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上京狼  作者: 鳥片 吟人
12/34

お礼の情報




「ふぁ~あ。……なんか変な時間に目が覚めたな」


 ハロウは警察署から帰ってきていた。そしてそこから夕方まで爆睡していた。


「……そうだ。リネンにデートについて聞かないと……」


 ハロウはリネンに電話するが、留守電になってしまった。ハロウは要件を言い電話を切る。要件といっても不当逮捕の理由とデートのことについて聞いただけだが。


「いかん暇になった」


 故郷ではこんなことはなかった。暇ならば狩りにいけばいいので手持ち無沙汰になるのは初めての経験であった。


「腹も減ってるし、取りあえずコンビニ行くか……いやそれじゃあすぐに終わるよな」


 せっかくなのでハロウは食事処を探して散策することにした。教えてもらった食事処はあるが、暇なので取りあえずそこら辺をブラブラしながら探そうと思った。


 空は薄暗くなってきてるが、建物からの明かりがあるので全く暗さを感じない。ハロウは田舎ではありえない風景を気に入っていた。


 取りあえず人が多いところなら店もいっぱいあるだろうと思い騒がしい方へ進むことにする。


 進んで行くと今までに見たことがないほどキラキラとする明るい場所に出る。ハロウはまだ理解してないが、繁華街に足を踏み入れていた。そのままフラフラ歩いていると見知らぬ男から声をかけられる。狐目で軽い感じのする男だ。


「お兄さん! いい娘いるよ! もうバインバイン! 安いよ安いよ! いっぱいどう!?」


 客引きだ。うさんくさい話し方をしている。言いながら片手で看板を持ち、残った方の手を掌を上に向け左右にゆらゆら揺らしている。


「これはまさか……エッチなお店!?」


 非常に興味をそそられるハロウ。食虫花に吸い寄せられる虫の様に引かれてしまう。


「あれお兄さん初めて? うちはエッチなお店じゃないよ。ただ女の子と遊ぶだけの健全なお店! うちは場所や飲み物食べ物を提供してるだけ」


「なんだ……」


 興味を失い立ち去ろうとするハロウ。


「ただし! 女の子と恋愛関係になって、互換性の高いプレゼントするのは個人の自由。店、関わらない」


「……いややっぱやめとく」


――不誠実な気がする。


 ハロウはアストロという好きな人がいるので、こういった店に行くのはやめておいた。アストロがもしホストクラブなど行っていたら嫉妬するので、自分もそういった店にはいかないようにしようと思った。


「なんでなんで? さっきまでノリノリだったじゃん?」


 しかしさきほどまで乗り気だった客候補をそのまま逃す客引きはいない。


「いや、好きな人に嫌われるかもしれないし」


「おう。まさかここでそんな純情な理由聞くとは」


「そんなわけで断る。彼女持ちに、俺はなる!」


「そうなの? じゃあ振られたら是非来てね!」


「縁起でもないこと言うなや!」


 客引きをやりすごし、そのまま歩く。


――もしかしてこのまま行っても食事処とかないのかな?


 さきほどから美味そうな匂いは全くしない。化粧や酒などの臭いばかりだ。半分諦めながら歩いているとドラッグストアが見えた。


――そう言えば薬とか実家から持ってきてないな。


 ハロウは薬を買うためにドラッグストアに入る。店内を散策し、普段使っている薬などを籠に入れる。その他にはゼリーなど体調が悪いときにも食べやすいものも買う。そして商品を物色しているうちに気になるものを見つける。


「……誤字じゃないよな?」


 それはドリンクタイプの漢方薬だった。しかしその前に貼ってある紙に書いてある宣伝文句が誤字ではないかと疑いたくなるものだった。


 『効き目は十倍! 不味さは千倍! 気絶できなきゃ地獄見る!』、『普通に飲めた方は稀代の味音痴!』、『これこそが不味いと言う概念が具現化したもの!』、『クソ不味いオブザイヤー殿堂入り!』などほぼほぼ商品を貶しているものが書かれていた。


――どんだけ不味いんだよ!?


 ハロウはそれがどれほど不味いのか気になってしまった。おそらく飲まないであろうがもしかしたら飲むかもしれないと思い、買うことにする。


「え!? これ一本で二千円するの!? 高いな……これが都会価格」


 ハロウに都会の物価の高さの怖ろしさが刻み込まれる。実際は彼が選んだのがたまたま異常に高かっただけだが。それから、彼は商品を高いと言っているので、ドラッグストアの角刈りの店長ににらまれている。


 予想外の物があったことと、暇だったこともあわせて、ハロウはドラッグストアをじっくり見て回ることにした。そうして時間を潰していると新たに客が三人の男が入ってくる。


「しっかし今日はどうしたんすかね? ポリが夏場の台所の虫なみにぶんぶんぶんぶん飛び交ってますけど」


「たぶんなにか事件があったんだろう。でも、そのせいで客が遠のくにしても減り過ぎな気がするな」


「生ごみを早く捨てないから虫がわんさか湧くんだろう。早めに捨てると良い」


 入ってきた三人は皆胸元を開けお洒落なスーツを着ている。


 その三人を見たハロウは衝撃を受ける。


――あれは……まさかホスト!? 初めて見た。やっぱ都会にはいるのか


 ハロウの故郷ではいなかったので、ついまじまじと見てしまう。


――しかしなんで胸元開けているんだ?


女性なら胸をアピールするためかと思うが、男が胸をアピールする意味がわからない。もしや大胸筋のアピールかと思うが、ホスト達はそれほど筋肉はない。


 ハロウの中にお洒落で胸元を開けるという発想はない。


 しかしハロウがまじまじと見てしまったので、三人組の一人がそれに気づき、話しかけてくる。三人の中で一番小柄で軽い雰囲気の人物だ。


「なんか用すか?」


「いや、ホストっぽいなーって思って見てただけなんだけど」


「まあ、そうすけど? なに? もしかしてホストになりたいんすか?」


「いやいやいや! 初対面の人と話すの苦手なんで、そういうわけじゃない」


 ハロウは首を横に振りながら答える。


「あ、そうだったんすか……って、え!? 勇者がいる」


 小柄ホストはハロウの籠の中の高い漢方ドリンクを見て驚きの声を上げる。


「なに? どうしたん……本当だ」


 残り二人のホストもハロウの元へやってきて、漢方ドリンクを見て驚く。


 その反応にハロウは不安になる。


「これってそんなヤバい物なの? 本当にめちゃくちゃ不味いの?」


「やっぱ知らなかったんすか。それ不味いなんてもんじゃなくて、途中で気絶するレベルすよ」


 親切に小柄ホストが教えてくれる。


「本当なんだ。教えてくれてありがとう」


 そう言いながらハロウは漢方ドリンクを棚に戻……さずに、さらに追加で一本買う。


「なんで!?」


「いや、そんな不味いなら、知り合いのムカつく腐れナルシストに飲ませてやろうと思って」


 腐れナルシストことガカクのことである。アストロを口説くこうとしている時点でハロウにとって不倶戴天の敵であった。


「二人もいるんすか?」


「いや一本は自分用だけど?」


「話聞いてた!?」


「聞いてた」


「じゃあなんで飲むんすか?」


「自分が飲んだことないもの相手に勧めるなんて不誠実じゃないか」


「なんかめっちゃ律儀すね」


「あと……」


「あと?」


「自分で飲んでどれだけ不味いか知ってた方が、相手の苦しみをよりリアルに想像できるだろう?」


 ハロウはにちゃりと笑いながら言う。


「ヤベーやつがいたす!?」


「そんなことないって。十人中三人はこんなもんだって」


「それ莫慰奉(グレイブ)で統計とってないすか?」


「なにそれ?」


「知らないんすか?」


 莫慰奉(グレイブ)という凶悪な犯罪者だけを集めた脱出不可能の監獄があるらしいと小柄ホストが言う。


「そんな話があるんだ。生憎だが俺は牢に入ったことは……一回しかないな」


「え? もしかして脱獄囚? もしかして毒盛って捕まったんすか?」


「違うよ。正規の手順で出てきたよ。昼間に大通りでマッパになったら、あろうことか捕まったんだ! 警察の横暴でな!」


「あろうことかと横暴の意味知ってます?」


「ちょっと待って!」


 ハロウが小柄ホストと話していると、黙っていた正統派イケメンなホストがいきなりハロウに話しかける。


「なに?」


「さっきの話に聞き覚えのあることがあってね。それをどうしても確かめたかったんだ。なんでマッパで捕まったの?」


「俺、人狼っていう種族で狼に変身できるんだ。それで、目の前で子どもが誘拐されたから狼に変身して助けたんだ。そのときに変身のせいでマッパになってな。それで捕まったんだ」


 隠す必要がある裸でも隠さないハロウなので、隠す必要はないことは素直に答える。


「……確認ですがそれはいつ、どこの話ですか?」


「三日前の……場所はなんて言えばいいんだろう? ここからそう離れてないんだけど……」


「やっぱり! あなたでしたか!!」


 正統ホストが満面の笑みで説明しだす。ハロウが助けた子どもは正統ホストの店のオーナーの子どもである。そしてオーナーはお礼がしたかったが、警察に行っても教えてもらえず自分で探していたと言うのだ。


「あーそうなんだ。でもお礼と言われてもべつにほしいものなんて……」


 ない、と言おうとしたが、ハロウはホストの三人を見る。一つ教えてほしいことに思い当たった。


「な、なにか?」


「ホストなんだよな? てことは女性にモテモテ?」


「まあ、モテてはいますね。女性に夢のような楽しい時間を過ごしてもらうのが、私達の仕事なので」


「じゃあ、お礼に初心者におすすめのデートスポット教えてくれ」


「もちろんいいですけど……」


 正統ホストは拍子抜けした顔で答える。普通はもっと高価なものを要求するだろうから、要求が簡単すぎると思ったのだろう。


「よっしゃ! じゃあ会計してくるからちょっと待ってて!」


 ハロウは急いで紙とペンを探す。これから教えてもらうのをメモするためだ。そしてそれらを薬ごと会計を済ませ、ホストたちの元へ行く。


「お待たせ。さあ、教えてくれ」


「あの、オーナーもお礼が言いたいと思うので、よければ店に来てもらえませんか? オーナーの方が色々詳しいと思いますし」


 第一ここで正統ホストが教えてしまってはオーナーがお礼したことになるかどうか疑わしい。


「そう? じゃあ連れてってくれ」


「はい、こちらです。……じゃあ買い物よろしく」


 ホスト達はクール系のホストがこのまま買い物をして、残り二人がハロウを案内することにした。


 道中、小柄ホストがハロウに謝ってくる。


「あの、すんませんした。脱獄囚とか毒盛ったとか言っちゃって」


「いいよいいよ。本気で疑ってたわけじゃないことはわかってるし」


 狼に変身していなくても、ハロウにはそれくらいはわかる。


「しかしお兄さん格好いいすね。誘拐犯捕まえるとか、マジ尊敬するす」


「マッパになっても?」


「はいす!」


 ハロウにとっては向けられ慣れてない尊敬の念が恥ずかしかった。


「まあ、実際はマッパになる必要なかったんだけど」


 なので茶化すことにした。


「えー!? じゃあなんでなったんすか?」


「いや俺最近都会に出て来てさ、車のトップスピードっていまいちよくわかってないんだよね。だから一番早い狼形態になったんだけど、それは服が着れないから結果マッパになったんだ。でも今考えると人狼形態か人間形態で十分だったなって」


 ハロウは狼に変身したり、狼を人間の骨格に近づけた人狼に変身したりできる。狼形態は攻撃力、素早さともに高いが、動きが直線的になる。人狼形態は複雑な動きができる。よってハロウは場合により形態を使い分けている。


「え? じゃあ捕まり損じゃないすか」


「うん。でもまあ、俺を捕まえたやつは、今大変な状況になってるからあんま恨んでないけど」


 裏を返せばまだ少し恨んでいる。ハロウは恨みなどはなかなか忘れない。恩は……リネン以外受けていないので忘れやすいかは自身でも判断できない。


「い、一体どうなったんすか?」


「そいつがいる警察署の警官が半分くらいだったかな? いなくなった」


「なにが起きたんす!?」


 最初に聞いただけでは怪談かと思われる内容に驚く小柄ホスト。


「警察の異変について知ってるんですか!?」


 警察の話に正統ホストが食いつく。


「おおう。うん。知ってるけど?」


「教えてください」


「いいけど……他に人がいない場所についてからな。口止めされてないけど、そんなおおっぴらに話すことでもないし」


「はい。そうですね」


「あれ? マッパの話はいいんす?」


「あれは俺の話だからいいさ。でも他人の話はペラペラ話すのはあんま良くないだろう?」


「さっきも思ったすけど、律儀すね。てか、それなら話すこと自体しないんじゃっ!?」


 余計なことを言う小柄ホストが影ながら正統ホストにつねられる。


「口止めされてないから大丈夫」


「それはありがたいです。さあ、あと少しです」







「もしかして経営苦しいの?」


「そんなことはないはずですが、なぜそう思うんですか?」


「いやだって……」


 ハロウはスタッフ用の出入り口から店に入ったのだが、そこからはスタッフの待機する場所が見える。学校の掃除道具入れに使われそうなロッカー、パイプ椅子、叩いたら足が曲がりそうな長机など、そこの設備はあまりいいものではないのでそう思ったのだ。


「ああ。ここはキャストの待機する場所ですからね。理想で言えばここは使われない方がいい場所ですから最低限の設備なんです。それにここに長時間いるキャストはそんなにいませんからね。それなら内勤になってもらった方がいいですから」


「ごめん。わかんない単語があるんだけど。キャストと内勤ってなに?」


「失礼。キャストはホストやホステスのことです。内勤はお客様の接客をしなくて、お酒を運んだり色々裏方の仕事をする人達のことです」


「へー。色々用語とかあるんだ」


 ハロウは正統ホストに案内されて、スタッフが待機する場所とは違うお客様用の部屋に通された。ガラス張りのテーブル、落ち着いた色合いの革張りのソファーなど明らかに高級感があるものだらけだ。


「今、オーナーに連絡をつけますので、この部屋でお待ちください。なにかあればなんでもこいつに言ってください」


 そう言って正統ホストは部屋を出ていく。部屋にはハロウと小柄ホストが残された。


「飲み物なにがいいすか? 酒とかソフトドリンクとか色々ありますよ。あとチャ……ナッツとかのおつまみも」


「炭酸じゃないソフトドリンクがいいな。できれば変わってるやつ」


「んーじゃあ……あ! 酵素ジュースとかどうすか? 結構評判いいんすよ?」


「じゃあ、それよろしく。おつまみはいらないかな」


「了解すー」


 ハロウは飲みものを飲みながらオーナーを待つ。出された酵素ジュースは確かに美味しかった。今まで飲んだことのない味だが、梨に近い爽やかな味だった。


 ハロウが小柄ホストと話していると四十歳ほどの男がやって来た。


「初めまして。ホストクラブ獏のオーナーをしています。エツヤです。このたびは妻と息子が大変お世話になりました!」


 彼は元ホストである獏のオーナーだ。


 体を直角に近いほど曲げて頭を下げる獏のオーナー。その態度と声から本当にハロウに感謝しているのが見て取れる。


「あ、はい。無事でなによりです」


 そしてその勢いに若干引くハロウ。感謝されるのにはまだ慣れない。


「本当にありがとうございます! それでお礼のことなんですが、デートスポットの情報を提供をお望みと伺ったんですが、間違いありませんか?」


「うん。オーナーなら詳しいって聞いたんで……大丈夫だよね?」


「もちろん喜んで! しかしそれだけでよろしいんですか?」


「うん。田舎から出てきたばっかでここら辺のこと全然知らなくてさ。なら女性にモテる人に教えてもらおうと思って」


「そうですね。確かに色々知ってます。ですが教えるだけではあまりにも簡単すぎます。もしよろしければお相手の方のことなどを教えていただけますと、おすすめの場所やプランなど提供できます」


「え? そんなことしてくれるの?」


「はい。お任せください」


「じゃあ……」


 ハロウは落としたい相手、つまりアストロの情報を獏のオーナーに言う。


「……残念ながら騎士様がいらしたことはないですね。第一そのタイプの方はホストクラブにあまり来ませんね」


「じゃあ、もしかしてアドバイス無し?」


「いえいえ、ご安心を! できることはたくさんあります。しかし……」


 獏のオーナーが説明する。


 できることはあるが、獏のオーナーが口説いたことのないタイプの女性だ。なので当初思っていたほどのアドバイスは無理そうである。しかしそのタイプの女性を口説くのに一番難しい異性として興味を持たれるという最初の関門を突破しているのでいけるのでは? というのが獏のオーナーの考えだ。


「基本的に気をつけることを守っていけば光明はあります」


「マジで!? いけそう?」


「ええ。話を聞く限り、かなり好感触です。そしてこれからするアドバイスを守ればさらに一歩進むことでしょう」


 獏のオーナーが自信ありげに言う。


「おお! 是非教えてください!」


「いいでしょう。まず聞いた限り、その女性は男性と遊び慣れていない。なので最初のデートは短く、そして友達の延長線上にありそうな感じでいきましょう」


「はい! 先生! 俺は友達もできたばっかなのでそれもよくわかりません!」


 切ないことを堂々と言うハロウ。それに獏のオーナーは涙目で答える。


「くっ! 目からウォッカが。……いえ、問題ありません。確認ですが、お相手の女性は友達がいなかったことをご存知ですか?」


「うん。確か言った」


「ではハロウさんは一人でどのように過ごしていましたか?」


「森で狩りとかしてた」


「成程。他には?」


「……森林浴?」


「あの、無ければ無いで結構ですので」


「……無い」


「成程。……確認ですがトークに自信はおありですか?」


「……無い!」


 オーナーが酷な確認をする。


「そんな自信満々に言わなくても。……では、第一案しては、午後から映画館に行ってそのあと喫茶店などで映画の感想などを語り夜までには解散のプランが良いと思います」


「おお! 映画館! 俺では絶対に思いつかない! でもなんで?」


「説明しましょう。まず、初デートでは時間は短い方が好ましいです。飽きて退屈されるのが一番ダメです。そこで映画館です。これなら大抵が長くて二時間。そのあとの喫茶店を入れても三時間ほどで終わります」


「あの、もっと一緒にいたいんだけど」


 ハロウとしてはずっと一緒にいたいほどだ。


「そう相手に思わせるための短いデートです。そして映画を見たあとなので話題には困りません」


「……天才!?」


 ハロウは獏のオーナーの深謀遠慮に恐れ戦く。


「いえ、基礎です」


「馬鹿な。これが基礎? 奥義とかじゃなくて?」


「はい、非常に一般的です」


 獏のオーナーはハロウには高度なことは無理だと理解して基礎を教えようとしたのだろう。


「マジか。聞いといて良かった。じゃなきゃ絶対失敗してたわ」


「そしてどこでなにを見るかですが、お相手の方に確認して決めましょう。決して自分だけの考えで決めないように。あと誘うときも映画館でデートしたいが大丈夫かどうかをまず確認してからにしてください」


 獏のオーナーの言葉をハロウはしっかりとメモする。


「わかった。相談すればいいなら大丈夫。……ところで、その映画がハズレだったらそうすればいいの?」


「その場合は悲惨なことになります」


「ダメじゃん!!」


「そのために相談して決めるんです。そうすればあなただけの失敗ではありません。そして、その状態であなたを責める相手なら諦めた方がよろしいかと」


 一般的にそんな性格の人間とうまくいくとは思えない。


「せっかくのアドバイスだけど、近寄ると通報されるレベルまで嫌われない限り諦めようとは思わないかな」


「そんなレベルで惚れてるんですか?」


「正直……自分でも気持ち悪いなと思うレベルで」


 ハロウが照れながら言う。


「……事件とか起こさないでくださいよ?」


「…………」


「……返事をしてほしいのですが」


「事件を起こさないで済むようにアドバイスがほしい」


「こんなに心臓に負担のかかるアドバイスは初めてですね」


 獏のオーナーは自分のアドバイスの重要さを認識する。下手したら彼のアドバイスで犯罪者が生まれるかも知れない。


「ん? もしやデートのテクニックを教えてほしいということではなく、現在の意中の相手にさえ好きになってもらえればいいということですか?」


「え? うん。まあ、そうだな」


 ハロウにとって両者はほぼ同じことだった。


「……そんなに入れ込んでいるなら、使える手があります」


「教えてくれ! 悲惨なことになりたくない!」


 懇願するハロウに店主はテクニックを伝授する。


「映画を下見します。前もって一人で見ておくんです」


 しかしそれはテクニックなどと呼べるものではなかった。籤で当たる方法を当たるまで引くととか言うのと同じレベルだ。


「成程! そうしてクソだった映画は候補から外すのか! やはり天才!」


 しかしハロウは獏のオーナーの対策に舌を巻く。彼にとっては非常に名案だと思えた。


「いえ、ですがこの方法だとさきに見てしまっているので自分は冷めてしまい、アタリの映画だった場合相手とテンションが合わずに困る可能性もあります」


「大丈夫だ! 俺は相手と一緒にいるだけで天にも昇る心地なので、テンションなんていくらでも上げられる」


「……今非常に不安なことを思いつきました。あなたはデートをなにものかに邪魔されたらどうしますか?」


「例えばどんな邪魔?」


「映画を見ているときに煩くして鑑賞の邪魔になる人間がいたとしたら?」


 たまにそういう馬鹿がいるときがある。普通は我慢するか少し注意をするかだが、獏のオーナーはハロウの様子から、ふと不安に思ったのだろう。


「誰にも気づかれずに静かになってもらう」


 ハロウの答えは明らかにおかしかった。映画館でそのようなことは不可能のはずだ。しかしハロウは真面目に言っている。


「どうやって?」


「教えられない」


 ばれる前から犯行トリックを解説する犯人はいない。


「……そこでの対処法でお相手に与える印象が全然違いますよ?」


「詳しく」


「例えば注意しておとなしくさせる。これは嫌われることはまずありません。しかし、そういう馬鹿は大人しくならない場合もあります。そしてもめると、お相手にいい印象はなかなか与えられません。デートも台無しになりかねません」


「た、確かに。でも気づかれないように黙らせる自信があるんだけど」


「それ本当に大丈夫なんですか? その方法には慣れてます?」


「……はっ!? そう言えば不安な部分がある」


 ハロウが思っていた方法は人間相手には使ったことがない。人間は脆い。もしかしたら大惨事になる可能性もあった。


「そうでしょうとも」


「じゃあ本番までに練習しとく! いやーアドバイス貰って本当よかったわ。自分じゃ気づかなかった」


「……まあ、あなたなら喧嘩とかに大丈夫でしょうが、この場合お相手の方がどう思うかが問題なんですよ?」


「それは大丈夫だと思う。泥棒を縛って石の上に転がして痛めつけてても、なにも言われなかったから」


「そ、そうですか。ではこの件はここまでにしましょう。そして映画のあと、一緒に感想など話すときです。自分と意見が違っていても、相手の意見を否定しないように注意しましょう。あと無暗に相手の意見に合わせるのもやめましょう」


「……否定しないのはわかるけど、意見を合わせるのはダメなの?」


 ハロウは相手を肯定する方がモテるだろうと考えていた。


「はい。なんでもかんでも賛同すると、真面目に答えてないのではないかと疑われます」


「成程」


「あと話すときは相手のことをよく見ましょう。相手に興味がなさそうだったら、それをずっと話すのは悪手です」


「ふむふむ」


 ハロウには鼻があるので、興味云々は理解しやすい。


「そして最後に大事なことです。……エロはダメです!」


「え!?」


 衝撃の教えがハロウを襲う。


「聞けば、そのお相手は男慣れしていない。なのでエロいことはかなり遠くのことだと思っておいてください。露骨に狙うと間違いなく悪印象を与えます」


「そうなのか。……ふとももとかチラチラ見るのは?」


「頻繁に見ない方がいいですね」


「見ないコツを教えてください!!」


 ハロウはできる気がしなかった。


「できるだけ相手の目を見るように心がけましょう。ふとももなど見ないことに注意するのではなく、相手の目を見ることに注力しましょう。そうすれば目線をふとももなどに向けては、ばれてしまいますから見なくなると思いますよ。それに好きな人の顔ならみていたいでしょうから簡単にできます」


 ハロウは目から鱗が落ちる。彼はどうやって注意を反らそうか考えていたが、それは間違っていたのだ。逆だ。エロくなくて興味がある部分に注意すればいいのだ。


「……天才! そんなことを思いつくとは……モテるはずだ」


 獏のオーナーの言ったことなら自分にもできそうだとハロウは思った。


「まあ、こんなところですかね。……なにか聞きたいことはありますか?」


「……映画は嫌いって言われたらどうすれば?」


「そういうときのために、第二案です。それは水族館です。おすすめ理由としましては……」


「ほうほう……」


 ハロウはこのあとも色々教えてもらった。そして警察が走り回っている現状のことについて知りたがっていた獏のオーナーに警察署でなにがあったか教えた。

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