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11 やっぱりお前おかしいよ

 

「私って客観的に見て結構可愛いよね?」

「……まあ、客観的に見たらそうだろうな」

「そんな美少女と一緒に放課後の一時を楽しんでいるのに笑顔の一つもないなんて、私としては藍坂くんのセンサーが死んでいるのかなーって心配になるんだけど」

「誰のせいなのか考えてくれ」


 俺は左手で眉間を揉みつつ、一口大にフォークで切り分けたガトーショコラを口に運んだ。

 しっとりとした舌触りと濃厚なチョコレートの風味が口いっぱいに広がって、少しだけ憂鬱とした気分が紛れる。


 それから酸味と苦みの効いたブラックコーヒーを飲んで、俺は軽く息をつく。


 俺は間宮と一緒に帰ることになり、その途中で喫茶店に半ば強引な形で入って休憩することとなった。

 当然、そんな状況で俺の心が休まるわけもなく……注文したガトーショコラとコーヒーの美味しさに逃げていたのだ。


 対面に座った間宮はレアチーズケーキとレモンティーを注文していて、それを上品かつ美味しそうに食べている。

 こうやっていると素直に可愛いと思えるものの、「客観的に可愛い」と答えた手前、口に出すのは(はばか)られた。


「どしたの? そんなもの欲しそうな目で見てもあげないよ?」

「別にもの欲しそうな目で見ては……いやまあくれるなら食べたいとは思うけど」

「ふーん……じゃあさ、一口交換する?」


 平気な顔で提案する間宮。


 まさか受け入れられるとは思っていなかっただけに驚きつつ、それならと俺はガトーショコラの皿を間宮の方に寄せようとすると、


「どうせなら食べさせあいっこでもしない?」

「は? 普通に自分で食べればいいだろ」

「つまんないじゃん。私は藍坂くんにあーんってして慌てふためく姿が見たいの」

「悪趣味が過ぎる」


 理由が思っていたよりも子供だった。

 優等生の皮はどうしたんだよ……頼むから俺の前でも猫被っていてくれ。


 そんなことを要求されるのなら別にいいか――


「あ、藍坂くんも私にあーんってしていいよ」

「もはや罰ゲームだろ」

「えー? 非モテ彼女なし絶賛灰色の青春を送っている藍坂くんにしてみれば金銀財宝にも勝る体験じゃない?」

「俺に対しての認知に酷い歪みがあるのはわかった。ガトーショコラはやるから好きにしてくれ……」


 俺はもう間宮にとやかく言うのが疲れて、話を投げるようにガトーショコラの皿を差し出した。

 三分の一ほどしか食べられなかったけど、また今度一人で食べに来たらいい。


 しかし、間宮はガトーショコラの皿に視線を送って、それから俺を不満げな気配を漂わせながら睨んだ。


「藍坂くん、そんなに私を太らせたいの?」

「そんな意図は全くなかったんだが。これくらいじゃあ太らないだろ」

「………………」


 疑問に対しての反応は無言の圧力。


 どうしようもない沈黙が落ちて、落ち着いた雰囲気の音楽が場を満たした。


「……わかった。間宮が食べたいくらい食べてくれ。残ったら俺食べるし」


 最終的に折れたのは俺だった。

 そんなにカロリーを気にするなら食べれるくらい食べてもらえばいい。


 しかし、間宮は呆れたようにため息をついて、


「それじゃあ二人で来てる意味ないでしょ。……はい、口空けて」


 自分のチーズケーキを一口分に切り分け、そのフォークを俺の方に差し出した。


 ……まさか、これを食べろと?


 正気を疑うような目で間宮を見れば、さらに口元の近くまでフォークが伸びてくる。

 濃厚なチーズの香りが漂ってきて、思わず意識が引き寄せられた。


 その変化を見透かしたように間宮が口角を緩め、


「――あーん」


 甘やかさを伴った声音で言って、柔らかに微笑んだ。


 今の間宮の表に出ている顔は優等生としてのもので、隠された真意は裏の顔。

 俺の反応を見て内心愉悦(ゆえつ)を浮かべているはず。


 だとしても……ここまでやられては食べない選択肢がなかった。


 それに、多分間宮は俺が食べるまで続けると思う。

 ごり押しに弱いことを見抜かれている……大体初手の出会いで優劣というか上下関係が定まってしまっている感はある。


 仕方ない。

 腹をくくり、精神を落ち着け、一呼吸おいてから――口を開いてチーズケーキを頂いた。


 濃厚なヨーグルトにも似た甘さと独特の酸味が混ざり合ったそれは、舌の熱でじんわりと融けていく。

 ゆっくりと味わい、咀嚼(そしゃく)して呑み込み、


「……美味しいな」

「そうでしょ? 私との間接キスなんだし」

「俺が気にしないようにしてたこと言うのやめない?」

「気にしてたのに食べたんだー。へー、そうなんだー」

「いかにも「私は何でもわかってますよ」みたいな棒読みやめろ。てか、俺にも間宮にもそんな気はないだろ」


 これはあくまで間宮が俺にチーズケーキを食べさせるためには自分のフォークでやるしかなかったってだけ。


 そこに恋愛感情的なものは一切含まれていない。


「まあね。私も気にしないし。……勘違いして欲しくないから言うけど、誰でもするわけじゃないから」

「絶望的な勘違いを生みそうなこと言ってる自覚あるか?」

「もしかして藍坂くんって私のこと好きなの?」

「これまでの言動を振り返って同じことが言えたら褒めてやる」

「うーん……、……もしかして藍坂くんって私のこと好きなの?」

「やっぱりお前おかしいよ」


 なんでそんな結論になるんだよ頭ハッピーセットか??


「それよりさ。私にもちょうだい?」


 間宮は耳に髪をかけ、可愛さを損なわない絶妙な大きさまで口を開き、キスでも待つかのように両目を瞑った。


 俺も間宮に食べさせないとダメなの?


 ……このまま帰ってやろうかな。

 無理だよなあ……席を立った瞬間に何されるかわかったものじゃない。


 渋々、ガトーショコラを乗せたフォークを間宮の口元まで持っていく。

 するとぱくりとフォークが呑み込まれ、ゆっくり引き抜くとガトーショコラは綺麗になくなっていた。


 間宮はもぐもぐと咀嚼し、呑み込んで、目元を弓なりに曲げて微笑み、


「甘くて、少し苦くて美味しいね」


 自然な調子で言った。


 視線が釘付けになって、針に刺されたように胸がちくりと痛む。

 間宮の誰にでも好意を抱かせるような笑顔が昔の記憶を思い出させたからだと理由に当たりをつけて、それをコーヒーの苦みで押し流す。


 だというのに、


「……ごめん、そんなに嫌だった?」


 間宮は心底からの心配をつぶらな瞳に宿して、申し訳なさそうにまなじりを下げながら聞いてくる。


 悟られるほど顔に出ていたのか?

 ……ああ、本当に嫌だ。


「別に」


 素っ気なく短い返事をすれば、間宮は何も言わなかった。

 珍しく距離感を測りかねているような雰囲気に、俺も少し悪いことをしたかなと思ってしまう。


 でも、これは易々と話したい話題じゃない。

 間宮が裏垢女子なんてことをしている理由と同じ、俺の秘密。


 きっとそれを察したから間宮は何も言わないのだろう。


「……ほら、さっさと食べて帰ろう。暗くなると危ないし」

「そう、だね」


 ぎこちない調子ながら頷いた間宮と残りのケーキを食べてしまう。

 その間の会話はなく、店のBGMが聞こえるだけだった。


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