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上京狼  作者: 鳥片 吟人
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忠告と約束




 アストロはガカクが引き連れてきた部下に命じて、密会男を連行させる。それを見送ったあとハロウに話しかける。


「……よく見つけてくれました」


「あれ? 見つけない方がよかった?」


 ハロウはアストロが言葉では褒めてくれているが、心から喜んでいないことがわかり疑問に思う。


「いえ……そういうわけではありませんが……ちょっとこっちに」


「おっほ!」


 アストロはハロウと二人で話すために、ハロウの手を引いて連れて行く。


 ハロウはアストロに手を掴まれたことで舞い上がりそうなほど喜んでいた。


 使われていない部屋に入り、アストロは話しだす。


「まず最初に、怪しい人物を見つけてくれたことには本当に感謝してます。しかし、君のその方法は、なんというか……危険です」


「……? どこが危険なの?」


「……通常、嘘などは簡単にわかりません。これはいいですね?」


「うん。俺はにおいでわかるけど、においがないと嘘を見抜く自信なんてないし」


「そうです。しかし警察や騎士などは経験などから、嘘をついているかどうか判断します。それは捜査において欠かせない非常に重要な要素です。しかし君はにおいだけですぐにわかってしまう」


「そうそう。あのまま聞いてたらすぐになにやったかまでわかったのに」


「そうなのですが、君のやり方は……おそらく周囲に受け入れられません」


 ハロウのやっていることは能力で技術を役立たずにする行為だ。経験を積んだ警察官ほどハロウの存在は自分の努力を否定されるようで忌避するだろう。


「えー。俺、一応命がけでこの能力磨いてここまできたんだけど?」


 ハロウの能力は故郷の森で、命がけで狩りをしているうちに身についたものだ。決してなんの努力もせずに使えたわけではない。嘘ついているかどうかは森に入っていない子どものころから判別できていたが。


「そうなのですか? ですが、それは見ただけではわからないものなので……」


「あのさ、アストロはどうなの? 周囲云々は抜きにして、においだけでわかるのはどう思う?」


 ハロウにとっては周囲の反応など余り気にならない。アストロの反応が大事なのだ。


「私はべつに忌避などしません。役に立つのですから、いいと思います」


 しかし、さきほどの部屋にいた他の警官達の反応は明らかに受け入れられそうでなかった。


「じゃあ問題なくない?」


 ハロウとしてはアストロに嫌われさえしなければいいのだ。周囲の有象無象などどうでもよかった。


「……問題はあります。周囲に嫌われると面倒ですよ? 足を引っ張られたりしますよ?」


「故郷でもそうだったから平気」


「君、どんな生活送ってきたんですか? というか、それならせっかく首都に出てきて、嫌われてない状況になったんですだから、なおさら気にした方がいいのでは?」


「そりゃリネンとかに嫌われそうなら気をつけるけど、こっちがなにも害とかないのに嫌ってくるやつに気を遣う価値なくない?」


 ハロウとしては自分が木端に気を遣う必要性などないと確信していた。


「確かにそう思いますが、足を引っ張られるのは面倒ですよ? 故郷ではどうしてたんですか?」


「ボコボコにしたら次から大人しくなったけど?」


 ハロウは優しいのでボコボコにするだけで許していた。


「……まさかここでも同じようにする気ですか?」


 アストロが驚愕の表情で聞く。


「え? そうだけど?」


「ダメですよ!!」


「え!? 殺されそうになっても?」


「それはいいですけど。例が極端ですね。……う~ん」


 アストロは悩みだす。ハロウにどう説明すればいいのかわからないのだろう。


「あー、よくわかんないけど、警官の前で鼻を使って嘘とか見抜かなきゃいいの?」


「はい。そうなんですが……言いたいことが伝わってない気がします」


「えっと。要するに、周囲に足を引っ張られないように、ゴミみたいなやつでも一定の配慮をした方が結果的に俺に利になるよって言いたかったんじゃ?」


「……伝わってたんですか」


 アストロはハロウが自分の言いたいことを理解していたことに驚く。


「待ってください。伝っていたのにも関わらずあの反応だったんですか?」


「そりゃまあ、多少損したとしても正しいことがしたいからな」


 ハロウにとって自分の能力を使うのは正しいことだ。周囲の馬鹿のために遠慮することは多少損をしようとしたくなかった。というより、多少では済まない損をハロウにさせようとする存在がいるなら、それはハロウにとって排除すべき敵だ。遠慮云々ではない。


「……そう、ですか。……ん? そうなると、さきほど鼻を使って嘘を見抜かなければいいのかとか聞いてきましたよね? あれは鼻で見抜かないようにするつもりだったのでは?」


「そうだよ?」


「……? よくわかりません。正しいことがしたのでは?」


 アストロにはハロウが矛盾していることを言っているように聞こえるだろう。


「確かに自分の能力を、この場合鼻だけど、普通に使うのは正しいと思うよ? でも、それよりもアストロが助言してくれたことを聞く方が、より正しいんだ。だから聞くことにした」


「私の言葉に重きを置き過ぎでは? なんだか私の言うことなら、なんでも言うこと聞きそうで怖いですね。べつに私は正しく生きてると胸を張って言えるような人間ではありませんから」


「違うよ。アストロが正しいから従うんじゃない。アストロに従うのが俺の中で正しいんだ」


「……どういうことですか?」


 アストロはハロウの言っている意味が理解できずに困惑する。


「う~ん。正しいとか言うから混乱させちゃったのかな? たとえばさ、一生懸命に犯罪とかしてなくて生きてる貧しい子どもと、傲慢で周囲に当たり散らす金持ちのおっさんを比べると、子どもの方が助けてあげたくならない?」


「なりますね」


「でもさ、自分の利益になりそうなのはおっさんじゃん?」


「まあ、そうですね」


「だよね? それでさ、子どもを助ける理由って心の問題だと思うんだ。同情して、助けたら自分の心が安らぐ。金銭的な利益にはならないだろうけど」


「確かに満足感は子供の方が大きいでしょうね」


「だろうね。だから実際どちらを助けるかは、助ける人のそのときの考えによる。心の充実より金銭的な充実を欲するときはおっさん。逆なら子ども。ここまではいい?」


「はい」


「今回の俺の場合。馬鹿どもに気を遣うのはおっさん。気を遣わずに鼻で嘘を見抜くのは子どもに当たる。そして俺は心の充実を欲したので子どもの方を選んだ」


 ハロウは故郷で金を貯めていたので、今は金銭的な利より心の充実の方が大切だ。


「では嘘を見抜くのと私の助言に従うのでは、君にとって私の助言に従う方が心が充実するから、私の助言に従う……ということで合っていますか?」


「そうそう。アストロの助言が正しいかどうかじゃないんだ」


「う~ん。君は面倒くさい性格をしていますね」


「い、今のは少し傷ついたな」


 ハロウが耳を垂らしてしょんぼりするのを見て、アストロがかすかに笑う。


「それはすみません。では、その詫びと手伝ってくれたことの礼として君になにかしましょう。なにがいいですか?」


「え? な、な、なにがいいとは? つまり俺がしてほしいことを言えばしてくれるという解釈で合ってる?」


「合っていますが、無理なら無理と断りますからね?」


 笑っていたさきほどまでとと違い、アストロは警戒した顔になる。


「……くっ! 今、俺は! 人生の岐路に立っている!!」


「いやそんな大層な事ではないと思いますが……」


「わかってない! 俺にとってアストロがそれほどの存在かわかってない!」


 大声で主張するハロウ。


「まあ、まだ会って半日もたってないですからね。内面のことはそこまでわかっていませんね」


「あれ? そう言えばまだ全然たってないな。いや時間の問題じゃないんだ! 一鼻嗅いだときから世界が変わったんだ!」


 ハロウの心の叫びを聞いてアストロが困り顔になる。


「あの、私も一応婦女子なのであまりにおいがどうこう言ってほしくないのですけど」


「え!? そんな良い匂いなのに!?」


「良い悪い関係なしに、普通は他人のにおいのことはおおっぴらには言いませんよ?」


「マジかよ……! 都会ってそうなの?」


「はい」


「じゃ、じゃあ良い匂いのする人に声かけるとき、良い匂いがしますねとか言わないの?」


「それ最悪通報されますよ」


「嘘でしょう!? え? じゃあなんて声かけるの?」


「取りあえずは、におい以外のことで話しかけます。においのことを言うのはかなり親しい間柄でないとなかなか言いませんね」


「都会のコミュニケーションの難易度高いな」


「いや高くないと思います。故郷では良い匂いがしますねとか言うんですか?」


「うん。よくそう言って口説かれたって女子が言ってるのを遠くから盗み聞いてた」


「なぜ盗み聞きを?」


 普通に聞けばいいのでは? アストロはそう言いたそうだった。


「俺友達いなかったから」


 ハロウの告白を聞いてアストロが憐みの目を向ける。


「そうなのですか? 今まで話した感じだといないのは信じられませんね」


 普通は多い少ないあるにしても一人くらいいるはずである。しかもハロウは話が通じないほどの人物ではない。普通に他人に話しかけられるのに一人もいないのである。


「いや小さいころにはいたんだよ? それっぽいのが。でも喧嘩してさ。そのまま」


「そうだったんですか。……まあ、友達のことはわかりました。話を戻しますが、私が言いたかったのは、においの話は安易にしないように、ということです」


 そうアストロに言われたハロウは深く頷く。


「わかった。じゃあアストロの匂いについて話そう」


「話聞いてましたか!?」


「聞いてた。そしてだからこそ言わせてほしい。俺は真剣に匂いについて言っている。決して安易な話題じゃないんだ」


 今までで一番真剣な表情をするハロウ。


 それを見てアストロにハロウが本気が伝わる。しかし自分の匂いについて語られたくはないだろう。恥ずかしさからか、アストロの顔が少し赤くなる。


「き、君が本気なのはわかりました。しかし今は元々私になにをしてほしいかという話だったはずです」


「……色々してほしいことは思い浮かぶけど、変態だと思われるかもしれないのは避けたいので、吟味の時間くれ」


 ビンタしてほしいと言っている分際でハロウはまだ変態と思われたくなかった。


「いえ、その、もう変態だとは思っていますが」


 しかしそれは手遅れである。


「そんな! ……名探偵に真相を見破られた犯人はこんな気持ちなのか」


 ハロウが絶望の表情でうなだれる。アストロに自分が変態だと見抜かれてしまったからだ。


「君を変態だと見破るのに名探偵はいりませんけどね」


「……ん? でも変態だと思っても話してくれるってことは、変態でもいいということか?」


 しかしここでハロウが開き直る。ばれてしまったのなら、それを利用しようと。


「変態の内容にもよりますけど……」


「よし! 希望はつながった。変態と思われてるなら普通に思ったことお願いしてもいいの?」


「……まあ取りあえず言ってみてください。嫌なら断りますから」


「じゃあ首輪を買ってください!」


 ハロウは笑顔で自分の首を指さしながら言う。つい本心が出てしまった。


「なんか嫌です。重い感じがします」


「軽くて安いのでいいんで!」


「そういうことではありません。会ったばかりの者に、残るものを送るのは抵抗があるという話です」


「じゃあ、形に残らないものならいいの?」


「……たぶん」


 ハロウは考える。己の頭脳を極限まで駆使し、選択肢を絞る。


一、一日匂いを嗅がせてください!


二、デートしてください!


 三、ペロペロさせてください!


――正解はどれだ!?


 今までのアストロの会話から、おそらく一番はダメだ。恥ずかしがられる気がする。では二番? これは一見良さそうに見えるが、自分にはデートの経験などないので言うには勇気が要る。そう考えたハロウは最後の選択肢を検討する。


――いや三番はないわ! 絶対ダメって言われるヤツじゃん!


 ハロウは唯一承諾してくれるかもしれない二番にすることにした。


「デートしてください!」


「いいですよ」


 デートは予想の範疇であったのだろう。アストロはすぐに了承する。


「っしゃ! ……ところで行きたいところある?」


 ハロウはデートでどこに行けばいいのか全く思いつかなかったので、正直に聞くことにした。


「……デートとはどこへ行ってなにをすればいいのでしょうか?」


 アストロもデートにいったことなどないので知らない。アストロの兄はデートにいっていたはずだが当時はアストロは幼かったので覚えていない。


「……ごめん。俺もよく知らないんで、リネンに聞いたりして調べてみるから、細かいことは後日電話で相談ってことでいい?」


「そうしましょう。私も知り合いに聞いてみます。……ところで」


「なに?」


 アストロが真剣な表情になったのでハロウも真剣に聞き返す。


「癒しが欲しいのでもふもふさせてもらってもいいですか?」


 アストロは手をワキワキさせながら聞く。


「もちろん! さあ、どうぞ!」


――シャワー浴びてきておいて良かった。


 そう思いながらハロウは全身狼に変身する。


 すぐさまアストロがハロウを撫で始める。その手つきは熟練のものだった。


「ふむ……ふむ! 非常になめらかですね」


「お~うっふ。わふ。なんというテクニック」


 ハロウは今までに感じたことのない心地良さに震える。心許した相手に撫でられるのがこれほどまでに心地良いとは思わなかった。


「……あの、これって変身なんですよね?」


「え? うん」


「もう少し小さくなることってできますか?」


「……やったことないけど、できると思う。どんな感じがいいの?」


 ハロウは狩りのとき、巨大な獲物のときは巨大化して戦っていた。ならば逆の小型化もできると思いそう言った。


 ハロウが聞くと、アストロはなぜか顔を赤らめながら答える。


「できれば、その、柴犬みたいに可愛らしくお願いします」


「任せて」


 ハロウは集中して変身する。柴犬なら漫画で見たことあるので可能なはずだ。


「わっほおおおおおお!」


 掛け声とともにみるみるハロウの体が小さくなる。そして見事な柴犬になる。狼だったときと同じ灰色ではあるが、形は見事に柴犬だ。狼のときは精悍さがあったが、柴犬になった現在はかなり間抜けに見える。


「おお~!!」


 柴犬となったハロウを、アストロは目を輝かせて持ち上げる。そして次に瞬間抱きしめて撫で始める。


――おっぱ! おっぱ!


 当選胸がハロウに当たるが、アストロがきているレインコートような外套はその感触を伝えてこない。しかしハロウにとっては十分に幸せだった。今までで一番近寄れたからだ。尻尾がちぎれんばかりに振るわれる。


「ん~! かわいい~!」


――ん~! 良い匂い~!


 二人とも満足げな表情をしていた。


 少したって、二人は用が済んだので元の場所に戻ることにした。


 そしてハロウはリネンに言われていたこと思いだした。そして不当逮捕警官に不当逮捕した理由を確認させてもらった。理由はハロウの予想通り嫉妬だった。


 そしてこれ以降とくになにか起こるでもなく、事件の関係者は全員無事確保された。


 処分は署長などの上役は退職させられ、逮捕。送られたさきには自分たちが過去に逮捕した囚人と同じであった。その他の者は退職させられたのみであった。



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