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15 満たされましたから

 

「実は最近、疲れがたまっている気がして。なので、マッサージとか、してくれませんか?」


 すりすり、と俺の手で太ももを撫でながら、間宮は緩やかに聞いてくる。


 対して俺の頭にはさっき魅せられた白い下着が焼き付いていて、思考が纏まることなくかき乱されたまま。

 残されたなけなしの理性で現実を見つつ、悩んだ末に聞き返す。


「……『小さなお願い』は写真を撮ることじゃなかったのか」

「そうですよ? だからこれは、純粋な頼み事です。せっかく藍坂くんのお家で二人きりなのですから、ここでしか出来ないようなことがしたいです」

「だからってマッサージは……なあ。やり方も知らないし、何より俺が気まずい」

「私が求めているのは精神的な充足ですから、凝りを解そうとか、そういう難しいことは考えなくていいんです。藍坂くんが私に触れて、その繋がりを感じられれば、それでいいんです」


 ダメですか? と見上げる間宮の目には、やっぱり好意しかなくて。


「第一、マッサージですよ? いかがわしいことなんてありませんよね」

「それはそうかもしれないけど……」

「じゃあ決まりです。ああ、安心してください。終わったら私も藍坂くんにしてあげますから」


 違うそうじゃない。

 しかし、間宮の中では結論がついているのか、ベッドにうつ伏せになっている。


 マッサージしやすいようにロングスカートも太ももの半分くらいまで捲り上げ、既に待ちの体勢に入っていた。


「……わかったよ。下手だからって文句言うなよ」

「構いません。でも、丁寧にしてくださいね?」


 許可も下りたところで、初めに手を付けたのは肩から。

 痛くしないように力加減には気を付けつつ、手のひら全体を使って揉んでいく。


 ニットの生地越しでも華奢(きゃしゃ)な身体つきが手に取るようにわかって、改めて異性であることが実感させられる。

 思えば、あれだけ際どい写真は撮っていたけれど、当たり前ながら間宮の身体に触れる機会はあまりなかった。


 俺が女性不信で肉体接触を極力避けていたのと、それを除いても不用意に異性の身体に触れるのは良く思われないだろうし。


「……今更だけど、こんなことしていいのか?」

「いいも何も……私が頼んでいることじゃないですか。とても気持ちいいですよ」


 妙に色気の乗った声で答える間宮に何かを感じないでもなかったが、それを胸の奥に押し込めてマッサージを続ける。


 肩、肩甲骨、背中と満遍(まんべん)なく揉んでいれば、「はぁ……んっ、そこ、凄くいいです……」なんて艶のある声が聞こえて、その度に俺の手が止まってしまう。

 間宮はわざと集中をかき乱そうとしているのかと思ったが、どうにも心地よさそうに目を細めながら頬を緩ませているのを見れば、そうじゃないとすぐに分かった。


 まあ、それはそれで根本的な解決ができていないのだが。


「声抑えられない?」

「すみません……気持ちよくて、どうしても出てしまうんです」


 そういうことをしている訳ではないのに、間宮の言葉がそういう方向のものに聞こえてしまって、大きく頭を振って不埒な想像を掻き消した。

 俺がしているのはただのマッサージ。

 凝りを解しつつも主目的は触れ合うためというだけの、健全なじゃれあい。


 何一つ問題になるようなことはしていない。


 ……そう心の底から信じられたらどれだけよかったことか。


 マッサージをしているうちに間宮も身じろぎをしていて、よりスカートの裾が捲れあがっていた。

 結果、時折白いものが視界の端に映り込むようになって……本当に集中できない。


 どうせ間宮に注意したところで、こんなことをさせているのだから素直に直すとも思えず放置していた。

 俺が気にしなければいいだけなのはわかってるけど、できたら苦労していない。


 女性関係には免疫のない俺がマッサージをしているだけでも褒められて然るべきだ。

 それも相手が間宮だからギリギリ成り立っている節はあるけれど。


「……なら、できるだけ耐えてくれ」

「善処はします」


 前向きな返事があったことに安堵しつつ、呼吸を整えてからマッサージを再開した。

 細すぎる腰に両手を八の字に添え、満遍(まんべん)なく圧をかけていく。


 俺にマッサージの腕はない。

 間宮が求めているのは接触による精神的な充足。


 だからこれでいい。


 けど……その声だけはどうにかしてくれませんかね。


 間宮もなるべく我慢しているのは表情や雰囲気から伝わってくる。

 それでも漏れ出てくる喉を鳴らしたような声は(つや)やかで、まるで俺がいけないことをしているような感覚になってしまって今すぐにやめたかった。


 しかも、間宮の身体が揺れると白い下着に包まれているお尻まで動く。

 誘っているかのようなそれを意識的に視界から除外してはいるものの、一度認識してしまうと頭に残ってしまって非常にやりにくい。


「藍坂くん……上手いですね。もう少し下もお願いできませんか……?」

「……馬鹿言うな。わかってて言ってるだろ」

「どうでしょうか……ね」


 熱っぽい吐息を吐き出しつつ、緩んだ声のまま間宮は笑む。


 果たしてこれが優等生の姿なのだろうかと一瞬考えてしまうも、よくない結論に至りそうなのを察して中断。

 早く終わらせるためにも腰から脚へと移ろうとして……手が止まってしまう。


 不意に眩暈(めまい)と胸の奥から込み上げてくる気持ち悪さを自覚してしまったからだ。


 写真を撮っているときもこんなに間宮に触れることはなかった。

 だから、きっとここが今の限界なのだろう。


「……間宮、悪い。もう無理そうだ」

「大丈夫ですよ、気にしないでください。とても気持ちよかったですし、藍坂くんの優しさに満たされましたから」


 申し訳なさを感じつつも間宮に告げれば、返ってくるのは慰めるような優しい声。


「こんなお願いまで聞いていただいてありがとうございます。だから、これはもう終わりにして……普通に二人でお話でもしませんか?」

「そうしてくれ。今の間宮が相手だと調子が狂う」


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