4 力士並みの腕力
すでに尚の家に行く為の服装に着替えていて、
今日は首元に薄ピンクのリボンを飾り、花柄のワンピースで身を包んでいる。
いつもの控え目な静香の雰囲気が、
今日は春の陽気の下で美しく開いた花のように見える。
が、紳士クンがその姿を眺める暇もなく、
静香は兄の色雄の背中に厳しい口調でこう続けた。
「今日乙子さんは、私とお出かけする為にここに来てくれたのよ!
もうすぐにでも出かけなきゃいけないんだから、お兄ちゃんの用事はまた今度にして!」
しかし色雄は静香の方に振り返り、両手を大げさに広げて訴えた。
「だけど静香、俺の要件は俺の人生を左右するほどに大事な事なんだ!
そしてその手助けをお願いできるのは、今目の前に居る、蓋垣乙子さんだけなんだ!
だから一分だけでもいい!この子と話をさせてくれないか⁉」
が、静香はそんな兄の訴えをはねつけるように声を荒げる。
「ダメ!乙子さんは今日、私の大事な用事の為に来てくれたんだから、
お兄ちゃんの話を聞いている暇は一分、いえ、一秒たりともないの!
だからお兄ちゃんは引っ込んでて!」
「いいや引っ込まないね!
例え力ずくで俺をどかそうとしても、俺は絶対にここを動かない!
それほどに俺の意志は固いんだ!」
声高らかにそう宣言する色雄。
(ど、どうしよう?ここは僕がお兄さんのお願いを聞いた方がいいのかな?)
いきなり始まってしまった兄妹ゲンカを前に、
紳士クンがそう思いながらハラハラしていると、
静香はおもむろに色雄の目の前に歩み寄り、
色雄のパジャマの腰のあたりを両手でグッと掴んだ。
「お、おい、何をしようとしているんだ?
そんな事をしたって俺は一歩もここから――――――」
動かないぞ!
と言おうとした色雄を、静香はまわし(、、、)を取った力士のごとくガバッと持ち上げた。
そして、
「うゎおぅ⁉ちょ⁉待っ――――――」
と言いながらジタバタする色雄を、
静香はまるで掃き溜めにゴミを放り投げるように乱暴に、
庭の草むらの中に放り投げた。
「どうわぁああああっ⁉」
静香の投げる力がよほど凄かったのか、
色雄の体は静香の頭の上まで舞い上がり、
そのまま頭から庭の草むらにズボッと音を立てて落下。
そしてそのまま失神したらしく、両足をピクピクさせながら、何も言わなくなった。




