10 静香の指先の感想
そんな紳士クンの気持ちは露知らず、
静香は静香でこの場に立っていられない様子で、紳士クンに尋ねた。
「あ、あの、どうでしたか?」
その言葉に対し、思考が九割以上ストップしてしまった紳士クンは、
今一番強烈な印象に残っている事を、そのまま口から漏らしてしまった。
「とても、柔らかかったです」
「へ?柔らかかった、ですか?」
紳士クンの意外な感想に、目をブドウの実のように丸くして声を上げる静香。
焼き立てのクッキーが柔らかい事なんてあるのかしら?
もしかして、焼き方が足りなかった?と、頭を悩ませる。
ちなみに紳士クンが言った『柔らかかった』とは、
静香の指先の事なのだが、
それを口に出してしまった事に今更気がついた紳士クンはハッと我に返り、
ワタワタと両手を動かして必死に取り繕った。
「あ、いや!クッキー自体はサクッとした歯応えだったんですけど、
味の方が、柔らかくて、バターの風味が豊かで、
ほんのり甘くて、とても、おいしかったです!」
「ほ、本当に?」
「本当においしかったです!これならきっと針須さんも喜んでくれますよ!」
不安そうに尋ねる静香に、紳士クンはコクコク頷きながらそう言った。
静香の指先の感触で頭も心も一杯で、
クッキーの味なんぞ全く分かりませんでしたわいとは、
口が裂けても言えない紳士クンだった。
(少し本音が漏れてしまったが)
それはともかく、紳士クンのその言葉を聞いた静香は心底ホッとした様子で、
両手を胸元にあててつぶやいた。
「よかった。それならこれを、針須さんの家に持って行こうと思います。
私の兄達(静香にはバカ兄貴の色雄も含めて、兄が三人居る)は、
私の作った料理ならどんな失敗作でもおいしいおいしいと言って食べるので、
正直、あまり参考にならないんです。
だから乙子さんの感想を聞く事ができて、とてもよかったです」
「は、はは・・・・・・」
自分の味見が一番あてにならないとも言えず、ただただ苦笑いを浮かべる紳士クン。
とにもかくにも、静香は尚へのお土産であるクッキーを携え、
紳士クンとともに尚の家に向かったのであった。




