ! え!? ちっさ! ケツの穴が小さいにもほどがあるでござろう! 注射器の針の方が大きいでござる!」


「小さいんじゃない。締まっているんだ」


「表現変えても、従騎士が私怨でストーキングしている現実は変わらないでござるよ!?」


 くノ一が憤る。騎士は社会的に信用がある。それがストーカーにしか思えない行為をしていたからだろう。


「逆だ。ストーキングは従騎士になる前からしていた。なので従騎士がストーキングしているのではなく、ストーカーが従騎士をしているのが正しい」


「正しさに救いが欠片も含まれていないでござる!」


「正しさに救いを求めるなよ」


「悲しいこと言ってるででござる! ……てかストーカーが騎士……」


 くノ一が納得のいってない顔でハロウを見る。


「そう言えば名前なんて言うの?」


「おっと失礼。クノウ・イチでござる」


「よろしく。ところで忍者検定っていつあるの?」


「約一月後でござる。応募締切は三日後でござる」


「ギリギリだな!」


「いやーマジで助かったでござる」


「それだけの期間で受かるか? 俺は忍術教えてもらえるだけでいいけど、受からないと問題なんじゃ?」


「大丈夫でござる。センスがあれば三級なんて余裕でござる」


 くノ一が忍者検定を舐めきったことを言う。


「俺にセンスあるかわかんないだろうに」


「大体頭おかしい人は忍者のセンスあるって先輩に聞いたでござる」


「じゃあ俺センスなさそうじゃん」


「ん?」


「ん?」


 お互い見つめあい、数秒が経過する。


「……あ、検定料は五万円でござる」


 くノ一が話題を変える。


「……ん? レッスン料込みで?」


「いえ、単純に受けるのに五万円でござる」


「高くない? そういうの受けたことないけど、そんな高いの?」


「いや、普通の検定は一万円以内でござるよ? けど忍検は潜入と戦闘でどうしても高い人件費が発生するようでして」


「今まで勧誘失敗したの値段が原因じゃない?」


「やっぱそう思うでござる?」


「うん。忍者になるって決めてるならいいかもしれないけど。そうじゃないと尻込みする値段だろうな」


「くっ! 無念!」


「まあ、俺は受けるから」


「マジでござるか? いいの?」


「うん。忍者の技に興味ある。……一応聞くけど三級受けるんだよね?」


「よっしゃでござる! 受けると言えば合っているでござる。しかし、一級までの試験は全部同じでござる。それの出来で一級とか三級とかに分かれるでござる」


「あ、そうなんだ。……ん? そう言えばおイチちゃんの級は?」


「おイチちゃんて呼ばないでほしいでござる。拙者は初段でござる」


「段?」


「級の上でござる。中忍になるには初段以上にならないといけないでござる。拙者はまだ下忍でござるけど」


「へー。じゃあ頑張れば一級取れるってことだよね?」


「そうでござるが難しいと……いや、少し才能見てから決めようでござる。これから暇でござるよね?」


「よくわかったな。……エスパー?」


「忍者!! ストーカーという仮定の下、演繹的に忙しいわけないという結論に達したのでござる」


「レモンイエロー色の忍者なんているわけないだろう? 機能的に」


「拙者は派手なバトルするタイプの忍者なんでござる! だから目立っていいんでござる! てか今は派手なのいっぱいいるでござる!」


「わかったわかった。それで、このスーパー暇人に今から忍術教えてくれるの?」


「まあ、そうでござるね。いいでござるか?」


「頼むわ。お礼におでん奢ろうか?」


「奢ってもらえるなら是非とも。しかし、なぜおでん?」


「ん? 確か伝説の忍者ハッタリさんはアツアツのおでんを裸で食べて凄まじい力を発揮するって聞いたけど?」


「そんな話聞いたことないでござる! よしんばそういう伝説があったとしても拙者がそんなことするわけないでござる!」


「ほう! 裸になると捕まることを知っているとは……なかなか情報に敏感のようだな。さすが忍者」


 ハロウは感心する。イチは自分と同じ失敗はしなのだろうな、と思った。


「裸になると捕まるのは情報ではなく、常識的な知識でござる」


「そんなことより忍術教えて」


「そうでござった。ではまず基本的なことから。さきほどからハロウ殿は忍術と言ってござるが、正確には忍術と忍法に分かれているでござる。これの二つの違いは魔術と魔法の違いと同じでござる。というか忍者秘伝の魔術と魔法を忍術と忍法と呼んでいるだけでござる」


 魔術と魔法の違いは人類にどれほど解明されているかの違いだ。難易度の違いこそあるが、理論的には学べば誰でも使えるようになるのが魔法。そうでないのが魔術だ。


「へー。……俺魔法ほとんど使ったことないけど大丈夫?」


 ハロウは今まで魔術で森で狩りをしていた。


「え? 嘘でござるよね? そんだけ魔素持っておいて? どんな宝の持ち腐れでござるか?」


「いや、本当だ。俺は魔術ばっか使ってるから……。まあ、魔法は学校で少しは習ったけど」


「……ま、まあそういうことなら? ちょっとこれから教える忍法使ってみるでござる。ここがこうなって……」


「ほうほう」


 ハロウはイチに忍法を教えてもらう。最初に教えてもらうものだけあって、そこまで難しくなく、ハロウでも発動自体はすぐにできるようになる。


 そしてイチが、そのお手本を見せてくれることになった。


「ではいくでござるよ? 忍法・壁走り」


 イチは屋上から飛び降りる。しかし地面に叩き付けられることなくアパートの壁に着地する。そのまま壁に立ち、ハロウに向かい指示する。


「さあ、やってみるでござる。大丈夫でござる。失敗しても地面に直撃する前に助けるので」


「もし失敗したらよろしく。とう! 忍法・壁走り!」


 ハロウは教えてもらった忍法を発動させる。発動自体は見事に成功した。


「――っ! え? お? ああああああ」


 しかしそこからは失敗した。ハロウはアパートの壁の歩きにくさを理解していなかったので、壁に着地したとき滑ってしまった。地面の方に向いて転倒する。そしてそのままゆっくりと落ちていく。


「まだ挽回できるでござるよ! 立って!」


 イチの応援でハロウは立ち上がろうとする。しかし腰を上げた瞬間ハロウの体が壁から離れ始める。


「え? ちょっ! ああああああ」


 そのまま半回転してハロウは足を下にして地面へと落ちていく。


「浮雲の術」


 しかし地面すれすれでイチがハロウを持ち忍術を発動させると落下の勢いがなくなる。そのままハロウは無事に地面に降りることができた。


「ありがとう。やっぱ最初から成功は難しいな」


「いや術の発動はほぼ完璧でござった。一番難しい発動点と発動方向は文句なしでござる。あとは力加減でござるが、これは場合によるので経験を積むしかないでござる」


「俺めっちゃ失敗してるけど?」


「忍法自体はできているでござる。さっきのは壁の滑りやすさに慣れていなかっただけでござる。あと立ち上がり方」


「壁はわかるけど、立ち上がり方?」


「説明したでござるよね? 壁走りは自分の下方向に力を発生させるものでござる。さっきみたいに腰を上げて立つからあんなことになったんでござる」


 腰を上げてしまったので、壁から離れる方向に力が働いてしまい、結果、落ちることになった。


「あ、そういうことか」


「もし壁で滑って歩くのが難しいなら滑りにくくなる忍法もあるでござるよ?」


「教えといて」


「いいでござるよ。忍法・父様の足。これで足のグリップ力が上昇するでござる」


「なんで名前そんなんなの?」


「忍法忍術は開発者が好きに命名できるので……」


「開発者の父さん足の裏ガッサガサだったのかな?」


「おそらく」


「悲しすぎるな。父さんめっちゃ嫌われてるじゃん」


「いや、結構好かれていると思うでござる。本当に嫌いなら名前につけないでござる」


「そういうもんなの?」


「そうでござる。全体としては好きだけど、ガッサガサの足の裏は嫌。そんな感じだったと思うでござる」


「複雑だな。まあ、他人の家庭の事情はいいや。そう言えば忍者検定ってなにするの?」


「筆記と戦闘と潜入でござる。筆記は簡単な暗号覚えとけば大丈夫でござる。戦闘は試験官と戦うだけ。潜入は障害物競走とお題探しに分かれているでござる。開始前にお題が配られて、それを障害物競走の終着点から探し出して取ってくるというものでござる」


「……それだけ? 忍者あんま関係なくない? 忍法とか直接見て審査しないの?」


「いやいや! 警備とか厳しいでござるし、忍術忍法使えないと厳しいでござる。あと潜入は敵に見つかると大変でござるからね?」


「あ~そうなんだ。……それって見つかったやつ消すと挽回できないの?」


「挽回はできるでござるが、完璧には無理でござる。見つからない方が高得点でござる。……てか試験官消しちゃ駄目でござる」


「あ、そうか」


 忍者検定はあくまで検定なので実際と全く同じというわけにはいかない。


「まあ、拙者に任せてくだされ。色々教えるので安心するでござる」


「頼むわ。特に持てる荷物の量を増やすのがあれば教えてほしいな。さっきの浮雲とか」


「それならもっといい忍術があるでござる。影収めの術というのが」


「お! それ教えてくれ。礼は弾むから」


「それは嬉しいでござるが、礼などせずともちゃんと教えるでござるよ?」


「いや、その術は俺にとって非常に有用そうだから礼は弾む。そっちの方がお互いやる気になるからな」


「ん? 拙者がやる気になるのはわかるでござるが、ハロウ殿もでござるか?」


「そりゃそうだろう。有用なのものを無料で教えてもらうのは気が引ける」


「得したなーとかにはならないので?」


「自分で払えない範囲ならそうなるかも知れんが、払える範囲ならそうはならんな」


「拙者としては得するのでいいでござるが……面倒な性格してるでござるね」


「なんかそれ、ちょいちょい言われるな」


「まあクズでないのでいいのでは?」


「さすが忍者、良いことを言う」


「忍者関係ないでござるけどね」


 こうしてハロウは空いた時間で忍術や忍法の練習をすることにした。



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