4 ある人から逃げて来た
「お、乙子さん、でしたか・・・・・・。はぁ、びっくりしました・・・・・・」
「ご、ごめんなさい、びっくりさせちゃって。
えと、こんな所でどうしたんですか?いつもは図書館に居るのに」
紳士クンの問いかけに、静香はグッと紳士クンに顔を近づけ、声を潜めて言った。
「実は私、ある人に追われているんです」
「あ、ある人・・・・・・」
その『ある人』というのに心当たりがある紳士クンは、
声を潜めてその人物の名前を口に出した。
「それって、針須尚さん、ですか?」
紳士クンの問いかけに、静香は無言でコクリと頷いた。
針須尚とは紳士クンの同級生で、
以前静香と尚はちょっとした誤解から険悪な仲になった事があり、
(険悪な仲になったのは、尚というよりも、
その親友の剛木真子の方ではあるのだが)
紳士クンと撫子がそれを仲立ちし、無事に仲直りする事ができた。
その後も尚は静香の事を慕い、
事あるごとにその友情を深めようとあれこれ行動を起こしているようだが、
元々女性恐怖症な上に人見知りでもある静香は、
決して嫌っている訳ではないのだが、尚の事を避けているのだった。
その辺の事情がよく分かっている紳士クンは、静香に続けて尋ねる。
「もしかして、針須さんが図書館に訪ねて来たんですか?」
その問いかけに対し、静香は困った様子で頷いて言った。
「はい、そうなんです。
針須さんは私と違い、とても明るく華やかな雰囲気を持っていらっしゃるので、
図書館に入って来た時にはすぐに分かりました。
そして、近くに居た図書委員の方に、私の事を聞いている声が耳に入ってきたので、
私、いけないとは思いながらも、咄嗟に図書館の裏口から抜け出て、
ここまで逃げて来てしまったんです。
この前、あの方の家にお伺いする事を決心したものの、
いざ、本人を目の前にすると、私の心に臆病風が吹き荒れてしまって・・・・・・」
「そう、なんですね・・・・・・」
恐らく尚は、静香が図書委員をしていて、
昼休みは図書館に居るという事を誰かから聞き、訪ねて行ったのだろう。
ちなみに先日、紳士クンも静香と一緒に尚の家に招待されたのだが、
静香が行くと言うかどうかも分からないので、具体的な返事はまだしていなかった。
静香は、紳士クンと一緒なら行ってもいいと答えたものの、
決して積極的に尚の家に行きたがっている訳ではなさそうである。
そんな静香を無理につれ出すのもいかがなものかと、紳士クンは悩んでいた。
そんな中静香は、ハッと何かを感じ取ったように顔を上げて言った。
「それでは私、もう行きますね。
すみませんが、もし針須さんがここに私を探しにやって来ても、
私を見た事は内緒にしてくださいね?」
静香の、物静かながらも迫力のあるお願いに、
紳士クンは思わず無言で頷いた。
すると静香は
「それではまた」
と言い残し、そそくさと小走りで去って行った。
(静香さん、やっぱり針須さんとこれ以上仲良くなるのは難しいのかなぁ・・・・・・)
と思いながら静香の後姿を眺めていると、静香の姿が見えなくなった頃、
「乙子さん」
という声とともに、誰かが背後からグッと紳士クンの肩をつかんだ。
そしてその声の方に紳士クンが振り返るとそこに、針須尚と剛木真子が立っていた。




