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25 嘘つき


「……ああ、もう、どうしちゃったんだろ、私」


 家の玄関を潜って一人になった私は、顔を両手で覆いながら自分の選択を思い返して思考をそのまま呟いていた。


 ショッピングモールで見知らぬ男の人に囲まれて怖かったのは本当だ。

 直接手を出してくることはなかったけれど、そうなれば私程度の力では抵抗なんて意味はなく連れて行かれてしまう。


 でも、彼らが見ていたのは外面だけ(つくろ)った私で、本当の私なんて必要とされていない。

 見ず知らずの人から向けられた感情に揺さぶられて、寂しさを紛らわしたかったのも事実。


 そして――助けてくれたはずの藍坂くんもそうなんじゃないかと疑ってしまい、確かめるように帰り道は手を握って帰るように仕向けたのは私の弱さだ。


 だというのに。


「藍坂くんは仕方なさそうに結局最後まで手は繋いでくれて、ちょっぴり悔しい思いをしながらもそれに私は安心していて……もう、本当にわかんないよ」


 自分で自分の感情が理解できないほどに散らかっていた。


 元はと言えば偶然にも私の秘密を見てしまった藍坂くんを脅迫し、秘密を守らせているだけの関係のはず。

 藍坂くんを揶揄うのが面白いから事あるごとに絡んでいる、というのは否定しないけれど、だとしてもこんな思いを抱いてしまうのは絶対におかしい。


 だって、藍坂くんは私のことなんて好きでもなんでもなくて、秘密を守って学校生活を脅かされないために私の無茶ぶりに付き合っているだけだ。


 本当の私を否定しないのはリスクマネジメントの賜物で、私を認めている訳じゃない。

 出来ることなら今すぐにでも関係を断ち切りたいと思っているはずなのに、藍坂くんはそんな私にも手を伸ばしてくれた。


「恋愛感情なんて自分に都合のいい解釈での勘違いだから、きっとそうじゃない。友達としての延長線上で、藍坂くんは私を助けてくれただけ」


 そう、納得したくて。


 昔のことが、どうしても脳裏を過る。


 中学生の頃、友達だと思っていた相手から謂れのない中傷や否定を受けて、私は本当の私を表に出すことをやめた。

 誰にでも都合がよく、人当たりのいい優等生の仮面を被り、誰とも距離を置いて接するようになったのはそれからのこと。


 そうすれば私も周りの人も傷つかない――そんな考えが甘いと気づいてからは、もう仕方ないんだと諦めた。


 私の誰にでも平等に優しく接する態度に勘違いをした男子に何度も告白された。

 断ると不服そうに「あんなに優しくしてくれたじゃないか」なんて、自分に都合のいい解釈ばかりを私に押し付けた。


 普通にしていても、かっこいいなんて言われている同学年や先輩に好意を寄せられ、その人を好きな女子たちから目の敵のように今も思われている。

 女子の社会は窮屈(きゅうくつ)で油断がなく、息苦しさを覚えながら裏で策謀(さくぼう)を巡らせている生活にはもううんざりだ。


 私に誰かを射止めようとか、いい関係になりたいとかの考えがなくとも、周りに巻き込まれてはどうしようもない。

 波風立てず平和的に解決しようにも、私の立場が邪魔をする。


「藍坂くんにあの写真を削除して欲しいって打算があるのはわかるけど、それだけであんなことまで出来る?」


 当然のような顔をして絡んできていた男たちの間に入り、私から助けを望むように手を取ったとしても、そのまま連れ出してくれるとは思っていなかった。


 藍坂くんは大人しそう……というより、目立たないように立ちまわっている。

 それでいて今日のように大胆だったり、物怖じをしない言動を取ることにちぐはぐさを感じた。


 普通の男子……あえて普通と(くく)ったけれど、学校にいるほとんどの男子は優等生という仮面を被った私のことを少なからず意識する。

 だけど、藍坂くんに秘密を知られる前から、彼は私にそれほどの興味を抱いていなかったように思う。


 精々が「クラスで成績が良くて多少可愛い女の子」という程度――これは藍坂くんが私を客観的に見て可愛いと言っていたからで――かもしれない。

 まるで一般論のような評価だけど、藍坂くんは本当に私への興味が薄かった。


 だからなのかわからないけれど、本当の私を知っても塩対応と呼ぶには優しすぎる反応しかしてこない。

 言葉では嫌がっていても、本心から嫌がっていたことはなかったはず。


 喫茶店とアイスのときの二回だけ様子がおかしかったけれど、藍坂くんが言うには自分の問題らしいし――


「……それが居心地いいと思ってる私も中々におかしいんだけどさ」


 藍坂くんは本当の私を否定しない。

 私が藍坂くんを脅迫していて、写真があるという前提があっても、彼の目に幻滅や嫌悪の色はなかった。


 面倒なことに巻き込まれたという意識や言葉ばかりで、私の傍にいてくれる。


 秘密がある限り、藍坂くんは私を裏切れない。


 そう、わかっているのに。


「ごめんね。私、やっぱり信じられない。どこまでいっても、今も独りだから。信じることも、信じられることもわからないの」


 人の感情は常に揺れて変動し続ける不確定で目に見えないもの。


 数字で測れるわけもなく、目視でその大きさや真実を知れるわけでもない。


 だから数字と物で信じられる材料を作るしかない。

 私が放課後、藍坂くんにしたように。


「ほんと、めんどくさい女だよね。こんなのが優等生なんて……みんな知ったらどう思うんだろうなあ。まあ、軽蔑はされるかな。最低だって、嘘つきって」


 乾いた笑いが漏れ出て、きゅっと胸が痛くなった。


 でも、もし仮に。


 そうなったとき、藍坂くんはどう答えるのかと考えて。


「期待、してるの? 私が? そんなの、赦されない。誰も赦してくれない。私は……孤独じゃないと、誰かを傷つけてしまうのに」


 さっきまで繋がってた藍坂くんの温度が消えた手のひらは自分のものとは思えないほどに冷たくて。


 心の芯まで冷え切ってしまったような気がした。


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