6 木の上から希里
と、どこからともなく不敵な笑い声が聞こえた。
その声は女の子のそれで、しかも紳士クンの聞き覚えのある声だった。
「え?ど、どこ?」
と、紳士クンが辺りをキョロキョロ見回していると、
紳士クンのすぐそばにある木の葉がガサガサっと音を立て、
一人の少女がまるで猿のような身のこなしで、
その太い木の幹にしがみ付きながらスルスルと降りて来た。
そしてストンと身軽な様子で地面に着地し、紳士クンの目の前に立つ。
紳士クンよりも頭ひとつ近く小柄なその少女は撫子や静香のクラスメイトで、
紳士クンの友達でもある日鳥希里だった。
今日も深く澄んだ夜空のような黒髪を肩のあたりまで伸ばし、
トレードマークである赤くて大きなリボンをつけている。
紳士クンは以前、
この学園の特別授業でメイドとして希里の家に泊まり込みでお世話をした事があり、
そこで起こったすったもんだのひともんちゃくを紳士クンが見事に解決し、
それ以来、二人は友達として付き合いを続けている。
その希里がいきなり木の上から降りて来た事に目を丸くしながらも、
紳士クンは丁寧な物腰で挨拶をした。
「き、希里お姉様、こんにちは。意外な所から現れますね」
「私、昼休みはいつもここの木の上でお昼寝をしているのよ。
あそこなら誰にも邪魔される事はないし、
うるさい学園主任や風紀委員に気付かれる事もないしね。
ま、あそこで昼寝をすると、木の葉っぱや小枝なんかが制服にくっつくから、
それが玉にきずなんだけどね」
希里はそう言うと、両手を左右に広げ、
制服についた葉っぱや小枝を払いなさいとばかりに紳士クンに背を向ける。
それを察した紳士クンは、
デリケートな部分には触れないよう最大限の気遣いをしながら、
希里の制服についた葉っぱや小枝を手早く払って綺麗に落とした。
「いいわ、ありがとう」
制服を綺麗にしてもらい、満足そうに笑みを浮かべる希里。
特別授業で紳士クンがメイドとして仕えた事もあってか、
希里は時々紳士クンをメイドのように扱い、
そこに小さな喜び(内心凄く喜んでいるのだが)を感じていた。
紳士クンはそれを全然嫌だとは思ってはいないのだが、
希里の事をあまり良く思っていない撫子
(希里の方は、撫子の事をそう悪くは思っていない)は、
たまにそういう光景を目にすると凄く不機嫌になり、
そんな事をしてやる必要はないと、後で紳士クンに注意するのだった。
その希里に対し、紳士クンは恐々(こわごわ)した口調で尋ねる。




