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6 これが青春ですか


「……で、俺がいない間に何も吹き込まれてないよな」

「吹き込むなんて人聞きの悪い。私は家でのアキのことを話してただけよ?」

「そうですね。代わりに私は学校での藍坂くんのことをお話していました」


 箸を進めつつ、実に疑わしい気持ちで二人の話を聞く。


 アカ姉はともかく、間宮が一筋縄でいかない相手なのは身をもって知っている。

 何を聞かされているのかで俺が受ける被害が決定すると言っても過言ではない。


 俺の名誉と尊厳くらいは守っていると信じたいものの……日頃の行いを考えると安易に信用できないのも事実。


 酒好きぐうたら人間のアカ姉と、腹黒で裏のある間宮。

 こんなことで精神をすり減らしたくはないけれど、気を付けるに越したことはない。


「それにしても……やっぱり美味しいですね」


 間宮が口のものを飲み込んでから、外行の笑みを浮かべつつ言う。

 そういえば間宮に手料理を振舞ったのは今日で二度目だったか。

 一度目は忘れもしない、間宮が熱を出して面倒だから夕食を作ってくれと頼まれた……もとい、連行されたとき以来だ。


 人に美味しいと言われるのは素直に嬉しい。

 けれど、それを面と面を向かって伝えられるのは、慣れようのない気恥ずかしさのようなものがある。


 相手が間宮だから、とかは全く関係ないと思うけれど。


「あれ? ユウちゃんどこかでアキの料理食べたことあるの?」


 だが、そこに目敏く反応するのがアカ姉。

 ニヤリと口角を上げつつ追求の姿勢に入ったのを見て頬が引き攣る。


 間宮に横目を送れば、悪びれもなく小首を傾げて微笑まれた。


 絶対わかっててやったよこいつ。


「ええ。以前体調を崩してしまったときに、辛いからと頼んだら快く引き受けてもらいまして」

「へえ……そいえば帰りが遅い日があったもんね。その日かな? やるじゃん」

「頼まれたんだよ」


 こういうのは下手に弁明するより認めてしまった方が早いし楽だ。

 俺と間宮が疚しいことをしていたわけでもないし、探られて痛い腹はそこにはない。


 秘密のことは全力で守り通さないとならないけど。

 そこに関しては間宮も漏らそうとはしないはず。


 首が絞まるのはどちらも同じ。


「ほんとにできた弟よ? 料理洗濯掃除と、家事は一通りできるし」

「ずぼらな姉を見て育ったからな」

「後はこのひねくれた性格だけどうにかなればねえ。昔はもっと素直だったのに。お姉ちゃ~んって、ついて回ってた頃が懐かしいわぁ」

「いつの話だ」

「保育園の頃?」

「それだけ時間があれば性格くらい変わるっての」


 保育園児の精神状態でそのまま育った高校生とか普通に嫌だろ。

 あと、昔の話とかしなくていいんだよ。

 間宮が不用意に興味を持ったらどうしてくれるんだ。


「そうですね。こう言っては失礼かもしれませんが学校でも色々と丁寧ですし、細かいところにも気づいているように思えます」

「もうちょっと積極的に人と関われるようになれれば、ねえ」

「余計なお世話だ」

「こういうところも可愛い弟なんだけれどね」


 アカ姉はケラケラと笑いつつ生姜焼きを肴にビールを飲み進める。

 間宮がいて二人のときよりも話題が弾むからか飲むスピードが速い。


「お二人とも、とても仲がいいんですね」

「これが仲いい……?」

「なんだかんだ、こういうダメ人間な姉すら嫌えない優しさのある弟なの」

「ダメ人間なのを理解してるなら直す努力をしてくれ」

「無理だからダメ人間なんじゃない?」


 ……それは一理あるかもしれない。


 ただ、アカ姉が本当にダメ人間かと聞かれれば、別にそうとも言いきれない。


 これでもちゃんとした大学を出て看護師として働いているし、女性不信云々の関係で色々と相談に乗ってもらったこともある。

 今こうして間宮を夕食に誘ったのだって、そういう理由がある俺と一緒にいた相手の人格なんかを見極める目的もあったのだと思う。


 アカ姉の行動の三割くらいは俺のためにしていること。

 残りは単に自分の興味だろうけどさ。


 こうして雑談も楽しそうにできているとなれば、アカ姉の中で間宮は大丈夫と判を押されたのだろう。

 間宮の事情を知る俺としてもその評価自体は妥当だと思うものの、脅されたことがある手前、あまり認めたくはない。


「あたしとアキもだけど、二人とも仲いいよね。アキが友達だって言う時点で珍しいのに、それがこんなに可愛い女の子なんてどういう風の吹き回し?」

「気づいたらこうなってたんだよ」

「藍坂くんはこう言っていますが、いつも親切にしてくれるんですよ」

「うちの自慢の弟だからね。これからもユウちゃんみたいにいい子が仲良くしてくれたら嬉しいかな」

「こちらからお願いしたいくらいですよ。そうですよね、藍坂くん?」


 滑るように話を振らないで欲しい。

 間宮が浮かべている笑顔の裏に潜んでいるものを知っている俺としては気が気でないし、アカ姉が致命的な勘違いをしかねない。


 ……それに関しては既に遅そうだけど。


 完全に否定できない関係性ではあるし、俺も間宮のことを友達だと紹介した手前、ここは素直に頷いておく。

 裏アカの件がなければ間宮は付き合いやすく気を遣う必要もない相手。

 その一点が全てのプラス要素をマイナスまで引き戻していると言えなくもないけど、精神衛生上良くないので考えないことにする。


「でも、青春よねえ。クラスメイトの可愛い女の子と一緒に帰ってくるなんて」

「なるほど。これが青春ですか」

「実質的に制服デートみたいなものじゃない?」

「学校から帰ってきたら自然とそうなるだろ。あと、俺と間宮は友達。デートは恋人がするものだ」


 口を酸っぱくして友達なのだと強調すれば、アカ姉は呆れたように「はいはい」とぞんざいな返事をするのみ。

 間宮は間宮で「デートは恋人がするものですよね」と含み笑いのようなものを浮かべつつ答えるしで、非常に胃が痛くなる。


 なにせ、間宮が俺のことを恋愛感情として好きなのは知っている。

 それに対して俺は友達だと強固な姿勢で示し続けているのだから、間宮が内心で怒りを覚えていても仕方ない。


 どうしようもない、の方が正しいだろうか。


 俺は間宮のことを好きではなく一人の友達として認識している。

 加えて女性不信も治っていなくて、他の誰にも明かせぬ秘密を共有している相手。


 恋愛感情を抱く余地がないのだ。


「じゃあ二人が恋人になれば解決ね。色々」

「無理言うな。間宮からも言ってやってくれ」

「……藍坂くんがどうしても、と言うのなら考えないこともないですけど?」

「アキ、よかったわね。きっちり否定されないってことは脈ありよ」


 突発的に取られた二人の連携に返す言葉もなく、渋い顔をしたまま俺は生姜焼きへ逃げることにした。


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