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上京狼  作者: 鳥片 吟人
16/34

因果応報




 映画が終わりハロウとアストロは映画館を出ようとしていた。しかしここで異変が起きる。


「あん?」


「――っ結界!?」


 異変に気がついた二人は急いで映画館を出る。映画館を出てすぐにこの異変を起こしたであろう人物が視界に映る。


「ぐうふふふふひっ! 待っていたぞアストロ!」


 待ち構えていたのは大きな甕を持った五十代に見える男だった。そしてその周りに宇宙服のような服を身にまとった者達が甕を持った男を守るように立っている。


 その男を見てハロウがアストロを庇うように一歩前に出て、その男を見ながらアストロに問う。


「……もしかして変な宗教に嵌まってたりしないよね?」


「嵌まってません。あの男はべつに甕を売りに訪ねてきたわけではないと思いますよ?」


 買えば幸せになると言って二束三文のガラクタを買わせる宗教の話は有名だった。


「よかった。甕とか水をえげつない値段で売ってるわけじゃないのか。……それであの男知ってる?」


「いえ、知りませんね。あと、私は水をえげつない値段で売ってはいます」


「なんちゅう商売してんの!? あ、もしかして本当に体にいい水?」


 アストロの突然の告白に驚くハロウ。


「ちなみに非課税です」


「絶対ヤバいことやってる!!」


 売っている先はこの国なのだが、そんなことは知らないハロウは誤解する。


 アストロに知らないと言われた甕男が反応する。顔を真っ赤にして怒り狂いながら叫ぶ。


「ほう! よくもそんな口がきけるものだ! 私は貴様が先日殺したゲオ・ヒキニの父親だ!! 知らないわけがないだろう!」


「だってさ、覚えがある? 人生で見てきた自己紹介で一番怒ってるな」


「捕まえはしましたけど、殺してはないですね。正確に言えば自己紹介にもなってませんね。名前言ってませんから」


「だってよ甕男! 勘違いだってさ!」


「人を浮き彫りを施した宝石みたいに呼ぶんじゃない! あと勘違いではない! そいつは殺してないが、実質殺したようなものだ! そいつのせいで、息子は莫慰奉(グレイブ)送りにされたんだぞ!」


「……なんか聞いたことあるな。脱出不可能の監獄だっけ?」


「そう言われていますね」


「おー。実在したんだ。息子なにしたの?」


「ひき逃げです。過失割合十対零で被害者死亡の」


「息子が悪いな」


 ハロウが実際に聞けば過失割合十対零でも零の方の肩を持つ場合はあるが、法律に詳しくないハロウは決めつける。今回の場合は細かく聞いても同じ結論だったので問題は起こらないだろう。


「だからといって殺されてたまるか!」


 甕男が自分勝手なことを叫ぶ。


「被害者に対して微塵も悪く思ってなさそうだな」


「当たり前だ! 大体そいつらが避けていれば息子は平穏無事に暮らせていたんだ!」


 甕男のあまりにも酷い主張にハロウは驚く。


「おい、アストロ。あいつとんでもないこと言いだしたよ? 電車でタバコ吸ってて注意されたら、その注意してきた相手をボコボコにしておいて正当防衛だったって主張するくらい無理あるぞ?」


「そうですね。まさかこんな父親だったとは……。父親の方は調べたとき人殺しているような感じではなかったので放置したのですが、間違いだったみたいですね」


「それで甕男はここでなにする気なの?」


「ぐふふふ。それはな――」


 甕男が甕の蓋を開けようとする。


 しかし会話の間に力を貯めていたアストロが手から高出力の水を発射する。その水は見事に甕に命中する。


「なっ!」


 しかし水が命中した甕は壊れることなく、そのまま水を開いた口から吸いこみ始める。


 それを見た甕男が笑いながら起きたことを説明する。


「はーはっはっはっは! 無駄だ! これは渇望の甕と言ってな。使えば辺りの水分を貪り乾かし続ける。しかも人がいればそいつらからも水分を奪うからな! すぐに脱水症状で死に至るぞ!!」


「ならば!」


 アストロはすぐに対策を練る。ハロウとアストロの全身に聖水と呼ばれる特別な水を出現させる。これでアストロが水を補給できる間は脱水症状になることはない。


「甘いな。それではジリ貧だぞ? まあ、それ以外になにもできないだろうがな!」


 甕男は人を小馬鹿にしたような顔で笑う。アストロはそれを無視して懐から銃を取り出し、甕男に向かって撃つ。銃弾は甕や甕男に当たるが、どちらも無傷だった。それを確認したアストロは甕男に向かって走りだす。


「ハロウ。君は一般人をここから遠ざけてください」


「――わかった」


 アストロに言われたのでハロウは近くにいた人間達を映画館の中に放り込んでいく。


 その間にアストロは甕男に近づいていくが、宇宙服のような服を着た者達が甕男の前に出て、アストロに向かってバズーカのような物を構えて発射する。


「!?」


 そのまま弾が飛んでくると予想していただろうアストロが驚きの声を上げる。なぜなら弾は投網のようなものでできていたからだ。そしてアストロの目の前で広がり、彼女は捕らわれそうになる。


しかし彼女は腰に差している刀を抜き放ち一閃する。すると網は一刀両断され、彼女は捕らわれることなく甕男に近づく。そして彼女は甕男の近くに行くと上段から甕に向かって振り下ろす。


「くっ!?」


 しかしそのまま甕をそのまま両断するであったアストロの刀はそのまま滑り、甕は傷一つつくことはなかった。


 さきほどの銃撃で傷つかなかったので予想していたのか、アストロは戸惑うことなく次の行動に移る。狙いを甕から甕男に変えて、振り下ろしていた刀の切っ先から甕男の足へとむけて水を放つ。しかし結果は甕男にすら傷一つつけられなかった。


 流石にそれは信じられないことだったのかアストロが驚愕の表情を浮かべる。そして一瞬の隙ができる。


そこに前もってそうなることがわかっていたかのように、周りの宇宙服のような服な者達が一斉にアストロに向けて網を発射する。網がアストロに全方向から飛ぶ。


「――くっ!!」


 アストロがこのままでは捕まってしまうだろう。しかしそうはならない。彼女は纏っていた全身の水を全方向に放出する。その水で網の勢いを殺せたが、彼女の肉体は無防備な状態で渇望の甕の前にさらされる。彼女はすぐに甕男から離れる。そして離れながら銃で甕男や甕を撃つが、やはり効果はなかった。


「うっ……」


 無事に甕男から離れたアストロだったが、魔素を急激に消費したことと渇望の甕の前に身をさらしたことで疲れを見せる。一瞬とはいえ辺りの水分を吸い尽くす渇望の甕の前に身をさらしたのは、水分の不足が人より命に関わりやすい水魔であるアストロにとって致命的な行いに近いものだった。


「ぎーっひっひっひ! 無駄だ! お前のことは徹底的に調べたからな。そしてそのお前を殺すために用意した呪具だ! 効くわけがない!」


 苦しむアストロに向かい甕男が笑いながら言い放つ。


 それを聞きながらアストロは新たに全身に聖水を纏う。さきほど急激に消費したが、魔素がさらに少なるが纏わなければ彼女の命に関わる。


「大丈夫? 呪具ってなに?」


 そこに周りの人を映画館に詰め終わったハロウがやって来てアストロに質問する。彼は鼻でアストロがまだ本格的な命の危機ではないことは察していたが、それでもやはり心配で聞いてしまう。


「ハロウ。助けてください」


「わかった! 任せて!」


 しかしそれにアストロは答える前にハロウに助けを求める。


 それに対して即答するハロウ。その様子は明らかに喜んでいた。アストロに頼られて嬉しい。その気持ちが溢れ出ていた。


「ではハロウ。君を従騎士に任命します」


「うん? うん」


 よくわからないまま頷くハロウ。


「呪具とは呪素と呼ばれるものがこもった呪われた道具のことです。その効果を発揮するのに代償や条件がありますが、呪具の効果は一般的な魔法具を大きく上回ります」


「え? 呪いって本当にあるの?」


 ハロウは今まで呪いなどはおとぎ話だと思っていた。


「はい。一般の方には伏せられていますし、教えてはいけません」


「俺に教えたのは?」


「従騎士に任命したでしょう? それなら教えても問題ありません」


「あ、そういう意味だったんだ」


「まだ意味はあります。甕男には私の攻撃手段、刀と水と銃が利きません。なので君に主に戦ってもらうことになります」


「そうなるだろうね」


 ハロウは頷きながら肯定する。


「そうすると戦闘の影響で街は壊れますね?」


「そりゃもちろん」


 銃弾などが効かない相手に周囲に被害を出さずに攻撃するのは至難の業だ。


「従騎士に任命していないと過失が認められて、あとで莫大な請求がいきますよ?」


「嘘でしょう!?」


 ハロウはもちろんアストロが本気で言っていることを理解しているが、それでもそう言いたくなるほど信じられない内容だった。それがあまりにも無慈悲な内容だったからだ。


「本当です。実際に請求がされて問題が起こったことがあります」


「改正しようよ」


「今はそんなこと言ってる場合ではありません。おそらく甕男は渇望の甕と動けなくなる代わりに傷つかなくなるような効果を持つ呪具を持っているはずです」


「なんでそんなことわかるの?」


「動けるなら一歩でも私に近づいた方が有効的です。しかし甕男はさきほどから一歩も動きませんし、周りの連中も網で私を動けなくさせようとしかません。おそらく渇望の甕で私を殺すため時間稼ぎに徹しているのでしょう。私は種族的に乾きに弱いですから」


「成程。でも渇望の甕のせいで動けないかも知れないよね?」


「それもおそらくありません。渇望の甕を発動させるために甕男は蓋を開けました。もし渇望の甕の発動の代償が動けなくなるのならば、渇望の甕は一度使ってしまったら自分でどうやっても止められないことになります。呪具の性質的にそれは考えにくいです」


「成程。じゃあ、取りあえず邪魔な取り巻きども排除しとく?」


「お願いします」


 アストロにお願いされた途端、ハロウが一瞬にして服を脱ぎ去る。そして狼に変身するのだが、いつもとは大きさが違った。いつもは人間大の狼だが、今回は巨大な狼に変身した。実に二階建ての一軒家ほどの大きさだ。


ハロウは敵に反応されるまでに一気に殲滅しようと魔素を込めた叫び声で攻撃する。都会に出て初めて全力の攻撃だ。ハロウはアストロを殺そうとする者に容赦する気はなかった。


「ガアアアアアアア!!」


――よくもデート台無しにしてくれたな! 死ねえええええええ!!


 デートの邪魔をする者にも容赦はしない。


「――!?」


「なっ!?」


 ハロウの攻撃の余波で体に纏っている水が大きく波打ったことに驚くアストロ。しかしすぐに平静を取り戻し、ハロウの攻撃のせいで彼の纏っていた水の一部が剥がれていたので修復する。


 魔素を込めた叫び声は一撃は取り巻き達を壊滅させた。彼らは叫び声をあげる間もなく死んだ。道路はえぐれ、結界は軋み、周囲のビルの窓は割れ、取り巻き達のほとんどはミンチ状になっている。しかし肝心の甕男は無事だった。甕男が立っていた地面は吹き飛んでしまっていたが、甕男自身はえぐれた地面にうつ伏せにに転がっているだけで無傷だった。


 敵の被害を確認したハロウは攻撃の被害が少なかった取り巻き――ミンチになっておらず原型をしっかりとどめている――を三人ほど攫って元いた場所へ戻る。そのときハロウの体に纏われていた水は、ハロウの動きについてくることができなかった。幸い短い時間だったのと、甕男から距離があったことと、ハロウが乾きに弱くない種族だったこともあってダメージはない。


「こいつら渇望の甕の近くでも被害受けてなそうだったよね? こいつらの装備でなんとか抵抗できない?」


 ハロウの提案にアストロは敵の装備を確認するが、すぐに首を振る。


「……すみません。魔素で登録されています。書き換えるには私では無理です」


「そっか」


 アストロの危機がまだ去っていないことに肩を落とすハロウ。


「じゃあ、一刻も早く甕男をどうにかしないとな」


 気を取り直して甕男を殺そうとするハロウをアストロが制止する。


「待ってください。呪具にうかつに触れないでください」


「……駄目なの? アストロが纏わせてくれたこの水があれば大丈夫じゃないの?」


「確かにそれがある間は大丈夫のはずです。しかし甕に近づくほど消費が激しくなりますし、なにより君の動きについていけていませんでした」


「あ、そう言えば。……ん? でも相手動けないんだからゆっくりでもいいんじゃ?」


「……それだと甕に水吸われるでしょう?」


 アストロが呆れ顔で言う。


「あっ!」


「やはり記憶力が……」


「違う! これは記憶力の問題じゃない! 頭の回転の問題だ!」


「それ、どっちがいいんでしょうね?」


「くくくっ! 無駄話をするとはずいぶん余裕があるじゃないか? こうしている間にもどんどん水分は少なくなっているだろうに。魔素で補充できなくれば、そのまま乾いて死ぬのに暢気なことだな」


 自分で動けず、うつ伏せに転がっている甕男が二人を煽る。


「うつ伏せに寝っ転がって動けない状態なのになんでそんな偉そうなんだ? ハイハイしてるの? 赤ちゃんプレイ中なの? すまんが敵の変態プレイに付き合ってやるほど俺達は優しくないでちゅよ?」


「少し付き合ってるではないですか……。余裕に決まっています。ハロウがさきほど攻撃したときに結界が軋みました。なので最悪、結界を壊してもらって逃げだせばいいだけですから」


 しかし二人に効果はなかった。


それどころかアストロに言われたことに甕男が焦りだす。


「ば、馬鹿な!? 映画館には一般人がいるんだぞ? しかも結界を壊せば呪具の影響が外にも及ぶぞ? 騎士ともあろうものがそんなことをするのか!? 無責任な!!」


 甕男が見事なブーメランを投げる。


「騎士は呪具に対処する義務はありますが、一般人を救う義務はありません」


「そんな……」


 ブーメランはアストロに当たらず甕男に帰ってきただけだった。


「え、そうなの? 騎士って一般人助けるイメージあるけど?」


「はい。正確には義務ではなく、努力義務です。自分が逃げるために一般人が逃げるのを妨害したりしなければ問題になりません。なので結界を壊せば逃走経路はできますので、なにも問題は起こりません」


「へー。じゃあ逃げる?」


 ハロウとしては逃げた方がアストロが安全だと思うので、そう言った。


「いえ。できればここで仕留めておきたいです。あの渇望の甕は私の天敵みたいなものですからね。逃げた結果、別の誰かに渇望の甕が渡ると厄介です」


「あ、そっか」


 アストロの安全を確保したいハロウはここで渇望の甕を破壊することを決意する。


「まあ、どっちにしろアストロを殺そうとした甕男は生かしておけないし」


 そう感情のこもってない声で独り言つ。


「今って結局なにが問題なの?」


 渇望の甕を破壊する方法を考えるためハロウが質問する。


「私の場合は、普通は呪具に対して聖水と呼ばれる特別な水で攻撃して呪具を破壊します。今私達が纏っているのも聖水ですね」


「ふむふむ。……普通に攻撃するのは駄目なんだよね?」


「ええ。普通は攻撃した方が呪われてしまうことがあるので無暗に攻撃すると相手がより強くなる危険や、直接命に関わる事態になる場合もあります」


「それで、今回の場合は肝心の聖水が渇望の甕に吸われて効果が発揮できないってこと?」


「はい。ならば呪具の使い手の甕男を狙えばよいのですが、今回は別の呪具で甕男が動けない代わりに傷つかなくなっているみたいでそれもできません」


 呪具に対処するとき、大体はアストロの聖水で相手を覆ってしまえば終わりだった。


「成程。……でもいくら傷つかないといっても限界はあるよね?」


「はい」


「ん~俺が全力で動けたらいけるのかな? さっき一瞬なら大丈夫だったし、やってみようか?」


「待ってください。ちょっとこっちへ来てください」


「アストロに呼ばれれば、例え火の中水の中!」


 喜んで駆けつけたハロウをアストロはじっと見る。そして左手を前に出し、掌を上に向ける。


「……お手」


「わん!」


 抵抗なくお手をするハロウ。彼にとってアストロに犬扱いされることは喜ばしいことだ。そしてお手をしてすぐに自身の右手からなにか力が流れ込んでくるのを理解した。


「これなに?」


「加護を与えました。これで水が操れるようになるので周囲の聖水を保ったまま攻撃できると思います」


 加護を与えた相手は自分の得意とする能力の劣化版を使えるようになる。そして加護は精霊系統の種族ならほぼ使える。


「おー! そんなことができるんだ。ありがとう。よし、これで甕男ボコってくる」


 ハロウは一直線に甕男に近づいて、頭を掴み立たせようとする。


「あれ?」


 しかしそれはできなかった。なにか塗っているわけでもないのに甕男の頭は滑るのだ。いや、滑ると言うのは正確ではない。滑るような頭なら掴むのも難しいはずであるが、ハロウは頭を掴むときにはなにも感じなかった。掴んだ頭を持ち上げようとすると滑ったようになってしまうのだ。


――面倒だな。


 その仕組みがわからないハロウは苛立つ。しかし今は渇望の甕の近くにいるので暢気に考えている暇はない。取りあえずこのまま甕男に攻撃することにした。


ハロウは背を向けている甕男に爪を強化しての全力の貫手をする。しかし貫手は甕男を貫くことはなかった。しかも地面になんの影響もなかった。


――おかしい。


 ハロウは自分の力は把握している。全力で攻撃して地面が壊れないはずないのだ。


――攻撃が吸収されてる?


疑念を確かめるべく、ハロウは貫通力に優れた貫手ではなく衝撃力に優れた正拳突きを放つ。しかし結果は貫手のときと同じで甕男は無傷だった。


次に一撃ではなく連続で拳を叩きこむ。しかしこれも甕男と地面には効果なく終わる。


今度は人狼形態ではなく力に優れる狼形態で試すが、これも同じ。


そして最後の手段で腕に牙で噛み付くがこれも無駄に終わる。


万策尽きたのと周りの聖水が少なくなってきたので、ハロウは一旦アストロのもとへ戻る。


「呪具の効果ヤバいな。文字通り歯が立たなかったぞ」


 自慢の牙まで通じなかったことで、耳を伏せてしょげながら帰ってきたハロウの頭をアストロが撫でる。


「よく頑張りましたね。しかし君の身体能力でもダメージを与えられないとなると、流石におかしいですね」


「お……おほー! なんというテクニック!」


 ハロウはアストロに撫でられながら天にも昇る心地でいた。耳はピンと張り、尻尾はバタバタ振られている。誰がどう見ても元気を完全に取り戻していた。


「でも少しわかったよ!」


「なにがですか?」


「あいつただ頑丈になってるんじゃなくて、力を吸収してるみたいだ!」


 ハロウは今までに確かめた成果をアストロに報告する。少しは褒めてもらえるかもと思い、そわそわしながら口を開けて期待の眼差しでアストロを見る。しかし実際は期待どおりにはいかなかった。


「えっと……それは最初に予想できてましたよ?」


「え!?」


 アストロの予想外の言葉に驚き、固まるハロウ。


「ただ頑丈になるだけなら最初の銃弾が当たった時点で後ろに転がっていると思いますよ? 銃弾の衝撃って結構強いですし」


「あ……」


 ハロウは自分の間抜けさを理解ししょんぼりと耳と尻尾が萎れる。


「ま、まあそれはそうかも知れないと思うくらいでした。しかし君の攻撃で地面に影響が出ないんですから確定していいでしょう。よくやりましたね」


 そうフォローを入れつつアストロはハロウの首を撫ででやる。そうすればすぐにハロウは元気を取り戻す。


「わっふ! ……しかし、こりゃ正攻法じゃ無理そうかな?」


 ハロウはアストロに撫でられながら考える。


「……そのようですね」


「……ん? 聖水って呪具に攻撃して破壊できるんだよね? なんで甕男は破壊できないの?」


「そうですね……まず魔法と魔法具と魔素の関係はわかりますね?」


「うん。電球の光と電球と電気の関係だよね?」


「はい。ここで呪いと呪具と呪素もそうです。呪素というエネルギーを呪具で使い、呪いという現象を起こします。そして、私の聖水は呪素と非常に反応しやすく、反応の結果、呪素を別の物に変えてしまいます。ここで、大事なのは呪素を無くすことで結果的に呪いを無くすということです。直接呪いを無くしているわけではありません」


「成程。今回の場合、甕男はどこかに呪具を持っているが、傷つかなくなるという現象に阻まれて呪素まで聖水が届かないから効果がないってことかな?」


「はい。おそらく」


「う~ん。……あ! 毒とか持ってない?」


「持ってませんね」


 普通、デートに毒は持ってこない。


「じゃあ、窒息させるとか?」


「水が渇望の甕に吸われるので無理です」


「そうじゃなくて、俺の声でここら辺の瓦礫をもっと細かく壊して、それで甕男生き埋めにしたら窒息させられると思わない?」


「……一考の余地ありですが、できればしたくありませんね」


「なんで?」


「死んだ人間に呪素が集まると呪人(じゅうど)というゾンビのような存在になります。これは非常に危険な存在なので発生させるようなことはしたくありません」


「危険ってどんくらい危険なの?」


「私達が麹菌だと呪人が納豆菌です」


「しっかり伝わってくるけど、もっと良い例えなかった?」


「すみません。エロ方面にはあまり明るくないもので」


「あれ? 俺、エロならなんでも伝わるって思われてる? とんだ誤解だよ。俺はめっちゃ普通」


「……リネンから牢での初対面のときのこと聞きましたが?」


「ノオオオオオオオオ!!」


 ハロウは激怒した。必ずかの邪知暴虐なるリネンの口を封じねばならないと決意した。


「そこは『くっ! 殺せ!』って言わないんですね?」


「そんなこと言うわけないだろう? 言うとしたらビンタしてください! とかだ」


「言われましたね」


「そう言えばしてもらってない気がする。ちょっと一張りしてもらっても?」


 ハロウは真顔で頼む。


「今ですか? べつにしてほしいのならいいですけど……。あとなんでテントみたいにビンタの数えてるんですか?」


「じゃあお願いします!」


「……狼の姿だとビンタしにくいので人間の顔にしてください」


 ハロウは言われた通り人間の大きさの人狼になり、顔だけ狼から人間に戻る。


「どうしてビンタをテントの様に張りと数えるのか? それはビンタされると俺の股間のテン――ドッ!」


 ハロウが下ネタを言う途中アストロのビンタが炸裂する。アストロのビンタを受けてハロウは痛みに悶える。それと同時に確信する!


「好きです!!」


 自分はアストロが好きであると!


「情緒の大切さを身をもって示してくれているようですね。ありがとうございます」


 しかしその気持ちはあまりアストロに伝わらなかったようだ。アストロは馬鹿を見る目でハロウを見ている。


「そんな怒んないでよ? つい口から飛び出ただけなんだ」


「どうしてビンタきっかけなんですか?」


 もっといいきっかけあったでしょうとばかりにアストロがジト目でハロウを見る。


「ビンタされて好きなことがはっきり感じられたんだ!」


「私の兄もそうでしたけど、ビンタされてなにが嬉しいんですか?」


「お義兄様も同好の士だったとは」


「お義兄様って呼ばないでください」


「まず言っておくけどビンタ自体が良いわけじゃないんだ。ビンタされたら普通は怒る。でも俺はアストロにビンタされても全く怒る気が起きない。なぜか? それは好きだからだ! ……そんな感じで俺がアストロのことが好きだということを実感できるんだ!!」


 ハロウは胸に手を当てて高らかに言い放つ。そこに疚しさは一切無かった。


「……そんな理由だったんですね。しかしさきほど自身のことを普通だとか言っていた人物の台詞とは思えませんね」


「普通の範囲内では?」


「……違うと思いますが、周囲の人間に聞いたことないのでそうとも言い切れませんね」


「ところでさっきビンタされて閃いたんだけどさ、呪具の発動や解除ってどうやるの?」


 ハロウの頭は大昔の家電のように叩かれて正常に稼働しだした。


「きっかけが酷いですね。……意思や動作、条件などで発動や解除をします」


「甕男の傷つかなくなる呪具はどうかな?」


「おそらく発動に動けなくなる……いえ、話していたり甕を開けたりしているので、移動できなくなるとかの条件があると思います」


 アストロの話を聞いてハロウがあることを思いつく。


「だよね? それってどう解除するの? 甕男が歩いたりすれば解除される?」


「されるはずです。しかし歩かせようにも傷ついたりしないので難しいと思います」


「そっか。……試したいことを思いついたから、見てて」


 そう言ってハロウは甕男に近づく。そして甕男に魔威圧をする。


「――っあああああああああああ!!」


 魔威圧を受けた甕男は反射的に動いてしまう。そのせいで一瞬呪具の効果がなくなる。その一瞬の隙をついてハロウは甕男の甕を持っている方の腕を引き裂こうとする。


「?」


しかしそうはならなかった。甕男が着ていたの服のせいか、甕男の腕は引き裂かれることなく折れただけだった。


甕男の腕は引き裂かれなかったが、問題ない。なぜなら甕男の腕が折れたので、腕から渇望の甕が離れたのだ。当然、その時点で渇望の甕に傷つかなくなる呪具の効果は発揮されなくなる。


「はあっ!」


 そこにアストロが聖水を纏った刀で一閃する。もはや普通に傷つく状態となった渇望の甕は抵抗できずに一刀両断される。


「……見事です。ハロウ。一体なにをしたんですか?」


「魔威圧だよ。警察署の署長にやったやつ。一人で勝手に跳ぶ様に投げられてたでしょう? 今回もそういうふうに強制的に動かしたんだ」


 それにより甕男が動いてしまったので呪具の効果が切れた。


「ああ。そう言えばしてましたね。……あとで教えてもらえますか?」


「もちろん! めっちゃ丁寧に教えるよ!!」


「ありがとうございます。……映画館の中を確認しますから手伝ってください」


「わかった」


 さきほどは騎士は一般人を助ける義務はないと言っていたアストロだが、助けられるなら助けたいのだろう。映画館の中にいる人の無事を確認し始める。


 幸い、映画館には豊富に水があったので死んだ者はいなかった。


「……さて、あとは甕男ですね。ハロウ、早速教えてください」


「任せて」


 アストロはハロウの魔威圧を習いながら、甕男を殺さないように切り刻もうとする。そしてすぐに甕男の腕が引き裂かれなかった原因を見つける。


「これは……かなり質の良い服を着ていますね。刀の刃が通りません」


「すごいな。俺、爪もかなり鋭い自信あったんだけど」


「まあ、なんとかなったのでよかったです。……ありがとうごございました。助かりました」


「いやー、役に立てて良かったよ。そう言えば、こいつどうなるの? 殺す?」


 ハロウは痛めつけられて気絶している甕男を指さしながら問う。


「ここで殺しはしません。もっとつらい目にあってもらいます。息子と同じ莫慰奉(グレイブ)に送ってあげましょう」


「おー。それはいいね。さぞ、本望だろう。……ところで、これから当然こいつを監獄に送らないといけないんだよね?」


「はい」


「そ、そっか」


 ハロウは肩を落とす。


「どうしたんですか? そんなに落ち込んで?」


「だってこれでデートが終わりかと思うと……」


「えー。それでそんなに落ち込んでたんですか?」


「そりゃそうだよ! まだ喫茶店行って映画の感想言い合うことしてない!」


「また今度行けばいいでしょう? 今日は諦めましょう?」


「え? それはまたデートしてくれると言う認識でいいの?」


 ハロウとしては甕男の乱入でデートが台無しになったので、アストロがまたデートしてくれるのか若干不安だった。


「はい。むしろデートがこんなことになった原因は私の方にあるので当然です」


「そっかー! じゃあ、急いでこいつ監獄にぶちこもう!」


「やる気になってくれてなによりです。……ところでこの結果はどの装置で維持しているんでしょう?」


「さあ? 俺そういうの詳しくないからわかんない」


 ハロウは一応なにか変なものが周囲にないか見渡すが、なにも発見できなかった。


「もう探すの面倒だから力ずくで壊していい?」


「ええ。お願いします」


 アストロに頼まれたので、ハロウは巨大狼となり腕の一振りで結界を破壊する。


「よっし。じゃあこいつ運ぼう」


「待ちなさい」


「なに?」


 アストロは狼姿のままのハロウを見て、注意する。


「……服を着なさい」


「おっとそう言えば都会では狼に変身したり全裸でいたりするのは禁止だったな」


 そう言ってハロウが服を拾うとポロッとなにかが落ちる。


「あ」


「ん? これは?」


 それをアストロが拾い上げる。彼女は拾ったものがなにかすぐに理解する。


「これは……手汗用の制汗剤?」


「あ、えっと」


「……そんなに私と手をつなぎたかったですね」


 目は口程に物を言うというが、今は口よりも目の方がはっきりと言っていた。物凄く必死に手を握ろうとしてたんですね、と。


「……いやああああああ! そんな目で俺を見ないでええええええ!!」


 こうしてハロウとアストロの初デートは終わった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

少しでも読者の方に面白いと思っていただければ嬉しく思います。

また、評価などいただければ幸いです。

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