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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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博士

「これが都会の権力者の塒!」


「いえ、ここは仕事場で寝る場所ではありません」


 田舎から出てきた人狼の青年ハロウは、彼の思い人である水魔の女性アストロの案内で王城に来ていた。


「へー。ここで仕事してるのかー。なんかそこまで都会都会してないね」


 ハロウのイメージでは王城は光る壁やメタリックなドアなどが多数ある無機質なものだったが、現実は違った。頑丈そうなドアはあるものの決して無機質なものではなかった。むしろ逆に自然豊かだった。王城の外でも内でも壁には多くの植物が存在していた。ハロウはまだ見ていないが、屋上も緑豊かなで、城内では植物が多数人工栽培されているところもある。


「ところでさ、なんかさっきから見られるんだけど、俺どっか変?」


 ハロウとアストロはさきほどから通り過ぎる人々にちらちらと見られていた。


「変というか、従騎士の紋章をつけているのは目立ちますね」


 ハロウは王城に来てすぐに、事務所に向かい、そこでアストロから従騎士の証としてワッペンをもらっていた。今はそれを胸に着けている。


「へー。ん? 王城でも騎士や従騎士って珍しいの?」


「いいえ。そこまで珍しくありません。見ようと思えばほぼ確実に見れるくらいです」


 王城には基本的に一人は騎士が待機している。なので見ようと思えば誰でも見ることは可能だ。


「じゃあなんで俺見られてるの?」


 ハロウは見られている原因を探るため、自分を改めて確認する。学習能力のある彼はもちろん全裸ではない。


「あ、もしかして服装? カジュアル過ぎて浮いてる?」


「確かに少しはそれもあるかもしれません。ですが主な原因は違うと思います」


 確かに王城では多くがスーツなどを着ているので、ハロウの服は浮いている。しかし、注目を集めてるほどではない。


「まあ、そうだよね。なんか感情的には信じられないものを見たって感じだし」


 ハロウはにおいによって人の感情がわかる能力を持っている。


「ええ。……というか本当にわかりませんか?」


「う~ん。あ、アストロが有名人だからとか?」


 ハロウを見てくる人間達の目線は、ハロウだけでなくアストロにも注がれていた。


「惜しいですね。原因は……私と手を繋いでいることだと思います」


 アストロは自分の手を見ながら言う。その手はハロウに握られていた。


「……ん? それなら羨ましいとかの感情じゃないの? なんか驚かれてるだけだよ?」


「……私は今までデートの誘いを受けたことがないので。その私が手を繋いでいるのを見て驚いているのでしょう」


「成程」


 なぜ今ハロウとアストロが手を繋いでいるのかというとアストロから提案したからだ。せっかくのデートが台無しになってしまって落ち込んでいるハロウを見て、手をつなぐことを提案した。その原因がハロウの手汗対策の制汗剤を見たことによる同情だけなのかはわからない。


 そのまま二人はエレベーターに乗り、目的の場所に移動する。


「これから博士のとこ行くんだよね?」


「はい。たまに虚空に向かって話していますが、非常に使える魔法薬などを開発している凄腕です」


「……大丈夫なの?」


「安心してください。虚空に話している間は、話は通じませんが害はありませんので」


「だいぶヤバいな。アストロって許容範囲広いね」


「……ええ」


 匂いで惚れたと言ってくる変態とデートしているので当然である。


「あ、それと部屋の中の物、特に実験器具には絶対に触らないでくださいね? 洗い終わって現在使われていないものも、です」


「うん。初めから触る気はないけど……。洗い終わって現在使われていないものも? あ、壊すとまずいもんね」


 アストロの注意に頷くハロウ。


「いえ、そうではなくてですね……」


 アストロとハロウは博士がいる部屋の扉の前まで来た。


 アストロが前に立つと顔センサーで読み取られ、扉が開く。


 開かれた扉のさきには博士がいた。実験用のゴーグルに白衣を着ている。頭は天辺付近は禿げており、髪は長い三つ編みが二房後ろに伸びている。


「ん~! やったぞジェニファー! 成功だ! 僕たちの愛が実ったのだ!!」


博士は非常に嬉しそうに、怪しげな液体の入ったフラスコに頬ずりしながら独り言ちていた。


「博士は実験器具に女性の名前を付けて恋人のように扱っているからです」


「実験器具全部? 気の多いやつだな」


 部屋には実験器具が大量にあり、数は百を超えている。


「その感想は予想していませんでした。他になにか言いたいことありませんか?」


「ん~。さっきから頬ずりしているフラスコの丸い部分。そこを胸と捉えているのか? それとも尻と捉えているのか?」


「そこ大事なことですか?」


 ハロウの反応に絶句するアストロ。普通は引くと思うだろう。


「いい疑問だ! 答えてあげよう。……尻だ」


 さきほどからフラスコに頬ずりしていた博士がいきなり反応する。


「……良い趣味をしている」


 ハロウが笑顔で感想を言う。彼も尻派だった。


「……ついていけません」


 呆れかえった様子のアストロ。その目は若干蔑んでいるように見える。


「アストロ。違うんだ。こういうのはついていく、いかないじゃないんだ。感じるか、感じないかだ」


「そうともそうとも」


 ハロウがアストロを諭し、博士が同意する。


「意味がわかりません」


「いいかね? 僕達の今の会話を例えるよ? 『今飲んでいるコーヒーはどういうところが気に入ってるの? 香り? 味?』『香り』『いいね』。こういう感じだ。そしてアストロ君はコーヒーを実際に飲んだことがない人というわけだ。おわかりかね?」


 博士が理解の及んでいないアストロに例を出して説明する。


「わかりません。その例えですとコーヒー飲み方が特にわかりません」


 首を振るアストロ。


「なぜわからんのだ! 全く!」


「まあまあ博士。感性の問題だから」


 憤る博士をハロウがなだめる。


「……そうだね。一人でも理解できるものが現れてくれたのだから良しとするか。……ところで君は誰かね?」


「俺はマカミ・ハロウ。アストロに従騎士に任命されたんで顔見せに来た」


「おう、そうかい。僕はミシルシ・ソウ。ハロウ君には是非ソウと呼んでほしい」


「よろしく、ソウ博士」


「ああ、よろしく。お近づきのしるしにこれでもいるかい?」


 博士が戸棚から液体の入った瓶を持ってくる。


「なにこれ?」


「それを服に振りかけると強力な撥水性を付与できるのだ! しかも頑丈になるぞ!」


 博士が自慢げに言い放つ。


「て、天才!!」


 ハロウは博士の発明に驚愕した。彼の脳内には博士の薬の破廉恥千万なる使用法が湯水のように湧いていくる。これほどまでに有用な液体がぽんと出てくるなど思いもよらなかった。


「うむうむ」


 博士が自分作品を評価されて笑顔で頷く。


「それ、私も欲しいです!!」


 ここでアストロがやや必死な表情で博士に言う。


「あ、そう? じゃあ、あげるよ」


 博士はこともなげに、アストロにも瓶を差し出す。


「どうも、ありがとうございます!」


 アストロが弾むような嬉しげな声で礼を言う。


 ハロウはそれに違和感を覚えた。感情は確かに喜んでいることがわかる。しかし、それだけなのが気になった。ハロウの想定していた使い方では別の感情も混じるはずだからだ。


「あのー、それってどう使う気なのか聞いてもいい?」


 ハロウは勇気を出して聞くことにした。ハロウと同じことを考えていたらセクハラでビンタをされかねない質問だが、アストロの様子からその可能性は低いとハロウは判断した。


「ん? もちろん服に振りかけますが?」


「……それで?」


「それで? 普通におしゃれができるようになりますね」


「どういう意味?」


「もしかして、私が来ているこの服、これをファッションセンスのままに着ていると思ってます?」


 アストロが自分の着ている服――ハロウと会ったときの服――を指差しながらハロウに問う。


「違うの? すごい似合ってるよ?」


「それはどうも。ですが、いつもこの服を着ているのは変だとは思いませんか?」


「ごめん。俺、似合ってればなんでもいいと思う派だから」


「そうですか。私がこればかり着ているのは他に撥水性が優れた防具がないからです。私は能力で水を使うので、水を吸い込む服は、急に襲われたときなどのことを考えると着るのに抵抗があります」


「へー。そうだったんだ」


「はい。しかしこれがあれば、もっと色々服が着ることができます」


「色々な服……。見たい」


「まあ、これからも会うでしょうし、機会はあるのでは?」


「っしゃ! やったぜ」


 ハロウはアストロの色々な服を想像し、胸躍らせる。


「まあ、こんな感じでここでは普通では買えない魔法薬を作ってもらえます。なにかあれば頼んでみるといいでしょう」


「わかった。博士、惚れ薬って作れる?」


「ふーむ。惚れ薬は作ったことないな」


「惚れ薬は本来禁止されてますからね? あと、ハロウ、魔法薬は普通に感知できるので私に飲ませようとしても無駄ですからね?」


「……や、やだなー。俺がそんなことするわけないじゃん? もしあるならアストロが誰かに飲まされたら大変だから、気をつけないとなって思っただけだから。全然悪用とかしようと思ってないから。そっかー。普通に感知できるんだ。ならよかったわー。安心だわー」


「ハロウ君、君は嘘をつく能力がゴミだね。今度嘘が上手につけるようになる薬あげようか?」


「そんなのあんの? でもそれよりファッションセンスが身につくようなのない?」


「ないね。正確にはどんな能力を上げればいいのか、わからないから無理だ」


「そもそもいつも自分のは白衣で、恋人が全裸状態な博士にその頼みは不適切では?」


「「……正論」」


 アストロは言わなかったが、三つ編みを二房垂らした爺に一般的なファッションセンスを求めるのは間違っている。


「では今日のところは帰りますよ」


「はい」


「またね」


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