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知らないうちに世界の命運を握っていた話。もしくは、「魔物を育てる会」誕生秘話。

作者: あさな

「厄災が生まれたようです」


 王宮の地下にある儀式の間で、七名の魔術師による神託の儀が執り行われていた。

 

「ああ、生まれてしまったか」


 国王は嘆きの声を上げた。

 厄災――それは数百年に一度、必ず生まれる魔王となる力を宿した魔物のことだ。

 生まれたばかりの厄災は無垢であり、いかに育つかでその後の姿を変え、最悪の成長を遂げたとき魔王になる。逆を言えば善人に見つけられ育てられたら脅威とはならない。誰が見つけるのかに世界の命運がかかっている。故に、神の試練とも呼ばれている。

 

「して、どの地に?」

「西の方角にございます」


 国王は捜索隊を派遣した。まだ誰にも見つけられていないのならば厄災を保護する。すでに誰かに見つけられて「主」を得ているならその者がどういう人物か見極める。その如何によっては――。

 




(おかしい)


 スカーレット・ハミルトン男爵令嬢は腕組みをして貴族の令嬢らしからぬうなり声をあげた。

 先日、屋敷を訪れたケンドリック・ベイカー侯爵子息から「結婚の申し込み」をされたのだが、それについてどうにも腑に落ちないのが原因である。


 ケンドリックはスカーレットの片想いの相手だった。

 スカーレットの家は商家で、一年前にその功績が認められて国王陛下より男爵位を賜った新興貴族である。そんな彼女が初めて夜会に出席したときに一目惚れしたのがケンドリックだ。

 家柄がよく、本人の容姿も良い。まるで王子様のよう――とそれまで平民だったスカーレットには彼が物語の主人公のように思えて恋をした。

 だが、ほどなく彼の実態を知った。無類の女好きで美女から美女へと華麗に渡り歩く遊び人だったのである。評判は最悪だ。いくら侯爵家の子息とはいえ節操なしの軽薄男に世の目は厳しい。親世代は彼に近づかぬよう諭した。しかし、悪い男ほど抗いがたい魅力を宿す。彼に恋する者は後をたたない。スカーレットもその一人で、恋した気持ちが消えることはなかった。


 そんなプレイボーイが、突然、屋敷を訪れて言ったのである。


「昨日の夜会で、一目見て貴方に恋をしました。どうか、私の伴侶になってほしい」


 恋人ではなく、伴侶――即ちプロポーズ。

 普通に考えて嘘くさいなとスカーレットは思った。

 そもそも、昨日の夜会で一目惚れというのが怪しい。これまで同じ夜会に何度も出席している。なんなら挨拶を交わしたこともある。だが、彼がスカーレットを個別認識したことはなかった。

 ケンドリックはお眼鏡に適わない女性のことは記憶にとどめないのである。

 ただ、表面上とても愛想がよいので、親し気に挨拶をすれば以前に会ったのだなと推察して、同じように親し気に返すくらいの礼儀はある。だが、こちらが初めてましてと返せば初めましてと返されるのだ。自分のことを覚えているか試す令嬢がいて証明されている。そんな自ら傷つくような真似しなくてもと思うが、お眼鏡に適った令嬢のときは「以前に貴方とはお会いしているはずですがお忘れですか?」と彼を覚えていないことに興味を持ちその夜のお相手になるというメリットもある。諸刃の剣だが、彼に執着されるならと危険な賭けに出る者も意外と多い。

 以上のことから、「昨日の夜会で一目見て」という彼の台詞はスカーレットがそれまでお眼鏡に適わなかったことを意味する。それなのに突然好きになってプロポーズなんて……好みが変わったという可能性もなくはないが胡散臭い。

 スカーレットはケンドリックのことは好きだが、信頼は少しもしていないので、何か裏があるに違いないと思った。


 そして、思い出すのは二週間前の出来事である。


 森で、一匹の魔物を助けた。

 なんともいえないずんぐりとした見た目はひよこ、大きさは子犬ぐらいのもふもふした魔物で、狩人の罠にかかって身動きできなくなってべそべそ泣いているので可哀想になって罠を解いて、怪我の手当てをしてやった。

 魔物というと傍若無人で悪辣な生き物という印象があるけれど、それはぺこぺこお辞儀をして、スカーレットに感謝の意を述べた。話せる魔物は高位の魔物のはすだが、全然そのようには見えない。あんまりに感謝されるので、本当に魔物か? とスカーレットは困惑したが。


「まものだからといって、のうきんばかりではないのです」

「ふーん、じゃああなたは何が得意なの?」

「せいしんそうさなのです」


 精神操作。それはヤバイやつでは? と思ったが、とりあえずスカーレットに敵意や害意はないようだし森に返してやった。


「このごおんはわすれません。かならずおれいします」


 それはそう繰り返して消えていった。


(絶対あいつが何かしている)


 根拠のない勘だが、あまりにもいろいろタイミングが良すぎている。故に、スカーレットは森に向かった。


「おーい、ちょっとー、いるー? この間助けてあげた魔物ー」


 なんとも間の抜けた問いかけだが他に思いつかない。

 三、四度そうやって繰り返していると、それは姿を見せた。


「こんにちは」

「え、あ、こんにちは」


 元気よく挨拶されたので思わずスカーレットも挨拶を返してしまう。だが、すぐにのんきにしている場合ではないと我に返る。


「ちょっとあなた! 精神操作したでしょう!!!!」


 スカーレットが問い詰めると、


「わかりましたか! そうなのです!」


 それはあっさり認めた。

 よくそんなあっさり認めたわね? とスカーレットは思ったが当の魔物は悪いことをしているなぞ微塵も思っていない様子だ。にこにことむしろ嬉し気でさえある。続いた言葉に、それを確信する。


「すきなひととむすばれててよかった! うれしいですね」

「いや、嬉しくないわ!!」


 間髪を容れず否定すると、それはビクリと身体を揺らして、目を白黒させた。

 それからスカーレットはコンコンと何が良くないのかを諭して聞かせた。それは「だって」とか「でも」と途中でくちごた……言い訳をしてこようとしたが圧で黙らせて、更に説教を続けると。


「うっ、うっ、うえぇぇぇぇぇぇぇぇん」


 ついに堪えきれず大声で泣き出した。

 まさか泣くとは……相手は魔物なのである。いや、しかし、魔物でも心はあるのか。厳しく叱りすぎたか。

 先日、狩人の罠にかかって泣きべそをかいていたが、それとは比べ物にならないほど、びぇぇぇっと声を上げて泣き続ける姿に流石にスカーレットも罪悪感を覚えた。


(そ、そこまで酷いことを言ったかしら? ……たしかに少し強く言い過ぎたかもしれないけど)


「ほ、ほら、これあげるから」


 スカーレットはバッグを漁りチョコレートを取り出した。父の店で売っている商品でお気に入りである。食べれば大人しくなるだろうと口の前に持って行ってぐいぐいと押し込んでみる。


「……!」

「おいしいでしょう?」

「これは、なんですか?」


 口をもごもごさせながら魔物は言った。


「チョコレートよ」

「ちょこれーと!」


(この子って幼い、の、かしら?)


 スカーレットの頭にそのようなことが過る。

 以前に助けたときは気にもしなかったが、言動から見るにどうも子どものようである。


「……ねぇ、あなたいくつなの?」


 尋ねてみれば、未だ口をもごもごさせながら、


「じゅうよんです」

「え? 十四歳?」

「いいえ、いいえ、うまれてからじゅうよんにちたちました」

「十四日? 赤ちゃんじゃない!!」


 魔物と出会ったのが二週間前だったので、生まれた直後に罠にかかって泣いていたところを助けたという計算である。


(……話せる魔物は高位の魔物のはずだけど、全然そうは見えないと思ったら、生まれたてだったなんて)


 しかし、それならば納得だ。生まれたてでこれだけ流暢に話せるなら成長したらさぞかし立派になるのだろう。高位の魔物で間違いなかった。


「で、あなたの親は?」


 魔物の生態には詳しくないが、生まれたばかりなら親が近くにいてもおかしくない。

 当然、親も高位の魔物のはず。泣かせたことがバレたりしたら不味いかもしれない、とスカーレットは少し動揺した。もしいるなら早く逃げなければならないが。


「おやはいません」

「いないことないでしょ? はぐれちゃったの?」

「いいえ、いいえ。かんぺきなせいめいなので、おやなんていません。それはなんじゃくなせいめいがひつようとするものですから」


 魔物は、どやぁ、と胸を張った。

 

(卵から生まれたってことかしら?)


 魚などは卵を産んだらそれで終わり。子は自力で孵化する。そういう感じなら、生まれたときに親が近くにいないケースもある。生後すぐに話ができるくらいの高位の魔物なら、親が産みっぱなしで世話をしないということもおかしくはない。


「ちょこれーと、まだありますか!」

「え? ああ……はい、どうぞ」


 スカーレットはチョコレートを持てるぐらいの大きさに割って渡してやった。

 魔物は両手で持って、またむしゃむしゃ食べ始めた。


「気に入ったようね」

「はい。はじめてたべものたべました。とてもおいしいです」

「ん? 初めて食べたってどういうこと? ……今まで何も食べなかったの?」

「はい。もりにはマナがあふれていますから、いままではそれをすってました」

「それでお腹がいっぱいになるの?」

「おなかがいっぱいになるというのがよくわかりません」

「……よく生きていられたわね?」


 これは、全然、大丈夫ではないのではないか、とスカーレットは不安になった。

 

「ちょこれーとのおれいもしなければなりませんね!」


 魔物は言った。

 魔物なのにその辺は律義なのである。


「……ねぇ、もし私ではない誰かから食べ物をもらったらその人にもお礼するの?」

「もちろんです。おれいはせねばなりません」

「その人が、精神操作をしてくれっていったら?」

「もちろんです」

「いや、もちろんですじゃないわ!」


 思わず声を荒げたら、魔物はまたビクッとした。

 スカーレットは慌てた。こほん、と咳払いをして冷静さを取り戻しなるべく大きな声にならないように気を付ける。


「精神操作なんてしちゃダメって言ったでしょう?」

「……でも、でも、おれいをしなければなりません」

「まぁ……お礼をすることは悪いことではないけれど……」


 うーむ、とスカーレットは腕組みをして考える。

 精神操作などという強靭な力、悪用しようと思えばいくらでもできる。出会った人間がいい様に利用して私腹を肥やそうとするかもしれない。それ以前にこの魔物がわけもわからず自分の力を使って混乱を招くことだってある。そうならないように誰かがしっかり躾けておくべきではないか。しかし、それを任せられる人を思いつかない。魔物の世話をしてほしいなど誰に言えよう。


 はぁぁぁっと盛大なため息が出る。


 見なかったことにしてこのまま帰る……というのはスカーレットの生真面目な性格上できなかった。となると、自分がやるよりない。

 

(でも、世話をされるの嫌がりそうなのよね……)


 自分は完璧な生き物なので親からの世話を必要などしない、と誇らしげに言っていたのだ。きっと反発するだろう。だからといって今後困ったことになるのなら放置するわけにもいかない。巡り巡って自分の生活を脅かすことになるかもしれない芽は摘んでおく必要がある。


(ダメ元でとりあえず言ってみるしかないわね)


「ねぇ、あなた、うちにこない? 衣食住をちゃんと用意してあげるわ」

「……! おせわをしてくれるってことですか?」


 一応、ぼやかして伝えたが、魔物は案外賢くて本質をきちんと理解して聞き返してきた。


(あーこれは、嫌がるわね)


 前途多難を察知したが、仕方ない。ここはきちんと話をして納得してもらおう。


「そうよ。あなたには常識を教えてくれる人が必要でしょう? ご飯だってちゃんと食べないといけないし。だから、私がお世話をしてあげるわ。その代わり、むやみやたらに力を使わない。人を操らないこと。どう?」

「おせわ……」


 魔物は立ち上がり、パタパタと手を羽ばたかせた。

 そうしていると本物のひよこのように見える。ひよこにしては大きいが。


「おせわしてくれる……それは、それは、おかーさんになってくれるってことですか!」

「うん?」


 魔物はキラキラと目を輝かせている。

 思っていた反応と随分違うことにスカーレットは困惑した。


(親なんていらないって言ってたけど、あれは強がりで本当は憧れていたってこと?)


 おそらくそうなのだろう。

 

「おかーさん! おかーさん!」

「いや、おかーさんはちょっと」

「おかーさんじゃないんですか……」


 明らかにしょんぼりされて、スカーレットは良心が痛んだ。

 見た目、可愛らしいひよこが、しょぼーんとしている姿は胸に来る。

 

「わ、わかったわ。おかーさんでいいから、その代わり私の言うことちゃんと聞くのよ?」

「ほんとうですか! わかりました。おかーさんのいうことききます」


 魔物はまたパタパタと手を羽ばたかせた。


「じゃあ、まずは、ケンドリック様のところに謝罪に行きましょう」

「はい! おかーさん!!」


 スカーレットは魔物を抱き上げた。

 見た目よりどっしりしていてそこそこの重さだ。毛はふわふさ、もふもふで抱き心地はよかった。

 魔物は素直に抱かれている。ご機嫌そうである。


(謝罪に行くのに嬉しそうなのもどうかと思うけど、まぁいいか)


 スカーレットはケンドリックの屋敷に急ぐことにした。



「やぁ、スカーレット嬢。君から会いに来てくれるなんて嬉しいな」


 ケンドリックは先触れも約束もなく訪れたことを怒らずに出迎えてくれた。

 スカーレットを運命の人のように思っているためだろうことはわかっているが、美形に好意的な笑顔を向けられてたじろいだ。

 だが、それももう少ししたら終わる。

 精神操作が解けたとき、彼がどんな態度をとるのか。考えると憂鬱になる。


「ところで……その腕に抱いているのは?」

「この子の件で本日は伺いました」


 ケンドリックはスカーレットが胸に抱いている魔物を一瞥した。

 見慣れない生き物を見たら尋ねたくもなるだろう。

 スカーレットの発言にケンドリックは頷いて中へと入れてくれた。


 通された応接室。

 侍女がお茶を運んでくれて、二人きりになると、すぐに話を切り出した。


「実は、ケンドリック様がわたくしを好きだと感じているのはこの子のせいなのです」


 隣に座らせていた魔物を、ひょいっと抱いて膝に乗せた。

 魔物は大人しい。大人しくしているように言ったが、きちんと言うことを聞いている。というか、心なしうとうとしている。お腹がいっぱいになって眠くなっているのだろうが、謝罪にきているのにしっかりしろとスカーレットは思う。それでも生まれて十四日の赤ちゃんなのであまり無理も言えないが。


 スカーレットは洗いざらいを話した。

 膝にいるのは魔物で、二週間前に助けたら、お礼にとケンドリックを精神操作したこと。もちろん、ケンドリックを標的にしたのはスカーレットが憧れていたからであることもすべて。本音を言えば恋心は伏せたかったけれど、それだと何故彼の精神操作をしたのか理由が不明瞭で突っ込まれるだろう。ならば最初から話していた方が痛手は少なくて済むと判断したのだ。


「なるほど……そういうわけだったのか」


 話を聞き終えても、ケンドリックに怒りの感情は見られなかった。それはまだ術が発動しているせいだろうとスカーレットは思った。

 魔物を起こし、術を解くように言う。


「はい! おかーさん!」

 

 魔物は場違いなほど元気に返事をすると、シュビッと両手を上げる。ケンドリックからたちまち黒い煙が出てくる。ゴゴゴゴゴっと音がして、しばらくすると黒煙は消えた。魔物は両手を下ろすとまたうとうと眠りだした。自由である。


「どうですか?」


 魔物の代わりにスカーレットが尋ねた。


「……精神操作ね。理解した」


 ケンドリックはスカーレットをじっくりと見てきた。その目には先程あった親しみは消えていた。術はちゃんと解けたのだなという安堵と、これから何を言われるのかという恐怖が同時に襲ってきた。


「本当に申し訳ありませんでした」


 スカーレットは頭を下げた。

 すんなり許してくれたらいいが、罵倒されるだろう。

 自然と身が硬くなる。

 しかし、ケンドリックから怒声はしてこなかった。ただ、許しも口にしなかった。

 

「君の謝罪なんて何の価値もない」

「……それは、慰謝料請求ということでしょうか?」


 補填を求められるところまでは想定していなかったのでスカーレットに動揺が走る。

 だが、謝罪だけで許されると思う方が甘かったのかもしれない。幸い、あまりに法外な値段でなければ金銭ならなんとかなる。

 とはいえ、精神操作はスカーレットが指示したわけでないので、腑に落ちなさはあったが。


「おいくら、お支払いすればよろしいですか」

「金銭なんていらないよ」

「はあ……」


 では何なのか。


「私にもその能力を使わせてくれるとか」


 ケンドリックはにやっと笑った。


「く、」

「ん?」

「くずじゃん!」


 スカーレットはたまらずに言った。

 まさかそのような要求をされるとは思ってもみなかった。

 精神操作を悪用したがる輩はいるだろうとは想像したが、まさか好意を寄せていた相手に言われるなんて――彼のことは遠巻きに見て憧れる程度で、深く知らなかったとはいえ幻滅である。

 そうでなくても、別に私が願ってさせたわけでもないのだが? という気持ちもあったのでそれも合わせて爆発した。

 やはり、自分が心底悪いと思っていないことは謝るべきではなかったのだ。下手にでてしまったのは、惚れた弱み、下心があったから。そんな自分にもスカーレットは腹が立った。


「あの……こう言っては何ですが、あなたは私に感謝するべきだと思いますけど。今回の件は私があなたに好意を寄せていたことが発端とは言え、私が願ったわけではなく、この魔物の独断です。私はその事実を知り、この状況を悪用しませんでした。私がひどい人間ならあなたを言いなりにしたままでいたでしょう。でもそうはせず、術を解き、事情を説明するために、あなたに相手にされていないことを知った上であなたに好意を抱いていたことまで白状して話をしたわけですよ。ずいぶん誠意をもって接したと思いますが、にもかかわらず、あなたの対応はこれですか」


 お前、最低だな、というのを超オブラートに包んで言った。

 こういうのはストレートに言うより、回りくどい方が厭味ったらしくてよいのだ。

 

 すると、うとうとしていたはずの魔物がスカーレットの膝の上でしゃきっと立ち上がった。


「おかーさん! もういちどせいしんそうさしましょうか! おかーさんをこまらせたので、くぐつにしてやりましょう!!」

「ええ!? 何言い出すの!??」


 スカーレットはケンドリックに対する不愉快さも忘れて顔を引き攣らせた。魔物の発言は完全にヤバイものである。やはりこの子は魔物なのだなと思った。

 びっくりして言葉を失っていると、あはははははは、と豪快な笑い声が聞こえてきた。見ると、ケンドリックがお腹を抱えて笑っている。


「いや~ごめんごめん。すこし悪ふざけが過ぎたね。本気で言ったわけではないよ。ごめんね」


 ひーひーとお腹を押さえながら笑い続けるのを、スカーレットはぽかんと見つめる。


「でもね、君は少し不用心だよ。私に真実を話したことは誠実であるのかもしれないが、精神操作の話をして、今みたいに利用させてくれと言われる可能性を考えていなかっただろう? 黙って術を解除して終わらせるべきだった。違うかい」

「それは……」


 言われてみればその通りだ。

 精神操作なんてとんでもないことをしたのだから謝らなければとそればかりを思っていたが、この魔物が精神操作をできることが広まるのはよろしくない。悪い奴が狙ってくることだってあるだろう。


「私の考えが足りませんでした」

「そんなに落ち込まないでくれ。ただ、魔物のことは秘密にするべきだね。他に誰かに話したのかい?」

「いえ、誰にも」

「それは重畳。この魔物のことは私と君と二人の秘密にしよう。魔物の生態には興味があったのだが、高位魔物などなかなか出会えないから良い研究ができそうだ」

「はい……はい?」


 ケンドリックはにっこりと笑う。


「嫌とは言わないよね? 拒否するなら、君が魔物を使って私をたぶらかそうとしたと訴える。侯爵家の人間に害をなそうとしたことがわかれば、困るのは君だけではないだろう?」

「……脅す気ですか」

「脅すなんて、君の協力者になるって言ってるんだ。私を味方につければ頼りになるよ。別に魔物の能力を使わせてくれなんて言わない。ただ研究をしたいだけだから、安心して頼りなさい」


 頼りなさいと言われて頷けるほど、何の信頼もないが、断ることは不可能なのだろう。

 スカーレットは諦めて、ため息とともに頷いたが。


「くぐつにしないんですか!」

 

 魔物が騒ぎ出した。


「おかーさんがこまっています。くぐつにしましょう! くぐつにしましょう!」


 それは母を思いやる優しい気持ちなのだろうけれど、やり方が大変不味い。どうしてそういう発想になるのか。

 スカーレットは頭が痛くなってきたが、ここは教育のしどころである。一つずつ教えていかなければならない。なので、再びの大説教である。

 コンコンと、切々と、これでもかと説教し、案の定魔物はまた大泣きし、それを見ていたケンドリックは大笑いした。





「報告を」


 国王が告げると、跪いていたローブを羽織った男が頷いた。


「厄災は既に精神操作の魔術を行使できるほど強靭な力を持っております。今後成長に伴いどのような力を授かるか」

「精神操作系か……また厄介な」


 厄災は生まれるごとに能力が違う。物理的攻撃に特化しているときもあれば、精神汚染するものもいた。どちらも厄介だが、歴史を紐解けば後者の能力の方がより大きな惨事をもたらしている。


「また、主を定めておりました」

「ふむ。して、その人物は?」

「今のところ問題ないかと思われます」

「人は変わる。力を得ればどれほどの人格者も変貌する。油断はするな」

「はい。今後も監視を続けます」


 ローブの男はそう言い残すと姿を消した。

 国王はひとまずの安寧に安堵して、未来の平穏を願うのだった。

 

読んでくださりありがとうございました。



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