8 ノートで討論
その衝撃的な光景に口から心臓が飛び出しそうになる紳士クン。
しかし紳士クンはそれを何とか飲みこみ、咄嗟にノートのページをめくった。
そして愁衣が再びシャーペンを操って何かを書き出す前に、
紳士クンは急いでノートにこう書き殴った。
『ど、どうして僕が変態なんですか⁉』
すると紳士クンの持つシャーペンがまた勝手に動き出し、
紳士クンの書いた文章の下に、紳士クンの筆跡とは違うそれでこう書かれた。
『あんたは昨日私に、無理矢理あんたのアレ(、、)を触らせた!
バカ!ヘンタイ!ケガラワシイ!』
それに対して紳士クンも、間髪入れずにこう書き返す。
『無理矢理じゃないでしょう⁉
あれは愁衣さんがいきなり勝手に触って来たんじゃないですか!』
『どっちにしても同じ事よ!
そもそもどうしてあんたは男なのに女の子の制服を着て女子校に通ってる訳⁉
女装が趣味なの⁉
それとも女子校に潜り込んでいかがわしい事をする為に女装をしているの⁉』
『どっちも違いま――――――』
『どっちもそうだと認めるのね⁉』
「だからどっちも違うんですって!」
愁衣の言葉に気持ちが高ぶり過ぎた紳士クンは、
ノートに書かずに思わず口に出してそう叫んでしまった。
次の瞬間、クラス全員の視線と、教壇に立つ数学教師、
枢賀久美先生の視線が紳士クンに集中した。
そしてその視線にハッと我に返った紳士クンは、
瞬間的に顔が真っ赤になると同時に、すぐさま血の気が引いて顔が真っ青になった。
枢賀先生は三十路で独身の、眼鏡をかけた真面目な先生なのだが、
自分が説明していたふたつの数式がどっちも間違っていると紳士クンに指摘されたと思い、
ビクビクしながら紳士クンに訪ねた。
「け、蓋垣、さん?私、どこか間違っていたかしら?
もし間違っていたなら教えてもらえると、ありがたいんだけど・・・・・・」
が、その数式には一点の誤りもなく、
しかも紳士クンは全く別の件でそう叫んでしまったので、
咄嗟に立ちあがってこう叫んだ。
「すみません!ぼ、僕、居眠りしてて、
変な寝言を口走っちゃったんです!ごめんなさい!」
それを聞いたクラスの女子達は、鈴を鳴らすように笑い声を上げた。
そして自分の間違いを指摘された訳ではないと知った枢賀先生は、
ホッとした表情で言った。
「そ、そうなの?蓋垣さんが居眠りだなんて珍しいわね。これからは気をつけてね」
「は、はい・・・・・・」
枢賀先生の言葉に紳士くんは力なく返事をし、崩れ落ちるように席に座りこんだ。
そしてうつろな視線で辺りを見回したが、
教室の中にはもう愁衣の姿は見当たらなかった。




