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18 なんて、ね


「遅かったじゃない、アキ」

「アカ姉……どんだけ酒飲んでるのさ」

「仕方ないでしょ~? あたしの可愛い弟が「帰るの遅くなる」なんていうから、なにがあったのかと気が気でなくて酒しか喉を通らないのよ」


 家に帰った俺を出迎えたのは、すっかり泥酔した姉……アカハだった。

 しかも、その理由が俺だと言われても困るし、次なるビール缶を開けようとしていたので頭を抱えてしまう。


 いい加減弟離れしてくれないかな。

 面倒だからしてくれ。


「んで、飯もまだ食ってない、と」

「あたし、料理出来ないし」

「少しは作る努力をしてくれ」

「前に夜食を作ってみたら味がおかしすぎて笑っちゃったからダメ」

「どうせレシピ通りに作ってないだけだろ」


 アカ姉は答えず、ビール缶を傾ける。


 どうやら図星らしい。


 この様子では母さんも夕飯を作っていかなかったのだろう。

 元々俺が作ると思っていたのだろうけど、間宮のこともあって遅くなってしまったからな。


「今から作るけど何食いたい?」

「肉! あと酒に合うツマミもあればさらにいい!」

「注文が多いな。まあ、ちょっと待っててくれ」


 それだけ聞いて、俺は先に着替えてからキッチンへ。

 冷蔵庫には夕食用に買っておいた材料を一度眺め、調理に取り掛かる。


 だが――


「ねえねえ。今日どこ行ってたの?」


 キッチンにアルコールの臭いを漂わせるアカ姉が入ってくる。

 これは酔っ払い特有のダル絡み……本当にやめて欲しい。


「別にどこでもいいだろ」


 適当にあしらおうとしたが、アカ姉は俺の近くに顔を寄せて鼻をスンスンと鳴らして、


「この匂いは女でしょ。彼女?」


 全部をわかったような顔で聞いてきた。


 俺は頬を引き()らせる。

 着替えたのに匂いで判断とかどうなってるんだ。


「犬かよ」

「女ってところは否定しないんだ。へえ……」

「深読みをするな。俺が彼女なんてものを作れないのはわかってるくせに」

「もしかしたらもしかするじゃん」

「夕飯、作らなくてもいいんだぞ」

「どうかそれだけは――」


 夕飯を脅迫材料に上げれば、アカ姉は祈るように手を合わせて頭を下げた。

 現金な姉だな、と思いながらも、ちくりとした胸の痛みを意識的に遠ざける。


 俺が間宮と関わっているのは仕方ない理由があってのことで、今日のは単純に体調が悪化して倒れたりされたら事情を知っている身として寝覚めが悪いというだけ。

 決して、間宮に対してアカ姉が考えているような感情があっての行動ではない。


 そんなことを考えながら調理の手を進めて――作った数品の皿をアカ姉と二人で囲むのだった。



 ■



「……行っちゃったなあ」


 私は閉じた扉を見つめながら、気づけばそう言葉を漏らしていた。


 まだ胸には行き場のない寂しさのようなものがぐるぐると渦巻いているのがわかって、それがどうにも嫌になる。


 私と藍坂くんは秘密で繋がった不思議な縁。

 だから、ここまで頼んでも断られないのは意外だった。


「てっきり断られると思ってたのに。気がある、ってわけじゃないのにさ」


 リビングに戻りつつ、私は藍坂くんのことを考える。


 藍坂くんは私に対して敵対しない、というスタンスを取っているように思えた。

 その理由は写真だろう。

 私の手にアレがある以上、藍坂くんには常にリスクがある。


 公開する気がなくとも、そのカードは秘密を守らせる材料として機能する。


「だからって、こんなことされたら……そりゃあ私だって女の子だもん。少しくらい気になっちゃうし、気にして欲しいって思っちゃうよ?」


 どうして自分がこんなことで悩んでいるんだろう。


 熱を出して不安定になっているからかな。


 別にこれは恋じゃない。

 単純に、自分の承認欲求が抑えられていないだけ。


 私に興味なさげなのに、女の子の部分には初心な反応をしてくれる藍坂くんに、多少なり悶々(もんもん)としたものを抱えているのは認める。

 それに……今日のこれは不意打ち。


「一人じゃなかったの、久しぶりだし。ましてやそれが同級生の男の子なんて考えてもいなかったよ」


 二人きりの部屋にいても一切顔色を変えなかった藍坂くんを思い出して、少しだけ悔しさのようなものが芽生える。

 これでも私、結構ドキドキしてたのに。


 でも、それ以上に誰かと一緒にいられる嬉しさのようなものがあって、つい恋しく思ってしまったのは仕方ない。

 バレてはいないと思うけれど、藍坂くんが帰ってから胸にぽっかりと穴のようなものが空いているように感じてしまう。


「寂しがり屋の女の子は一人だと死んじゃうんだよ……なんて、ね」


 こういう日はお風呂で温まってぐっすり寝るに限る。

 明日からまた優等生として過ごすためにも、風邪は今日で治さないと。


 ……まあ、これからは頼ってもいい人がいるってわかったから、少しは気が楽かもしれない。


 偶然で得た関係で藍坂くんには悪いと思うけれど、役得もあるしイーブンだよね。


 今日なんて藍坂くんに押し倒されたし。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとドキドキしたのは私だけの秘密。


 それも保健室に来てくれた二人組のお陰でうやむやになったし、隠れるために抱き着いたので上書きされているはず。


「……抱き心地、本当によかったんだけどね」


 あのまま藍坂くんを枕にして寝られたらなあ、なんて考えてしまったのは、熱のせいにしておきたい。


 しておかないと、私が困る。


「あーやめやめ。私が誰かを好きになる、なんてことはあり得ないんだから。お風呂入って早めに寝よ。着替えの写真とか送ったらどんな反応返ってくるのかな」


 既読無視か「早く服着ろ」って感じの素っ気ない返事な気がする。

 それはそれで面白そうだけど、今日はそんな気分じゃない。


 少しだけ満たされている気がしたから、このまま眠って朝を迎えたい。


 でも、怖さはある。

 毒のようにじわじわと染みてくるその感覚に甘えてしまいそうで。


「……やっぱり弱いなあ、私」


 自嘲的な笑いが、静まった部屋に響いて消えた。


キリが悪くなってしまうので、年内の更新はここまでになります。

再開は1/4からになります。


ブクマや評価、感想も頂けると来年の作者がパワーアップしますので、どうぞよろしくお願いします!


それでは皆様よいお年を~!


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