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3話『靄の村』

 扉が静かに閉まる。辺りはひっそりと静まりかえっていた。ウィルの周りには靄が渦巻き、一寸先も見えない。


「これは困ったな」


 手探りで進んでいくしかない。足元に注意しつつ、歩みを進める。


 どれほど歩いたであろうか、濃く立ち込めた靄は次第に晴れて行き、小さな村が現れた。粗末な家が疎らに建っているだけの村である。


「これはどう言うことだ?」


 扉を潜っても何もない。あの声は扉を目指せとだけ言っていたのだが。何をすればいいのか皆目見当がつかない。


 すると向こう側から中年の男が歩いてきた。こちらを見ると何やら困った様子で駆け寄ってくる。


「今暇かい?」


「今ここにきたばかりなのだが」


「おっと、それはすまぬ」


 どうやらこの村は扉を通ったは良いものの、まだ願いが叶っていない人が暮らしているらしい。


「私はここに来てもう1年が経つんだが、どうにも願いが叶わぬのだ。昨晩謎の声に、明日来る人間に答えがあるって言われて探してんだ……って、兄ちゃんのことか。私を助けてはくれまいか?」


 声はおそらくあの声だろう。なにやら自分に動いて欲しいようだが。


「手伝えるものならお手伝いしますが、何をすれば良いのか全くわからないのですが」


「それもそうだなあ」


 困った様に男は考え込む。答えが出ないようなので、ウィルは男に尋ねる。


「あなたのさがしものはなんですか?」


 パッと顔をあげて男は言った。


「実は私は外で魔導具開発に携わっていたのだよ。だが次第に破壊に特化したものばかり生み出してしまって、嫌になったんだ。だから私はここに来て、自分の本当の居場所を探そうと思ったんだ」


 それは大変だろうな。居場所を見つけるのは存外難しいものだ。


「俺に何が出来るわけでもないですが、お手伝いしましょう」


「本当か! それはありがたい。だがこれからどうしたものかーー」


 その時、遠くから子供が叫ぶ声が聞こえてきた。子供の声に尋常ではないものを感じ取り、


「取り敢えず向かいましょう!」


「あ、ああ」


 男とウィルは走って声の方向へ向かう。見れば女性が巨大な鳥に足を掴まれ、今にも攫われそうになっている。


「か、母ちゃん!!」


 みれば最初に通してやった子供ではないか。その母親が見つかったのに連れ去られそうになっている。


「今助けてやる!」


 ウィルは咄嗟に近くにあった壊れた馬車の車輪を掴み、力の限り全力で投擲する。車輪は過たず鳥の片翼に直撃し、鳥は高度を下げた。


「まだまだ!」


 ウィルは、腰に下げていた火の魔石入りの筒を投げつける。筒は鳥のそばで爆発した。さすが鉱山の採掘用に作られた魔導具、つんざく閃光と爆発に慌てた鳥は、遂に女性を離し、飛び去っていった。


 ウィルはそのまま地面を蹴って、なんとか女性を受け止めた。


「大丈夫ですか」


「あ、ありがとうございます!」


「母ちゃん!!」


 あの子供が駆け寄って、母親と抱擁を交わした。子供と母親は再開できたようで何よりだと、思わず顔を綻ばせる。


「よかったな坊主」


「あ! あの時の! ありがとう!」


 子供が母親に扉の話をする。何とか前まで行けたこと、そして譲られて遂に扉に入れたこと。


「僕は帰ってこない母ちゃんを探しにきたんだ!」


「ありがとうねディル」


 母親は涙を流して喜んでいる。しばらく再会の感動に浸った後に、母親が何か聞きたそうにウィルに目線を向けた。


「あなたはこの子の母親ですね」


 ウィルが話しかけると、母親は何度も頷きこちらを見上げる。ありがとう、助けてくれて本当にありがとうございますと、何度もお礼をする母親に笑いかけてから、ウィルは気になったことを尋ねた。


「あなたの願いは、さがしものは何だったんですか」


「わ、私は、しばらく前に夫が失踪して……自分にとっての本当の愛は何だったのかを探しにきたんです」


 そうか。それで。だが、きっともうわかっているのだろうな。目の前で抱き合う親子を見れば不思議なことなどなかった。


「あなたにとっての愛は、もう見つかっているんじゃないですか?」


 ウィルが静かに声をかける。涙を流す母親は、ええ、と何度も頷いた。


「私にとっての本当の愛は、この子よ。この子こそが、それが私のほんとうのさがしもの。離れなくちゃ気が付けなかったなんて、私は愚かな母親ね」


「母ちゃん! 母ちゃんは立派な母ちゃんだよ! さあ、うちに帰ろう!」


「そうね」


 母と子は立ち上がる。


「そうだ、あなたの名前は」


「俺はウィルだ」


「本当にありがとうウィルさん。この恩は絶対に忘れません。ひとつだけ、ここは願いやさがしものが見つかるまでは出られないようです。ウィルさんも、きっと見つかるよう、お祈りしています」


 それから村の出口まで送って行った。村の外の靄に母子が足を踏み入れる。一度だけ振り返って、それから靄に消えた。母子は戻ってこなかった。


「いいですなあ」


「そうだな。戻ってこないってことは無事に出れたんでしょう」


 ウィルは今の騒動で、名前を聞くのを忘れていたことを思い出した。


「そう言えばあなたのお名前を聞いていませんでしたね」


「私はロム。さっき兄ちゃんが投げたやつだけどな、実は私が作ったんだ」


 そうだったのか!確かにこれは壊せるし悪用すれば危ないものだ。だが、間違いなく誇れるものである。これのおかげで随分仕事も楽になったのだから。


「俺は鉱山で働いてるんですが、あなたのこれが無くちゃもっと死人が出ますよ。どれだけ楽になったか。これは素晴らしい魔導具ですよ」


「そ、そうか?」


「ええ。本当に素晴らしい発明です」


 それからウィルとロムは村へ戻った。ロムはどうやら数々の発明でかなり有名な魔導具師らしい。実際ウィルの爆薬も、湯を沸かす魔導具も、最新鋭の猟銃も、ロムが開発に携わっているようだった。


 魔道具の話で盛り上がっていると、村の中央に座っていた男が声を掛けてきた。


「そこのおふたりさん、ちょっといいかい」


 何かと近寄ってみれば、足を引きずっている。どうやら動かない足が治る可能性があると聞き、扉に入ったらしい。


「あっしは左足を怪我してやして、どうにもいかないんですわ。杖をついて何とかたどり着きましたが、自分でもよく扉に入れたなと驚いています、はい。しっかし入れたは良いもののこれからどうすれば良いか分からないんですな」


「それはそれは……足が悪かったら大変でしょう」


「ええ、ええ。切り傷やら血なんかはもう出ないんですが、中がいかれちまったみたいで。こればっかりはどうしようもないなってんで扉を目指したんですわ」


 それからしばらくはずっとここでどうしようもなく暮らしていたようだ。


「ところが先日声が聞こえて、なんやかんやと色々ありましていくつか物を手に入れたんですな。あっしはこれが足を治すのにどうにか役立ってくれたらと思いながらも、どうしたらいいものか途方に暮れてまして」


 男は少しばかり迷ったように視線を泳がせてから、口を開いた。


「ところで、おふたりのお噂を耳にしましてね、どうやら魔導具で子供と母親を助けたとか」


 他の人には出会していないのだけれど、すでに例の一件を知っているらしい。


「そうですね、運がよかったです」


「実はそれで……あっしの足、直せないかと思いまして」


 それなら俺では無くロムの方だ。ウィルはロムに目配せをすると、どうやらロムには心当たりがあるようだった。なにやらもしかすれば魔導具の応用で直せるかもしれないと。


「だが材料が足りないな」


「それを集めるくらいなら俺も手伝います」


「材料はそう簡単に集まるもんじゃない。危険な魔導具に変わりはないのだよ。人間に寄生する植物を魔石に融合させて足に埋め込むんだ。下手な人間がやれば足はいよいよ使い物にならなくなる」


「それってもしやこんなのですかい?」


 男が声に従って手に入れたものがその材料だったのだ。それから1日かけてロムは魔導具を完成させて、男の足に埋め込んだ。


「ちょっと歩いてみてくれ」


 男が恐る恐る立ち上がると、杖を手放す。


 男は立つことが出来た。


「な、何という……奇跡だ! ありがとう! 本当にありがとう!」


 目に涙を浮かべて頭を下げながら、男は意気揚々と去って行った。靄に消えた男は帰ってこなかった。


「一仕事終わったな」


「ロムさん」


「なんだい?」


 ロムは本当に凄腕だ。破壊するものだけで無いではないか。


「ロムさん、あなたのさがしものは?」


「だから本当の居場所を」


「もう、見つかったんじゃないですか?」


 ロムが僅かに目を見開く。


「ロムさん、あなたの発明は人を救ってきた。あなたの爆薬だって、鉱山の人間にとっては救世主の様なもんです。今だって歩けなかった人が歩けるようになったんですよ」


「そ、それは材料があったから……」


「材料は周りに頼めば良いじゃないですか。あなたの発明はこうやって人を助けているんですよ」


「そ、そう思うか? 本当にそう思うか?」


「ええ。だって、あの人が立った時のロムさん、良い顔でしたから」


「ーーっ!」


 もう、居場所はあるはずだ。人助けをして嬉しそうにしているロムならば大丈夫だ。きっと良い発明で人を助けていけるだろう。


「だから、もう大丈夫ですよ」


 ロムは靄の前に立った。


「私は、ウィル、君に救われたよ。自分のやるべきことが見えた気がする。君が私の発明を使ってくれていなければ、おそらくあの足を治す魔導具も作る気にならなかっただろう。私は人の役に立つ発明をしようと思う」


「ええ」


「本当にありがとうウィル。君は鉱山の街から来たんだったな。実は私もそこに工房を持っている。いつでも来てくれ」


「それはそれは! また会いにゆきますよ」


「ああ。ありがとうウィル。それでは行ってくるよ。君も"ほんとうのさがしもの"が見つかると良いな」


 ロムは靄に消えた。ロムが靄から戻ってくることはなかった。

3話目です。13日が締め切りなので割と焦っております。一応あと2話くらいで終わりになると思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大切な家族を失って自暴自棄になったウィル。けれど彼の本質は変わらずかつてのままだったのですね。旅の途中や扉の中でも周囲を助けるウィル。みんなが彼に感謝しているわけですが、その気持ちはウィルの…
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