下見
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――俺は! どうすればいいんだ!?
ハロウは苦悩していた。獏のオーナーに色々教えてもらったあと、善は急げと映画館へとやってきていた。幸い、本日最後の上映には間に合ったのだが、そこで上映されるものが彼に二の足を踏ませていた。アストロがどんなものが見たいというかはわからない。しかしこれはないのではないかと思った。
『薔薇の庭師A』。それが上映される映画のタイトルだ。広告にはなぜか前がほぼ全開のつなぎを着たマッチョとなよなよした青年が手を取り合って見つめ合う絵が描かれている。念のためあらすじも見るのだが、明らかに二人の恋模様に焦点をあてた作品だ。そして十五禁。ちなみに獏のオーナーはこの映画館のことをハロウに教えたが、彼は現在の上映のラインナップは把握していない。
確かにハロウはここに映画を下見に来た。しかしそれはアストロとのデートのためだ。そしてこれはデートで見るようなものではないのでは? と思う。第一欠片も興味をひかれない。獏のオーナー曰く、確かに相手の趣味に合わせることもしないといけないかもしれないが、自分が嫌なものは嫌だとはっきり言った方がいい。これはそのケースなのでは? と思ってやめようとする。しかしここでハロウは気づく。
――いや違う! オーナーの言葉は関係ない! 俺は映画館の映画を全て下見すると決めたんだ! 好きや嫌いだなんて関係ないんだ! いったらあああ!
ハロウは最近まで一人で行動してきた。命がけで行う狩りを自分一人だけで行っていた彼は、自分の決めたことは文字通り身命を賭してやってきた。そうやって生き抜いてきたので、彼は決めたことはやりとおすことに拘ってしまっていた。それが自分の首を絞めているとわかっていても、やろうとした。
ハロウは受付に行って映画の券を買う。
「『薔薇の庭師A』一枚ください」
券を買ったあとは、まだ上映まで時間があるので売店でなにか食べ物を買うことにした。
「ホットドッグとピーチジュースください」
買い物を済ませ、あとは上映時間まで待とうと思って椅子を探していると、映画館に入って来たばかりの男がハロウの方を見ると近寄って話しかけてきた。髪型は横や後ろは短く刈って残りは逆立てるようにしている。ごつい黒縁眼鏡をかけ、太めの唇が妙に光っているがっちりした体型の男だ。服装はパツパツのポロシャツにデニム生地のズボン。
「マラカスさんだよね? バッチー・ホッターです。こうして会うのは初めてだね。会えて嬉しいよ」
「……え? 人違いですけど?」
バッチー・ホッターと名乗った男はハロウをマラカスなる人物と間違えて話しかけてしまったようだ。
「え? でもバラニワーッの券を買ってるし、好きって言ってたホットドッグも買ってるし……本当に違うの?」
バラニワーッは薔薇の庭師Aの略だ。
ハロウは話しかけてきた男が本当に勘違いしていると鼻でわかったので、それを指摘することにした。
「いや、本当に違う。俺は映画ならなんでも見るつもりでここに来ただけだ。ホッターのことは知らない。偶然にホットドッグとか買っただけだ」
「えーっ! そんな偶然あるんだ。ごめんね。勘違いしちゃって」
本当に間違えてしまったのだと理解し謝るホッター。
「いや、いいよ。それよりホッターって誰かに恨みとかかってる?」
「え? どういうこと?」
ハロウはホッターが現れてからすぐに嫌な臭いを感じ取っていた。
「ヒャッハーッ! 本当にのこのこと現れやがったな! ホッター!」
ぞろぞろとガラの悪い男たちが現れてホッターとハロウを取り囲んだ。
「君達は……そういうことか」
ホッターは周りを取り囲んでいる集団がなにものかわかったのだろう。出てきた男達は彼が過去に捕まえて警察に引き渡した人物と同じ紋章を服に着けていた。
「どういうこと? あと俺巻き込まれてない? なんで俺も取り囲まれてるの?」
「おいおいおい! デートに彼氏連れか!? いいご身分だなー!」
出てきた男たちの内リーダー格の男はマラカスと手紙で名乗り、ホッターをこの映画館でデートしようとおびき出したのだ。一種のハニートラップである。
「とんでもない誤解されてる」
集団にホッターの彼氏と誤解されているハロウ。
「彼には手を出すな! 彼は関係ない。君達の狙いは僕だろう?」
ホッターはハロウを庇う。しかしそれをみたガラの悪い集団はハロウを狙い目だと判断する。
「関係ないなら、どうなろうがいいじゃねえか。ぐへへへへ」
「うわっ」
ハロウは下卑た視線で見られて気分が悪くなる。今まで生きてきた中でこのような視線を向けられたことがないのでなおさらだ。
――成程。獏のオーナーがエロを狙うなと言った意味がわかる。これは気持ち悪い!
「なぜこんなことを?」
「なに、うちの若い衆がお前のせいでお縄になったんでな。そのお礼よ。てめえを騙すのは簡単だったぜ。頭に聞いてるからな」
「……そうか。やはりバットバットはそこまで堕ちてしまっていたのか」
「なあ、全然ついていけてないから、ちょっと説明してくんない?」
「それはね……」
ホッターは説明する。バッチー・ホッターと話に出てきたバットバットは旧友だ。同じ性癖の持ち主として非常に仲が良かった。しかし二人は意見の相違から喧嘩別れをし、そのまま疎遠になっていた。しかしホッターは先日、男が襲われているところを助けた。そして犯人はバットバットを頭とする集団に属しているとあとで聞いた。ホッターは信じられなかったが今回のことで本当なのだと確信する。
「そんな事情があったのか。……そう言えば、なんで映画館の従業員助けにこないんだ?」
客がガラの悪い集団に囲まれているのだ。普通は助けを呼ぶなどするはずであるが、全くそんな気配はない。というより従業員がいつの間にか一人もいなくなっている。
「従業員は前もって言い含めてあるからなんの問題もないぜ」
「マジかよ」
――オーナー……なんて映画館を教えてくれたんだ? もっとマシなの教えてくれ。こんなところじゃデートなんてできないよ。
ハロウは従業員が客を騙すような映画館を使うつもりはなかった。そしてそんな映画館に遠慮するつもりはなかった。
「じゃあ、騒いでもいいな!」
「え? ――ガッ! ベッ」
今までは映画館に遠慮して手を出さなかったが、映画館もグルなら普通に暴力で解決しようとハロウは思った。そしてアストロと二人で映画を見るときのために技を練習しておくことにした。
ハロウがまだ未熟だったとき。彼は一つの壁にぶち当たっていた。それは射程距離。空高く飛ぶ鳥に対して彼は無力だった。しかし、そんなとき爆音で窓ガラスが割れることを知りそこから遠距離攻撃を編み出した。魔素を声に乗せ叫ぶことで遠くの敵にダメージを与えることに成功する。そして彼は訓練を重ね、指向性の声の出し方を会得した。それは標的にされたもの以外聞くことのできない死の音となって敵を襲う。
ハロウはその技を敵に使用するが、敵は苦しむだけに終わった。それは手加減したからだ。いつもは狼形態で相手を殺す気で撃っていた。しかし相手は爆散してしまうので、アストロのデートのとき使えるように相手を気絶させるだけの威力にしようと思った結果だった。ちなみに署長に使った魔威圧を使えば簡単に無力化できるのだが、彼は思いつかない。なぜならデートの邪魔をする相手に使う技と考えると、非殺傷用の技である魔威圧は候補に挙がらなかった。最初に思いつくのは殺傷用の技であり、殺すのはまずいから、それを非殺傷用に改造しようとハロウは考えた。
技を使った相手は気絶はしなかったが、苦しんでまともに動けなかったのでハロウは顎を殴り相手を無力化する。ちなみに両手が飲食物でふさがっていたのでジュースを床に置いてから殴っている。
「練習台にはちょうどいいな」
「え? 強い」
ホッターが混乱している間にハロウはガラの悪い集団を倒そうとする。まずさきほど倒した相手のせいで敵の包囲網に穴が空いたのでそこから出る。これで後ろに敵はいない状態になった。
「ぐっ! がはっ!」
「「ぶっ!」」
次に練習のため、近くにいた敵に魔素を込めた声を当てる。声を当てて苦しんでいる隙に足をもって他の敵に投げる。あとは似たようなことを繰り返していく。敵とハロウのスピードは埋めがたい差があるので武器を持っていない敵はされるがままだ。
「ぐはっ!」
「ぼえっ!」
「兄さん、頭が痛いよ」
一人手加減し過ぎて言葉を発する余裕があったものがいたが、おおむね抵抗させることなく倒せた。ちなみに最後の兄さんと言っていた人物に兄はいない。どのような関係の誰を兄さんと呼んだのかは彼のみぞ知る。
そうやって敵を蹂躙していくハロウを驚愕の表情で見つめるホッター。
「……すごいな」
「おらあああああ!」
そのホッターの大きな隙を近くの敵は見逃さずに殴りかかってきた。しかしホッターはしっかりと反応する。躱せば敵は無防備な背中をホッターにさらしている。なのでホッターは全力で攻撃する。まず脇を締めて上半身を沈ませながら右足で踏み込む。そして右手の人差し指をピンと立たせて魔素で強化する。そして力を開放する。地面を蹴る足の力で全身を上にあげる。さらにその力を腰、背中、腕と伝え人探しを敵のただ一点に向かって突き出す!
「穿肛!」
「アーッ!!!」
えげつないカンチョー。それがホッターの得意技だ。相手の尻は死ぬ。
そこから腕を一振りし、敵を放る。
「またばっちいものを掘ってしまった」
ホッターは決め台詞を吐く。
「さあ、残りの君達も……覚悟はいいね?」
「「「ぎゃあああああ!」」」
ホッターの穿肛が敵を襲う。ガラの悪い集団にまともに抵抗できたものはおらず、すぐに彼らは全滅した。
ハロウはホッターの奇行を信じられない気持ちで見ていた。彼の人生の中でここまで怖ろしく汚い戦いはなかった。
集団を全滅を確認するとハロウがホッターに話しかける。
「なんかよくわかんないけど災難だったな?」
「え? うん。こっちこそ巻き込んでしまってごめんね。でも助かったよ。ありがとう」
ホッターが笑顔で手を差し出してくる。
「いいよ。ホッターが悪いわけじゃないし……ただ握手は断る」
「おっと、そう言えば汚れていたね。失敬」
「……まあ無事でなにより」
ハロウは一段落したのでホットドッグを食べてみたが、マスタードが効いていて彼好みの味だった。同時にもうここを利用する気はないので残念に思う。そしてホットドッグを食べ終わえ、もう映画館に用事はなくなったので帰ろうとする。
「じゃ」
「え? ちょっ……どこ行くの?」
「どこ行くっていうか、帰るんだけど?」
「映画見ないの? せっかく券買ってるのに」
「ああ。ここの映画館は信用ならん。ここでは映画は見ない。第一こんな状況で上映しないだろう。……そう言えばこいつらのせいで券一枚分損してんだよな……」
ハロウは損するのも馬鹿らしいので、襲ってきた集団の財布をかっぱらう。そして中から札だけ抜いていく。その動作はなぜか非常に手馴れていた。
「ちっ……しけてやがんな。こんくらいでよしとするか……ズゾーッ」
ジュースを飲み干しごみ箱に捨てる。そして出口に向かって歩き出す。
「ちょっと! こいつら放置でいいの?」
ホッターは通報せずにここから去ろうとするハロウを呼び止める。
「そういやこいつら未遂とはいえ襲おうとしてたな……玉潰しとくか」
「通報しないの!?」
ハロウの予期せぬ行動に少し声を上げて指摘するホッター。
「えー。面倒くさい。警察に話すよりここで玉潰した方が手っ取り早いし確実だろう」
「処罰が過激だね。そうしたら逆に君が警察に怒られるよ?」
「過激じゃない。べつにいい。これで怒ってくるなら、そいつもこいつらと同じ扱いするから」
「君、警察になにする気!?」
「べつになにもしない。ただ性犯罪を幇助するやつに、幇助できなくしようとするだけだ。そいつがたまたま警察かも知れないが」
「えー」
ヤバい人を見る目でハロウのことを見るホッター。
「で、結局玉潰すのが不満なの? 通報したいの?」
「いや、そうじゃないんだ。その、彼らをお持ち帰りしてもいいかな?」
にこやかに告げるホッター。
「え!? いいけど? でもこれ以上性犯罪しようとしないようにしてくれよ?」
引き気味に許可を出すハロウ。彼とて好きで玉を潰そうとしているわけではない。再犯の可能性をなくすためにそうしようと思っただけだ。
「任せておいて。二度とそんなことしたいと思わないようにしておくよ。いけないことをする者には、いけないことをされた者がどんな気持ちになるか教えてあげればいいんだ」
ホッターはにこやかに筋肉を盛り上げながら答える。
「そうか。じゃあ任せるわ。じゃ、俺は帰るから」
「うん。じゃあ。今日はありがとう」
「おう」
ハロウは帰ることにした。