24 食べない訳ではない
そんな葛藤と決意があり、撫子はこのような態度を取っているのだが、
そんな姉としての固い決意を知る由もない紳士クンは、
こんなにご機嫌ナナメな撫子に、
愁衣を取りつかせるのは双方に申し訳ないと思い、
ケーキの入った箱を両手で持ち上げて言った。
「あ、えと、もしかして、もうお腹一杯なのかな?
じゃあ、このショートケーキはお父さんとお母さんにあげるね?」
そして紳士クンは立ち上がり、撫子の部屋から出て行こうとする。
その紳士クンの背中に、部屋の天井近くに浮いていた愁衣が
『え⁉どういう事⁉そのケーキは私にくれるんじゃないの⁉』
と言っているように口をパクパク動かしたが、
幽霊の状態では声を出す事ができないらしい愁衣の声が、
紳士クンに届く事はなかった。
その一方で、実は紳士クンの買って来てくれたショートケーキを
大いに食べたかった撫子は、決してそれを声色には出さず、
かつ姉としての威厳をたっぷりに持たせながら紳士クンを呼び止めた。
「待ちなさい、紳士」
「え?何?」
そう言って紳士クンが立ち止まって振り返ると、
撫子は椅子から立ち上がり、丸いテーブルの傍らの床に座り込んでこう続けた。
「そのケーキ、私の為に買って来てくれたんでしょう?
紳士の気持ちを台無しにするのも悪いからいただくわ。
あ、コーヒーも淹れてくれる?ブラックでね」
本当は砂糖も少し入れて欲しい所だったが、
そこも大人のカンロクを見せつけたい撫子の見栄がそう言わせた。
そして紳士クンがキッチンで二人分のコーヒー
(紳士クンは自分のコーヒーに少量の砂糖とミルクを入れた)
を淹れて部屋に戻って来て、それを丸いテーブルの上に置き、
二人(プラス幽霊一人)のささやかなお茶会が始まった。




